女王候補試験が始まってから気がつけば百日以上が経っていた。
水の曜日、アンジェリークは光の守護聖ジュリアスに育成の依頼をすべく執務室に行った。
しかし、そこにジュリアスの姿はなかった。そこでアンジェリークは守護聖たちの部屋を訪れる。彼らのうちのひとりくらいなら行き先を知っているのではないかと思い。
「ああ、お嬢ちゃんかい。ジュリアス様なら公園にいるはずだぜ」
そう話してくれたのは何人目かに訪れた炎の守護聖オスカー。
ジュリアスの右腕とも言われている彼の情報なら確実だろう。
アンジェリークは小走りで公園に向かった。
「ジュリアス様!」
アンジェリークが公園にたどり着いたとき、ジュリアスは木陰で佇んでいるところだった。
その瞳は空を見ているようで、実際は何も目に入っていないようにアンジェリークには映る。
「お前か、アンジェリーク」
予想外の訪問だったのかジュリアスは目を少し大きく開いている。しかし、次の瞬間には何事もなかったかのようにいつもの少し堅い表情に戻っていた。
「ジュリアス様に育成をお願いしようかと思いまして」
言いながらアンジェリークは思う。
端から見れば随分真面目な女王候補だろうと。
実のところはジュリアスに会うための口実として育成をお願いしているだけなのに。そして、実際、ジュリアスに会いたい一心でここまで追いかけてきただけ。きっとこんな下心は非難されるはず。ましてや、目の前の守護聖は誰よりも女王陛下への忠誠が厚く、そして自分の役割にも忠実。アンジェリークの浮わついた気持ちは軽蔑すらするであろう。
しかし幸いなことに、ジュリアスはアンジェリークの本音に気がつかなかったらしい。
「そうか」
それだけを言い、そして自分の軽く握った手を顎の下に置き、ほんの少し何かを考えている様子だった。
「ところで」
そう言ってジュリアスはアンジェリークの瞳を見つめる。青いトパーズを思わせるような瞳がアンジェリークの心に突き刺さる。
「今度の日の曜日は空いているだろうか?」
アンジェリークは軽く首を横に振る。
日の曜日は誰とも約束をしていない。するわけがない。ジュリアスに約束するときに備えて常に空けている。もし約束ができなかったとしても、誘えるように予定は入れていない。入れられるはずがなかった。
「もしよければの話だが、私と会ってはもらえぬだろうか?」
戸惑いながらも自分を誘ってくるジュリアスの言葉にアンジェリークは小さく頷く。
「ええ、お待ちしています、ジュリアス様」
その言葉に安心したのだろうか。ジュリアスも最初は小さく、二回目は少し大きな溜め息をつく。
そんなジュリアスにアンジェリークは今まで気がつかなかった可能性を見出だす。もしかすると、自分と同じ気持ちをこの方も抱いているのではという。
そして、同時に現在の育成の様子を頭に思い描く。現在、エリューシオンに建てられた建物の数は68。あと3つ建物が建てば中央の島に到達する。
今日、ジュリアスに依頼をした分で少なくともひとつは建物が建つ。そして、最近は守護聖からの贈り物も多い。おそらく金の曜日までには中央の島に到達するであろう。
自分ですら気がついているその事実に首座の守護聖である彼が気がついていないはずはない。
だけど、アンジェリークはあえてこの言葉を口にする。
「楽しみにしていますね、ジュリアス様」
こうして向き合えるのも、きっとあと数日。
女王になればこうして近くで会うことはなくなる。
直接伝えることは叶わない言葉。そして、伝えたところでお互い苦しくなる言葉。
「好きです」
その代わりにアンジェリークは満面の笑みを向ける。
そして、向けられない想いと引き換えに誓う。この首座の守護聖に誇りと思ってもらえるような女王になろうと。
その想いが伝わったのだろうか。
翌日、エリューシオンは中央に到着する。その最後の力を送ったのは光の守護聖ジュリアスであった。