「永遠と刹那の狭間で」10.対10.対
七緒が目を覚ましたときに視界に映ったのは、見覚えのある天井であった。
「目が覚めたのですね」
七緒の心に安堵をもたらす幸村の声。
幸村の説明によると、食事中に七緒が具合悪くなったと一美から連絡があり、すぐさま幸村が迎えにいき、連れて帰られたとのことだった。
そして七緒を心配する人がもうひとり。
「よかった目が覚めたんだね」
京都にいるとばかり思っていた五月もそこにいた。
「兄さん! なんでここに」
驚きを隠せない七緒とは対照的に五月は動じたそぶりも見せずに答える。
「うん、もともと父さんたちに代わって様子を見にきたんだ。いきなり行ったら悪いからどうしようかと思っていたところ、幸村から電話があって新幹線に飛び乗ったんだ」
「そうなんだ」
一通りの状況は読めた。
おそらく病院に連れていかれなかったのは五月の判断によるところだろう。
すると五月が心配そうに七緒を見つめてきた。
「ところで七緒、サンシャインに行ったら具合が悪くなったみたいだけど」
五月にそう言われて七緒は記憶をたどる。
「うん、嘆きとか悲しみが聞こえてきたんだよね」
そう話すと五月は視線を上げて考え込んでいるようだった。
「なるほど、ね。」
そして、七緒の方と視線を合わせ、しっかりとした口調で話す。
「そっか、お前は知らなかったんだね。あそこはもともと刑務所だったんだよ。霊感ある人は霊とかが見えると言われていて、そのことに関しては俺も半信半疑だったんだけど……」
よどんだ言い方に、先ほどから黙ってふたりの様子を見てきた幸村が口を開く。
「もしかすると五月も行ったのか?」
「まあね。七緒の様子も気になるけど、原因をはっきりさせたかったしね」
そこで一息つき、七緒を見つめる。
「するといたよ。わんさかとね。異世界で見たような武将ではなく、軍服を着ていた怨霊がね。もっとも普通の人には見えないようだけど」
あとから知ったことだったが、刑務所で処刑されたものの中には、旧日本軍の関係者もいるとのこと。そのため、第二次世界大戦の頃の格好をしたものがいてもおかしくはないのだろう。
「しばらくはそういう土地には行かない方がいいかもしれませんね」
横になっている七緒の手を掴みながら幸村がそう話しかけてくる。
それはあくまでも七緒を心配する気持ちからの発言。
だけど、
「せっかく東京に来たのに、残念だな」
やっぱりそんな言葉が出てしまう。
せっかく大都会東京に来て、新しい街、新しい施設に足を運ぶのが楽しかった。だけど、これからは行き先を考えないといけない。そのことが寂しかった。
落ち込んだ様子を見せる七緒に対して、五月が七緒の顔を覗きこんでくる。
重くなった彼女の心を少しでも軽くしようかとするために。
「まあ、何かあれば父さんや母さんも来るし、もちろん俺も飛んでくるから」
そう。自分にはこの世界にも心強い両親がいる。
もちろん、すぐそばには幸村がいるし、京都には五月がいる。
だからひとりで抱える必要はない。
それに行けない場所だらけというわけでもない。無理さえしなければある程度自由に動ける。
「あと、怨霊のことも調べておくよ。異世界のこととかと何か関係あるのかもしれないし」
五月のその言葉が今はとても心強く感じる。
七緒に笑顔が戻ったからだろうか、五月がくすりと笑う。
「そういえば俺がここに来たときの幸村の顔、七緒に見せてあげたかったな」
「五月!」
「一美さんだっけ、七緒が一緒に遊びにいった相手。薙刀部の先輩だから女性だということがわかりそうなものなのに、男性かと思って慌てふためいていてさ」
五月の言葉から思わずそのときの様子を想像してしまう。
確かに一美は女性の割りに背が高く、髪も短く、声も低い。
一緒に過ごしていると些細な動作から女性らしさを感じることができるが、パッと見だとボーイッシュな女性、人によっては男性だと思っても不思議ではない。
もしかすると幸村に隠れて他の男性と会っていたと疑われたのかもしれない。
「大丈夫ですよ、幸村さんが心配するような関係ではないです」
七緒のその言葉に幸村はほっとため息をつく。
もちろん七緒の気持ちを疑ったわけではないのだろう。
ただ、慣れない環境で気が張っていたのは幸村も同じだったみたいだ。早とちりをするほど判断能力が欠けていたのかもしれない。
「それにしても、私がいないときなら手の打ちようがありませんが、せめて一緒にいるときくらいは七緒を守れるようになりたいですね」
「そうだね。ここでは槍を構えることも難しいしね」
幸村の言葉に呼応するかのように五月が答える。
すると何か考えが浮かんだらしい。ひとつの考えを述べる。
「幸村、フェンシングをやってみるのはどうだい?」
「ふぇんしんぐですか?」
「ああ、剣道でもいいけど、常に持ち歩くことを考えるとフェンシングの方が小型でいいと思うんだよね。あと、幸村は槍だったから、突くことを目的としたフェンシングの方があっていると思うよ」
そう言いながら五月はスマホを操作し、画面を幸村に見せる。
すると、最初は怪訝そうな顔をしていた幸村が興味深げに見つめている。
「面白そうですね。特に一瞬で技が決まるところとか」
「じゃあ、決まりだね。父さんの知り合いがスクールをやっていると話していたから、今度紹介するよ」
幸村も少しずつ東京でやるべきことを見つけている。
そして、そんな幸村に少しでも負担になりたくなかった。
まずは身体を整えよう。
そう思いながら久しぶりに会う兄と自分の愛しい人が笑顔を向け合う様子を七緒は眺めていた。