さわれないキミ「しゃちょーが好きなものは僕も好き~だからさ、敦――」
私はその日いつものように、国木田君と共に外に調査に出かけていた。
無論、私は外になんて出かけたくないから、ありとあらゆる方便を立てていたが、それも国木田君に首根っこを掴まれて、ずるずると外へと引っ張りまわされることとなった。
だが、私だって無駄に外に居たいわけではない。それなりに国木田君をサポートしながら、調査を終えて探偵社に戻ってみれば――これだ。
「グルルルル……」
そこには、巨大な虎がいた。社の片隅にある乱歩さんの机がわずかにどけられ、乱歩さんはソレにのしかかりながら、優雅に駄菓子を食べていた。それも、床に丁寧に絨毯まで敷かれて。
「一度、やってみたいと思ってたんだよね~。高級なクッションに身体を埋めながら、駄菓子を食べるってヤツ」
あ、太宰はここの線から立ち入り禁止ね。乱歩さんはそう言いながら、これまた床に丁寧に張られたガムテープを指さした。
私は少しポカンとしながら、思わず「はい」と答えていた。乱歩さんは相変わらず、『高級なクッション』こと、完全な巨体な虎と化した敦君にのしかかりながら携帯ゲームをしていた。一方、国木田君は何の文句も言わず、そそくさと自分の机へと戻り、報告書の作成へと取り掛かっていた。
私は自分の机の上で愛読書を取り出しながらも、ちらりちらりと乱歩さんを見てしまっていた。嗚呼、悲しきかな。何故か全く持って集中できない。今度の自殺の計画が綺麗な白紙のままだ。一方、乱歩さんは敦君、もとい床に寝そべる白虎の背に乗っていた。そして白虎のその背の上でだらんと寝そべりながら、昼寝をし始めた。それをされた敦君はと言えば、特に動揺することもなく、くぁっと欠伸を一つしていた。そして、乱歩さんをその背に乗せたまま仲良く昼寝へと旅立っていった。
「敦の分の仕事だ。お前がやれ」
私がそんな風に観察に勤しんでいると、国木田君が机にどさっとファイルやら書類を乗せてきた。
勿論、ちぇっと反論してみるが、国木田君が云うには『後輩が仕事に追われているときは、先輩が助けるが理想』らしい。全く、これだから『理想』と結婚した男というモノは。内心そう呟くと、国木田君は黙って私の頭に拳骨を落とした。
やがて陽が地平線へと沈み始めた頃、乱歩さんはふぁあと欠伸をしながら、目を覚ました。そうして「久しぶりに熟睡した気がする」なんて冗談を言いながら、よいしょと起き上がる。ふわふわとした白虎の頭を撫でながら、「寝れない時はまたお願いしよっと」と言い、じゃあ退勤しまーすと言ってあっという間に去って行ってしまった。
床のガムテープ内には立ち入り禁止。そう言われていたから私は立ち入れないし、帰ろう。そうして、事務所に残る他のメンバーに軽く手を振り、大手を振って帰ろうとしてみれば、国木田君に首根っこを掴まれた。
「敦がいくら揺らしても起きん。お前の異能で何とかしろ」
えぇ、めんどくさい。なんてぼやけば、国木田君からは「お前は触るだけだろう!」と言われてしまった。そして、当の国木田君はと云えば、「まずい、退社時間を1分32秒も遅れている。次の予定まで時間がない」と風の様に去っていった。
残っていたはずの他の面子も私たちがやり取りをしている間に、迅速に退勤したらしく。そうして残されたのは、事務所に眠る巨体な白虎と私だけだった。
白虎。もとい敦君は喉をゴロゴロと鳴らして眠っていた。だが、そんじょそこらの可愛らしい猫とは違い、雷の様な音だった。私は乱歩さんはよくこの音の元で熟睡できたなどと云ったものだ。と思いながら、乱歩さんがその頭を撫でていたことを思い出す。
この頭はどんな撫で心地がするのだろう。私はそっと手を伸ばす。けれど、触れる直前ではっと気が付いた。私は阿呆か。私には『白虎に触れることはできない』のだから。
私は瞬きを一つしたのち、そっとその頭に触れる。『人間失格』が発動し、白虎は人間へと姿を変えた。私にはわからない。その白虎の体温も手触りも。何もかも。けれど――。
けれど、この白髪の小さな頭を一番撫でられるのは、私だけでありたい。私の指の間を長くて細い髪が流れていく。この感情は何と名付けたら良いのだろうか。これはきっと、いじりがいのある可愛らしい後輩が入ってきたからだ。
――その時の私はそう『勘違い』をしていた。