続・脱走「……あ。」
「うおっ、なんだよ急に止まるんじゃねぇ!」
小柄で眼鏡をかけた壮年男性の姿だが右腕だけは本来の姿を模っている電気百足は、自身の閉じ込められていた部屋から数歩出て立ち止まる。続いて出た、釘バットを手にした傷だらけの青年の姿の電気百足は、すんでのところでぶつからずに済んだが代わりに苛立ちを口にした。
「いやぁ、な?」
彼の右腕は鎌首をもたげると、ウロウロと揺れる。
「行くあてがないんだ。どうすりゃいいかな。」
「そんなん知るか! ……あー……」
青年は思うと同時に口に出していた。しかし同属のよしみか、解放した責任を感じたのか、少し考えるように声を漏らす。
「何をしたいかでもいいんじゃねぇの。」
「ふぅん。」
なんだそのぼんやりとした返事は、と思ったが、左右に分かれた廊下の右側からわずかな振動があるのを感知し、そちらに意識を向ける。複数、そして丸腰に等しい研究員よりも重量がある奴らだ。そういやこのフロアに入ってから人を見かけなかったが、なるほどここを処分所に決めたらしい。パキパキと本来の姿の外殻で身を固めつつ、体を向ける。
「おい、そっちは」
「わかってる!」
右脚の外殻ブーツと釘バットを近づけ、カチ、カチ、と接触させた。
カチ、カチ
「いたぞ! 2体いるが暴れているのはバットを持ったアイツだけだ!」
廊下の端の角から、物々しい装備の鎮圧部隊が顔を出す。
カチ、バチッ
「もう1体に注意しつつかかるぞ!」
そう、整列した彼らが武器を構えた瞬間。
バチィッ!
「ガッ…⁉︎」
青年は元いた場所に火花を残し、鎮圧部隊の1人の喉元を右籠手越しに掴んでいた。
「心臓ごと、揚げてやる!」
その言葉の通り、相手の心臓の位置に押し当てた釘バットから高電圧の電流が迸る。そしてダメ押しと言わんばかりにカチ上げ、落下のインパクトに上乗せするようにバットを振り下ろした。
「あ……? なブッ」
隣にいた仲間を一瞬にして失い呆気に取られていた者も、次の瞬間には潰れていた。
「クハハハハ! ぼーっとしてる暇はねぇぞ!」
「ひギャッ」
高揚のまま3人目を屠る。そして4人目をと手を伸ばし、その腕が落ちた。
「あ?」
「狼狽えるな、訓練を思い出せ! 今がチャンスだ!」
「班長!」
班長と呼ばれた5人目の手には、青い液体がベトリと付着した刃物が握られている。
「っクソ!」
切り口からピリピリと電気を発し再生に努めると同時に、残った左手とバットを器用に使って防御体勢に移る。しかし彼は1対1ならまだしも、この状態で多数に押されれば反撃の手段を持っていなかった。
「こいつ、しぶといな!」
「囲め、囲んで叩くんだ!」
「それが出来ればやってるって! 上手く回り込めないんだよ!」
相手が自身の命を奪いうる脅威に感じなくなってきたのか、鎮圧部隊たちに余裕が出てきている。一方で青年百足は攻撃を凌ぎつつ、右腕が治るのを待っていた。
(クソ、充電が足りねえ! 治りが遅くなってきた……)
彼らと距離を取る方法もあるが、それだって電気と後ろの空きが必要だ。判断を下すなら今のうちだとチラと背後に目をやる。
(あいつ、ずっと突っ立ってたのかよ!)
もう1匹の百足は、逃げるでもなく隠れるでもなく、かといって戦いに参加するそぶりもなく、つまらなそうな顔でそこにいた。その視線が向けられているのは、百足の腕を切り落とした鎮圧部隊の班長だった。
「うん、まあ、きっとあの中だったらアイツだな。」
小さく呟くと、彼の中の電気を右腕に集約させる。そして百足そのものの姿のそれは節々の連結を解除し、風切音と共にターゲットの頭上に飛んでいくと、規定位置にはめる時のような金属音と共にサークルを形成した。
「!」
鎮圧部隊の面々が気を取られた隙に青年は彼らを振り払い、一歩下がる。遅れてターゲットとなった班長も避けようとしたが、彼の頭上で円状に浮遊するパーツ群はしっかりと追尾し、互いに干渉し合って電気を集約していった。
「ちょうど死ぬくらいに揚げてやる。」
そして、雷が落ちた。
「…………」
直撃を受けた班長は固まったまま動かない。否、彼は電気を纏って死んでいた。近くにいた百足が釘バットで小突いてやれば、電流を放出しながら物も言わずに倒れたのだから。
「ああ、やっぱり、耐えられなかったか。」
いつのまにか右腕のパーツを戻していた百足は、残念そうに零した。そして残った隊員たちに目を向ける。
「ひっ、い、うわあああああガッ」
「あ、悪い、逃げたからつい。」
パニックになって逃げ出した者は、再び放たれたパーツ群から落とされた雷撃に撃たれ。
「こ、このっ! せめてこっちだけでも……!」
「やるってんなら潰してやるよ!」
やぶれかぶれになり目的を果たそうとした者は、再生し復活した右手でスイングされた釘バットで叩き潰されながら焼かれ。
「あ……あっ……」
1人残され腰を抜かして戦意を失ったものは、2匹の百足に見下ろされビクビクと震えるのみだった。
「なあ、どうする?」
「は? どうするって、なんかあるのかオッサン。」
「オッ……、いや、ほら、殴ったりとか。」
「さっきの借りを返してもいいけど、こうなるとちょっとな。見覚えのねぇ顔だし。」
「?」
「新入りだろうな。他の奴らと違って、あのクソ忌々しいボタンを押してねえんだよコイツ。」
「なるほど。じゃあ放置でいいか。」
興味も理由も失った2匹は新人と思しき隊員に背を向けた。
青年百足は、鎮圧部隊の来た方向に向かえばボタンを押し苦しめてきた者どもを見つけられるかと思い、そちらへと歩を進める。壮年の百足がそのすぐ後ろに付いて来ており、それが気になった青年が振り返った。
「付いてくるつもりかよ?」
「うん? ダメか?」
「いや、それならそう言ってからにしろよ。じゃねえと扱いに困るだろ。」
「そういうもんか? しっかし助かった、アテがないって言った通り、どうしたもんかと思ってさあ。」
「で?」
「俺の電撃に耐えられるやつを探そうと思ったんだが、アテがないのに変わりはないだろ。だから、人のいるところに行く君についてこうかってな。話し相手にもなるし。」
「ガキの遠足じゃねえんだぞ……。」