うれしいたのしいたんじょうび緑が艶めき風薫る五月。隊長の元へ集まった四人はその光景を見つめてしばし固まった。
「貴様……! いい加減に2代目から離れろ!」
「ナイトくん、私なら大丈夫ですから! ふふ、ほっぺがぷにっとしてますね〜」
珍しくナイトが口調を荒げ、何かを引き剥がそうとしている。蓬達の角度からだと2代目の胸元を掴んでいるように見えて、一瞬夢芽が顔を引き攣らせた。
「いやいや夢芽さん、流石に違うんじゃないっすか……?」
表情を見て察し告げたちせが、ゆっくりとスーツ姿の二人へと近づいていく。
「2代目さん、何か抱えてるのかな……」
「怪獣……とか?」
蓬と夢芽が顔を寄せながら、ちせに続いて歩く。その後ろで、ぼそりと暦が呟いた。
「何か声してない? 子供の声みたいな……」
その言葉と同時に、先頭を行っていたちせの叫び声が土手に響いた。
「また怪獣にやられたんですか、ガウマさん……」
「おまえたち、おれのことしってんのか?」
未だにナイトに凄まじい力で引っ張られているにも関わらず、2代目にしっかりとしがみつきながらその『子供』は答えた。
ピンクの髪に意志の強い緑の瞳、そして頬に刻まれた傷。特徴的だったクマはなく、そして何故かTシャツ姿だが……それはまさにガウマその人だった。ただ一つ――身体が縮んでいたが。
「なぁ、ここどこだ? なんか、おれのいえのちかくににてるけど……」
当たりを見回して誰にともなく問う。その瞳は心なしか不安で揺れているように見えた。
「……隊長もしかして、中身まで小さくなっちゃったパターンすか?」
ちせがふっくらとした小さな顔を覗きこむ。それを真っ直ぐに見つめ返すガウマに替わって、2代目が答えた。
「そうみたいなんです……私達がここを訪問したときには既にこの姿で、私やナイトくんのことも覚えていないようでして……」
「何回油断すれば気が済むんだ貴様は」
普段と変わらない口調と表情で子供を見下ろしたナイトは、ちせに気を取られているすきを見てガウマを引っ剥がし地面へ降ろした。
ガウマは不満そうに頬を膨らまし、思い切り眼の前のスラリと伸びた脚を蹴る。
「うわっ! ガウマさん何してるんですか!」
無邪気に笑い声を上げて走り去ってしまったガウマ、そして焦る蓬とは裏腹に一切微動だにしなかったナイトは、一呼吸置いてから青筋を浮き上がらせて子供が逃げ出した方向へ駆け出した。
少し遠くで楽しそうに走り回って笑うガウマと、無言で拳を振りかざすナイトが見える。
「それでは! ガウマさんはナイトくんに任せて、私達は怪獣を探しましょうか!」
「……えっ? それ大丈夫なんですかね……?」
2代目の笑顔に押されつつも、暦が呟いた。休日の昼間、ぎゃあぎゃあと騒ぐ様子を見て通りがかりの人々から視線を浴びているのにこのまま放っておいていいのかと不安がよぎる。
「あ、戻ってきた」
夢芽の一言の通り、ナイトがよろよろとバランスを取りながら皆の元へたどり着く。小脇に激しく動くガウマを抱えながら。
「ッ、はぁ……待ってください2代目、俺も行きます……ぐ、暴れるな!!」
「はなせよ〜〜〜!!! おろせぇ〜〜〜!!!」
ジタバタと動くガウマに、珍しくナイトが呼吸を乱している。
「降ろしちゃった方が楽だと思いますよ。体験談ですけど」
「なぁにこっち見てんすかせんぱぁい」
兄弟喧嘩を繰り広げていた二人、そして少女を横目で見て少し笑う暦と、その視線を受けて気まずそうにキャンディを取り出すちせ。
袋から取り出したそれを口に含んでから、同じものをもう一つ取り出してしゃがみ込み、ガウマに差し出した。
「ほら、これあげるんで大人しく待っててくださいね、たいちょー!」
「……たいちょー? おれ、たいちょーなのか?」
ピタリと動きを止めたガウマ、そして暦のアドバイスを受け入れて、ナイトは小さな身体をそっと下に降ろす。
目をぱちくりとしている様子が本当に子供らしくて、自然と笑みを浮かべてちせが続けた。
「そっすよ! 私達ガウマ隊のたいちょーなんすから、ビシッとしてもらわないと。ねっ!」
その言葉を受けて、蓬も夢芽も暦も微笑んで頷く。皆を見回し、そして受け取ったキャンディーを握りしめて、ガウマも頬を赤らめて笑った。
「へへ……おれ、がんばる。たんじょうびぷれぜんと、もらったしな!」
「……なに? 誕生日?」
はじめに反応したのはナイトだった。それを皮切りに、驚きと戸惑いの声がどんどんとあがる。
蓬と夢芽が顔を見合わせて目を丸くさせた。
「ガウマさん、もしかして今日誕生日……?」
「知らなかったよ……。ねぇ、本当に今日がお誕生日なの、かな?」
夢芽が首を傾げながら子供に問うと、素直な頷きが返ってきた。
「ん。さっきそこのおねぇさんがもってたしかくいやつに、きょうがなんがつなんにちかかいてあったから」
その言葉を受けて、ちせが慌てて暦に駆け寄る。
「大変っすよ〜〜!! 何かもっと良いもの持ってないんすか先輩!?」
「いや持ってるわけないじゃん! こんなことになるなんて思ってないし……」
急に慌て始めた年上の男女四人を不思議そうに眺めながら丸いキャンディーを舐めるガウマ。ふと横を見ると、先程蹴り飛ばした脚と――先程は気が付かなかった黒い鞘。
「うわぁー!」
子供特有のよく通る声に、騒いでいた全員がピタリと動きを止めた。
「なんだいきなり大声を出して――」
ナイトのしかめっ面など気にすることもなく、ガウマは目を輝かせ弾んだ声で男の脚に飛びついた。
「なっ、!?」
「それ、けん? めちゃくちゃかっこいいな!!」
すげー! と言葉を続け、キラキラした瞳でレプリナイトキャリバーを凝視する。いつもと全く違うガウマの態度に、流石にナイトもたじろいだ。
己が常に身につけている剣を褒められているのだから、悪い気はしない。
そんな態度を醸し出していたナイトを見て、弾けたように蓬が手を挙げた。
「俺っ! ケーキ買ってきます!!」
使命に燃えるその姿に、夢芽も声をあげた。
「私もついてく。飲み物とかもいるだろうし」
「俺達は何か摘めるもの買ってこようか」
ちせに向かってそう暦が告げると、キャンディーを咥えたまま答えが返ってきた。
「飾り付けとかもしたいっすよね〜! 早く行きましょ!」
あっという間に散っていったガウマ隊をナイトが止める間もなく、続けて2代目の命が下った。
「それでは、私が怪獣を探してきます! ナイトくんはガウマさんを見ていてくださいね」
懐いてくれたみたいですし、という言葉の通り、ガウマは飛び跳ねながらナイトの剣を観察している。そんな子供を見下ろし、男は観念した表情で頷いた。
「……わ、かりました。ここでガウマと待っていますので」
なるべく早く帰ってきて頂けると助かります。そう続けたナイトに、2代目は不思議な笑いで答えた。
*************
「あれっ!? 元に戻ってる!」
「ほんとだ……良かった」
白い箱を抱えた夢芽が安心した表情を浮かべる。手に持っていたビニール袋を地面に置いて駆け寄ってきた蓬も、自分よりすっかり大きくなってしまったガウマの身体をペタペタと触ってほっと息をついた。
「あー、その、悪かったな……また迷惑かけちまったみたいで。俺全然覚えてなくてよ……」
気まずい表情でガウマが横を見る。
そこに立っていたナイトのスーツはなぜか土で汚れていた。腕を組み瞳を閉じているものの、スーツが破れそうなほど手を握りしめているのを見て、さぞ子守が大変だったのだろうと暦はナイトの肩を労るように叩いた。
「……本当に、お疲れ様です」
「まぁいいじゃないすか! このまま誕生日パーティー、やりましょーよ!」
両手にバルーンを持ったちせが悪戯っ子のように笑った。そして、器用にガウマの寝蔵の周りを綺羅びやかに飾り付けていく。
先に戻っていた2代目は、それを見て目を輝かせた。
「誕生日パーティー、初めて見ます! 楽しみですね! ナイトくん、ガウマさん!」
そう言ってからちせに走り寄る。飾り付けを手伝い始めた2代目と入れ違いに、暦がガウマへと近づいた。
「水臭いですね。誕生日くらい教えてくれてもいいじゃないですか。まぁ……ガウマさんらしいですけど」
暦は冷えた缶チューハイをガウマへ手渡すと、蓬達の元へと引き返していく。どこから持ってきたのか簡易テーブルを広げ、その上にオードブルを並べている蓬と夢芽も楽しそうに笑い合っていた。
「ったく……別にいいのによ……」
目の前の光景を見つめながら、ほんの少しの哀愁を持って小さく呟かれた言葉を、ナイトが拾い上げる。
「自分で言った言葉だ。責任を持て」
ぶっきらぼうな言葉と共に、ナイトは歩き出した。2代目の元へと近づいた男は、ちせからハート型のバルーンを押し付けられると真剣な表情でそれを橋の下へ結びつけていく。
様々な笑い声が高架下に響く。その中に、遠い昔に聞いていた子供の声があった気がしてガウマは振り返った。
「……気のせいか」
無邪気に遊んでいた頃をなぜか思い出して、ガウマもようやく微笑みを浮かべた。
「ガウマさん! 用意できましたよ!」
「ほら、早く早く! よし、せーのっ!」
お誕生日、おめでとう!
おわり