「……天城」
「ン~?」
「HiMERUと天城は付き合っていますよね」
自分で思っていたより深刻そうな声が出てしまっていたらしい。だらしのない格好で雑誌を読んでいたはずの天城が起き上がって何かを確かめるようにHiMERUの瞳を覗き込んできた。……そんな裏側を見ようとされても今回に関してはただの確認の意味しかなかったのだが。
「べつに別れ話をしたいわけでも、天城から恋人という意識が感じられないという話でもないから安心してください」
「ンだよメルメル~。急にマジなトーンで言われたら俺っちでも身構えちまうからほどほどにしといた方がいいぜ?」
「天城が勝手に勘違いをしただけでは?」
「メルメルだって速攻で訂正を入れてくるぐらいには俺っちに勘違いされたくねェんだろ?」
正解を言い当てられてしまい否定する言葉が思い浮かばなかった。勘違い……というよりは天城の中でいくつか思い浮かんだ候補の中に別れ話が存在していただけだろうが、例えそうだとしても天城にそう思われることを避けたかったのは事実なのだから。
おそらく天城はこちらから別れを切り出せば口では色々言いながらも受け入れる未来が見えてしまう。そもそもそんな気は毛頭無いのだから候補として思い浮かべることも止めてほしい。
……つい深刻そうな声を出してしまったこちらにも原因は存在しているけれど。
「とにかく、HiMERUからの確認です。HiMERUと天城は付き合っていますよね?」
「メルメルからの熱烈な告白のおかげで付き合ってま~す!」
「…………」
告白したことは事実であるが、熱烈かどうかは疑問の余地が残る。しかしそこに触れていては話が進まなくなることも容易に想像出来た。天城に熱烈だと感じたと言い張られてしまえばHiMERUにそれを否定する証拠はない。第三者の証言でもあれば話が変わってくるが、そんな天城以外に誰かいる場所で告白なんてするわけがないのだから。
せめてもの抵抗として見せつけるようにため息を吐いてから話を続けた。
「今、恋人と二人きりで個室にいるということを理解していますか」
「……え」
天城との間に人一人分くらい空いていた距離を瞳から視線を逸らさず静かに詰めた。そのまま天城の手に自分の手も重ねる。そうすればすぐに焦ったような表情に変わったのが面白いなと思った。
「待てってメルメル! 二人きりで個室って言ったってここがどこかメルメルも分かってンだろ!?」
「控え室ですね」
「それが分かってンなら……って本気じゃねェな?」
少しばかり口元が笑ってしまっていたことが見破られたのか、本気で焦っていたように見えた天城が途端に安堵した表情に変わった。まあ、遅かれ早かれ天城なら本気じゃないことには気付いただろう。こういった発言をしたのが初めてだったから気付くのに少し遅れてしまっただけで。
「あ~もう、格好良くてスマートな燐音くんがうっかり焦っちまったっしょ」
「前半に関しては議論の余地がありますね」
「うるせェな」
天城が一瞬だけ考え込む。何を言おうとしているかはもう分かっていた。それを意識させたくて今の行動を起こしたのだから。
「……ところでメルメル、今のってどこまでが冗談?」
「どこまでだと思います?」
「それを俺っちに言わせようとするの性格悪いと思いま~す」
「HiMERUは性格も完璧ですが?」
『HiMERU』は完璧だと言外に伝えれば、天城はそれを正確に拾ってしまい諦めたように頭を掻いていた。この程度の問題ならすぐに答えを出せるはずなのに言いよどむところはかわいいなと思う。本人に言うつもりはないけれど。
「……この場所で行為に及ぼうとしたことは冗談。分かりやすく隠した本音はおまえ自身にそういう欲があると俺っちに意識させて、あわよくばチャンスを狙っているってとこ」
「ふふっ。正解です」
「もうちょっとストレートに誘えねェわけ」
「ストレートに誘ったらあなた色々と理由を付けて先延ばしにするでしょう。先に意識させた方が確実だと思ったのですよ」
図星だったのか天城の言葉が詰まる。
そもそも天城自身にそういった欲があるかどうかの時点で賭けだった。今まで天城の方から誘ってくることもアプローチを仕掛けられることもなかったのである。万が一にも欲が薄かった場合、こちらだって乗り気じゃない相手とやる趣味はない。だから天城からストレートに誘えといった言葉を引き出した時点で賭けに勝ったと言えるだろう。
「まあ、天城がストレートをお望みならそれに応えましょうか」
「え」
天城がどこか引きつった笑いを浮かべたが、もう引くつもりはなかった。
「来週の木曜の夜、空いてますよね?」