汗「おっ、メルメルこんなところで会うなんて奇遇だなァ。なになに? 帰ってるとこ?」
「……そうですね」
寮への帰り道に見慣れた後ろ姿を見つけて近くに寄っていけば、こちらを一瞥した後短い返事をしてきた。メルメルは暑いと極端に口数が減る。こはくちゃんがいればそれなりに話してくれるが、こうして俺っちと二人だと分かりやすく会話を一言で終わらせる。大方、ただでさえ暑いのに会話でエネルギーを無駄にしたくないとかそういう理由だろう。
実際に室内ならまだしも外を歩くと容赦なく太陽が照り付けてきて暑い。故郷からこっちに出てきたばかりの頃はあまりの暑さに異常気象を疑ったものだ。ニキに訊けば去年と特に変わらないと返されて驚いたことを覚えている。今では周囲が自然に囲まれていた故郷と比べれば暑いことも理解していた。
メルメルの理由は知らないが、なんで俺っちがこんな暑い中歩いているかというとパチンコで負けが込み始めたからだ。さっきまでは粘っていたが、負けが込み始めて今日はもう勝負にならねェなと店を出た結果がこれである。普段なら用事が入っていなければもう少し打っていたせいで気付かなかったけれど、夕方であろうとこの時間帯は暑い。日中よりはある程度マシというくらいである。
汗を掻いたせいでベタついて気持ちわりィし、さっさと帰ってシャワーを浴びたいとしか思えなかったところにメルメルを見つけられたのはラッキーだと言えた。一人でさえなければ会話で少しは暑さから意識を逸らせる。
しかし、最初にこっちを一瞥した後は隣に並んだ俺っちを見ることなく、メルメルはずっと前を向いていた。……これではいつもみたいな会話はできそうにない。無視か、一言で会話を強制終了させられる。反応があるまで話しかけてもいいが、この気温では俺っちもそこまで体力を使いたくはなかった。
どうすっかなァと考え、視線すら無視されてるのをいいことにメルメルの横顔を眺めることにした。日差し対策と趣味の両方か帽子を被っていて、今日は眼鏡もかけている。変装用として眼鏡をかけているのは見たことあるが回数はそこまで多くない。多くないため、メルメルの気分なのか使うタイミングがあるのかは分かっていない。初めて見たときに似合ってンなと言ったら「知っています」と返されたぐらいだ。
ふと、こめかみから汗が流れていくのが見えた。それに対して何かを思い出しそうになり頭を捻る。レッスン中は違う。休憩に入るとすぐに汗を拭くからあまり見ていない。ライブ中でもなく、今日みたいに偶然外で会ったときでもないはずだ。外での仕事でもなければメルメルと会うのは大抵室内だった。となると、残る候補はどこだ?
「……何、HiMERUの顔を見て悩んでいるのですか」
唸っている俺っちに気付いたのか鬱陶しそうな表情でこっちを見てきた。そのせいか汗が顎の方まで流れていったのが見えて完全に思い出してしまった。
ベッドで見上げているときだ。汗が流れていく瞬間を見れるのはそのときしかない。いつものメルメルと違ってベッドの上だと汗が流れようと拭うことすらせずに、動いている。その姿を見上げているときに伝った汗が俺っちの上に落ちてくるのが好きなのだ。
……こんな道端で思い出すことじゃねェだろ。頭を抱えそうになるのをギリギリで止まった。
「あ~、もう解決したから大丈夫っしょ」
もうさっさと帰ろう。顔を前に向けたところで名前を呼ばれた。
「天城、顔が赤いですよ。タブレットを分けてあげますから熱中症になる前にせめて塩分くらい補給しておくべきです」
タブレットを取り出そうと俺っちから視線が外れたタイミングで自分の顔を触る。自分では分からないがメルメルが言うなら赤くなっているのだろう。その理由だけはいくら名探偵だろうと当てることはできないはずだけれど。……夏の暑さから意識を逸らすことはできたが、違う意味で熱くなっちまったなァとばれない程度に息を吐いた。