二人きり「あ? ニキとこはくちゃんは?」
収録終わりにスタッフや番組プロデューサーと談笑という名の軽い売り込みを終わらせて楽屋に戻ってきた天城の第一声がそれである。今日はCrazy:B全員での仕事でバラエティ番組の収録であった。新曲の宣伝をするようにと副所長から言われており、宣伝もバラエティとしての掴みをしっかり出来ていたとHiMERUは思っている。天城のいない楽屋での桜河と椎名の反応を見ていると二人とも手応えは感じていたように思えた。
「先程帰りましたよ。すれ違いませんでしたか」
「会ってねェけど。あいつら遠回りでもしたの?」
知りませんと答えて開いていた本を閉じた。
談笑といってもそれほど長い時間話していたわけではない。天城の言う通り、遠回りでもしなければ二人は帰る途中に天城と出会っていただろう。そうするように伝えたのは俺だった。天城と話したいことがあるので、見つからないよう先に帰ってほしいと。どうやら桜河も椎名も見つかることなく無事に帰れたらしい。それに安堵すると心の中で静かに息を吐いた。
天城が楽屋の中を見回す。おそらく本当に二人の荷物が残っていないかどうか確認しているのだろう。本当に帰ったのだから忘れ物でもしていない限り荷物は残っていないはずだ。確認を終えた天城はHiMERUの隣に腰を下ろしてきた。ニヤニヤと笑っている。
「メルメルってばそんなに俺っちと二人きりになりたかった?」
「さて、何のことでしょうか」
「とぼけンなって~! いつも仕事終わりにはお腹空いたとか言って何か食ってから帰るニキが用もないのにこんな早く帰るわけないっしょ」
ふむ。確かに桜河だけでなく椎名まで帰っていることは天城にとって違和感を覚える結果となったのだろう。
「桜河が椎名を誘ったのかもしれませんよ」
「ん~ないとは言い切らねェけど、それならメルメルも誘うっしょ」
なるほど。ここでHiMERUが誘いを断ったと言えば天城が楽屋に帰ってくるのを待っていたことになり、そんな誘いそのものが存在しなかったと言えば不自然に椎名が帰ったことになる。椎名に関することとなればHiMERUよりも天城の方が詳しい。ここで何を言ったところで天城が言ったことを否定するのは難しいだろう。
何より天城と二人になるように仕向けたのは俺であって、実際間違ったことは言っていない。否定せずにいれば天城がニヤニヤというよりは嬉しそうに笑った。
「まァ、最近は二人きりになれる機会も少なかったし? メルメルからのお誘いなら満更でもねェけど?」
天城の言う通り最近は二人でいれる時間は少なかった。嬉しいことに仕事が増えてきており、仕事やレッスン以外で天城と二人の時間はほぼなかったと言っていい。今日もこの仕事が終わってみればもう夜なのだ。何も言わなければシナモンで椎名の料理を食べていただろう。もちろん、その時間も今は大切に感じている。けれど。
「満更ではないと言うのならどうしますか?」
「明日のレッスンは昼からだし、今日のメルメルはそこまで疲れてねェっしょ?」
「疲れていたらとっくに帰っていますよ。HiMERUの身体に過度な疲労は大敵なのです」
「そンじゃあ行く? ここよりもっと二人きりになれるとこ」
何も言わずに立ち上がればそれを了承と受け取ったのか天城が楽しそうに立ち上がる。天城が言っているのは個室の店かホテルか。そのどちらでも久しぶりに二人になれるのだからいいかと、天城の後をついて楽屋を出た。