撮影が終わり、時間までは貸し切りということで各々が好きにこの場を楽しんでいた。HiMERUとしては純粋に暑いということもあってパラソルの下でゆっくりとしている。仕事とあれば日差しの強い太陽の下だろうとプールの中だろうと入るけれど、終わったとなれば話は別である。元々暑さはあまり得意じゃない。体調に支障をきたすレベルではないが、出来る限り避けたいとは思っている。
解散の時間になるまではこの静かな空間を楽しんでいたい。そう願っていたのに、どうやらその願いが叶うことはないらしい。
「メルメルも楽しンでる~?」
「HiMERUは一人で充分に楽しんでいますので、天城はさっさとプールに戻ったらどうですか」
「一人は寂しいかと思って来てあげた燐音くんに冷てェの」
「頼んでいないのです」
こちらに向かって歩いてくる天城の方に顔を向ければ右手が後ろに回されているのが見えた。……明らかに何かを隠している。こういう状況でHiMERUにとってプラスになったことはない。さっさと立ち上がって距離を取るべきか、否か。
「メルメル暑くねェ?」
「……日陰ですからあなたが思っているより快適ですよ」
「それでもこの暑さの中プールにも入らずにいたら暑いっしょ」
「その気遣いはHiMERUには無用ですから椎名にしたらどうですか?」
「ニキならさっきヒナとアイス食ってた」
椎名に任せようと思ったがそうはいかないらしい。話している間に天城が数歩離れた位置にまでやってきたので反射的に立ち上がる。ニヤニヤという言葉が似合う顔で笑っているのが何かを企んでいる証拠だ。
「ここで燐音くんからメルメルにクイズでェす」
「拒否するのです」
「俺っちが右手に隠している物は何でしょうか! 当たればメルメルの希望通り俺っちはプールに逆戻り! 外したら……そン時に分かるっしょ」
ここで再び拒否しようものなら外したときの結果が降りかかってくるのは容易に想像できる。天城をかわしたければ正解するしかないのか。自然とため息が漏れる。
「俺っちは優しいから選ばせてやるって言ってンの」
「本当に優しいならHiMERUを放っておいてほしいのですが」
「名探偵のメルメルなら楽勝だって」
もう一度、今度はしっかりと天城に聞かせるようにため息を吐いてから仕方なく天城の観察を始めた。
左手は空いていて、背中に回しているのは右手だけ。今のHiMERUの位置から天城の背中は確認できないが見えてしまうほど大きな物ではない。おそらくここで後ろを覗こうとすれば反則とか言って強制的に外れになるのだろう。
HiMERUに対して楽しんでいるかと暑いかどうかを訊いてきていた。つまりそのどちらか、もしくは両方を満たせる物である可能性が高い。あまり関係のない、例えば今回の撮影で使ったタオルなどではないはずだ。天城なら全くのノーヒントでクイズを出してくることもあるが、わざわざHiMERUを名探偵だと言ったのだから会話の中にヒントはあっただろう。
ヒントがあったか、ヒントが出てしまったからクイズを出したのか。天城がクイズを出す前に言った言葉を思い出す。……椎名とひなたがアイスを食べていた。人物かアイスのどちらかがヒントだと仮定するべきか。
アイスそのものを持っている? 確かにそのサイズなら天城の背中に余裕で隠せるだろう。しかしHiMERUの思考時間を計算に入れると今こうしている間にも溶けてしまう。天城の顔色を窺えば焦っている様子は見られなかった。そもそも本当にアイスならばクイズを出す際に時間制限をつけるはずだ。つまり、おそらくこれは違う。
では椎名とひなたがヒントなのか? しかし普段の二人と夏の暑さを軽減できるもしくは楽しめるものは繋がらない。普段ではなく今日の仕事中の二人を思い出す。仕事として何の問題もなかったはずだ。最後に撮った写真では椎名はタオルを持っていて、ひなたは水鉄砲を持っていた。……あの水鉄砲であれば天城の背中にも隠れる。
遊ぶもので、水をかけられれば暑さも軽減できる。天城がヒントを言っていたという仮定が正解ならば水鉄砲である可能性は高いように思えた。もう少し考えれば答えが変わるかもしれないが、天城の遊びに付き合う時間としてはこれで充分だろう。何より、水鉄砲が本当に正解ならHiMERUが水をかけられずに済むということだ。
考えていたことで少し俯き気味になっていた顔を上げて天城の目を見ながら答えを言う。
「天城が隠している物はひなたから借りた水鉄砲ですね?」
「……っ、正解っしょ!」
悔しそうに顔をゆがめた天城が隠していた水鉄砲を取り出して、誰もいない方向へと引き金を引いた。中に入っていた水が噴射される。
「やっぱヒナの名前出したのがマズかったかァ? メルメルからニキの名前出してきたからいけると思ったンだけどなァ」
「名探偵相手にクイズを出すのならもう少しその前に違う話題も混ぜるべきでしたね」
「メルメルやっぱりそう呼ばれるの気に入ってンだろ……」
賭けが外れたと言いながら分かりやすく天城が落胆している。名探偵と呼びながらもHiMERUが間違える方にベットしていたということか。それが堅実なギャンブルなのか、確変レベルの博打だったのかと考えようとして止めた。その二択で天城が賭ける方なんて悩むまでもなく分かる。
「メルメルに振られちまったから俺っちはプールに逆戻りすっか……」
「天城」
プールに行こうとしていた天城が振り返る。
「その水鉄砲を貸してください」
「最後にはスタッフに返すから壊すなってヒナに言われてンだけどォ」
「HiMERUはそんなヘマしませんよ」
天城に渡された水鉄砲はまだ水が残っていた。さすがに一発撃っただけでなくなる量は入れてなかったか。これならいける。HiMERUが推理を外す方を博打と考えていたのなら、付き合ってやってもいいと思ってしまった。どうせ貸し切りが終わるまでもうあまり時間は残されていない。
「あなた、暑くありませんか?」
天城が目を丸くした後、口角を上げた。これで意図が伝わるこの男に表情には出さずとも楽しくなってしまう。
「そうそう。さっきまでこの暑さの中歩いてたからそろそろ水でも浴びねェと参っちまう」
「しかも、そんなに落ち込んだ顔をして」
「誰かさんに振られたからなァ」
「振ってはいませんよ。勝手にクイズを出したのは天城でしょう」
渡された水鉄砲を構える。この距離なら狙うまでもなく当たるだろう。
「HiMERUが濡れないという条件付きで少しなら付き合ってあげます」
「きゃはは!」
笑っている天城に向かって引き金を引いた。