目が合う 最近HiMERUとよく目が合うなと燐音は考えていた。楽屋で話しているとき、レッスンの休憩中、シナモンで飯を食べたり麻雀を打っているときなど状況は様々である。
普段HiMERUと目が合うと「燐音くんに見惚れちゃった~?」などと言って絡みにいっては嫌な顔をされていた。しかし気が付けば目が合う頻度が高くなって、絡みにいくのが少なくなったように思う。ふとした瞬間に顔を上げたり、軽く見回す度にHiMERUと目が合っていたらそうもなるだろう。
このことに気付き始めた頃はHiMERUが何か言いたいことがあるのだと思っていた。周りにニキとこはくがいると言えないことがあるのかもしれないと。だからわざと二人きりになってみたりしても特別なことは言われなかった。
さて、そうなってしまうと燐音でもHiMERUが何を考えているかは分からない。偶然の一言で片付けるにはもう無理なほど目が合った回数は数え切れなくなっている。
これの理由が怒られるようなことの心当たりだったら燐音には複数ある。怒っている状態で問い詰められたらどれだっけ?と悩んでしまう程度にはあった。しかし、HiMERUの目から怒りの色は感じられない。本気で怒っていたら燐音がこんな風に考える暇もなく問い詰められていただろうし。
自分からHiMERUに答えを尋ねるのは少し癪だ。例え結果として不正解だったとしても本人に直接訊くのはまだ先でもいいだろう。HiMERUには視線の意味を問わない理由もバレていると思うけれど、もう少しだけ気付かない振りを続けようと何も言わないことにしている。
こはくに新曲の振り付けを教えているHiMERUを見ながら燐音はスポーツドリンクを呷った。
今はレッスンの休憩中だが、ステップのタイミングが上手く掴めないというこはくがHiMERUに教えを請うている。振りとしても立ち位置としてもHiMERUとこはくの息が合えばバチッと決まるところなのだからHiMERUに聞くのは自然な流れだと思えた。燐音が指摘したいと思っている部分は言うまでもなくHiMERUも言うだろう。だから特に口出しはしない。さすがに長くなってきたら休憩を取るように言うつもりだが。
近くで食べ物を口に運んでるニキに今日も食ってるなと思いつつ、HiMERUを見ていた。これじゃあ普段と逆だな、なんて考えながら。そして当然のようにその視線が燐音の方に向けられることはない。万が一にもこはくに教えている状況で用もないのにこっちを見てきたら、本気で何をやっているんだと思っただろうが。
「燐音くん、燐音くん」
「ンだよ」
ステップの確認をしている二人に気を遣ってか少しだけ小声でニキが話しかけてきた。ちらりとそちらを見れば空になったパンの袋が見える。……もう一個空にしたのかよ。
「HiMERUくんを眺めてたんすか?」
「そうだよ」
視線をHiMERUの方に戻しながら肯定する。一瞬否定しようとも思ったが、別にわざわざそこまでするほどのものじゃないなと思い直した。
「普段と逆っすね~」
「……ニキも気付いてたのか」
「気付いていたっていうかさすがにバレバレ? こはくちゃんも気付いていると思うっすよ。燐音くんを見てるHiMERUくんを見ながら呆れたみたいなため息吐いてたんで」
「ニキはメルメルが俺っちばっかり見てくる意味分かンの?」
ニキはたまに自分達と全く違う視点から話をする。だから今回も燐音にはない視点で何かヒントをくれるかもしれない。本人に答えを訊かなければセーフ。そう思っての発言だったのだが、ニキの口から「え」と信じられないことを聞いたみたいな声が出てついそちらを見てしまった。見れば食べ物を持っている手も止まっている。そこまでのことを言っただろうかと燐音は訝しんでしまう。
「燐音くんのこと好きじゃないとあそこまで見ないっすよね?」
「……はァ?」
「はァ?じゃなくて、用もないのにあんなに見るなんて好き以外無いと思うんすけど」
「いやいや……」
頭を振ってニキの言葉を否定しようとする。そりゃあ見ているのがHiMERU以外で見られているのが燐音以外ならそれも当てはまるだろう。正直燐音はHiMERU以外に見られていても、何か相手が企んでいるのではと思ってしまう。自分を嫌っていない人間がいることは知っているが一彩以外から好意のみの視線を向けられるとは思っていない。
何より自分を見ているのはHiMERUなのだ。あのHiMERUがただ「好きだから」という理由だけで人を見るだろうか。しかもニキやこはくも気付くほど露骨に。
少し離れた場所からこはくのやりきったらしい声とHiMERUに対して礼を言う声が聞こえてきた。ステップの確認が一段落ついたのだろう。だから燐音は深く考える前に視線をHiMERUの方に動かしてしまった。
こはくにタオルを渡した後にHiMERUが燐音の方へと首を動かせばバチリと目が合った。そして一瞬だけ目を見開く。燐音が自分を見ているとは思わなかったのだろうか。普段あれほど一方的に見ているというのに。
その驚いた顔もすぐにいつものような表情に戻ったかと思えば、明確に燐音に向かって微笑まれた。
……そんな顔、カメラの前以外で見たことねェけど。
どことなく落ち着かなくなった燐音の顔を見て満足したようにHiMERUはスポーツドリンクを手に取った。