ライブの前日「今日はもう身体を休めておけと言って数時間前に解散させたのは誰でしたか」
「…………俺っちでーす」
声をかけられた方に首を向ければメルメルが立っていた。声から予想は出来ていたが、どうやら人違いではないらしい。それにしても寮の庭に出ていたのをよりにもよってメンバーに見つかるとは思っていなかった。ニキもこはくちゃんも今の時間ならとっくに部屋に戻っているだろうし、メルメルだって普段なら出歩かない時間だろう。
明日はCrazy:Bのライブが控えている。レッスンは今までに重ねてきていて、だからこそ前日の今日はリハを通してきっちり確認してから早めの時間に解散したのだ。疲労した身体で本番のコンディションに影響を与えたくなかったためである。
そんな状況で部屋にも戻らず外にいる俺っち相手にメルメルが何を言うかだなんて想像しやすいにも程がある。だって俺っちに反論の余地がないことに違いないだろう。
「こんなところで何をやっているのですか」
「あれ? 俺っちのこと怒らねェの?」
てっきりコンディションに影響が出るから早く部屋に戻れとかそういうことを言われると思っていたのに。そうでなくとも、呆れた顔の一つや二つはされる覚悟もしていた。でも、近くにやってきたメルメルの表情は思っていたよりもフラットだ。普段、楽屋や事務所で声をかけたときのみたいに。
「HiMERUもここにいる時点で同罪でしょう。休めと発言をした張本人がそれを破っているのはどうかと思いますが、天城ですからね。怒ったところでこちらが疲れるだけなのです」
「へぇ」
少しだけ、驚く。今までのコイツなら容赦なく叱るなり何なりしてきていた気がするからだ。HiMERUに対して不利益を被ることに対する指摘なら別に疲れなんて感じないだろう。それなのに怒らないどころか隣にやってきている。メルメルならさっさと部屋に戻れとだけ告げて、俺っちの隣にわざわざやって来なくてもおかしくなかったのに。
「それで? 本当にここで何をやっていたのですか? まさか眠れないなんて理由ではないでしょう」
「あ~……」
どうしようかと答えに詰まってしまう。素直に理由を話すのは俺っちらしくない気がするし、何よりどこか恥ずかしい気がした。
順当にライブの回数を重ねられている嬉しさを噛み締めているだなんて、笑われないと分かっていても天城燐音としてここでは言いたくない。何だったらスケジュールの都合もあるから毎回とは言わなくとも、そこそこの頻度でライブの前日はこうやって外に出て空を見上げていたのだ。誰かに見つかったのは今回が初めてだけれど。
「気分転換……?」
どうにかごまかせないだろうかと首を傾げながら言ってみればメルメルに思いっきり大きなため息を吐かれた。こっちだってかわいいとは思ってねェし本気でごまかせるとも思ってねェよ!
「言いたくないのなら無理に聞き出すつもりはありませんが、もう少し他の言い訳はなかったのですか」
「うっせ。どうせメルメルなら気付くから分かりやすくても分かりにくくても同じだろ」
メルメルが頭を押さえながらもう一度ため息を吐いた。何だよ。今度はそこまでのことは言ってないはずだが。
「気分転換でも何でもいいですけど、次また今日みたいなことをするときはHiMERUにも声をかけてください」
「……なんで」
「天城が翌日に影響を及ぼす前に部屋に戻るか確認するためです」
「俺っちそこまで馬鹿じゃねェっつの」
「ふふ。知っています。でもお願いしますね」
何が面白いのかメルメルが笑ったので今度はこっちがため息を吐くことしか出来なかった。もしかしてコイツも俺っちとは違う方向でライブ前の高揚感にやられているんじゃないかと思いながら。
でも、まあ、メルメルが楽しそうにしているならいいか。一方的すぎる約束を守ってやるかは分からないが、そろそろ中に戻ってもいいかもなと考えていた。