シナモンでの休憩時間中にニキは燐音から絡まれていた。それ自体はいつものことだからと賄いとして作った料理を食べながら相手をしていた。燐音の分も用意しようかと訊いたら一個前の現場で食べてきたから軽めの物がいいと言われ、用意したそちらを燐音はすでに食べ終わっているからニキが一人で食べているのが現状である。
燐音が何かしら仕事の話をしているような気がしつつも、食事に集中していたニキはその半分ほどは理解出来ていない。でも、ニキにとって食べることは全てにおいて優先される大事な事柄である。まあ、最近は、前よりアイドルの仕事もいいなと思うようになってきたから後でもう一回燐音に話を聞こうかなとは考えている。きっと話を聞いていなかったことで締められるとは思っているけれど。
ニキがそんなことを考えながら食事を咀嚼していると店内に入ってくるHiMERUが見えた。丁度燐音からは見えない位置でHiMERUもニキ達の方を見ていなかったため最初に気付いたのはニキである。
声、かけようかな。HiMERUがいた方がニキも燐音も楽しいのは事実なのだから声をかけようか悩んでしまう。ここにこはくがいればニキだってすぐに手を上げてHiMERUを呼んだだろう。しかし、この場にいるのはニキと燐音だけである。
普段のHiMERUは燐音がニキに絡んでいると少し離れた場所に座るのだ。ニキがHiMERUのその行動に対して特別何かを思うことはない。ただ、もうちょっと燐音に絡まれている時に助けてくれてもいいのにな~と思う程度だ。
今日の燐音は色々話してはくるものの、無茶振りをしてきてはいない。だからニキも声をかけるか悩みながら次の一口を運んだのだ。そのために視線をHiMERUから外して皿の方へと向けた。だから店内を見回したHiMERUが燐音とニキがいるテーブルを捉えたことは気付いていない。
ガタリ。二人が座っているテーブルの椅子が引かれた音がした。その音を立てた主の方を見ればそこにいるのはHiMERUで、ニキは驚いてしまった。
「メ、メルメル?」
「……HiMERUくん?」
飲み込んでから名前を呼んだためニキの言葉は燐音より少しばかり遅れた。そして驚いたのはニキだけではないということは燐音の反応からも明らかである。ニキと同じように目を丸くしてHiMERUの方を見ていた。
「どうしたのですか? そんな驚いたみたいな顔をして」
どうやらHiMERUは二人が驚いた理由に気付いていないらしい。だって、今までのHiMERUならばこはくも居ないのに二人と同じ席には座らなかった。仕事であれば話は別だけれど、ここはシナモンである。昼のピークは過ぎているから他に空席だってあるのだ。この席じゃないといけない理由なんてない。
それがどうにも嬉しくなってニキは口を滑らせてしまった。
「いや~HiMERUくんが空席あるのにやって来てくれたのが嬉しくて……って燐音くん何しようとしてるんすか!」
燐音の手が自分の皿の方へと伸びていることに気付いたニキが必死で料理をかばった。限界を迎えて見境がなくなっているときならまだしも、普通の時ならニキだって食べ物を分けるという考えはある。でも燐音はすでに軽食を済ませていた。だからニキは自身の料理に思考を傾けたことで会話が途切れたことに気付いていない。
そして燐音がわざと会話を逸らしたことにHiMERUの方は気付いており、それと同時に内心驚きの感情でいっぱいだったのだ。燐音に呼び出されていたわけでも、こはくが巻き込まれていたわけでもないのに、自然と二人と同じテーブルに着くことを選んでいた。店内を見渡して二人の姿を発見したと同時に足がそちらに向いていたのである。
……いつのまにかこの騒々しさに慣れてしまっていたのだろうか。HiMERUは自分の中に生まれた驚きを二人に悟られる前に奥に仕舞い込むために落ち着こうと深く息を吸って吐いた。燐音が話題を逸らしてくれて助かったなと考えながら。