クリスマスの贈り物【彰冬】【クリスマスの贈り物】
「……こんな筈ではなかったのに、」
口を吐いて出るのは後悔ばかりだ。
彰人と約束をしていたクリスマスデートの日、俺はまさかの高熱を出しベッドに沈んでいた。
意識が朦朧としてスマートフォンの画面すら確認出来ていないが、先程メッセージの通知音が一度だけ鳴った気がする。
おそらく俺が送ったメッセージに彰人が返信したものと思われるが、それを確認する事すら難しい程に身体が重たい。
楽しみにしていたんだ。
彰人と二人でお互いにプレゼントを選んだり、彰人が好きそうな甘いパンケーキの新作を食べに行ったり……色々と資料まで準備をしていたというのに、まさか体調を崩すなんて……
「……あきと……、」
名前を呼ぶと孤独感が膨れ上がってくる。切なくて、寂しくて、気が付くと涙が溢れほろほろと頬を伝い落ちていった。
「…………、っ……」
熱でくらくらしてきた。天井がぐるぐると回って見える。吐き気を催し慌てて口元を手で覆った。
「……あぁ……、もう……だめ、だ……」
やがて瞼を開けている事さえ億劫になる。もう呼吸すらも満足に出来ない。
「……あき……、と」
息が、苦しい。大好きな名前を呼ぶ俺の声は酷く嗄れていた。こんな醜い声、彰人に聞かれたくない。それでも声に出したくなってしまう。
「…………」
枕元に置いたスマートフォンが俺を呼ぶ。誰かが電話を掛けてきたのだろう。
手探りで探し当てたスマートフォンの画面には【彰人】の名が表示されている。俺からあまりにも反応がない為心配しているのかもしれないな。
しかし、俺にはもう電話に出る気力もない。
「……あきと……、すまない……」
何度も何度も掛かってくる彰人からの電話を、ぼんやりと画面を見詰めやり過ごす内に自然と瞼が下りてくる。
「……おやすみなさい」
着信音がまるで子守唄のようだ。それはきっと、他の誰でもなく彰人が掛けてくれた電話だから。
目が覚めたらきちんと謝ろう。そして彰人の電話のお陰で心が安らいだとお礼も伝えなければな。
***
ふわふわとした浮遊感と曖昧な身体の感覚。夢と現実のあわいにいる中途半端な覚醒だ。
瞼を開いてぼんやりと天井を見上げていると、薄暗い視界にちらりと見慣れたオレンジが過った。
「…………?」
「よぉ、目ぇ覚めたか?」
「……あれ? あきと?」
きっとこれも夢の延長なのだろう。
彰人を求めるあまり、無意識下で夢の中にまで彰人を連れ出してしまうなんて、俺はつくづく我儘な人間だ。この彰人が幻だとしても、きっと俺の我儘に付き合わされ迷惑しているだろう。
彰人は俺の顔を覗き込み、普段と変わらない様子で柔らかく微笑んだ。大人びた垂れ目がふにゃりと細くなり、年相応の愛らしい顔に変わる。美しい瞳の金が細くなるこの瞬間が堪らなく愛おしいのだ。
「……ぁ……、」
「ん? まだ顔赤いな……、んー、やっぱ熱あるな」
俺の汗で乱れた前髪を掻き分け、彰人は額に額をぴたりと合わせて唸った。
「あきと」
「汗すげぇな。寒いだろ? 着替えた方がいいな」
俺の部屋にあるものは全て熟知している彰人がクローゼットを漁り新しい寝間着を引っ張り出しこちらへと戻ってくる。震える俺から布団を奪い、さも当然のようにボタンに手を掛けた。
「あきと、自分で出来る……から」
「だーめ」
「なぜ?」
「そんくらいさせろよ、相棒なんだから」
照れくさそうにぷい、とそっぽを向いてしまった彰人は、しばらく見詰めていると再び視線を合わせ優しい笑顔を見せてくれた。あんなに寒くて堪らなかったのに震えが嘘のように止まって、心がじんわりとあたたかくなる。
やはり彰人は俺の太陽だ。
「……ああ、わかった」
ベッドに身体を投げ出して彰人に身を委ねる。彰人の手が俺の寝間着のボタンを上から一つ一つ外し、剥き出しになった肌を柔らかなタオルが滑る。
「悪い、寒いよな……もう少し我慢してくれよ?」
「……いや、大丈夫だ……、あきとは優しいな」
仰向けの俺の肩を掴みころりと転がして汗だくの背面をしっかりと拭いてくれた彰人は、手際良く俺の腕に新しい寝間着の袖を通す。名残惜しそうに俺の腹をするりと一撫でした後、丁寧に上から下までボタンを留めてくれた。
「下も着替えるか?」
「ああ……、すまない」
「謝んなくていい。ほら、他にあんだろ?」
「……ありが、とう?」
「へへっ、よくできました」
汗で湿った寝間着が新しいものに代わるまでに五分と掛からなかった。さすが夢の中と言ったところだろうか。
「……あと何かして欲しい事あるか? そうだ、喉渇いただろ? 水もらって……冬弥?」
「……あきと、キス……して欲しい」
「は?」
もし風邪だったら移してしまうかもしれない。熱に魘されているとはいえ、我ながら馬鹿な事を言っている。でも、これは夢なのだから。夢の中ならば何をしたって問題はない筈だ。
「キス、したい」
「はぁ……、ったく、お前……」
俺にとって都合の良い夢なのだろう?
ならば拒絶されない筈だ。彰人はきっと……
「仕方ねぇな……、ん……」
「……♡♡ ん、む……♡ もう、いっかい♡♡」
瞬き程の一瞬だけの優しいキスでは満足出来ずに唇を突き出しおかわりをせがむ。卑しい俺に呆れた様子で笑いながら、彰人はもう一度触れるだけのキスをくれた。
「……ん、ふふ♡」
「は、かーわいい♡」
俺よりも大きく皮の厚い男らしい手が伸びてくる。涙で潤む俺の両目を覆い隠してさらなる夢の中へと誘おうとする。
「いやだ、まだ……、あきとと……」
「病人は大人しく寝てろ、ほら……起きるまで傍にいてやるから」
「あきと……、だって……、あきと……は……」
ダメだ。ここで瞼を閉じたらこの彰人は……もう……
「おやすみ、冬弥」
「……ん、ゃ……、……あき…………」
★★★
「だから、オレはオレだっての……何回言わせんだよ」
「?? だが、あれは俺の都合の良い夢の筈だ……、だって、彰人は……」
「今お前の目の前にいるのはどこの誰だよ」
「…………、東雲、彰人」
「正解」
「だが……、何故? 何故彰人が俺の部屋に?? やはり俺の夢の中の彰人が……、しかし、先程から頬を何度も抓っているのに痛いのは何故だ……?」
やっと熱が下がったと思ったらこれだ。さっきからずっとこの繰り返しで全然納得してくれない。
「だから、お前の、両親に、頼み込んで、家に入れてもらったって、言ってんだろ!」
冬弥自身が抓り過ぎて赤くなった痛々しい頬をこれ以上抓らないように掌で覆い隠し、もう熱くなくなった額にぐりぐりと額を押し付けてやる。互いの前髪が擦れて絡まり合う感触に、冬弥はやっと落ち着いた様子でとろんと瞼を少し下げた。
「……つまり、あの夢の中の彰人は本物の彰人だったのか」
「さっきからそう言ってんだろ……はぁ……」
「嫌では、なかったか……?」
「は? なにが?」
冬弥の銀の瞳が潤む。言っている意味がわからず首を傾げたオレに、冬弥も首を傾げて不思議そうにオレの顔を見詰めてきた。
「もし俺の体調不良が風邪だったなら、キスしたら移ってしまうかもしれないだろう? それなのに彰人は躊躇いなく俺にキスをしてくれた。二回も」
どうやら冬弥は自分の体調不良をオレに移してしまう事を心配していたらしい。
こいつは本当に……どこまでも真っ白で純粋なヤツ。
「風邪を引くと喉にも影響が出る。俺のせいで彰人が歌えなくなるのは……嫌だ」
何で具合悪いヤツが元気なヤツの心配してんだよ。病人は素直に甘えてればいいのに。
「じゃあお前、オレが風邪引いてる時にキスして欲しいっつったら、キスしてくれねぇの?」
「……?? 俺はどんな状況でも彰人とのキスを拒む事はないぞ?」
「それ、全く同じ事返してやるよ」
ベッドに押し倒して熱の引いた冬弥の唇を奪う。ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスを繰り返しながら抱き締めてやると、冬弥はくたりと脱力しオレに全てを委ねてくれた。
「……は……、ん、ふふ♡ プレゼントがいっぱいだな♡」
「プレゼント?」
「ああ、クリスマスにサンタさんは彰人をくれたんだ。これ以上素晴らしいプレゼントはない……彰人も、俺にたくさんのキスをプレゼントしてくれてありがとう……ふふ、幸せだ」
「そっか、そりゃあ良かった」
楽しみにしていたクリスマスデートは叶わなかったが、冬弥はとても満足げに笑っていた。その蕩けるような愛らしい顔に吸い寄せられるようにキスをする。
「冬弥、メリークリスマス」
「ああ、彰人……メリークリスマス」
オレも、その笑顔貰えただけで最高の気分だよ、冬弥。
――終――