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    kyo001

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    kyo001

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    今年中に出すのは難しそうなのでのんびり原稿進めることにします。
    推敲前なので誤字脱字があったり文章おかしなところ多いと思います_(:3」∠)_

    ともかがみ(仮)②◇◇


     山をふたつ越えた先にある村は、思っていたよりもずっと大きく豊かな村だった。
     水干姿の犬耳の青年に、若く美しい巫女と、可愛らしくはあるが普通の村娘。謎の組み合わせは好奇の視線を集めるには十分で。石置屋根の民家や広い田んぼや畑……そこかしこで作業していた村人たちが、戸惑いと疑念が混ざった視線を向けてくる。
     犬夜叉もかごめも慣れたもので、涼しい顔で足を進める。ふたりに倣い、りんも平常心で歩き続けた。やがて石置屋根が途切れた向こうに一際大きな建屋が現れて、りんは馬を引く手を止めた。藁の屋根と土壁で作られた家屋は、村人たちの住まいよりもずっと大きく、家人の裕福さを示していた。 
     草鞋の裏で踏みしめた土がざらりと音を立てる。凍てついた風がぬばたまの髪を通り抜け、細い首筋を撫でていった。

    「立派なお宅ね」

     農村では見ない規模の家屋に、かごめが感心したように声をもらした。その隣では犬夜叉が無言で鼻をひくつかせている。村に着いてからというもの、彼はずっと不可思議そうな顔を崩さない。

    「犬夜叉、どうかした?」 

     かごめが呼びかけると、犬夜叉が数度瞬きをして辺りを見回した。
     遠くを見つめる瞳は、殺生丸の金色と同じ色をしている。殺生丸と犬夜叉は、腹違いというだけあり面差しこそあまり似ていないものの、やはり兄弟。美しい白銀の髪も神秘的な金の瞳の色も、とてもよく似ている。
     殺生丸は今頃何をしているのだろうか。先日会ったばかりだというのに、もう顔を見たくて仕方がない。
     ――でも……。
     りんの脳裏を、村の裏山での出来事が過ぎる。出立の数日前、逞しい腕に抱き寄せられたあの瞬間を……。
     あんなにも鼓動が早くなった理由は、結局わからないまま。そもそも正直なところ、あのときのことははっきり覚えていなかった。戸惑いと動揺の強さに、殺生丸が何を言ったのか、そして自分がどう返したのかすらあやふやだった。こんな調子で次に殺生丸に会ったとき、上手く笑えるのだろうか。
     気を抜けば、すぐに意識が殺生丸へと飛んでしまう。りんは内心で己を叱咤して、改めて犬夜叉を見やった。殺生丸が涼やかな瞳だとすれば、犬夜叉は快活な目をしている。ところが今、金の瞳に浮かぶのは、訝しげでどこかすっきりとしない表情だった。

    「ねぇ、犬夜叉ってば」

     かごめが再度呼びかけると、犬夜叉が銀髪をぼりぼりと掻いた。

    「あー、いや……何つーか、嫌な感じだと思ってよ」
    「あら、何が?」
    「におい」
    「におい?」
    「何つーか、村全体が陰気くさいっつーのか、辛気臭いっていうのか、とにかく嫌な感じのにおいがするんだよ」

     そこで何が起きたのかを、においで正確に理解する殺生丸ほどではないにしろ、犬夜叉の嗅覚も優れた能力を誇る。
     無論、りんにもかごめにも村のにおいなど感じられないし、目の前に広がるのは、至って平穏なよくある村の光景でしかない。楓の村と比較すれば田畑は広く民家も多い。村全体が裕福で暮らしに余裕があるのか、家の外で仕事に勤しむ者も、走り回る子どもたちも、皆がゆったりとした空気に包まれているようだった。
     とはいえ、誰よりも信頼している夫が言うのであればと、かごめが頬に手を当てて思案した。

    「誰かが亡くなった……っていう感じでもなさそうよね……」

     飢えや戦といった命の危機が常に潜んでいるこの時代、老いも若きも関係なく命を落とすのはめずらしいことではない。だが貧村ならともかく、これだけ豊かな村であれば、頻繁に死者が出たりはしないだろう。その証というわけではないが、すれ違う村人たちは犬夜叉を見てぎょっとした顔はしても、皆平和に作業に励んでいて、不幸事が起きたとは考えにくい。

    「さぁな。単に住んでる奴らが辛気臭い性格なんじゃねぇのか」
    「あんたねぇ……。村の人に聞かれたらどうするのよ」

     犬耳に小指を突っ込み、興味を失くしたかのように言い放った犬夜叉に、かごめが片眉を跳ねて注意する。犬夜叉はよくも悪くも素直であり、思ったことをそのまま口にしてしまうところがある。近くに村人は見当たらないとはいえ、辛気臭いだの言われていると知られたら、誰だっていい気がしないに決まっている。
     かごめが呆れのため息を吐き出すと、「妙なことと言えば……」と切り出した。

    「ん?」
    「すれ違う人たち、犬夜叉を見て驚くのはわかるけど、りんちゃんのこともじろじろ見てたわよね」

     白銀の髪、犬耳、金の瞳。どこからどうみても人間ではないとわかる犬夜叉は、どこへ行っても注目を浴びてしまう。楓の代理で遠方に薬を届けに行く際、犬夜叉が何度か同行してくれたため、りんもそのことはよく承知していた。ひそひそと噂されるだけならよいほうで、あからさまに怯えられたり、妖怪など連れてくるなと直接文句を言われたことすらあった。
     対してりんはといえば、どこにでもいる村娘。山越えで汚れてしまうからと、身にまとうのは殺生丸から贈られた数ある着物のうちでもめずらしい、綿のものにした。着古した感はなく、村娘にしては小綺麗さはあるものの、特段目立つ要素があるわけでもない。
     だというのに、すれ違う村人はりんを見て目を見開いていたのである。何でだろう。りんは首を傾げたが、考えたところで理由がわかるはずもなく。それに、明日にはこの村を出る。実害がないのであれば気にする程のことでもなかろう。まずは粛々と依頼された仕事を行うのみと、三人は村長宅に続くゆるやかな坂を進む。

    「こら! すず! いねぇと思ったら何を勝手に……!」

     怒声がかかったのはそんなときだった。村長の家から出てきた男が、砂埃を立てんばかりの勢いで大股でこちらに向かってくる。小太りの男がぼさぼさの眉をきつくつり上げ、こちらを睨みつけているではないか。先ほど犬夜叉が放った言葉を聞いて腹を立てているのかと一瞬思ったが、それにしては内容が噛み合わない。
     『すず』って誰のこと――?
     問い返す間もなく、やがて目の前に立ちはだかった男がさらに怒鳴りつけた。

    「仕事も半端に放り出して何勝手に出歩いてやがる!」

     男の怒声は明らかにりんに向けられていた。あまりに唐突な出来事に、りんはもちろんのこと、かごめも犬夜叉も瞠目するしかなく。怒鳴られている理由もわからなければ、仕事が何を指しているのかもさっぱりわからない。何せこの村に来たのは今日が初めてで、当然知り合いすらひとりもいないのだから。誰かと勘違いしているのは明白だった。人違いではありませんか? と、口を開くよりも早く、土で汚れた男の手がりんに向かって伸ばされた。だが、乱暴なその腕が少女に触れることはなく。

    「こいつは『すず』って名前じゃねぇ」

     犬夜叉が男の手首を掴みあげたのだ。

    「な、何しやがる! おい、すず! 何なんだこいつらは!」

     喚く男から庇うように、かごめがりんを抱きしめた。男はなおもりんを誰かと勘違いしているらしい。怒声を聞きつけた村人たちが、作業を中断してこちらに注目しているのが、かごめのやわらかな腕のなかから見えた。

    「だから、こいつは『すず』じゃねえって言ってんだろ」
    「嘘つくな!」

     犬夜叉の手から逃れようと腕を振り回した男が、瞠目して固まる。どうやら人間離れした犬夜叉の容姿に今頃気づいたらしい。

    「ひぃっ! よ、妖怪!」
    「妖怪じゃねぇ、半妖だ」
    「よ、妖怪には違ぇねぇだろ! さ、さてはすず! お前が呼んだのか」
    「だから、人違いよ! この子はりんちゃんっていうんだから!」

     動揺からか、人違いに気づくことなく叫ぶ男に、かごめがついに眦をつり上げる。巫女姿の女人からぴしゃりと言い切られたからか、ようやく男がまじまじとりんを見つめる。
     ぎょろりとした目に宿るのは好意的な光などではない。まるで蔑むかのような眼差しが上から下へと這い、あまりいい気はしなかった。おまけに出会い頭にわけもわからず怒鳴られたとあれば、普通なら無愛想になっても仕方がない。ところが少女は無礼な男にも軽く一礼をする。犬夜叉が「こんな奴に気を遣うな」と言いたげな顔でこちらを振り向いたが、人への礼儀は欠かさぬように楓にしつけられた賜物であった。

    「確かに……すずにしては着てるもんが上等だな」

     それでもなお「いや、でも……」と男がつぶやく。すると騒ぎを聞きつけたのか、屋敷のほうからまた誰かが姿を現した。白髪混じりの男だった。小太りの男とは違い、土汚れなどひとつもない着物を着ているところから察するに、この村の長なのだろう。

    「ああ、これはこれは。お願いしていた巫女さまでしょうか?」

     例にもれず犬夜叉はもちろんのこと、りんを見るや否や瞠目する村長だったが、小太りの男のように騒ぎ立てはしなかった。

    「はい。巫女の楓さまの代理の者です」
    「遠いところをわざわざどうも。それで……そちらは?」

     胡乱げな眼差しが突き刺さるが、りんは黙って一礼をする。どこか既視感のある視線だった。ぼんやりとした記憶が脳裏を過ぎるが、思い出すよりも早くかごめが口を開く。

    「私の夫と、私と同じく楓さまから薬草について学んでいる村の娘です」

     よもや巫女の口から妖怪が夫などと聞かされるとは思いもしなかったのだろう。村長はもちろんのこと、未だその場にいた小太りの男もぎょっとしたような顔を隠しもしなかった。だがかごめも慣れたもので、にっこりと朗らかな笑顔を返したのだった。

    「そ、そうでしたか……。では皆さま、こちらにどうぞ……」

     村人たちの異様な態度からも、このまま寒空の下で待たされることも覚悟していたが、杞憂に終わり内心ほっとする。馬を小太りの男に任せ、りんたちは村長の案内に従い屋敷に足を踏み入れるのだった。


    ◇◇


     何とも愛想のない娘だ。
     むすりと黙り込んだ少女を前に、かごめはそんなことを思った。
     村長の案内に従い通された部屋は、一介の村娘の居室にしては豪華なもので、娘が如何に溺愛されているかがうかがえるというもの。そもそもいくら村長とはいえ、農村の家屋に個室があること自体がめずらしいのだが。
     この部屋に通されてからというもの、娘の表情に変化はない。何も笑顔を絶やすなとか、人当たりよくしろなどと思っているわけではない。確かに無愛想に過ぎるが、かごめが何より納得いかないのは、この娘のりんへの態度だった。

    「じゃあ、すぐにこの薬を飲んでもらって……」

     娘は脚の痛みを訴えていた。打ち身をした覚えもなければ、心当たりも一切ないとのことだった。現代のようにMRIもレントゲンも存在しない戦国の世では、こうして症状に合わせた薬草を煎じるしかなかった。
     薬を差し出したかごめに、娘は相変わらずのむすりとした表情を崩さずに言った。

    「今?」

     いや、だからそう言ってるじゃない――と、返したくなるのをぐっと堪え、かごめは何とか笑顔を貼り付ける。

    「ええ。空腹の状態でも問題なく飲めるので」
    「……ふーん。わかったわ」

     訝しげに煎じ薬を眺めた娘を前に、かごめははっとしたように辺りを見回す。すぐに飲めと言ったはいいが、白湯を入れている湯呑は空になっていた。脚に痛みがあれば水場に行くのも億劫であろう。居室には暖を取るために火鉢は置いてあるものの、重ねた夜着から出れば、冬の冷気でさらに痛みが酷くなりかねない。
     とはいえ、客人の自分たちが屋敷内を勝手に歩き回るわけにもいくまい。娘のそばで様子を見守っていた村長に頼もうと、かごめは「あの、村長さん」と声をかけようとしたのと同時に、娘が顔を上げた。きっと睨みつける視線の先は、ぬばたまの髪の少女――りんだった。

    「何ぼさっとしてるのよ! さっさと水を汲んできなさい!」

     目が点になるとは、こういう瞬間のことを言うのだろう。かごめはもちろんのこと、命令されたりんも呆気に取られたように固まっていた。部屋の外で待機していた犬夜叉も、襖から顔を覗かせて唖然としている。
     何せ自分たちはこの家の者ではないのだ。当然ながら、井戸の場所だってわからない。そもそも一応は客人なのに、娘はまるで使用人に命じる態度で――それにしたってもっと言いようがあるだろうに――りんに言葉を放ったのだ。
     ――何なのよ、この子……!

    「ちょっと、あなたねぇ……!」

     かごめは憤然たる表情で抗議の声をあげた。どう考えても初対面の人間に取る態度ではないのに、村長も黙ったままで娘を叱らないときた。それどころか、さも当然。そう言わんばかりに座しているではないか。屋敷前で遭遇した小太りの男といい、いったいりんが何をしたというのだろう。
     病に苦しむ人を救いたい気持ちはあれど、妹同然に可愛がっている少女を無下に扱われて、黙っていられるかごめではない。眉を顰め、娘に向き合う。するとようやく村長が口を開いた。

    「これ、ちづ! そこの娘は……」
    「あ……」

     父の言葉に、娘ははっとしたように口を噤むが、悪びれもしない。村長は使用人を呼びつけると、水を組んでくるようにと命じる。現れたひょろりとした体つきの中年女性も、りんを見るなり険しい顔つきになった。
     妖に取り憑かれているとか、妙な気配はないものの、やはりこの村は何かがおかしい。犬夜叉と、霊力を持つ自分がいれば余程のことが起きない限り問題ないだろうが、長居は無用だろう。薬草の準備を続けながら、かごめは顔を顰めたのだった。
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