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    kyo001

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    kyo001

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    今年の5月に出したかったけど間に合う気配がないので8月か10月くらいに発行する予定のお話です。
    ケツ叩きのために途中まで公開します。
    続きは推敲が完了次第UPします。

    #殺りん
    atTheCostOfOnesLife

    ともかがみ(仮)① 血の味がする唾液を乾いた地面に吐き捨てれば、赤い色が混ざったそれは、冷えた砂にじわりと染みる。今日もまた殴られた。口の端が切れてしまったようだし、これはしばらく腫れるかもしれない。どうせ、この顔がどうなろうと誰も気にも留めたりしないのだけれど。
     せめて明日は殴られないように振るまおう。まあ、今日だって何も悪いことはしていないのだが。ただあの人たちの機嫌が悪かっただけで。ああ、まったく嫌になる。

    「……みんな、さっさと死んじゃえばいいんだ」

     隙間風が入り込む納屋に入ると、少女は身を縮こませた。小さなつぶやきを聞く者は誰もいない。ちっぽけで孤独な自分に手を差し伸べる者が、ひとりもいないように。唯一寄り添ってくれるのは、夜の闇だけだ。ぼろぼろの着物を被り、まぶたを閉ざす。朝になればまた、地獄の始まりが待っている。


    ◇◇
     

    「殺生丸さま。りん、しばらく村を離れるんです」

     冬を迎え、木々たちは次々と葉を散らしていく。村の裏山の立派な一本桜も例外ではない。剥き出しの梢を寒風に晒し、彩を失った大木の根本に腰掛けたりんは、鈴鳴る可憐な声でそう告げた。
     十日と少しぶりの殺生丸の訪いだった。豊かで美しい白毛に包まれながら、少女は会えなかった日々の出来事を忙しなく語る。会話とも呼べない一方的な語らいだったが、殺生丸はいつものように黙したまま耳を傾けてくれた。この村ではお馴染みの光景だった。けれども、りんが放った言葉は思わぬ一言だったらしく。白皙の美貌が、視線だけで「何故」と問う。

    「この前、山をふたつ越えた先にある村から遣いの方が来たんです」

     村長(むらおさ)の娘に薬を煎じてほしい。遠方の村から遣いの者が楓を訪ねてきたのは、数日前のことだった。
     何でも娘には持病があるものの、手持ちの薬が効かなくなってしまったらしい。困り果てた村長が藁にも縋る思いで旅の僧に相談したところ、僧は同業者から聞きかじったある人物の話をした。「よく効く薬を煎じる巫女がいる」――と。
     使者はすぐに楓に村に来てほしいと願ったが、齢六十を越えた彼女の足腰で山越えは厳しいものがある。付け加えると、いつ子が生まれてもおかしくない村人もいるため、おいそれと離れるわけにはいかなかった。

    「なので、かごめさまが代わりに行かれることになったんですけど……」

     かごめが犬夜叉のもとへ帰ってきてからまだ一年にも満たない。彼女より三年ほど長く楓の手伝いをしているりんのほうが、薬草の知識はずっと深い。

    「だから、りんも同行することになったんです」

     ――あ、不機嫌になった。
     顰められた眉が、殺生丸の心を物語る。邪見には劣るかもしれないが、白銀の大妖怪の心中を察するのは、りんの得意とするところである。恐らくは、女だけでの山越えを心配しているのだろう。

    「犬夜叉さまが一緒だから大丈夫ですよ」

     犬夜叉の名に、殺生丸がますます顔を顰めた。半妖の犬夜叉が同行すれば、正しく鬼に金棒。女ふたりでの山越えとは比較にならないくらいに安全だ。ところが相変わらず弟を素直に認められないのか、綺麗な顔には「気に食わない」と大きく書いてある。
     かといって、殺生丸に用心棒を頼めるはずもない。彼が日頃どこで何をしているのか、りんは詳しいことは聞かされていない。が、邪見曰く「とてもお忙しくされている」とのことなのだから、そんなひとを連れ歩くわけにいかない。

    「心配しないで、殺生丸さま。犬夜叉さまは殺生丸さまの次にお強いんだから」

     不機嫌になってしまうから敢えて口には出さないが、何だかんだいって彼らはとてもよく似ている。強くて優しくて強情で……。りんが最も安心できるのは殺生丸の隣だけれど、彼の異母弟への信頼も厚い。犬夜叉とかごめ夫妻と一緒なら、万が一のことが起きても何の心配もないと断言できる。
     朔風が頬を撫でる。ぴりりとした冷たさに思わず肩を竦め、口元を白毛に埋めた。すると、

    「りん」

     長い指が、寒さで冷えた頬を撫でる。少女の黒曜の瞳が大きく見開き、冷たかったはずのそこに、内側からこみ上げた熱が集中していく。
     ――あれ……?
     何かがおかしい。そう言わざるをえないような釈然としない違和感が、りんの胸中を掠めていく。正体を掴めないそれは、霧が晴れるようにふわっと消え去ってしまう。
     何だったんだろう……。そう思いはしたものの、今の穏やかな時を犠牲にしてまで気になるものでもない。疑問を捨て去ると、りんは小さな指で殺生丸の優しい指に触れて、桜色の唇を開く。

    「はい」

     ひときわ強い風が落ち葉を巻き上げる。乾いた音は思いのほか大きく、鳥のさえずりがかき消えた。けれど殺生丸からつむがれる低い声は、確実に少女の耳へと届く。

    「何かあれば私を呼べ」

     人間よりも遥かに優れた犬妖怪の聴覚といえども、限界はある。どこにいようともこの声が届くなど、ありえない。だけど、何里離れていようとも……。それこそ、りんが地の果にいようとも、殺生丸は必ず駆けつけてくれる。絶対的な確信と安心を抱かせる真摯な声が、少女の心をあたたかく染めていったのは言うまでもなく。
     
    「――はい!」

     冬の寒さは、どこかに飛んでいってしまった。だからなのか、少女が浮かべた笑顔は、まるで春の花のようだった。
     大妖にしか見せないとっておきの表情に、殺生丸は満足げに頷いたが、何やら思案するようにこちらを見つめる。まるで穴でも空くのではないかと思うくらいに視線を注がれては、流石のりんも落ち着かない。

    「え、ええっと……」

     そわそわと黒曜の瞳をさまよわせ、「殺生丸さま、どうかしました……?」と訊いてみるものの、薄い唇は閉ざされたまま。別に、何てことないはずなのに。作り物のように美しい顔に、心の臓が落ち着きをなくす。
     あれ、あたし、どうしちゃったんだろ……?
     殺生丸は、美しい。それは純然たる事実で、りんとてよく承知しているし、幼い頃から神様のように綺麗だと思っている。だからといって、りんが彼の美貌に動揺を抱いたことは一度もなかった。それなのに、いったい今日はどうしたというのだろう。
     肌を刺すような寒々とした風が白銀の髪を揺らす。流線を描くそれはきらきらと輝いて、手を伸ばさずとも絹にも負けぬ触り心地だとわかる。いつ見ても己の癖っ毛とは大違いで、素直にうらやましい。未だはやる鼓動を落ち着かせるため、そんなことを考えていると、背に回った逞しい腕に引き寄せられる。え? と、思う間もなかった。
     鼻腔をつんと刺激する冷たい空気も、耳をくすぐる小鳥の囀りも、何もかもが一瞬にして消え去ってしまう。目を白黒させる少女が捉えるのは、頬を撫でる絹糸と、着物越しでもわかる硬い鎧。
     片腕で抱き寄せられたのだと理解した瞬間、かあっと頬に熱が募る。殺生丸が何事かつぶやくが、りんにはもう何も聞こえない。最早、それどころではなかったのだ――
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