Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ちえさん

    筋肉大好きな20↑です。
    常に筋肉吸いたいです。
    書きたいだけ書いたお話置いてきます。
    ついすてととうらぶを置いていきたい所存です。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 22

    ちえさん

    ☆quiet follow

    クル監
    夢小説鉄板記憶喪失ネタ
    #ツイステプラス
    #クル監

    #ツイステプラス
    twistaplus
    #クル監
    wardenOfABuddhistTemple

    『先生、心理戦はお得意ですか?』

    大鍋をかき混ぜながら言う彼女は、魔法が使えないにもかかわらず、群を抜いて魔法薬学の才能に秀でていた。その才能に感心して、自分の監督の下であれば空き時間に自由に魔法薬の調合をしていい、と許可したのはつい先日のこと。

    『心理戦?』

    パタン、と読んでいた本を閉じて大鍋に歩み寄って中身を覗き込み、ほう、と感心する。鍋の中は綺麗な水色に染まっていて、香り高いブランデーのような香りが漂っている。その色と香りは、難易度の高い魔法薬の調合が見事に成功していることを示していた。

    『そう、心理戦です。得意そうですよね、ポーカーとか。』

    『さぁな。』

    ふっ、と微笑んで、もう一度鍋を覗き込み、おや?と今度は首を傾げた。先ほどまで水色に染まっていた薬は、微かに紫色に変色していた。

    『…残念だったな仔犬、今回の調合は失敗だ。
    香りは変わらないから、ほぼ成功と言えるが。』

    『うーん、残念。』

    そう言う割には彼女はあまり残念そうではなく、スンスン、とまるで犬のように香りを嗅ぐ。提出用の試験管にそれを入れて、教室の薄暗い灯りにかざした。

    『これはこれで、綺麗な色ですけど。』

    『ああ。だが、失敗は失敗だ。』

    『厳しい。』

    クスクス笑って、彼女はクルーウェルに試験管を手渡す。それを受け取って同じように灯りにかざしてみて、ふと考え込んだ。

    ―あの材料の中に、失敗とはいえ…、この色になる植物は入っていたか?

    『心理戦の話、ですけど。』

    まだ続いていたのか、と心の中で呟いて試験管から目をそらし、視線で話の続きを促す。

    『好きな人を忘れる薬があったら、飲みますか?
    ちなみに見た目は同じ、香りも同じ、飲めば死ぬ猛毒もその場にあります。そして、その場には多少自分と関わりのある人が居て、そのどちらかの薬を飲まなければその人は壁に押し潰されて死ぬ状況です。』

    『ナンセンスだ。』

    呆れたようにため息混じりに即答するクルーウェルに彼女は、そうですよね、と笑う。

    『第一、特定の人物を忘れるという都合の良い魔法薬は存在しない。呪文もな。
    記憶を無くす呪文や魔法は、忘却対象の範囲が絞れないことになっている。』

    『そうなんですか?
    私はあると思ってました。よくあるじゃないですか、付き合っている恋人同士の片方が事故にあって、恋人だけ忘れるっていう展開。』

    『その恋人はどうなる?』

    『そこでライバル登場です。自分はその恋人にないがしろにされるんですが、恋人はライバルには心を開いているんです。やきもきしながら、恋人が自分のことを思い出してくれるように奮闘するんですよ。』

    『くだらん。
    記憶が無いのを良いことに恋人をないがしろにして他の異性に心を開いている者など、記憶が戻ったところで性根は変わらない。』

    ふん、と切り捨てて、クルーウェルは彼女に温かくホカホカと湯気をたてるホットチョコレートが入ったマグカップを渡した。彼女がこうして自主的に魔法薬の調合をしに来て、一息つくことがいつの間にか習慣になっている。私はブラックコーヒー派です、と最初は言っていたが、今は大人しく出されるまま、マシュマロの浮いたホットチョコレートを飲んでいる。


    『貴重なご意見ありがとうございます。』

    やけに真剣な顔でお礼を言うので、思わず笑ってしまいそうになるのをクルーウェルは堪えた。
    ホットチョコレートを一口飲んで、彼女はまあでも、と話を続ける。

    『好きな人を忘れて生きるか、好きな人を想ったまま死ぬかの選択ですもんね。それに、その場に居合わせる“誰か”が、自分にとってそれほど影響が無ければどちらも飲まずに自分が生き残るのが賢明です。』


    彼女の言葉の意味を考えている間に、彼女はホットチョコレートを飲み終えて、役目を終えた大鍋を洗い内側を綺麗に拭きあげていた。

    『そうだ、先生。私、元の世界に帰ることが出来ることになりました。学園長が見つけてくれたんです。』

    まるで今思い出したかのように、そしてまるで世間話のついでの流れのように告げられた事に、クルーウェルの口から思った言葉は出てこなかった。それでも表情は崩さずに、大鍋を丁寧に拭き続ける彼女を見る。

    『…その割には、あまり嬉しくなさそうだが?』

    『まあ…そうですね、こちらの世界で魔法薬のことをもう少し勉強したかったので…。』

    『そういえば、魔法薬に関してはやけに熱心だったな。』

    『はい。』

    大鍋から視線を外した彼女が、まっすぐ見つめてくる。思えば今日、クルーウェルが彼女の顔をまともに見るのはこれが初めてだった。だが、クルーウェル自身が見ようとしていなかったのではない。彼女が、クルーウェルの顔を見なかった。否、クルーウェルの顔を見ないように、常に大鍋の様子を見ながら、かき混ぜ続けなければならない薬を調合していた。

    『元の世界に、不治の病を患っている恋人が居ます。なんとかその病を治せないかと自分の世界でも、薬学の勉強をしていました。この世界に飛ばされたのは、その病を治す薬を見つける為なのかもしれないと思っていたんです。』

    ―恋人。

    たかが四文字の単語がなぜか頭に響いて、彼女の声が遠くに聞こえる。彼女は目の前にいるというのに。

    『…いつ帰る?』

    薬は見つかったのかとか、どんな勉強をしていたのかとか、もっと聞くべき事があるだろうと自分自身に呆れながらも、その言葉しか出てこなかった。

    『今週末には帰ります。』

    『ずいぶんと急だな…餞別をやろう。何が良い?』

    『じゃあ、その…今調合をした魔法薬をください。』

    『失敗作だが。』

    『はい、でも良いんです。』

    『……悪用はするな。
    サンプルとして保管するために分けるから、待っていろ。』

    『はい。』

    新しい試験管を棚から取り出して、彼女が手渡してきた魔法薬の中身を分ける。それを受け取って、彼女は頭を下げた。

    『ありがとうございます。』

    その週の週末、彼女は宣言通り、見送る学友達の熱烈な見送りにも後ろ髪を引かれることなく、あっさりと元の世界へ帰っていった。

    ―もっとかけるべき言葉があっただろう。

    まるで水に沈んでいくように鏡に消えていく彼女の姿を、鏡から一番遠くの位置で見送った。


    *
    『ついに、監督生くんの世界に繋がる鏡ができましたよ!これでいつでも行き来できます。
    いやぁ、監督生くんが帰ってから一年以上経つのに、なかなか忘れられない貴方がたの為にここまでするなんて…私、なんて優しいんでしょう!』

    声高々に告げられた言葉が、ほの暗い学園長室に響いた。そこには各寮の寮長達が集められていて、一同が息を呑む。

    『この件は、監督生くんにも伝えてあります。
    皆さんを差し置いて私が最初に会いに行くのは気が引けましたがねぇ~!彼女、元気でしたよ。』

    いつになく上機嫌な学園長はさておき、それなら早速と動き出そうとする各寮長達を、ステイ!と鋭くクルーウェルは引き止めた。

    『鏡を通ることの出来る人数には、限りがある。一気に押し寄せれば…分かるな?』

    その言葉に優秀な寮長達は全てを理解し、神妙な顔で頷いた。鏡を潜る際のルールや条件、特に、彼女の世界と完全に繋がるまでには時間を要するので、行き来する際の時間については厳守するよう伝える。
    寮長たちに続いて学園長室を出ようとしたクルーウェルの背中に、学園長は声をかけた。

    『良かったですね。』

    『…それはどういった意味で?』

    にんまりと笑顔を向けてくる学園長に無表情で問うが彼は、にこにことしているだけ。眉間にシワを寄せたが頭を軽く下げて、クルーウェルは学園長の部屋を後にした。



    監督生の世界へ繋がる鏡を潜る順番がクルーウェルに回ってきたのは、それから数ヶ月経ってからだった。彼女はこの世界に滞在していた短期間に、ずいぶんと交遊関係を広げていたらしい。
    漸く監督生の居ない学園の日常が戻りつつあったのに、そわそわと鏡を潜る順番を待つ駄犬たちを何度躾直したことか。

    ―まあ、あれだけ周りでオーバーブロットやら事件やらの騒動が起きていればな…。

    鏡を潜る準備を整えて、ふと顔を上げたときに、餞別として彼女に渡した魔法薬の半分が入った試験管が視界に入った。

    ―あれから数ヶ月経つのに、色が変わっていない…ということは、効果を持続させるための効力…か。

    試験管を手にとって、蓋を開ける。スン、と嗅いだ香りは、調合した時と変わらない香りのままだった。

    ―あの仔犬が調合をしていた魔法薬は、確かに失敗だった。最初は成功した色だったがその後色は変わった。…だが失敗にしては、色は澄んでいた。
    本当に失敗だったのか?最初から、その魔法薬を作るつもりだったのでは?それに、あの時仔犬は自分に質問を―…

    『…あの仔犬ッ、』

    試験管を手にコートだけを羽織って、彼女の世界へ繋がる鏡まで早足で向かう。完全に彼女の世界へと繋がる時間を、忠犬のように待つことは出来なかった。



    *
    それは、人通りの多い通りに面するカフェのテラスで、マシュマロの浮いたホットチョコレートを飲んでいた時だった。
    ブラックコーヒー派なのに、なぜ、自分が今ホットチョコレートの入ったマグカップを持っているのかを真剣に考えているところだ。
    レシートを見て、自分がホットチョコレートを注文していることを確認する。どうやら店側のミスでは無いらしい。

    ―“向こう”から誰かが来るときは、ここで待ち合わせすることが決まりだけど…今日は誰を待ってるんだっけ。

    考え込んでいた時にふわり、とどこか懐かしい気持ちになる香りに顔を上げると、そこに居たのは明らかに一般人とは雰囲気の異なる長身の男性だった。
    見るからに手触りの良さそうなフワフワの毛皮のコートを着て、派手な赤と、それを際立たせる白黒の色を着こなすその男性は、カフェで午後の時間を過ごす客達の好奇の視線を集めている。
    そんな視線を気にすることなく、その男性は微かに怒ったような表情で、テラス席に座る自分にまっすぐ歩み寄って来る。


    『チッ…既に飲んでいたか。』

    『…?』

    端正な顔立ちと無駄な動作の無い男性からは想像できないほどの低い声と舌打ち。目の前にドカッと座る男性の言葉の意味が分からず首を傾げると、更に怒ったような顔をした。顔が整っているだけに、迫力がある。

    『その服。喪中か。』

    『…あの…どちら様、ですか。』

    『俺の質問に答えろ。喪中だな。』

    語気強めに問われて、なんと不躾なとか、なぜ自分がこんな目に、と思い泣きそうになりながらも、小さく頷く。真っ黒な服に、薄い化粧。その出で立ちから予想したであろう男性の読みは、正しかったからだ。

    『誰の。』

    『なんで、そんなこと言わなきゃいけないんですか。』

    『答えろ駄犬、誰の喪中だ。』

    『………っ、恋人です。
    今の医療では治療法の無い病気だったんです。答えたから良いでしょう、なんなんですか、貴方。』

    『これに見覚えは?』

    コートのポケットから、男性は試験管を取り出して見せてきた。中にはピンク色に近い、薄紫色の液体が入っている。

    『…あります、飲みました。ついさっき…というより、飲んでいます。これに入れて。』

    マグカップに半分残ったホットチョコレート見せると、男性は先ほどまでの怒りに満ちた顔から一変、フッと微笑んだ。毒の方ではなかったか、と小さく呟く顔は、心の底から安堵しているようにも見える。

    『やはりお前は優秀な仔犬だ。
    こちらに置いておくのは勿体無い、行くぞ。』

    『…いいえ、帰ります。』

    ―仔犬?行く?どこに?何を言われているのか分からない。それなのに、目の前の人が誰か分からないのに、何か思い出そうとしてる?


    ちぐはぐな感情に耐えられず荷物をまとめ立ち上がるより早く男性は先に立ち上がっていて、腕を掴んで歩き出した。長い脚の一歩は大きくて、早歩きというより寧ろ小走りで、男性の歩幅に必死についていく。

    『ちょっと待ってください、どこに行くんですか!この鏡は、だって…!』

    『ああ。“お前の居た”世界だ。』

    短く答えて男性はひび割れた大きな鏡に躊躇い無く脚を踏み入れて、抵抗することも出来ずに自分もそれに呑み込まれていく。

    ガシャン!と突然割れた鏡に、通行人は驚いたように脚を止めはしたが、気にする者はいなかった。


    *

    『持っていろ。』

    コートを脱ぎ、椅子に座らせた彼女にそれを持たせた。大鍋を火にかけて、クルーウェルは手早く薬草を調合していく。

    『…先生なんですか?』

    ぐるりと辺りを見回した後、おずおずと問いかけられた問いにクルーウェルは答えなかった。場所も覚えている。自身が“この場”に居たことも覚えている。それなのに、クルーウェルの事を覚えていない。

    『都合の良い魔法薬は存在していたということが証明されたな。』

    材料を煮込みながら呟いて、さて、と腕を組んだ。

    『俺の事を忘れている、ということは、最後の仕上げに必要な材料はここに揃っている。しかし、あの時調合した魔法薬が失敗ではなく成功していて、こうも簡単にこのクルーウェル様を忘れるということが気に食わない。』

    ゆっくりと歩み寄りながら、クルーウェルは静かに言った。身を竦める彼女にゾクゾクとした感情が沸き上がってくる。ただ単純に、仕上げの材料を用意させるだけで済ませる気は毛頭無かった。

    『…あの…!?』

    顎をすくって上を向かせ、リップだけで薄く微かに色づけられただけの唇に噛みついた。

    『んん!んん!!』

    抵抗しようともがく手を軽々押さえ込んで、唇に噛みついては舐めて、を繰り返す。くちゅ、とわざと音をたてると、ピクリと身体が跳ねて、抵抗する力も頑なに閉じる唇も微かに緩んだ。その拍子に、べろりと舌をねじ込む。

    『ぁ…ふっ…』

    『…ッ、』

    しばらく続けていると思うよりも艶めいた吐息混じりの声が耳をくすぐって、抑えが効かなくなる前にクルーウェルはゆっくりと身体を起こした。ぺろ、と唇を舐めるクルーウェルを蕩けきった顔で見上げてくる彼女の唇は、上気した頬と同じようにすっかり赤く染まっていた。その唇の端を伝う唾液を、小さな試験管で拭う。

    『材料はこれで揃った。』

    ピチョン、とそれを大鍋の中に入れて、かき混ぜる。未だ呆けた顔をしている彼女の薄く開いた唇に完成した薬をスポイトで流し込んだ。
    こくんと素直にそれを飲み込んだ彼女に、良い子だ、と甘く囁いて頭を撫でる。ついでに、ちゅ、と唇に口づけを落とした。

    『………クルーウェル先生、』

    『ほう、思い出したか。』

    薬を飲み込んでからしばらくして目を見開いてぷるぷると身体を震わせ始めた彼女に、にーっこりとクルーウェルは微笑んだ。

    『仔犬の分際でこのクルーウェル様を忘れるとは、いい度胸をしている。躾が必要だな。』

    『いえ!不要です!』

    立ち上がろうとする彼女をトン、と押して再び椅子に座らせる。うわ、と言ってストンと座らされた彼女を見下ろし、腕を組んだ。

    『あの時調合した魔法薬は対人間の記憶には作用しないはずのものだったが、まさか失敗していたと見せかけていたとはな。』

    恐ろしい仔犬だ、と呟いて、口直しにホットチョコレートを手渡す。苦味の残る口内にそれを流し込み、彼女はマシュマロが溶けきるのも待たずに、ごくんと丸呑みした。

    『…自分を試したんです、これを飲んで、どちらの記憶を無くすのか。あれだけ好きだなんだと言って、治す薬を作りたいと言っていながら、クルーウェル先生の方の記憶を無くすなんて…』


    薬の効果は、“特定の人物”の記憶を無くすもの。クルーウェルと恋人、彼女は自身の中でどちらに本当の愛情を向けているのかを、天秤にかけたのだ。

    『ステイ。
    それ以上の言い訳は今は不要だ、後で詳しくじっくり聞いてやる。お前は身を以て、その薬の効果を実証したわけだ。出来の良い仔犬だが…出来の良さは時に脅威となる。首輪をつけて見張る主人が必要だな。』

    『いえ、今さらこちらに私の居場所なんて無いですし…帰ります。』

    『記憶を無くすくらい、クルーウェル様の事を愛しているんだろう、帰る必要が無い。それに、鏡は割れた。』

    『割れ…た?』

    ぽかんと口を開けてしまう彼女にそうだ、と平然とクルーウェルは頷く。

    『あちらと完全に繋がる前に鏡を潜り、こちらと完全に繋がる前に戻ってきた。割れるのは当然だろう。』

    『と、当然じゃないです!私、帰れないじゃないですか!』

    『キャンキャン喚くな。』

    『しかもさっきの“材料の採取”だって…あんな方法じゃなくても良かった筈ですよね?軽々しくあんなこと…!』

    『ただ採取するだけでは躾にならないだろう。それに、軽々しく?…ふっ、そうか、恋人ともしたことなかったんだな?』

    妖しく微笑むクルーウェルの顔が再び近づいてくる。うっ、と身を竦めるあたり、図星らしかった。

    『や、やめっ…』

    『あの時、お前は聞いてきたな。心理戦は得意か、と。俺はまんまとその心理戦にはまったわけだ。
    …毒を飲んだのかと思っていたからな。』


    『毒を飲む勇気は私にはありません…それに、彼が亡くなっても、毒を飲んで後を追いたいと思う程じゃなかったんです。
    …酷い女ですよね、先生が言っていたとおり。記憶が戻ったところで、性根は変わらない。』

    ふう、とため息をつく彼女の頬に手を滑らせて、じっと顔を見つめる。

    『お前の世界では知らないが、この世界では性根が悪いくらいでないと、やっていけないと知っているだろう。』

    『まあ…それは、そうなんですけど…とにかく、なんとかして私を帰らせてください。行き来するのは良いですけど、もうこちらで生活するつもりは無いんです。』

    『鏡が繋がる方法はある訳だが何しろ時間がかかる、俺が面倒をみてやろう。』

    『…みなくていいです…。』

    『また躾られたいか?』

    ブンブンと首を横に振る彼女に微笑んで、そんな彼女をクルーウェルは立ち上がらせた。

    『心理戦が得意かと聞いてきたな。』

    面倒臭いが鏡が割れたことを報告するか、と言って部屋を出て学園長室に向かいながら、クルーウェルは言った。

    『弱りきった獲物が目の前に居て、その獲物には逃げ道もなければ助けを呼べるような仲間も居ない。そして自分は、その獲物を生かすも殺すも、手のひらの上。』

    『…それは私がクルーウェル先生に殺されるってことですか?』

    『殺すものか。せっかくの獲物がこうして弱りきって目の前に現れたんだ。
    自分から帰りたくないと言うまで…さて、俺様なら、どうするかな?』

    すうっ、と目が細められて、ひっと息を呑む。

    『記憶を無くすくらい、その愛は本物なんだろう?』

    『…先生本当に犬派…?』

    小さく呟くと、ぐい、と手を引かれる。

    『何か文句でも?』

    『…いいえ…』

    彼女はゆっくり首を横に振って、ため息をつく。
    もう既に半分以上、帰りたくないという気持ちになっていることは、先生には分かっているんだろうな、と彼女は心のなかで呟いた。
    クルーウェルの記憶を無くしていた時点で、そして2人の唾液が混じりあったものが記憶を戻す薬の材料となる時点で、こちらの気持ちは手に取るように分かっているはず。

    『先生、やっぱり心理戦得意ですよね。』

    諦めた顔で問うとクルーウェルは薄く微笑むだけで、何も答えない。その代わり生活用品一式が必要だな、とやけに上機嫌で呟いて、その呟きは学園長室へと繋がる静かな広い廊下に消えていった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👍👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works