Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    machi

    @kakera16beats

    ⚡️🀄🥁、🍚🥁

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💙 💚 💜 💚
    POIPOI 13

    machi

    ☆quiet follow

    2021年
    やまみさ健全

    #やまみさ

    カレイドスコープ・リフレクション1.

    「なんか今日、女の子多くない……?」

     あおいに続き、俺と風太もステージ袖からフロアを覗き見る。

    「本当や、多かね」
    「いつも来てくれるお客さん達、後ろに居るな」
    「場所譲ってくれたのかも」

     吉祥寺のライブハウスで月に一、二回程度定期ライブを行うようになった。上京後、LRフェスへ参加する知名度から興味半分で観に来てくれるお客さんはチラホラ居た。しかしノリだけで演奏技術は他バンドに劣ると評価される俺らだ。せっかく興味を持ってくれた人達を如何に掴んで離さないかが議題になる。そこで打った施策。前回のチケットの半券があれば次回のライブのチケット代は半額というリピートチケット制度を導入し、それが功を奏した。俺らのマージンは下がるかと思いきや、最近出したデモCDやグッズのタオル、ステッカーを複数買ってくれる人が多く、有難いことに売上は右肩上がり。ライブに来てくれたお客さんが宣伝がてら身近な人達に配ってくれているらしい。
     今日の定期公演も前売りは完売。すっかり馴染みのライブハウスになったここはスタッフの人数も最低限しか働いていない小さな箱だが少し強面の店長がとにかく良い人で、東京に慣れない俺らの面倒をよく見てくれた。
     開場時間になり、賑わい始めたフロアを覗くといつもとは違う雰囲気があった。普段は近所の商店街の人達も多く、はなまる商店に通う小学生達が親御さんと一緒に来ることもある。だからフウライのライブ客層は小学生から親父お袋世代、老若男女幅広いはずなのに今日は極端に女子が、しかも俺らと同い年ぐらいの子達が多い。あおい、風太と顔を見合わせるが理由がさっぱり分からない。

    「お前達、準備は出来たのか?」
    「あ、絋兄ちゃん。見んね、今日お客さん、女の子が多かばい」
    「ん、どれどれ……そう、だな。なんか珍しい光景だな……」
    「だろォ? なんでだろうな」
    「でも気にしてもしょうがないか、ほらさっさと準備するぞ」
    「あおい〜! 待たんね!」

     それから十数分後に始まったライブで更に驚く。
     ステージの上手側、ギターの大和の真ん前。そこ目掛けて女子達が密集していたのだ。基本は自分のスペースを取ってそこで跳ねながら一緒に歌ってくれたり、大人は後ろの方で酒を片手に気侭に揺れて踊りながら観てくれている。女子達が集まって、特に腕を上げたりもせず、ただ大和だけを見据えている状況は異常に感じた。風太もびっくりしたのだろう。今日は初めましてなお客さんが多かね、良かったら一緒に歌って、こーやって腕振ってくれたら嬉しい! そう声を掛けたのに、風太のMC中も大和を見ている。やばい、風太がへこんでる。後でフォローしてやらないと。ドラム台のおかげでメンバーの背中を眺めながらフロア全体も見渡せるこの位置が大好きだが、今はもどかしい。絋平とあおいは少しやりづらそうに見える。大和は、よく分からない。ただいつも通り真剣にギターを弾いているはずだ。
     最初こそはフロアの光景に驚きはしたがすぐに持ち直し、最後までちゃんと駆け抜けた。風太が暴走してセトリの順番ミスもしてもいない。練習に付き合ってやった大和のギターソロもバッチリ決まった。アンコールもちゃんともらった。でも手放しで今夜も最高だったと叫べない、妙なモヤモヤが残る。

     風太を連れて物販へ向かうあおいを見送る。重い機材があらかた片付いたのを確認した絋平は挨拶と精算の為にライブハウスの店長の元へと向かった。他のスタッフ達も別な仕事に移り、ステージ上に残ったのは大和と俺の二人。さっきのモヤモヤを今話していいものか、それともシェアハウスに帰ってからの反省会で切り出すべきか。考えながらシールドを巻いているとあおいが駆けて来た。

    「大和っ! 悪いんだけど物販来てくれない」
    「? わかった。すまん、岬。ちょっと行って来る」
    「いーけど、……なんかトラブルか?」
    「トラブルっていうか、俺じゃ対処出来ないよアレ……」

     ステージから降りた大和を掴んであおいが物販へと戻って行く。物販周りには常連と話す風太と、ヒールを履いて少し露出がある格好をした例の女子達。

    「アイツら、あんなヒールでライブハウスに来たのかよ。危ねぇだろ……」
    「あれ、岬だけか? 大和は?」
    「絋にい、精算終わったのか。おつかれ。なんかあおいが血相変えて大和連れてったんだが……見てみろよ。ライブ中、アイツらどう思った?」
    「うーん……あの子達、多分大和目当てで来てるよな。俺らの方一切見てなかったし」
    「だよなぁ……」

     物販を見れば、相変わらず大和と女子達に囲まれていた。そろそろ完全撤収時間だ。常連さん達も居なくなり、風太は暇そうにしているが流石にあの群れからは距離を取っている。いい加減、物販の片付けもして外に荷物を出さないと時間になってしまう。長崎時代、他のバンド連中と揉めることは多々あったが、今回は客が相手だ。どんな事情であれわざわざ俺らのライブを観に来てくれているのは確かだ。しかも異性となると正直どんな対応していいかがまるで分からない。絋平もきっと同じように悩んでいるのだろう。
     そんな俺らの様子を見兼ねたのか事務所から出て来た店長が割って入り、女子達を出口へと向かわせる。

    「おーい、お前らも早く出ないと延長料金貰うぞ」
    「店長すみませんっ! 急ぐんで延長は勘弁してくれませんかっ……」
    「ま、ジョーダンだけどな。椿、お前のせいでメンバー困ってるぞ」
    「……みんな、すまん」
    「ほらっ、謝るのは家に帰ってからでいいからっ! 大和は楽器持って、風太はこれ! 急いで帰るぞ!」
    「あー、あの子達出待ちしてそうだから見送るわ」
    「店長まじであざっす! 今度なんか差し入れ持って来るんでっ!」

     大慌てで機材を抱えて出入口のドアを開ければ案の定。流石に後をつけては来ないとは思うが念には念をだ。注意をしてくれている店長を横目に、シェアハウスへと目指して駆け出す。
     バンド内でも、他のバンドの奴らとも、なんなら現場のスタッフとも。喧嘩をして散々な目にあった酷いライブは正直沢山ある。その中でもこんなにも腑に落ちないライブは今日が初めてだった。


    2.

    「みんな、これ見てよ!」

     シェアハウスに帰宅して、一息付いたのも束の間。何かを検索していたあおいがスマートフォンの画面を見せてくる。
     表示されているのはどうやら個人が運営しているLRフェスのファンサイトのようだ。参加バンドの紹介や動画のリンクが貼ってあり、フウライのライブの感想も書いてある。それは大変嬉しいことだが、最新の日付のタイトル名が問題だった。音楽も良いが顔も良い男達揃い! 各バンドのイケメンを紹介! になっている。予想通り、そこに大和の写真が載っていた。アルゴナは五稜、ジャイロは界川、ファントムはフェリクス、イプシロンは二条兄弟が並ぶ。

    「へ〜、こがんサイトあるんやね」
    「なんか、コミュ力高い陽キャばっか……」
    「二条兄は違うだろ」
    「まだ二条兄と大和が同じ路線じゃない?」
    「でもあっちは確かに正統派のクール系っぽいけど、こっちはなぁ……」

     全員で写真の大和と目の前にいる大和を交互に見比べる。クールで美形なギタリストなんて中身が無いあおり文。俺の中での大和はド天然の白米バカだ。でも見た目は確かに、良い。それにまんまと引っかかったのだろう。
     紹介ページをスクロールすると、爆弾が締めの一言にあった。

    「まだアマチュアで活動する彼らと仲良くなるなら今って、……今日の子達、絶対これの影響でしょ」
    「……だな」
    「はぁ〜……こんなん真に受けんのかよ、個人でやってるやつだろ」
    「SNS調べてみたら結構フォロワーがいる人が書いてるみたい」
    「ばってんこん人はオレらんこと応援しとうて、ブログ書いてくれとんやろ?」
    「そうだが……なぁ大和、今日あの子達になんて言っていたんだ?」
    「俺の顔がかっこいいとか、連絡先を教えてくれ、とか。そんな話ばかりだった」
    「やっぱりそうか……」

     本人と風太以外から、深いため息が同時に溢れた。ライブの感想を直接伝える為に呼んだならまだしも、大和のプライバシーを聞き出そうとするとは。

    「俺らが物販立ってたら、大和は物販に来ないのかって詰め寄られてさ。それで大和呼んじゃったんだけどずっと質問責めされてて、助けたくても他のお客さんも居るし。あと正直女の子相手って、難しいよね。お客さんとして来てくれている以上、変な対応出来ないよ」
    「あれはちょっと、びっくりしたばい」
    「風太が引いてるってよっぽどだなァ……」
    「で、連絡先は教えたのか?」
    「いや、教えてない。ずっと一方的に話をされて、こっちが口挟む暇が無かった」
    「その態度も問題だな。ちゃんと断らないと」

     血の気が多い奴らの方がマシだった。 多少ガラの悪くても同性相手ならあおいだって物怖じせず注意が出来る。
     ただ今回は大和目当ての同世代の女子達。人見知りしない風太ですら間に入り込めず、ずけずけと物を言う大和が押されていたなんて、余程の勢いと気迫だったのだろう。

    「リピートチケットあるし、次の定期ライブもきっと来るだろうな」
    「連絡先教えて貰うまで来そうだよね」
    「どうする? 店長に相談して次は出禁にしてもらうか?」
    「……それは、嫌や」
    「風太?」

     絋平が強めの対応を提案するが、風太が異を唱える。

    「大和が目当てでも、もしかしたらライブに通っとる内にフウライの音楽好きになってくかも知れんやろ? やけんオレらから追い出すってのは嫌や」
    「風太……」
    「俺がはっきりと断らなかったせいで迷惑を掛けた。すまん」

     風太に悲しそうな顔をさせるのも、大和に頭を下げさせるのも、本意では無い。
     いくらアマチュアだろうが、バンドマンと客の間柄になる。プライベートで交流するのはご法度だ。それを目当てでライブに来られるのは困る。だが純粋に俺らの音楽を応援してくれるようになる可能性も否定は出来ない。

    「まぁ今後もこういうことが増えるかも知れないから、対応は考えよう。店長にも話をして意見聞いてみるよ」
    「なんだか疲れたね……」
    「はあ〜腹減った〜」

     盛大に腹の音を鳴らす風太に場の空気が和らいだ。

    「よっしゃ! 今から飯作ってやっからちょっと待ってろ」
    「岬悪いな。それじゃ、一旦この話は終わりだ。ライブの反省会は夕飯の後にするぞ」
    「問題だらけだけど……何とかしなきゃ」

     夕食後、一番風呂に入った風太が速攻で寝落ちした。ライブして、飯食って、風呂に入ったらそりゃ寝るよな、と苦笑い。明日朝イチで反省会するから今日はもうさっさと寝ろよ。そう絋平が告げ、各々自室へと戻る。寝ろと言われたが、言った本人は恐らく今後の対応について店長に相談をし、あおいもブログを書いている奴についてもっと調べているのでは無いだろうか。
     そういう俺も、寝付けずにいた。考えるのはまた明日にすれば良い。こんな時は寝るに限ると、すぐに布団に入った。身体は疲れているはずなのに、妙に頭が冴えている。横になっても一向に睡魔が来ない。理由は分かってる。
     ずっとあの時感じたモヤモヤが胸につっかえているからだ。気付けばスマホのディスプレイにはゼロが三つが並ぶ。無理に寝ようとするのは止めだ。気分転換に何か飲み物を持って来ようと、布団から起き上がった。



    3.

     駄菓子屋の手伝いをした時にもらったラムネが冷蔵庫の奥で冷えていた。玉押しを当てて押すと、プシュっと小さい音がする。
     部屋に戻らず、リビングの窓を開けて腰掛ける。星空を眺めながら、眠れない夜をここで過ごすことがある。ベランダで育てているミニトマトがもうすぐ収穫時期。たまに吹く夜風が気持ち良い。

    「……岬、か?」
    「あ? 大和。珍し、寝れねーのか」
    「あぁ、ちょっとな」

     大和は寝付きがいい。大学の課題が終わらないと風太共々泣き付いて来たのに日付けが変わる前には二人揃って寝てしまい、この終わっていない分はどうするんだと何度頭を抱えたことか。
     だからこんな時間に会えるとは思ってもみなかった。

    「大和もラムネ飲むか?」
    「もう歯を磨いたんだが……」
    「んなのもっかい磨けばいーだろ」
    「じゃあ、もらう」

     新しいラムネ瓶を取り出して開けてやる。はなまる商店の上に越して来る前は開け方を知らなかったばかりか、ラムネを飲んだことすらなかったらしい。なんで瓶の中に玉が入っているだ、これはどうやって取り出すんだとか、色々聞かれたことを思い出す。薄々気づいていたが、お坊ちゃん育ちなんだよな、コイツ。

    「……なんだ、やっぱし昨日のこと気にしてんのか」
    「それは、そうだな。俺がうまく対応出来なかったせいで、みんなを困らせた」
    「俺らに初めて会った時、めちゃくちゃ好き勝手言ってくれたくせに。こーゆう時こそはっきり言ってやれよ」

     俺の大和に対する第一印象は、最悪だった。
     初対面で偉そうにバンドの音を評価して来た。鼻につく野郎だと、こいつとは絶対に仲良くなれない。そう思っていたはずなのに今ではシェアハウスで一緒に暮らしながらLRフェスに挑戦している。
     最悪な出会いでも同じバンドで音を鳴らしている内に見方は一変する。興味があることにしか興味がない真っ直ぐさ故に発言がストレート過ぎて、勘違いされやすいだけなのだ。ただただ音楽が好きで、バンドに憧れている、口下手な奴。
     そして己のギターの腕前を認めた上で他のバンドのギタリストに教えを乞う姿勢。前向き、貪欲、向上心の塊。落ち込む時間があるなら、次へ繋げる為に動ける。馬鹿が付くほど真面目で前しか見ていない。それが今の印象だ。

    「……初めは、嬉しかったんだ。ギターソロかっこよかったです、って言われた。褒められたのならそれは素直に喜ぶべきだろう?」

     音楽と白米にしか興味を示さない大和でも、異性に声を掛けられるのは嬉しく、それで話に付き合っていたのかと思っていたがどうやら違うようだ。異性かどうかは関係無く、自分のギターを褒めてくれた人達だから、話を聞いていたということか。

    「でも段々と好きなタイプや好みの服装とか。あとは彼女はいるのか、とかだな。ライブの感想じゃなくなって」
    「そんなことまで聞いて来たのかよ……」
    「俺だけ東京出身なのも知っていたな。通っていた高校まで聞かれた時はこれはおかしいって気付いた」
    「じゃあそん時にそれを言ってやれば良かったじゃねぇか」

     流石の大和でも周りを囲む女子達がライブに来た目的がフウライの音楽ではなく自分だったと察したらしい。

    「俺を通して、これからフウライのことを好きになってくれるかも知れないって考えたら、言葉に迷った」
    「……なるほどな。お前らしいっちゃ、らしいな」
    「風太も同じ意見だったから、俺の判断は間違ってなかったと思う。ただあの場では上手く説明出来なくて、悪かった」

     音楽に対してどこまでも真摯に向き合う大和。風太と同様の純粋さ、素直さ。誇るべき長所だ。
     人気が出始めたバンドの彼女という立ち位置を狙う、見た目だけのファンというのはこんなにも厄介なのか。
     以前あおいがバンドの宣伝の一つで大和の容姿を積極的にアピールするのも有りじゃないか、と提案したこともあった。本人が断ったので無くなった話だがやらなくて正解だった。あんな奴らが更に増えるのは、勘弁したい。

     そこまで考えて、ようやく気付いた。抱えていたモヤモヤの原因。
     彼女達はギタリストである大和ではなく、おそらくその外見とバンドマンの彼女というステータスにしか興味がない。俺はそういう風に捉えていた。しかし危なっかしいと感じた高いヒールと露出が多い格好は大和へアピールする為のものだったのではないか。大和に存在を気付いてもらって、そこから関係を繋げたい。一つの努力の形である。そうだよな。なんたって、見た目は大事だ。

     俺の自慢の金髪も、ヤンキーっぽく見えるように選んだバンダナも。ドラムの演奏もパフォーマンス重視のド派手なのが好きだ。それはつまり、俺も同じでは無いのか。

    (あぁー……これってもしかして、同族嫌悪ってやつなのか……)

     こんなの、知りたくなかった。
     モヤモヤしていたのは彼女らのせいではなく、自分自身にだ。
     何でも器用にこなせそうなルックスでさぞモテるんだろう。都会から来たいけ好かない奴。偏見の目で、大和を一方的に嫌っていた。
     しかし接していく内にその見かけに反して中身は幼く、図体がデカいだけの手が掛かる弟のように見えて来た。口喧嘩しながらもつい世話を焼いてしまう。内面を知れば知るほど嫌悪感は無くなり、ついには仲間と認め、最終的に抱いた好意。バンドメンバーに対するLikeではなく、所謂Loveの方。この心境の変化には俺だって驚きだ。でも好きになってしまったのはどうしようもない。
     大和を好きになったのは外見からではないと断言出来る。でも真剣な眼差しでギターを弾く大和の表情がとても好きだ。稀に見せる笑った顔を見ると、たまらなくなる。
     多分、端正な顔立ちも含めて大和のことが好きなんだ。だったら見た目を繕って、同じ男が好きな俺と彼女達に大した違いはない。

    「改めて、すまん。岬にはちゃんと昨日のこと謝ろうと思って、部屋へ行こうと考えていたからここで会えて良かった」
    「んあ? なんで俺だけに?」
    「だって、妬いていたんだろう?」
    「はぁぁぁ だっ、誰が? 何に? 妬くって」
    「岬は俺のことが好きだろ。だから軽率だったと反省している。今度からは気を付ける」

     言っている意味をすぐに理解出来ない。大和に話しかける彼女らに俺がヤキモチを妬いた。それで怒っていた。嫉妬させてすまなかったと謝罪したかった。つまりは、そういうことか?

    「……違うのか? 怒っていたのは、俺が彼女達と話をしていたのが嫌だったんじゃないかって」
    「そりゃライブは楽しかったのになんか納得出来なくて、少しイラついちまったけどそれで怒ってた訳じゃねぇーよ」
    「そうなのか。岬も嫉妬するんだなって思って、俺は嬉しかった」
    「お前が女子と話してるのを見て、いちいち嫉妬してたらキリねぇだろ……」
    「でも岬が俺のことを好きなように、俺は岬が好きだから安心していいぞ」

     強気な発言に思わず出る、ため息。変に自信過剰な所があるのを忘れていた。実際、大和のことは好きだ。認めよう。そして大和も俺のことを好きだと返事をしてくれている。いわば相思相愛、風太達には報告出来てないが『お付き合い』をしている。だがここまで自信満々に言われてしまうと癪に障る。

    「……その自信、一体どっから来んだよ……」
    「目が合うところとか。俺のことを見ているからだろ。昨日のライブもよく目が合ったな」
    「あのなぁ、昨日は新曲でギターソロあったからだろ。散々付き合ってやったんだ、気になんだろ」

     反論するが、大和の姿を追っているのは悲しいことに事実だ。
     ライブ中は勿論、普段からつい追ってしまう。迷子にならないか見張っていると言い聞かせるがそれだけではないのは分かっている。目を奪われている。その言葉がピタリと当てはまる。

    「大丈夫だ、今度は曖昧な態度は取らない。でもせっかくなら、これからもライブには来てもらいたい」
    「まぁふつーに応援してくれるならいいーんだけど……」
    「だから上手く伝えられるように練習する。岬、心配かけたな」
    「……てかよ、」

     さっきまでの葛藤が全て吹き飛んだ。マイペースな大和に乱されて、調子が狂う。一人で勝手に煮詰まっていたのが、アホらしい。悩むのは柄じゃなかったな。
     見た目は大事だ。それは変わらない、俺のポリシー。だから否定はしない。
     始まりは何だって良いんだ。大和がカッコ良いから、ライブを観に来た。十分な理由じゃねぇか。あとは俺たち次第。フウライの音楽が届くように全力で音を鳴らすだけだ。だって目の前の奴ら数人すら楽しませられないバンドが世界なんて狙えないだろ。

    「話しすんのもいいけど、まずは音楽だろ。もっと練習して見せつけてやれよ、俺のギター超カッケェだろって。……俺はギター弾いてるお前が一番好きなんだよ」

     妙に素直だな、らしくないと鼻で笑われそうだ。ムカつくが今日は許してやろう。らしくないのは重々承知だ。しかし返って来た反応は想像とは違うものだった。
     飲み終わったラムネのビンが倒れて、カランとビー玉が鳴る。目線をそちらに向けたせいで、鼻先が触れ合う位置に大和が移動していることに気付けなかった。ビンは大和が動いたから倒れたのか。いや、それよりもこの状況はなんだ。突然ドアップになった大和の顔に思わず目を閉じると、最近慣れ始めた柔らかい感触がする。

    「ッツ 急に何しやがんだっ」
    「なんだか、胸がぎゅっとして、今するべきだと思った。だから、した」
    「いや、今からするって言えよ! びっくりすんだろっ」
    「そうか、……じゃあ、もう一度していいか?」
    「……お、おう」

     ふと、大和に出会ってからのことを思い返す。いつも振り回されてばっかりだ。天然な返しに突っ込んで、食卓に並んだ皿うどんのことで揉めて、迷子になった大和を探しに行って、これからも振り回され続けるのだろう。でもその展開すら、楽しみにしている俺がいる。だからお前は好きに振る舞えよ。俺が支えてやるから。
     ようやくモヤモヤは消えた。結局、椿大和という男に心底惚れているのを嫌という程思い知らされた夜になった。なんだか俺ばかりが好きみたいで少し面白くない。でもこの感情は決して一方通行ではないはずだ。
     差し込んだ月明かりで、大和が頬を赤く染まっていたことに気付く。強気な発言が目立つ大和でも照れることあんだな。なんだ、可愛いとこもあるじゃん。意外な一面に思わず笑うと、つられたのか大和も笑い出す。

     仕切り直しの二回目は、ラムネの味がした。


    4.

    「あの子達、やっぱり居るね」
    「急に決まったライブにも来てくれるのは有難いな……大和、大丈夫か?」
    「ああ、大丈夫だ。任せてくれ」

     あれから二週間後に、ワンマンライブを開催することが決まった。ライブハウスのスケジュールに急遽空きが出たことを店長に相談されたのだ。普段なら準備期間の短さに悩むところだが、世話になっている店長へ恩返しをする為、即断した。急ピッチで開催を進めたライブだが、チケットはソールドアウト。常連さん達の布教の賜物だろう。頭が下がる。

    「今日は最初に大和からみんなに伝えたかことがあるったい、聞いてくれんか?」

     事前の打ち合わせ通り、風太が大和にMCを振る。
     憧れのギタリストの真似らしく、風太が話しかけてもギターを鳴らして答えるというのが大和のMCスタイルだった。あのファンサイトにも書いてある情報だ。
     きちんと言葉で話すのは今日が初めてで、大和の前に居る彼女達は勿論、常連のお客さん達もザワついた。

    「ギターの、椿だ。今日はライブ前に少しだけ、聞いて欲しいことがある。……きっかけはなんでもいい。でもなるべくなら俺たちの音楽を好きになって欲しい。心の底から、ライブを楽しんで欲しい。……以上だ。それじゃ、今日のライブを始めたいと思う。聴いてくれ、一曲目は……!」

     前回とは全く違うセトリを短期間であおいが考えた。定番曲とそれぞれの楽器のソロパートが入った曲の配置が絶妙のバランスだ。その最高の出来のセトリをきちんと観客へ伝えられるように大学とバイトの合間を縫って練習をして、寝不足になりながら今日を迎えた。突然決まったのに今夜のライブがフウライ史上、一番の盛り上がりで勿論俺達も大満足だった。
     撤収作業の前に全員で物販へと向かう。大和が出て来たことで、案の定大和目当ての客が一斉に集まって来た。店長も近くで見守ってくれているし、何があっても対応し切れる。それにライブ中に伝えたいことは伝えたんだ。あとは信じるしかない。

    「この前の質問に答えられなかったから、ちゃんと答える。まず好きなタイプは、白米が好きな奴だ。白米が好きな奴に悪い奴はいないからな。あと彼女はいないが好きなヤツがいる。そいつが大事なのと、シュヒギムというのがあるから悪いが連絡先は教えられない。でもライブにはまた来て欲しい。今日ぐらい、いや今日以上のライブをする。絶対に楽しい。俺は片付けがあるからもう戻るが、物販を買ってくれたら助かる。これで、以上だ」

     言い切るとトレードマークの帽子を取り、お辞儀をする。最後に今日は来てくれてありがとうと付け加えて、満面の笑みで帽子を被り直す。
     笑った大和を見て衝撃を受けたのか、大和くんが笑った……! と口々に悲鳴を上げている。大和があんな笑顔で写っている写真なんてどこのサイトにも載っていないはずだ。そりゃびっくりするよな。いつもは笑っても含み笑いみたいな感じなのに、それとは違う満足そうな笑顔。
     一方で、唐突に言い出した彼女はいないが好きなヤツがいる発言に俺らは固まっていた。何を話すかは大和に任せていたせいでとんだ流れ弾を食らうが、当の本人は既にステージに戻り撤収に入っている。

    「大和〜! なあ、好きな子おんる? オレ知らないよ! どんな子なんっ」
    「ちょ、ちょっと大和 それ、人なの? 白米じゃなくて? 本当に好きな人なの」
    「なんだお前らも知らないのか。音楽一筋みたいな印象だったが、やっぱ好きな奴ぐらいは居るんだな」
    「いやぁ、今日初めて聞きましたよ。大和は音楽、と白米のイメージが強すぎるからな……正直びっくりしてます」
    「彼女じゃないってことは椿の片想いか?あのイケメン射止める子、どんな子のか見てみたいな」
    「俺も気になりま……って、岬? しゃがみ込んでどうした? 具合でも悪いのか?」
    「……んでもねぇ、しばらくほっといてくれ……」

     風太とあおいは大和を追いかけて、直接本人から聞き出そうとしている。絋平と店長がのんびりと話をする横で、俺は大ダメージを受けていた。耳まで真っ赤な顔を両手で必死に隠している。
     彼女達へ伝えていたのは本心に違いない。しかし好きなヤツがいると言い切ったところと、最後に笑ったところ。大和と目が合った。つまりそこだけは目の前に居た彼女達では無く、俺へ告げていたのだ。

     岬のことが好きだと告白された日を思い出す。大和の好きを疑ってはいないが、どうしても自信が無くなる時があった。本当に俺でいいのかと悩んで、一人で勝手に苦しくなっていた。
     いくら中身が音楽一筋のポンコツだったとしても、あの容姿だ。異性から引く手数多にちがいない。今回の一件だってそうだ。本人がその気になれば選び放題だ。なのにあの場の中から俺を選んだ。周りを囲む煌びやかな女子達では無く、この俺をだ。それが、嬉しくて嬉しくて堪らない。
     熱がこもった息を吐きながら指の隙間からステージ上を覗く。落ちた照明の中でも一際目立つ存在。惚れた弱みか、つい目で追ってしまう。お前のそういう馬鹿正直で真っ直ぐなところを好きになったんだよな。だからもう悩まない。迷わない。お前からの好きに全力で応えてやる。今に見とけよ。一先ず、さっきの宣言のお返しを乞うご期待ってな。後で覚えてやがれ!




    ep.

     さて、あれから彼女達がどうなったのか。本気で大和の彼女の座を狙っていた一部を除き、殆どがフウライのファンとして残ってくれた。
     常連さんに聞いた話だ。SNSのプロフィールにもフウライ推しと書いて、純粋に応援してくれているらしい。ライブ会場でも他のファンと交流しながら、フウライの音楽を楽しんでいるようで安心した。
     大和目当てでやってくる新規の客も相変わらずチラホラ居るがあの日に大和が宣言してくれたことが広まっていて、プライバシーを聞いてくる奴はいない。どうやら大和のファンの中には大和の恋を応援したいという人々も存在しているとか。流石に大きなお世話だ。内緒なだけで、その恋は応援されずとも実っている。



     ──LRフェス、本戦。ついにやって来た最終ラウンド。
     本番前、チューニングが終わった大和と目が合った。
     相変わらず突拍子も無いことを言い出して、何を考えているか分からない時もある。口喧嘩も日常茶飯事。天然でマイペース。でも音楽への熱意は誰にも負けない。それが椿大和という男。

    「やるぞ、俺たちの音楽で会場を熱くさせるんだ」

     拳を突き合わせて、気合いを入れる。

    「ま、お前はお前らしく、やりたいことをやりゃいい。俺が支えてやっからよ」
    「ああ、頼む」

     好きな奴とずっと一緒に好きな音楽を鳴らしたい。俺の、一番の願いだ。それを叶える為、頼もしい背中を眺められる特等席に座り、今日もリズムを刻む。

    「さぁて、ぶちかましてやるか!」



     なぁ、フウライのギター、カッケェだろ?自慢のギタリストなんだ。ちょっと馬鹿だけどめちゃくちゃカッコよくて、……俺も好きなんだ。




    【カレイドスコープ・リフレクション】了.
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works