追いかけたい 高校生になったシュウに恋人ができた。
小学6年生の俺でも“こいびと“が何なのかくらい分かってる。
恋人がいると、いつも空いてる土曜日はシュウと一緒に遊ぶ約束してたのにそれが全然なくなった。
恋人がいると、帰り道一緒になってもシュウは恋人と帰るから居心地が悪くて、俺は走って先に帰らなくちゃいけない。
恋人がいると、本当は聞きたくないけどシュウから恋人の話を聞かなきゃいけない。
シュウに恋人がいると、俺はたくさんたくさん我慢しなくちゃいけないことがあるんだ。
シュウが久々に俺の家に遊びに来た。俺はクリスマスの朝みたいに最高の気分。リビングでずっとシュウとやりたかったゲームを準備する。2人で協力しながらクリアを目指すアクションゲーム。このゲームを遊ぶとプレイヤーはもっと仲良しになったというSNSのレビューを見て、絶対シュウとやろうと思っていたやつ。お小遣いを貯めて(ちょっとお兄ちゃんにお金を前借りして)手に入れたソフト。思わず鼻歌を口ずさむ俺に、シュウが「これやった事ないから楽しみ」と微笑んだ。
母さんがお菓子と飲み物を持ってきてくれた。トレイをテーブルに起きながら「シュウ久しぶり。綺麗になったんじゃない、恋人のおかげかしら?」ってからかい混じりに言葉をかける。「そんな事ないと思うけど、」ってシュウがちょっと照れながら歯切れの悪い返事をしたから、最高の気分が一気に最悪になってお腹をぐるぐるする。セットしたコントローラーを握る手に力が入った。
「シュウは前から綺麗だよっ!」って、自分で思ってるよりも怒ったような大きな声が出て、その場にいるみんなでびっくりする。「ルカ、どうしたの?」ってシュウに聞かれたけど、俺も俺がどうしちゃったか分からなくて、何よりシュウに怒っちゃった自分が情けなくてじわっと目頭が熱くなる。さいあくだ、せっかくシュウが俺と遊ぶ時間を作ってくれたのに。「ごめんなさい」が喉に詰まって苦しかった。
母さんが「そうだね、前からシュウは美人さんだね」とちょっと困ったように笑った。叱られるかと思ったから、予想していなかった気遣いにもっと涙が目の縁に溜まる。
泣きたくない、シュウに見られたくない。めんどくさい子と思われたら、もうシュウは遊んでくれなくなるかもしれない。
ぎゅっと拳に力を込めて小さくうつ向くルカに「ルカ、ゲームやる前にアイス食べたくなっちゃった」とシュウが声をかけてきた。
「へ??あいす?」と突拍子もないシュウの台詞に思わず顔を上げてしまう。頭を渦巻いていたぐちゃっとした感情が、突然のアイスでどこかに行ってしまった。あっ、涙ちょっと引っ込んだ。
「ね、コンビニ行こ」っと珍しいシュウからのお願いに俺はもちろんこくこくと頷いた。
コンビニまでのいつもの道をシュウと歩く。
道の途中、顔が怖い大型犬を飼っている家がある。その家の前を通行人が通ると、フェンスの隙間から鼻を覗かせバウッ!っと吠えるから俺はその家が近づくと毎回少し緊張する。
でも今日はシュウがいるから大丈夫。なんでか分からないけどデカ犬はシュウによく懐いているから。シュウがあの家の前を通ると、犬は怖い顔が嘘みたいにしわくちゃになってはふはふ鼻を鳴らしながらフェンスから顔を覗かせる。いつもよりワントーン高い声で「Good boy~~~ッ」と呼びかけ、ヨダレが付くのも気にせず撫で回すシュウはいつも幸せそう。表情筋が犬といっしょに緩むシュウを見ると自然と俺も笑顔になってしまう。
シュウは魔法使いみたい。さっきのアイスといい、デカ犬も、いつもシュウは俺の不安とか心配を簡単にひっくり返してくれる。助けてもらうのはいつも俺ばっかり。
少し前を歩くシュウの背中にサラサラと綺麗な黒髪が流れて揺れる。身長はまだまだ俺の方が低い。シュウが俺を置いて先に大人になっちゃう。いっしょに並んで歩きたい、できるならシュウに頼られながら前を歩きたい。でもこの願いは叶わない。一生この差は埋まらないんだ。それが、最近はすごく寂しくて、ずっと心細かった。
「わぶっ!」
急にシュウが立ち止まったので、シュウの背中と俺の鼻が衝突してしまった。ぶつけた鼻を摩ると、「Doggy~!」と頭上から気の抜けた声がする。
例のデカわんこが、定位置でシュウに撫でられ待ちをしてた。シュウはしゃがんで犬と向かい合い、目を細め手を伸ばす。シュウに愛おしそうに頭を撫でてもらえて、ちょっと羨ましい。
「キミも大きくなったね~」と言いながらもふもふの毛むくじゃらを堪能するシュウ。
「シュウ、この犬の小さいころ知ってるの?」
「うん!この家で子犬がたくさん生まれた時、見せてもらいにお邪魔したことがあって、」
デカ犬はクゥンと甘えた声をあげた。
「この子ね、兄弟の中でもいちばん小さくて。こんなに立派に成長するなんて思わなかったよ。ね、boy~!」
どうりでシュウ相手に懐いてる訳だ。生まれた時からシュウと一緒なんだと思うと、このわんこは苦手だったけど何だか親近感が湧いてきた。
「ほんとに、あっという間に大人になって、僕なんかいなくても大丈夫になるんだろうな。」
「なんで?わんこはずっとシュウが好きだと思うよ?」
影を落とす長いまつげがピクリと反応して、顔をこちらに向けた紫色の瞳に俺が映る。
「あのね、最近練習しようと思って。僕さ一人でいるの苦手だから。もし将来置いていかれても寂しくないように。」
「?」
急にシュウが何の話しをしているのか分からなくて、頭にクエスチョンマークを浮かべる。
少し悲しい雰囲気を察知して、わんこがシュウの手をペロッと舐めた。「んふふ、ありがとう」と形の整った爪で首の下をかいてやる。
「でも、少ししんどくなってきてる。彼女を利用してる事も、慣れないお付き合いをすることも。上手くやれているとは思うんだけどね。」
「……?俺になにかできる?シュウの力になりたいよ。」
大好きな彼が寂しそうな顔をしてる。シュウに1歩近づいて服の裾を握る。本当はぎゅってハグしたいけど、最近シュウにくっつくとドキドキが止まらなくなるからあまりしないようにしている。
「ルカは、これからたくさんの出会いがあって。きっと大切な人も見つけられる。そうしたら僕は嬉しいけど、ちょっと寂しくもなると思うんだ。」
何だかお別れみたいな感じがして胸の奥が苦しくなる。シュウが遠くに行かないように、裾を握る手をグッと引き寄せた。
「キミは僕のこと忘れないでいてくれる?」
シュウは笑ってた。まるでごめんねって、眉を下げて謝るみたいな顔。
そんな悲しい嘘の笑顔は見たくなかった。俺はシュウが大好きだから。
「ふぎゅっ、りゅか!?」
シュウの頬にぽふっと両手を添えて無理やり特徴的な口角を上げる。突然の俺の行動にシュウの口から変な鳴き声が出た。
「ぜったいぜったいぜーったい何があっても、地球が滅んでもシュウのこと忘れない。俺が大人になっても、おじいちゃんになってもシュウとずっといっしょにいる。」
この気持ちが真っ直ぐ届くように、お揃いの紫色をそらさず見つめて伝える。ほんのりシュウの顔が熱くなるのを手のひらに感じた。
「おれ、約束するよ。」
どうにか信じてほしくて、彼のおでこに少し触れるだけのキスをした。嘘じゃないって、本気だってこと。誓になるか分からないけど、何かを残したかったから。
シュウは「あ」とか「う」とか口をもごもごさせている。一回り大きいシュウの手が俺の手にそっと添えられ、はあ~とため息をついた。もう悲しい気持ちは飛んでったみたい。シュウの白い肌が桃色に染まっている。
「ルカ……、こういう事はね誰彼構わずにやっちゃダメ。1番大切な人にとっておかなくちゃ、」
「……?じゃあ大丈夫じゃない?」
目を見開いて視線をキョロキョロさせるシュウ。こんなに自分がシュウをあたふたさせた事があっただろうか。いっつもやられっぱなしだから、ちょっと嬉しい。でも困らせたい訳じゃないから、素直に言うことを聞くようにする。
「分かった。もうシュウ以外にはやらない。」
「うぐ…っ、君の将来が恐ろしいよ。」
シュウは何だか難しい顔をしてるけれど、寂しい呪いが解けたみたいに、心の糸が緩まった感じがしたから俺の心は満たされていた。
「暑いからはやくアイス買い行こ」と、シュウは赤らんだ顔を手でパタパタと扇ぎ、そそくさと立ち上がるとコンビニまでの足を早めた。
「待ってシュウ!」
俺は大好きなシュウを追いかける。後ろからワンっ!と、俺の背中を後押してくれる元気な鳴き声が響いた。
■10年後
「闇ノくん変わんないね~。何か私ばっか年取ってやんなるは。」
「君もそんなに変わってないよ。顔見てすぐ気がついたもん。」
「だから知らないフリしようとしたんだ。思いっきりUターンするから声掛けちゃった笑」
とあるショッピングモールで、僕は懐かしい顔に偶然再開していた。彼女には個人的に罪悪感というしこりが残っているので、反射的に足が逃げたが無駄だった。10年経っても変わらない気さくな彼女に「ちょっとどこ行くのよ!」とツッコミ付きで引き止められた。
「う……、ホントにスミマセン。でも声かけてくれて良かった。元気そうで嬉しいよ。」
「闇ノくんもね。今日は誰かと来てるの?私をスッパリ振った闇ノさんは今パートナーがいるのかしら?」
「Um~~~、えっと、君が全然変わってなくて安心した。」
彼女は肘で僕の脇腹をグリグリ小突いてくる。無抵抗の僕に白状しろ~っと面白がりながら問い詰めてにひひと笑っている。
すると、僕と彼女の間にズバッと鍛えられた腕が割って入り、ぐいっと引き寄せられる。頬に人肌を感じ、あっ肩を抱かれてると気がつき顔を上げると、少し眉根を寄せたブロンドが目に入る。
「シュウ、この人誰?」
彼が初対面の人に感情を露わにするのは珍しい。僕が「えっと、ルカ……」と口ごもっていると、察しの良い彼女は驚きの表情から「なるほどね~~!」と破顔した。
「君があの幼なじみの……。闇ノくんって昔から寂しがり屋だからさ、ちゃんとそばに居てあげてね。」
「WTF…ッ!?」
「は……?」
仕返しとばかりに悪戯に笑いながら、着火剤のような発言を残し「お幸せに~!」っと立ち去る彼女。
ルカの説明しろという突き刺さる視線に、顔を背け「僕小腹が空いたな~っ」とどうにか話題を逸らす。
「帰ったら覚えておいてシュウ、」と恐ろしい声は聞こえないフリをして、僕は頭を冷やすためアイスクリームショップに逃げ込むことにした。