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    さみぱん

    はじめての二次創作

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    さみぱん

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    ネオンフィッシュが夏フェスに参加する日のお話。是非見に行きたいですね。

    初出:2025.5.4発行の笹唯本【Himmel】書き下ろし分でした

    ##笹唯
    #スタオケ

    雨が上がれば青い空 子どもの頃、クラスメイトが風景画の空にあたる区画を一面青い絵の具で塗りつぶしているのが不思議で仕方なかった。青い空、照りつける太陽、真っ白な入道雲、緑の山々と田んぼ、虫取り網を持った少年、BGMはミーンミーンミーン。そんなアニメか何かで見た思考停止しているとしか思えないステレオタイプの夏の表現にも違和感しかなかった。
     空は時間や気温によって色も見え方も変わるし、雲の形も刻一刻と変化するから見飽きない。連日雪が降り続く季節の、変わり映えのしないどんよりした空でさえ、雪雲の色は毎日違うというのに。
     空が青く見えるのは、太陽光に含まれる色の中でも青色は波長が短く、他の色よりも多く大気中の分子に散乱するため。そう授業で教わると、さらに空の色を注意深く観察する機会が増えた。例え一瞬を切り取った写真でも、そもそもが光なのだから、視界一面真っ青な空なんて存在しえないのではないか。見れば見るほどそう思う。
     それがどうだ。
     目の前に広がるのは、遥か彼方まで見渡すことのできる大海原。そのゆるく弧を描く水平線の境目から、空が始まる。視線をさらに上方へ向ければ、抜けるような青空。そういう表現しか当てはまらないと思えるほど澄みきった、雲ひとつない蒼天。
    「……青いな」
     ほんの十数時間前には想像もしえなかった青空が、とても眩しい。


    『そっちは大丈夫なの?』
    「ああ。それなりに雨と風は強いけど特に問題な、……切れたな」
    『え、なに?』
    「停電」
    『えーっ! 仁科さん、笹塚さんとこ停電したって!』
     ぷつんと部屋の灯りが落ちてベッドサイドの非常灯が点いたから、停電でまず間違いないだろう。まだ昼間だというのに窓の外は暴風雨のため薄暗く、いまこの部屋で一番明るいものは通話中のスマホの画面ということになる。
     電話の向こうの朝日奈はいちいち反応が大げさでこっちがびっくりする。どんな顔してるか想像するだけで面白いからいいけど。
     スケジュールの都合で別々の移動となり、台風による欠航でまだ東京に足止めされている仁科とはなかなか連絡が取れずにいた。そこに居るならちょうどいい、今のうちに情報交換しておいた方が良さそうだ。
    『運営側から何もアナウンスないんだけど。お前のとこは?』
    「そうだな、一応まだ内々の話なら。明日はリハなしになる可能性が高いってさ。うちは別に問題ないけど、仁科が本番までに来られるかどうかはまだ未知数だって言ったら、頭抱えてたな」
    『あはは、マジか……。わかった、そのつもりで準備しとくよ』
     そもそも、台風シーズンの和歌山での野外フェスを企画すること自体が、無謀というか根性座ってるというか。まあ話題性に乗っかって参加を決めたんだから、俺たちも同類かもな。
    「そういや、台風っていまどの辺り?」
    『朝日奈さん、大先生が台風情報をご所望だよ。だいぶ近づいたんじゃない?』
    『うん、もうすぐ上陸するかもって』
     ならば暴風雨のピークもそろそろかもしれない。台風は進行方向の右側の方が勢力が強いから、進路によって被害も交通機関への影響も異なる。ここより少しでも東に進路が取られれば、野外ステージの舞台装置への心配は少なくなるけど、そうなればなったで関東からの便にかなりの影響が懸念される。
    「ふーん。で、どこに上陸するの」
    『そこ』
    「は?」
    『だから、ちょうど笹塚さんが泊まってる辺りに向かってまっすぐ進んでるみたい。台風もフェスに参加したかったのかな』
     何を馬鹿なことを言ってるんだ。参加するどころか台風のせいでイベント自体が中止になりかけだというのに。まあ、いっそのこと直撃の方が後腐れないかもだけど。
     それにしても、台風の真っ只中で過ごすなんて初めてだ。いまのところ雨風が強いだけで目新しい音が録れるわけでもないし、停電にもなって退屈かと思ったけど。海岸沿いのヤシの木が風を受けて折れそうなほど撓っている様子や、白波の目立つ荒れた海と高く打ち上がる波しぶき。映像でしか見たことのない光景が窓の外に広がっているのは、なかなか興味深いものがある。
     だけどそれだけだ。せっかく現地で体験できるチャンスだというのに、ホテルの部屋から眺めていることしかできない。
    『……おい、笹塚。一応釘刺しとくけど。外に音録りに行ったりするなよ、絶対に!』
     行くわけないだろ。外に出たって何も面白そうなことがないんだから。
     それに、台風が迫ってきているというのに気象情報を見なければその動きが分からないなんて思わなかった。雨が強くなったとか、風の向きが変わったとか、そんな些細な変化だけでは動きまでは感じられない。
     窓の外の景色だってずっと変わり映えしない……こともないな。先刻より少し明るくなったような気がする。気のせいか、視界も幾分かクリアに思える。
    『おーい、笹塚さーん。聞こえてますかー?』
     うるさいな。外の音が聞き取れないだろ。広めのベランダがあるおかげで元々雨の音は殆どしていなかったけど、風の音だけは轟々と響いていたし、風圧で時折窓ガラスも鳴っていたはずだ。それらがほとんど聞こえない。
     音を拾おうと耳を澄ませると、ちょうど朝日奈が向こうで仁科と何か話している様子が伝わってきた。隣にいるなら口を塞げばいいだけだがそうもいかない。
    「外の音が聞こえない。切るぞ」
    『あ、ちょっと! 危ないことはしちゃダ────』
     ちょっとベランダに出るだけだ。別に危なくはないだろ。
     これ以上邪魔されないようにスマホをポケットに捩じ込んで、ベランダに続く窓のロックを解除する。カラカラと軽い音を立ててアルミサッシが開いた。
    「うわ」
     備え付けの小さなサンダルをつっかけて一歩踏み出すと、じっとりと湿気を含んだ生暖かい空気がまとわりつく。いきなり視界が真っ白になり何も見えない。雨のおかげで真夏の暑さは鳴りを潜めているものの、エアコンの効いた室内とはかなり気温も違う。そりゃ結露もするよな。
     シャツの裾でレンズを拭って様子を窺えば、思った通り雨は止んでおり、風もほとんど吹いていないようだ。もうすぐ上陸する、それもちょうどこの場所へ。そう朝日奈に聞かされてからまだ何分も経っていないことを鑑みると、台風の進路が逸れたとか、ましてや過ぎ去ったとは考えにくい。
    「面白くなってきたな」
     台風とは要するに巨大な低気圧だ。海から暖かく湿った空気を吸い上げて成長するにつれ渦の回転は速くなる。その遠心力によって雲が吹き飛ばされることで、中心に形成される穴。要するに、台風の目に入ったということだろう。
     台風の勢力が猛烈で目がはっきりしている場合は、その中心に立つと青空が見えるという話を聞いたことがあるが、今回はそこまで強くはなかったらしい。しかし青空でこそないが、見たこともない光景は広がっていた。
     ベランダの開口によって四角く切り取られた景色は、晴れていれば素晴らしいオーシャンビューなのだろう。まだ白波を立ててはいるものの海面は幾分穏やかな表情を見せ、リゾート感満載のヤシの木も折れることなくゆったりと佇んでいる。
     それがベランダの端へ近づくにつれ、視界の両端が急に紗がかかったようになり、一キロ先も見渡せない。すぐそこに暴風雨の壁があるのだ。
     何より興味深いのは空の様子だ。おそらく気象衛星から見れば雲で覆われているのだろう。しかし肉眼では雲と認識できるものはなく、もちろん太陽も見えない。ぼんやりと光る綿菓子みたいなパステルピンクがただ一面に広がっている。
     風もなく鳥の声すら聞こえない。ここだけ時間が止まっているかのような錯覚さえ覚える。不思議な色彩に覆われた空間は、まるで現実味がなくて、夢でも見ているみたいだ。嵐の中心に不思議な浮かぶ島はないにしたって、まさかこんなファンシーな光景が見られるとは思わなかった。空が見えるよりよっぽど面白い。
     朝日奈がこれを見たらどんな顔をするだろう。写真に撮りたいって言いそうだな。頭の中でふわふわと飛び交う音は録れないから、せめてこの色だけでも見せられたら。スマホのカメラでうまく写るといいけど。
     ポケットへ手を遣ると同時にスマホが震えた。画面には〝コンミス〟の文字。もうコンミスじゃないけど。何となく変える気にならなくてそのままにしてある。
    「ふ、ウワサをすれば」
    『なあに?』
    「いや、こっちの話。それで何の用? 今いいところなんだけど」
    『台風の続報教えてあげようと思ったのに。さっき上陸して北東に進んでるって』
    「知ってる。いま目の中だし」
    『えっ、目って台風の目に入ってるの? すごい! どんな感じ?』
    「予想以上に面白いよ。あんたにも見せてやりたかったけど、もう時間切れだな」
     着信に出たほんの瞬きほどの間にみるみる雲行きが怪しくなり、頭の上のパステルカラーは跡形もなく消えてしまった。風もまた出てきたみたいだ。
    「部屋戻るからちょっと待ってて」
    『あっ、やっぱり外出てる! 危ないからダメって言ったのに』
    「外じゃない。ベランダ」
     この広さだと建蔽率に入るはずだから外じゃなくて室内も同じだろ。屁理屈でも何でもない事実なんだけど。耳元でギャンギャン喚かないでくれ。
     部屋に入って窓のロックを戻したところで、風で飛ばされたらしい雨粒が数滴ガラスにぶつかって斜めに跡をつけた。どうやら風向きが変わったな。
     相変わらず停電中の部屋は薄暗く、つい今しがたまで冷風を吐き出しながら小さな唸り声をあげていたエアコンは、リモコンを操作してもうんともすんとも言わない。せめて全館空調部分は予備電源で動いているといいんだけど。
     朝日奈からの最新情報によると、台風は上陸してから少し勢力を弱め、速度を上げながら進んでいるらしい。このまま行けば今晩中には日本海へ抜けるだろうと。
    「じゃあ、そっちは飛行機飛びそう?」
    『仁科さんがいま調べてくれてる。朝イチの便で間に合うの?』
    「出番は夜だし余裕だろ。仁科に新曲用意して待ってるって伝えといて」
    『──コラ笹塚ぁ! リハなしだっていうのにまさかセトリ変える気じゃないよな⁉』
    「聞こえてたか。それじゃ明日遅れるなよ」
     まだ何か声がした気がするけど。通話をオフにして、ついでにスマホの電源も落としておこうか。台風真っ只中の停電中に作曲なんてそうそう経験できるもんじゃない。楽しまなきゃ勿体ない。
     この音と気分が消えないうちにはやく形にしないと。


    「笹塚。この曲さあ……」
    「気が乗らない? なら、セトリ戻していいよ」
    「いやそうじゃなくて。マジで台風がモチーフなのかって思ってさ。台風直撃して、暴風雨の中で、停電もしてて。どうやったらこんなメロい曲ができるんだよ」
     午前中の早い時間に無事合流し、初めのうちは渋々といった様子で譜読みをしていた仁科だったけど。この顔は相当気に入ったな。指動いてるし。
     メロいかどうかは別として、今回は狙ったわけじゃない。頭の中に残っている音を追いかけていたら、仕掛けとか技巧とか複雑に組み上げないうちに完成形が見えてしまった。そういう曲もたまにはあるってことだ。
    「見ると聞くとじゃ大違いってな」
    「何だよそれ。とにかく、俺ちょっと練習できる場所探したいし、ついでにセトリの件伝えてくるわ」
     運営側が押さえたホテルだし、控え室として使っていいと言う話だったから、楽譜をさらう程度なら別に構わないと思うけど。練習って口に出すくらい弾き込む気になったんなら、これは久々にいい音が聴けるかもしれない。
     仁科が部屋を出て間もなく、到着早々どこかへ出かけていた朝日奈が、リュックをパンパンにして戻ってきた。
    「なにその荷物」
    「ライブタオルとTシャツとキャップだよ。それからフェス限定のピンズ! 無事にゲットできてよかったぁ」
    「仁科に取り置き頼んどけばよかったのに」
    「何言ってるんですか。現地で物販並んで手に入れるのが醍醐味ってものでしょ」
     ネオンフィッシュのファンにはそこそこ面が割れているというのに、嬉々として物販に並びに行くのがすごいな。朝日奈が言うには、顔なじみも多いしガチ勢は仁科担ばかりだから特に問題がないのだそうだ。どういう意味だそれ。
     今回のフェスのロゴを入れたTシャツは全部で三色。白、スカイブルー、ウルトラマリン。ベタな配色だと思ったけど、全色並べてニコニコしながら品定めしている朝日奈を見ていると、夏っぽくていいんじゃないかと思えてくるから不思議だな。
     昨日はあの後も台風による雨や吹き戻しの風が続いていたし、停電も早々に復旧したおかげで過ごし易かったから、夏フェス気分にはまだ程遠い。ステージに上がればいつも通りやるだけだけど、外の空気も少し吸っておくか。幸いにも窓ガラス一枚隔てた向こう側は夏だ。
    「今日は何色にしようかなー♪」
     歌うようなご機嫌な声を背中に聞きながら窓のロックを解除する。広めのベランダは半分以上を日陰が占めており、隅の方には雨の名残の濡れた跡がまだ残っていた。乾いているところを通れば問題ないだろう。裸足のままコンクリートの冷たさを感じていると、ぺたぺたと足音がして朝日奈が隣に現れた。
    「わー、めちゃくちゃ見晴らしいい!」
     確かに、これぞホテル自慢のオーシャンビューと言わんばかりの眺めだ。目の前には大海原が広がり、水平線が弧を描いているのを端から端まで見渡せるほど視界が広い。そして頭の上は青く澄みきった雲ひとつない蒼天。
    「……青いな」
    「ホントに。横浜で見るより海の色が濃い気がする」
     そっちじゃないんだけど。もちろん海だって昨日よりずっと青く見えるが、今日の空はいままで見た中でも飛び抜けて青い。台風一過とはよく言ったもので、雨や雲だけでなく大気中の細かい塵などもすべて台風が連れ去ってしまったらしい。
     こんなに青い空も現実に存在するんだな。実際に目にしてしまえば、昔から当たり前に知っていたことのようにも思えてくる。
    「空が広くて気持ちいいね」
    「ん」
    「今日のTシャツはスカイブルーにしようかな」
    「うん。いいんじゃない」
    「でもちょっと晴れ過ぎかも。日焼け止め塗り直さなきゃ」
     そろそろ部屋に戻りませんか、と袖を引かれて我に返った。そういえば暑いな。
     青い空、照りつける太陽、白いうなじ、流れる玉の汗、一緒に空を見上げる彼女、BGMは遠くに聞こえるフェスの喧騒。こういう夏なら悪くない。
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