夏休みの課題2【仁科諒介】 笹塚に夏休みの課題の話を振ったのは、確か3日前。仁科は自分の課題を何にするか、まだ決めかねていた。
去年も一昨年も、ネオンフィッシュの活動で得た人脈との縁により、難なくクリアすることができた。ちょうどその時仲を深めたい相手の誘いに乗り、教えを乞うだけで、課題は自動的に決まるし、結果も最初から約束されたようなものだ。多少気が進まなくても、やってみれば案外楽しいことも多く、我ながら現金だなと思う。
今年も例年通り済ませてもよかったのだが、少し気になることができてしまった。支援者の1人に誘われて行った浜松の音楽祭で見た光景だ。自分たちと同じ高校生でクラシックのユニットがあると知り、ポラリスの演奏を聞きに行ったはずが、その後ろのオケに釘付けになってしまった。
学生オケの上、しかもバックバンドという役割もあってか、演奏自体は並の上といったところで、普段完璧を求めてくる笹塚の音楽とは比べようもない。しかし演奏しているメンバーの、特にコンミスの表情に惹きつけられ、目を離すことができなかった。演奏することは嫌いではないし、笹塚と出会ってからは結構真面目に取り組んでいる自負はあるものの、今まで音楽を惰性で続けてきた自分にとって、眩しすぎる存在。
それからしばらくすると、小さいながらも音楽雑誌のコラム欄でスタオケの名前を目にする機会が増えた。その中のひとつで全国を回りながらメンバーを募っていることを知る。
──もし、彼らが北海道へ来たなら。
そう考えると期待と諦めが同時に押し寄せ、心が押し潰されそうになる。
でも。
一度くらい自分からチャレンジするのも悪くない、と囁きかける声を聴いてしまった。それは天使か悪魔か。どちらにせよ、どうせ自分の中に居るのならどちらでも同じだろう。答えは決まったも同然か。
「あ、笹塚。佐々木先生んとこもう行った?」
「行った。日程決めてきたけど合ってるよな」
笹塚は今年も走り高跳びをやるらしい。自分の身長と同じ高さを飛ぶとか、高校生ならまずまずの記録の筈だ。達成できればすごいことだと思う。思うが。
もし笹塚が181センチ飛べたとしたら、それはつまり、同じ身長の仁科の頭上も助走だけで超えられるということだ。音楽についてはもうどうしようもない、天才だと認めざるを得ない。それなのに、物理的に超える事もできるなんてどうかしてる。
「仁科?スケジュール確認して」
笹塚がスマホのカレンダーを開いてずいと押し付けてくる。ネオンフィッシュの活動の合間を縫って確保できた日程は3日間。それなら同じ日を使って自分の課題の準備をすればいい。
「ああ、オッケー。俺もその日は別の用事があるからちょうど良かった」
「ん。そういえば課題決まった?」
「まぁ大体ね」
「ふーん。今年はどっかのお偉いさんのお供じゃないんだ」
思わず目を見開いてしまった。何故だ、どこまで知ってる?
「…そうだけど、何で?」
「何か楽しそうだし。面白いこと見つけたんだろ」
面白いこと、そうかもしれない。笹塚に声をかけられた時以来の衝撃なのは間違いない。でも笹塚に出会っていなければ気付かなかった事のような気もする。
そしてこの計画は3日じゃ到底足りない。
「まぁね。でも休み中に片付けるの無理そうでさ、笹塚が音欲しい時にすぐ行けないかもしれないんだけど」
「ん?いいよ。考慮しとく」
まずは計画を立てよう。ひとまず最初の3日は横浜に行って、もう一度実物を見たい。情報では確か路上ライブをしているらしいから、どこかで見られるだろう。
それから──最終手段は人脈を駆使してスタオケを札幌に呼んでしまう、という手もある。浜松で見たとき低音はチューバ1人だった。そうなると笹塚のコントラバスも使えるな──。
俺がオケに入りたいだなんて言ったら、あいつはどう思うだろう。いや、笹塚は関係ないか。自分の可能性を試したくなったんだ。あとは実行するだけ。
仁科の初めての挑戦が始まる、夏のある日──。