%☆$&#!?【朝日奈唯】 ここは、札幌の笹塚さんの部屋。ネオンフィッシュのアジト。いつの間にかリビングのソファで転寝してしまってたみたい。座り心地がいいからつい気持ち良くなっちゃうんだよね。笹塚さんがベッドに行くの面倒くさいって思うの、わかる。
さてと、休憩も終わったしそろそろ準備に戻らなきゃ。
「…って、あれ?」
今日って何しに来たんだっけ。そういえば笹塚さんも仁科さんも見当たらないな。作業部屋で2人して曲作りとかしてるのかもしれないけど。それにしても、こんなに誰も居ない感じは初めてかも。全然物音もしない。
いつもアクアリウムのポンプの音だけはしてたのに。
「…ここに水槽なかったっけ?」
おかしいな、なんでこの部屋に水槽があるって思ったんだろう? そもそもアクアリウムが何なのかわからないのに。見慣れた光景のはずなのによく分からない違和感がすごい。
ちょっと待って、落ち着こう。たぶん寝ぼけてるだけだよ。深呼吸しよ。
「あれ?この服…」
ラザルスの制服だよね。2人がいつも着てるチェック柄のセーターに、ズボンと同じ生地のプリーツスカート。ブラウスは淡いピンクで、ネクタイの代わりにはシルクのスカーフリボン。なんだ、女子用もあったんだ。シンプルだけど結構可愛い。
「でもなんでわたし、ラザルスの制服着てるんだろ…」
「その制服じゃなきゃ船に乗れないからに決まってる」
「わ!」
びびびびっくりした。いきなり耳元で喋らないでよ笹塚さんてば。それにいつの間に隣に座ったの。
ていうか相変わらず距離が近くて心臓に悪いんですけど!
「そうだよ。まだ寝ぼけてるのかな、うちの子猫ちゃんは」
「へ?!」
反対側に仁科さんまで。2人とも気配が全然なかったのに。
どうして。
「言ったろ、本国に戻るって」
本国って…ドイツのこと?
「それはたまたま身内が居たってだけで関係ない」
そっか。そうなんだ。そしたら、実家が海外ってことなの?
「海外ではないけど、俺たちの生まれ故郷ってことだよ」
へぇ、2人とも同じなんだね。
「こっち来たとき別々に落ちたから見つけるのに苦労した」
「いきなりお前が声かけてきた時はびっくりしたよ」
いいなあ。そういうの。
「他人事みたいな顔してるけど、あんたもだから」
ん?
「そうそう、君がいないと帰れないからね」
わたしが居ないとって、どういうこと? わたしも一緒に行くの?
何か大事なことを忘れてる気がするのに、全然思い出せないよ。
あー、頭がくらくらしてきた。
「ほら、行くぞ」
「さあ、行くよ」
2人に手を差し出されて、かわりばんこに顔を見ていたら、違和感の正体に気づいてしまった。髪の間にある不自然に動く、何か。
「それ、なん、ですか?!」
もしかしなくても、ね、猫耳!?
───どうなって、る、の?!!!
「何をいまさら。あんたにもあるだろ」
え?!
慌てて頭を触ってみると…ある。確かに、ある。
滑らかな産毛で覆われた柔らかくて弾力のある三角のもの。動かせるし触った感覚もある。
これは、わたしだ。確かにわたしの一部だよ。
それに猫耳だけじゃない、しっぽも生えてる。わたし猫になっちゃったの?
「あははっ、逆でしょ。もう地球人のフリしなくていいんだよ」
ちきゅうじん?
ええと、そう呼ぶってことはつまり『ちきゅうじん』ではない、ってことになる。とすると、いわゆる地球外生命体とかいうアレ。
ねこがたうちゅうじん。
念のためほっぺをつねってみたら、痛い。まだ信じられないけど、心のどこかでは納得してる。たぶん本当なんだ。
しっぽがあるの不思議なのに、触ってると落ち着く…ふふ。
「やれやれ、やっと楽なカッコできるな」
笹塚さんもふさふさのしっぽ出してる。伸びして気持ちよさそう。
「お前は言うほど我慢してなかったろ。寝てる時とか結構出てたし。あと、作曲に集中し過ぎるとすぐ出るの、見ててヒヤヒヤしたんだからな」
そうなの? だからあんまり部屋から出てこなかったんだね。
「知るか。寝てる時くらい別にいいだろ」
わたしも出てたのかな。
「それはなかった。あんたまだ記憶戻ってないみたいだし」
そうなのかな、よくわかんない。
でも、この姿なのもう慣れちゃった。なんて言うのかな、何でもできそうな感じ!
「頼もしいね。それじゃぁそろそろ出発しようか」
「ああ。帰ろう%☆$&#に」
いま何て言いました? %☆$&#!?
2人がコントラバスに触れた瞬間、ふわっと体が軽くなったような感覚がした。
なにこれ!?
真っ白で何も見えない──
「っていう夢を見たんですよ!!!」
ここは菩提樹寮の笹塚さんの部屋。画面に向かってカタカタと作業している笹塚さんの背中に向かって、今朝見た夢の話をしているところ。
この空間は、あのアジトにいる時みたいでけっこう好き。
「あんた、まだ夢見心地って感じだな」
そんなことないよ。でもあの後どうなったのか気になるし、忘れないうちに寝たらもしかして続きが見れたりしないかな。
それにしても可愛かったなぁ、しっぽもふさふさだったし。目が覚める前に触っとけばよかった。
「…ったく。あんた、しっぽ触りたいとか他のヤツには絶対言うなよ」
なんでダメなの?
何故か大きなため息をついた笹塚さんが、ゆらりと立ち上がるのが見えた。ゆっくりと振り向いたその頭には……今朝の夢と同じ、猫耳がある。
どうなってるの??? やっぱりまだ夢の中ってこと?
急に視界が暗くなって見上げると、笹塚さんの顔が至近距離に迫ってくる。そのままベッドに押し倒されてしまった。耳元で響く聞きなれた声。
「そろそろ目を覚ませ。…ユイ」
──名前を呼ばれて思い出した。
地球でもネオフィのライブしたいから、ちょっと下見に行ってくるだけって言ってたんだ。なのにいつの間にかネットワークが繋がらなくなってて。そしたら相方のリョウスケから遭難信号が届いて、慌てて救出に向かったんだった。無事に見つかってよかったけど、まさかあんな風に記憶が混乱するなんて思ってなかったよ。
地球の磁場こわい。
「ちょっと、ハジメってば近いよ!」
「今更。お姫様はキスで目覚めるって相場は決まってる」
だからもう起きてるし。全部思い出したし、姫でもないし!
「ははっ、それもそうか。迎えに来てくれてありがとな、ユイ」
ハジメは大切な恋人なんだから当たり前だよ。
それだけは何があっても絶対忘れないから。
「ん。俺も」
──2匹の猫はぬくぬくと体を寄せあって幸せな眠りにつきましたとさ。