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    さみぱん

    はじめての二次創作

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    さみぱん

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    2023.2.4開催
    仁唯Webオンリー”Bonne nuit, ma princesse!”にて発行の仁唯本
    『いつもと違う日』に収録しました②

    二人で一緒にお料理を作るお話
    初出 : 2022.10.30

    ##仁唯
    ##仁科
    #スタオケ

    苦手なものも さっき寮の玄関をくぐるまでは大丈夫だったはずなんだ。いつもの、皆が知ってる、スマートで大人なネオンフィッシュの仁科諒介。
     特に演じているとかそういう心算はないにしろ、外から自分がどう見えているかは常に把握できている自負はある。
     それなのに目の前にいる彼女、朝日奈唯の前ではどうも調子が狂うことが多い。
     どう見ても音楽バカですぐに突っ走って転んでもめげずにまた走り出すいつも一生懸命な女の子。手を引いているつもりがいつの間にかどんどん先に進むのに俺の手を離さずにいてくれる眩しくて強い女の子。可愛いものや美味しいものに目がなくて幸せそうに笑うとびきり可愛い女の子。
     今日の彼女はどれでもなかった。食堂のテーブルに幾つも丸いものを並べた前で、真剣な顔をしてスマホの画面を凝視している。

     後から考えればその光景を見た時に察するべきだった。

    「……ねえ、朝日奈さん。それどうしたの?」
    「あっ、仁科さんお帰りなさい!」
     こちらに気付いていなさそうだからスルーしても良かったのに。いつもの癖で声をかけるとぱっと花が咲いたように笑う。
     いや、やっぱり声をかけて正解だったかな。
     彼女の笑顔を見るとふっと緊張がほぐれていくのがわかる。
    「うん、ただいま。それさ、随分小さいカボチャだね」
    「そうなの。『坊ちゃんかぼちゃ』って言うんですって。小っちゃくて可愛いけど味が濃厚で美味しいらしいです。スーパーに買い出し行ったらたくさん積んであってめちゃくちゃ安かったんですよ」
     あれ。てっきり観賞用のでジャックオランタンの作り方でも調べてたのかと。それだったら手伝うのも楽しそうだと思ったのにな。
     まさか食べるつもりだったなんて。
    「……へえ、種類が違うから小さいのかな」
    「多分…? でも結構ずっしりしてますよ。ほら」
     ひょいと手渡されて受け取ってしまった。確かに大きさからすると完熟っぽい重みだけど、妙にひんやりしてでこぼこした手触りが何とも言えない。
    「でね、ちょうどハロウィンだしカボチャ料理作ってみようと思って調べてたんです。これなんて見た目も可愛いし美味しそうだと思いませんか」
     こちらに向けられたスマホに表示されてるのはSNSで人気の料理研究家のレシピらしかった。
     溢れんばかりのチーズが確かにすごく美味しそうだし、カボチャを丸ごと使っているのでハロウィン気分も盛り上がりそうだ。
    「いいね。足りない食材とか買い出し行くなら荷物持ちしようか」
    「あ、それは大丈夫です。あの……できたら調理の方を手伝ってもらえると嬉しいなー、なんて」
     可愛く上目遣いにお願いされてしまっては、否も応もない。
     作り方調べてたのに材料はもう揃ってるなんて不思議な気もするけど。
     既にスーパーに行った後だって言うし、有り合わせの物でぱぱっと作ってしまう朝日奈さんなら有り得る話かな。

     荷物を自室に置いてキッチンへ向かうと、エプロン姿で腕まくりをした朝日奈さんがごしごしとカボチャを洗っている。丸ごと使うから念入りに洗っているのだと。
     自分は何をすればいいか聞くと、レンチンしたカボチャの中身をくり抜く作業を任された。つい二つ返事で協力を引き受けてしまったけど。
     これは、なかなか……。
    「うわっ……やば」
    「あはは、大丈夫ですよ仁科さん。割れちゃっても別のレシピで使えますから」
     思ったより皮が柔らかくて力加減を間違えてしまった。
     いや違う。正直言うと、ワタの部分の見た目が少し苦手で取り除くのに必死になっていたからだ。そういえば煮付けも焼いたのも全部皮つきだけど、実はそれもちょっと苦手だったりする。それに野菜なのに妙に甘いところも。
     要するにカボチャというもの自体があまり好きではないなんて、今更言えないよね。
     隠し事をする様でいい気持ちはしないけど、彼女の中の何でもそつなくこなす仁科諒介のイメージを壊したくはない。
     もうこれは性分というしかない。
    「ごめんね、朝日奈さん」
     二個目からは慎重に作業を進め、なかなか上手く終える事ができた。ほっと息をつくと、何ともいい匂いがする。発生源は朝日奈さんの手元にあるフライパンからだ。
     手軽に作るならレシピ通り市販のミートソースだけでいいはずなのに。あらびきの豚ひき肉を油が出るまでじっくり焼いてから合わせることで、コクとボリューム感を出すのが狙いなのだという。
     初めて作るって言ってたのにそのアレンジはすごいな。もうこの匂いだけで美味しそうで堪らない。
     俺が作ったカボチャの器に、チーズとミートソースとカボチャの実を順番に重ねていき、仕上げにたっぷりとチーズを乗せれば後はオーブンで焼くだけ。

     辺りにチーズの焦げる香ばしい香りが漂い始めると、ぐうぅと腹の虫が鳴いてしまった。
     考えてみれば今日は特に用事が立て込んでいて、朝早く寮を出てからまともな食事がとれていないんだった。
     ここまで来てやっと思い出すなんて、結構疲れが溜まってるのかな。
    「こっちももう出来ますから座ってて下さいね」
     そう言いながら朝日奈さんがかき混ぜている小鍋には、いつの間にか黄金色のスープが満たされていた。

     ゴクリと喉が鳴る。お腹も空いている。
     それなのに、手が出ない。

     折角の出来立ての料理に、朝日奈さんが作ってくれた料理に手を付けないなんてありえないのに。
    「あの、さ……朝日奈さん。実は、おれ……」
    「だめですよ、仁科さんビタミンとか足りてなさそうだし。好き嫌いしないでちゃんと食べてください」
     えっ、バレてる⁈
     ハッと顔を上げると、まっすぐ俺の目を見てくる真剣な眼差しにドキリとした。
     オケのメンバーを纏めるコンミスには全部お見通しってことらしい。それに加えて母親みたいなこと言うんだからもう逃げ道はないよな。

     覚悟を決めてひと口、目を瞑ってかぶりついた。
     ……あれ? 美味しい。
     ミートソースのコクととろけたチーズのまろやかさがホクホクのカボチャの甘みによく合っていて、苦手な筈の皮までぺろりといけてしまう。
    「なにこれうま」
     思わず出た言葉に朝日奈さんが目を輝かせた。そうだ、君にはそういう顔が似合ってる。
     俺の所為でその顔を曇らせてしまうことがないようにしなきゃな。

     他愛もないことを話して、笑って、可愛くて頼りになるコンミスと美味しいものを食べるひとときはとても幸せだ。じんわりと浸っていると、ニコニコと見つめてくる朝日奈さんの視線に気づいた。
    「もうやだな。仁科さんてば、朝の約束、忘れたんですか」
     ……朝?
     そういえば今朝彼女に会った時に『トリックオアトリート!』って言われたんだ。出かける間際だったし流石に何も持ち合わせがなくて。俺はなんて返したんだっけ。
     ああそうだ。『お菓子持ってないから帰ったら存分にイタズラしてくれていいよ──』
     ニシシとイタズラっぽく笑う朝日奈さんの顔を見ているうちに合点がいった。
     もしかして俺にカボチャ料理を食べさせるのが、君のイタズラってこと?
    「ふふっ、どーですか。アサヒナ渾身のイタズラのお味は」
    「……参ったな」

     こんな美味しくて可愛いイタズラなら毎日でも歓迎するよ。


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