茶会にて 想い人から好いた相手がいるのだと聞かされたのは十日前だっただろうか。動揺を押し隠してその名を尋ねるとはぐらかされた。なので黙って観察してみることにした。けれどもそれが誰なのか、一向に分からなかった。
「この間、話した件なんだが」
そう切り出されたのは、室生の部屋で二人きり、午後のお茶をいただいている時だった。先日のことがなければ心和む時間であるものを。
「この間?」
即応するのも癪な気がして、一寸素知らぬ振りをする。室生の淹れた緑茶を口に含んで続きを口にするのを遅らせた。嫌な予感もあった。
「……君の恋路の話かい」
芥川は口角を上げた。気の良い友人の顔が出来上がっているはずだ。
「そうだ。それでまあ、相手の様子を見ていたところ、自惚れかもしれないが、ひとかたならず想われている気配があってな」
前置きと予防線を張って彼が言い出したことに、芥川は内心目を向いた。此方は相手が誰かすら分かってもいないのに!
「それは、君の早合点じゃないのかい」
「そんな事はないと思うんだがな。思えばちょっとした外出も、遠出の誘いも快く受けてくれてたし」
「それだけではなんとも言えないよ。気の合う友人として、という事だってあるからね」
室生とよく行動を共にしていた人物を思い浮かべる。これぞという決定打は見つからない。
「俺が淹れたお茶を美味しそうに飲んでくれるし」
「それは、君の淹れたお茶は美味しいから特別な事ではないよ」
芥川はゴクリと湯呑みを飲み干した。ここ最近室生がお茶を出していた場面はいつものご近所の面子しか出てこなかった。まさかその中にいるのか。
「最近、よく視線を感じるし」
「後頭部に大きな寝癖でもあったのかもしれないよ」
「身だしなみには気を付けている」
芥川の言いように室生は気分を害したようだ。突き出し気味の下唇も今は苛立たしい。
芥川は落ち着こうと長く息を吐いた。今いくら考えても無駄なようだ。探りを入れるのは諦めよう。それで本当に両思いだとしたら室生はどうするつもりなのだろうか。知らない誰かと恋人として交際を始める彼を想像すると流石に気が滅入った。
「……君が好きになるぐらいだから、大らかな好人物なのだろうね」
「それがそうでもないみたいだ」
その言い回しが引っかかって、芥川は顔を上げた。室生は困ったような、微笑しているような表情を浮かべて自分を見ている。
「犀星」
「うん?」
「君の好きな人が僕の想像している人物だとしたら、ずいぶん意地が悪いんじゃないのかい」
そうだな、と嬉しげな声が返ってくるのを、芥川は羞恥で顔を覆ったまま聞いた。