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    Ayataka_bomb

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    Ayataka_bomb

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    レイザさんの話

    【オリキシン】水底の金烏 彼女は真っ当な付喪神であった。大切に扱われ長く愛されて幸福の内に宿った火箸の神であったはずだ。戦う神ではなかったものの近しい人間を愛し、その役目を終えた後慈愛を胸に往来の三叉路に土地を定め、道の神として座ったはずだった。
    「私はもっともっと見てもらうの。たくさん見てもらって愛されるのよ。信仰されたいことの何が悪いの?」
     彼女の目に映るものは良きことの方が多い。だが長い時間の中で踏み締められた悪きことが、ほんの小さな棘が、誰かの心の出血が、吐き出される毒が、彼女に呪いを擦り込んでしまった。心を閉じて悲鳴も殺して、苦しむうちに人間を引き摺り込み呪い殺す醜悪な機構に成り下がってしまった。もう後戻りのできないところにまで落ちてしまったのだ。そして、その彼女の変貌に周囲が気付くのも、とうに遅かった。
     真夜中の道に佇む三叉路の女神は美しい烏の羽を黴色に晒し、道は彼女の腐れ落ちた血肉が不完全な羽根や頸、嘴として無造作に生える呪いの沼地に荒れ果てていた。
    「お話ししましょう。久しぶりなのよ、まともに私を見てくれるひとは。……私の何がいけないの?」
    「全てが、手遅れだ」
     レイザは静かに答えた。
     この沼を視認できる人間は数少ないだろう。往来する人間たちは知らず知らずのうちに足を取られ、掴まれ、引き摺り込まれ、汚染され、魂を啄まれている。
     長い時代を跨って、彼女は人間を食らっている。道の神の役目を放棄し狂い果てて人間を喰らい、知覚できる人間が彼女をそのように信仰することもなく、神の視点では救われる余地がない。
    「私は何も間違ってないわ。ただ見てもらってるだけ。ずっと無視するあいつらが悪いの。ずっとずっと無視して踏みつけるくせに聞きたくもない呪いを聞かされてあたたかい声も聞こえなくなって痛くて苦しくてまるで汚ない盲目のあいつらも、死に際に私を見てくれるのよ」
     何が悪いの?狂っているが故に純粋な瞳が歪む。劣化した翼が熱を帯び、じりじりと肉の焦げる臭いを滲ませる。異形の三足烏は道の神としての在り方も付喪神としての在り方もほぼ失くし、その身の底に宿した僅かなモチーフを引き摺り出し歪めて励起させていた。
     彼女の翼の隙間の傷口から呪いが噴き出し、壊れた羽根を枝葉のように生い茂らせる。沼の肉片の嘴が鈍い声を上げている。彼女に対話の意思はなく、会話はできても通じない。一方的な言葉に意味はほとんど無いだろう。増殖する翼と今にも崩れそうな脚を補強するようにボコボコと骨を殴るような音を立てて蛆のように湧く鳥の指の先まで、殺気と呪に満ち満ちているのだから。
    「神体の異常肥大及び不可逆性変質、対神攻撃性確認。異常化神霊処理規定に基づき、当該神を討伐対象に指定」
     淡々と告げる言葉に、女神の成れの果ては表情を歪めた。
    「私を殺すの?」
     最早彼女は穏やかに愛し愛される神ではなく。
    「────始末する」
     ぞわ、と膨れ上がった瘴気が牙を剥く。
    「殺せるものなら殺してみなさい正義気取りの傭兵風情が!」
     彼女の声に呼応するように道の嘴たちが裂けるほど大きく開かれ、耳を劈く絶叫を垂れ流す。舞い上がった黒い羽根と血飛沫が燃え上がり、零落した女神の意志でレイザに襲いかかる。
     軽く地面を蹴り、宙空の黄金糸に踏み込み、前方へ跳ぶ。ただ一直線に。降り注ぐ灼熱の雨の間を縫い飛んだと錯覚するように、瞬きのうちに彼女の左肩を抉り取った。
    「あ、ぁああ、ああ……!」
     低い途切れ途切れの悲鳴。接近したレイザを振り払うように崩れた腐肉が燃え上がる。戦う神でなかった女神の成れの果ては欠損の痛みに全身を震わせ、折れそうな細い脚を覆う肉でなんとか立っている。暗い炎を翼の骨の形をした針刃が切り裂いた。
    「あああぁあ……ハ」
     かき消された炎の先で殺気と怯えを湛えた顔が、微かな笑顔に変わる。
     黒い肉を断とうとして、地面から突然「湧き出した」腕に掴まれる。羽と嘴と濁った目の生えた幾本もの指が薄い胴をギリギリと軋ませる。勢いを無くした膂力で振り切ることは叶わず、壊れた女神の前に首を晒す形で拘束された。
    「この道に足を踏み入れたのだもの。私の道だもの。全部わかるわ、あなたのこと。ねえレイザ」
     ……迂闊だった。
     この道は彼女の呪いの染みだけではなかった。道そのものが人間を食らっていたために、司るものが彼女の肉体になっていた。剥き出しの腹に嘴の指が食い込む。
    「ッ……」
    「ほうらね。古い太陽如きこの程度。黒点には凡そ及ばないッ!」
     可哀想に、と語りかける声は嘲笑と優越感に溢れ、慈愛の欠片もない。
    「あの黒い月兎ならきっと捕まえられたのにね。可哀想なレイザ、せっかく人間どもに愛されていたのに、自ら誰にも見えないところに行ってしまって、誰もが嫌がる穢れに触れ続けて、なのに鑑みられることもなくずっと汚れ仕事をこなし続けて。誰にも知られず死んでいくのね」
    「……」
    「可哀想なレイザ……なんて愚かな飛べない小鳥。私を殺せるわけなかったのに」
     締め殺そうとする重圧と共に、腕が燃え上がる。
    「私だけは覚えていてあげるわ、あなたが生きていたことを。私に殺されたことをね!」
    「黙せよ」
     形となった殺意の拳を黄金の糸が切り開く。緩んだ指の隙間から一足飛びに、驚愕する彼女の翼を貫く。騒々しかったお喋りも続けられず悲鳴を上げて、とうとう呪いの沼地に、自身の腐汁の池に蹲る。
    「ツヅユイは月兎ではない。私の躰も生きた太陽ではない。私は、神を貫く小さな針である」
     なによりも自身の中身を覗かれたことが不快だった。針刃の汚れを振り払い、改めて黒い烏の異形に向かい合う。
    「笑止千万。ぬるい血潮で太陽とは」
    「あああああ焼け死ねレイザ!!」
     激昂した彼女の劫火がまるで舌のように周囲を舐め上げる。レイザは黄金糸を足場に高く高く跳躍して、一瞬の浮遊のうちに宣言する。
    「最早掛ける言葉は無く」
     お前に皮膚があるのなら、その皮革を貫くのが私だ。貫けないはずがない。貫くための私なのだから。
     身を捻り、下方の神へ両の針刃を向ける。
     黄金糸の足場を蹴る。
     せめて餞として受け取れ。誰の手も取れず、戻れないところまで終わってしまった慈愛の神よ。
    「<彼方神へ輝ける餞を(ブロドリ・ドレ)>」
     黄金の斬撃で心臓を潰され、崩れ落ちた。
     生まれたばかりの雛のように……巣から落とされた悲惨な雛のように消えつつある身体を地面に削り取られながらも彼女は這う。レイザの足元に指のない右手を伸ばして縋りつき、呂律の回らない口で必死に言葉を紡ぐ。
    「×××というの」
     死の間際に彼女は名乗る。手遅れになる前の、愛されていた頃の名前を。
    「あなただけは覚えていて、私を見ていた人はもういないから。他の神様だって避けて通ってたから。覚えていて、私の名前」
     死ぬ女神の残滓を見下ろす。救いを求めるなんて烏滸がましいことはしない、潔く美しい哀れな姿だった。
     ずっと誰にも言えることなく失っていた願いを口に出して、その答えを待つ。
    「拒否する」
     伝えられた言葉を確かに聞いただろう。彼女はそっと微笑むと、頷き、その目を閉じた。

    「あなたに願いはあるのかしら」

    ──────────

     日も沈みかけた夕暮れの山岳風景には赤紫色の空が降る。元々は小規模の集落があったのだろう、最早廃墟とも言えない廃れた谷底で、レイザは泥をかき集めた。土地に染み付き、土地を殺した呪いごと剥ぎ取って、固める。針刃の両手では難しいため人の姿をとって、手のひらで泥団子を作る。
    「起きよ、呪りの子」
     少しだけ。ほんの少しの言葉で語りかけながら、肉体を作っていく。呪いの染み付いた泥を集めて固めて昇華する。しかしそれ以上の変化はない。まだ足りないのだ。
     辺りを探り、集落の残骸の中で一層おぞましい瘴気を纏っていた呪具を添える。おそらくこの土地が滅んだ原因でもあるだろうが、ならば都合がいい。土地の呪いを跡形もなく、根こそぎ吸い上げた泥に依代を与えられる。
    「お前にもそんな風に救い上げる思いがあったのだな。機構に心を落としたかと思っていたぞ」
     ツヅユイの声が背中にかけられた。コートの両裾をゆらりと翻めかせ、しゃがみ込むレイザの手元を覗き込む。
    「付喪神として救い上げるのか」
    「救済に非ず。これは神の幼体であった、それだけ」
    「助けられるものならば助けたいと、そう願ったのだろう?」
    「否」
     強く否定し、煩わしさを露わに睨み付ける。何も言わずに威圧以外で意思を示せるのは人間の顔でしかできないことだった。
    「ならば、お前に願いは無いのか?」
     問いかけの答えを聞くつもりはないツヅユイの黒い影を、立ち去った後も見つめていた。そして陽光の残滓さえ消えた闇の中でそっと呟く。
    「願望……水底の、灯火」
     その時その時に生きる意味を見つけながら悠久を生きている。小さい生命と触れ合ってみたり、成長を喜んでみたり。ただある瞬間生きる意味を見つけられず陥った空虚は苦痛以外の何物でも無い。意識あるままの退屈が、神を殺す。
     悪神の取り締まりや枯れ果てた情弱の異形の退治など、生きる理由としてはあまりにも小さく、いつでも放り出して立ち去れる。そんなものに心を痛めていちいち傷ついているツヅユイは神の身でありながらとても人間らしいとも言えた。なんと羨ましい。そんなもの、長くを生きた神にはもうどうでもいいと、そう思えてしまう瞬間だってあるのだ。記憶はないのに、この身体は永遠に近い時間を生きていたことがある。蓄積された無意識の疲労と死の概念に対する忌避感の低さは、その名残……なのかもしれない。
     ただいつか全てを投げ出して眠りたい。
     それでも久遠劫に置いてきた記憶がこの身に染み付いている。誰かのためになる喜びと打ち捨てられる空虚さ。どうでもいいと感じることばかり満ちている世界でも、ほんの一握りの誰かの灯りになる程度には、献身したい。いつか死んだとき、金烏の骸は水底の灯火になりたいと願ってやまないのだ。
     吉凶を願われ溶けていた呪りの子は、まだ目覚めない。神の肉を得て目を覚ますまでは側にいてやろう……この子にとって灯りにはならずとも。
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