夕方の茜色の空から、夜へと変わる空模様。恋人である北統と歩いていた芽郁は、北統に話す。
「あのね、私の家に来て欲しいなって……」
本来だったら、日帰りで北統は帰るはずだった。芽郁が一緒にいたい、と言った時、北統はそれを聞いて帰るのは明日にする、と言ってくれたのだ。優しい人だ、と思ったのと同時に、宿などとっていない北統にとって、これから宿を探すのは大変な作業だった。芽郁の申し出に、北統が聞いてきた。
「いいのか? 突然俺が来ても」
「えっと、実はさっき連絡してみたら、北統くんに会ってみたいって。泊まるのも大丈夫って」
北統が泊まるために必要なものを買っている間に、芽郁は家に連絡をとっていたのだ。電話に出たのが母親で少し芽郁は安心しつつ、事の経緯を話す。母親は、芽郁に彼氏がいたことを知っていたが、まさか今日来るとは思っておらず、電話口では驚いていたが、快く了承してくれた。
それだけではなく、自分らが居ると気を使うだろう、との言葉で母親と父親は、芽郁と北統が来た頃に出かけると言った。芽郁は戸惑っていたが、母親も、父親とどこかホテルで食事をしてそのままお泊まり、というお出かけをしたかったらしく、電話口で茶目っ気にそう言われ、思わず笑ったのだ。芽郁の説明に、少し考えた北統だったが、そのまま口を開く。
「……なら、言葉に甘える」
「うん」
なら早速、と北統と二人で帰路に着く。歩き慣れた家までの道なのだが、隣に好きな人がいて、その人から手を繋がれながら歩く。それだけで、特別な帰り道になるのだ。少し歩き、芽郁の家に着く。両親に、軽くとはいえ北統を紹介するのだ。どこか緊張している芽郁に対し、普段そうに見える北統を見て、やはりどんな時でも冷静なんだな、と芽郁は思いつつ、家の扉を開けた。
「ただいま」
「お邪魔します」
二人の声が聞こえたからか、パタパタ、と足音がして一人の女性が出てきた。芽郁そっくりな顔立ちの女性───芽郁の母親は、芽郁と、そして北統を見てニコニコと笑っていた。
「おかえりなさい! あら〜! 貴方が北統くん? かっこいいじゃないの!」
「……芽郁さんと、お付き合いしている北統です。今日は突然すみません」
「あらあらいいのよ、私もあの人とデートしたかったし」
そう言って、母親は後ろを向く。後ろには、少し離れて優しそうな顔立ちをしている、芽郁の父親が居た。
「君が北統くんか。芽郁がお世話になってるね……」
父親も北統に対してあいさつをするが、どこか声に覇気がない。表情も、笑ってはいるがどこか目が悲しそうな雰囲気を感じ取る。母親は笑って二人に言う。
「この人、芽郁が彼氏連れてきたから、少しビックリしてるのよ。ごめんなさいね」
「……いえ」
「私達、少ししたら出かけるから……。芽郁の事、よろしくね。北統くん」
そう言って、少し項垂れてるように見える父親を引っ張っていく母親。その光景を二人はポカン、として見ていたが、芽郁はハッとして北統に言う。
「え、えっと、北統くん上がって?」
芽郁は北統にスリッパを用意して、廊下を歩く。少し顔が赤いからか、頬が熱かった。
───芽郁さんと、お付き合いしている北統です。
その言葉を思い出し、また顔を赤くしてしまった。北統の言葉や行動一つに、こうして照れてしまっている。この状態で、果たして持つのだろうか、芽郁は照れながら部屋まで案内していた。
芽郁と北統が来てしばらくして、母親と父親は出かけて行った。食事は母親が準備してくれていたため、芽郁はキッチンに立って軽く温めていた。おかずを温めながら、北統がいるからか、この場面が同棲みたいだな、なんて思ってしまい、また顔を赤くしてしまった。気の早いことを考えてばかりだ、と芽郁は思いつつ、食事の準備をする。
食事をして、お風呂にも入り、北統とテレビをみたり、ストレッチをする。そして、いつの間にかそろそろ寝る時間になっていた。
本来なら、北統は客室で寝てもらう方がいいのだろう。けれど、芽郁が一緒に寝たい、と言ったため、芽郁と一緒にベッドで寝ることになった。当たり前だが、二人で寝るには少し狭い。自然と距離が近く、むしろ北統が芽郁を抱きしめた状態で寝た。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
寝る前の挨拶をして寝る。芽郁を抱きしめた状態ですぐに寝てしまった北統に対し、自分の心臓の音がうるさく、中々寝れなかった。抱きしめられて分かるのだが、鍛えている体つきが伝わり、そして北統の匂いも相まって、ますます心臓がうるさくなる。
寝れない、芽郁は寝るのを諦めて北統の顔を見る。綺麗な顔立ちだ。出会った頃は怖い人、って思っていたのだが、付き合うようになって、自分にしか甘えない事を知って、それが特別のように感じ取られ、芽郁は嬉しかった。
「……北統くん、好きだよ」
そういって、芽郁は北統の唇に軽くキスをした。普段だったら照れが勝ってしまい、中々自分からしようとは出来ない。北統が寝てるから、と思っていたのだが、ふと北統の手に力がこもった気がした。
「えっ」
芽郁が声を出したかと同時に、あっという間に目を覚ました北統が、芽郁に対して覆いかぶさっていた。いわゆる、押し倒しというものだ。それよりも、寝ていたはずの北統が起きていた事に、芽郁は慌ててしまった。
「ほ、北統くん。起きてたの……!?」
「……可愛いな、本当に」
「んっ……」
北統は呟いた後、芽郁の唇を指で軽く撫でるように触った後、優しく重ねるようにキスをする。触れるようなキスを何度も、何度もする。芽郁は顔を真っ赤にしながらも、目を閉じて、そのまま受け入れていた。
「ぁっ………北統、くん……」
少し目を潤ませて、じっと北統の顔を見る芽郁。心臓の音がうるさく、体も少し火照っている感覚がする。そんな芽郁を見て、北統は愛おしそうに頬を撫でていた。
「……まだ、流石に今日は何もしない。何も準備してないしな」
「準備……? ……?」
「……芽郁」
準備とはなん事だろうか、と熱で少し考えが追いついていない芽郁をよそに、耳元で囁かれた後、首筋に顔を埋められたかと思うと、ちゅっ、となにか音がした。
「ひゃっ。……北統くん……」
「俺にもつけるか?」
少し笑っている北統が、首筋を見せてきた。先程の行動は、少し疎い芽郁でも分かってしまい、恥ずかしそうに目をそらす。きっと、自分の首筋に跡をつけたのだろう。まだ心臓の音はうるさい。ちらり、と芽郁は北統をみた後、北統の首筋に吸い付いた。こうすればいいのだろうか、と分からずに吸っていると、北統が擽ったそうに笑っていた。少し口を離すと、暗くてよく見えないが、少し赤くなってるような気がした。
「……ふっ、擽ったいな」
「……北統くんばかり余裕そう」
「……そう見えるんだな」
北統はわらっていると、また芽郁を抱きしめて寝た。抱きしめられながら、芽郁は考えていた。さっき、何も準備してない、と言っていた。あの時は分かってなかったら、芽郁の考えがあっているとすると、もしかして、準備というのは。
「……!」
ボンっ、と恥ずかしさが込み上げてくる。恋人同士だ。いつか、そういう事をするのはわかっていた。けれど、いざこうして言葉にされると、照れてしまう。それと同時に、北統が本当に自分の事を好きで、大事にしてくれている事が伝わり、嬉しさも込み上げていた。北統が自分の事を好きなように、自分も、北統の事が好きなのだ。
「……おやすみ、北統くん」
小さく呟いて、芽郁は北統の背中手を回して寝た。