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    ナガレ

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    ナガレ

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    ワードパレットで一人ワンライっぽいもの。ぶぜまつ風味。

    9.寒昴(冬の夜空、灯り、君のため)

     冬、明け六つには少々早いこの時間。松井江は目覚し時計が鳴るよりも早く目を覚ました。今朝は何の当番もないはずだから、朝餉の時間までもう一眠りしたって構わない。
     どうしようかなともぞもぞと布団の中で身動ぐ松井。少し悩んだ後、松井はのそりと起き上がった。
     布団から抜け出すと真っ先に暖房器具の電源を入れた。次に就寝前に布団の脇に畳んで置いた綿入れを掴むと、大きく広げて暖房器具から発せられる温風に当てた。自身には温風が届かないがそこは我慢だ。そうやって温めた綿入れを寝間着の上に羽織ると、寒いなと独りごちりながら素足で畳を歩き、松井は廊下に面した部屋の障子を少し開けてみた。
     隙間から流れ込んでくる、ひんやりとした冬の空気。その澄んだ冷たさに身震いしながら、松井はそっと空を見上げた。薄明の紺碧色の空にはまだ星が残っていた。
     初めての冬、冬は星が綺麗に見えるのだと教えてもらった。天上を流れる夏の天の川も見事だが、冬の星は一つ一つがどの季節の星よりも輝いて見える。冬の星がより輝いて見えるのに理屈はあるらしいが、それを追求するのは野暮というもの。冬は星が綺麗に見える、それだけでいい。少なくとも松井にとっては。
     障子の隙間からそんな冬の夜空を見上げていると、東の空で輝く明けの明星に気がついた。隣には細い月が並んでいる。――そろそろ夜明けの時刻だ。
     夜が明ければ、夜戦に出ていた者達が帰ってくる。部屋に明かりが灯っていたら、彼はこの部屋を訪ねてくれるだろうか。これは君のための灯りだと伝えたら喜んでくれるだろうか。松井は布団に戻ると枕行灯に手を伸ばした。
     行灯の側面にあるつまみを捻ると、ぽわ…と橙色の明かりが灯された。松井の生まれた時代にあった行灯と違い、今の行灯はたったこれだけの動作で明かりが点く。しかも火も油もいらない。時代の流れとは兎にも角にも恐ろしいものである。
     そんな事を思いながら行灯を持ち上げると、松井は障子の前から少し離れた位置にそっと置いた。そして自分は布団に戻る。部屋の中がいい感じに暖まってきたから、もう綿入れはいらない。
     薄暗い部屋の中。二間続きの居室を仕切る襖は開け放たれたままで、行灯だけがほのかな明かりを放っている。廊下の向こうからもこの明かりが見えればいいのだが。
     松井がじっと息を潜めて待っていると、こちらに向かって近づいてくる足音が聞こえてきた。きっと彼だ。どくんと松井の心臓が音を立てた。彼はこの灯りに気づいてくれるだろうか。気づいてほしい。
    しかしその足音は松井の部屋の前に辿り着くよりも早く消えた。自分の部屋に入ったのだろう。松井の部屋は廊下の端、彼の部屋よりも奥にあるから気づかなくても仕方ない。それでも、もう少しだけ待ってみよう。松井は待った。それでも足音は聞こえてこなかった。
     ――待ち人来たらず。松井は潔く諦める事にした。行灯を片づけて朝餉の時間まで二度寝しよう。一眠りする時間はある。松井はちらと時計を確認した。それに隣の部屋で寝起きしている同胞の起床時間が近い。松井が起きている事に気づいたら作業の手伝いを命じられかねないから、さっさと寝直すに限る。松井は立ち上がった。
     障子の向こうから感じる明るさ。そうか、夜は明けたのか。今から寝直す自分にはあまり関係のない事だが。どこかささくれた気持ちを抱きながら、松井は行灯の明かりを消そうとした。――その時だった。
    「松井?」
     その声に松井の手が止まる。障子には松井の影が映っているはずだ。しばしの沈黙の後、障子が静かに開けられた。障子を開けた相手を見上げる松井。松井と目が合うと相手――松井の待ち人であった彼が相好を崩す。それにつられて松井の表情も和らいだ。
    「……おかえり」

     冬の朝。松井はこの一言のために明かりを灯して待っていた。
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