秋の半ば、ようやく松井にまとまった休みがやって来た。調整に調整を重ねた丸一週間の連休だ。休み中に電話してきたら命は無いと思え(意訳)と隣の席の後輩に言い残し、松井はきっちり定時の十八時で仕事を終えて休暇に入った。松井だってやればできるのだ。何故か松井が定時で帰ろうとする時に限って急ぎの案件が舞い込んでくるだけで。
しかし今日は何が何でも、上司や後輩に押しつけてでも帰らなくてはならない。明日から楽しい楽しい小旅行が待っているのだ。滅多に合わない休みをどうにかしてすり合わせた、豊前とのタンデムデート宿泊コースが待っている。
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――翌日、朝。
空は快晴の青空だった。風も穏やかで絶好のツーリング日和だ。
「でも、本当に電車じゃなくてよかったの?いくら近場とはいえ、疲れない?」
「久しぶりに松井乗っけて走りたかったし。天気もいいからな」
数日前、休みはどこに行きたいかという話になり松井は海が見たいと言った。それならこの辺りにするかと豊前がさっと調べ、近くのホテルに予約を入れた。ビジネスホテルに比べれば少々値の張るホテルだったが、たまには贅沢するのもいいだろう。
「今から行けば下道使っても昼には着くっちゃ。海鮮丼食おーぜ」
戸締まりを確認すると、二人は足早にアパートの駐輪場に向かった。荷物と言っても着替えぐらいしかないので、松井が二人分まとめてバックパックに入れて身に着けるだけで事足りる。いつだったかの記念日に「これがあれば遠出もできるだろ?」と豊前が松井にプレゼントしたものだ。松井のツーリング用品はすべて豊前が揃えた物だから、思わず松井が「……僕、もしかして貢がれてる?」と返してしまった事は想像に難くない。
生活費は松井の方が多く出してくれているし、これは趣味の範囲だから気にすんなと豊前には笑われた。給料から生活費の負担分と松井に言われて始めた積み立て貯金を差し引いた残金。豊前の場合、そのほとんどは趣味に消えていく。豊前の趣味は走る事と愛車の整備と、松井に健康的な生活を送らせる事。なので松井を乗せて走るためのものは全て趣味の範囲内なのだ。
「乗ったか?」
「うん」
「よし、出発すっぞ。しっかり掴まってろ」
すでにギアは1速に入っており、準備は万端。エンジンをかけると豊前は松井を乗せて海を目指した。