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    ナガレ

    ほとんど書きかけ。書き上げたらぷらいべったー(https://privatter.net/u/7nagare_na)に移して非公開にしています。ツイッター @7nagare_na

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    ナガレ

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    現パロぶぜまつ(リーマンの姿)
    ※ぶぜんは喫煙者

    今の時刻は午後十時過ぎ。プレゼン資料の締め切りは明日の十時。完成度合いはだいたい八割。フロアどころかオフィス自体に人の気配がほとんど無くて、静まりかえってしんとしている。一人だけだからと電気がほとんど消されたフロア。そこで一人寂しくため息をつくことしかできなかった。
    明日プレゼンがある事を失念していたわけではない。しっかりと覚えていたし、スケジュールには大きな赤丸もついている。準備はできていた。……資料以外は。どうせ口で説明するのだから配布資料なんて作らなくてもいい、最低限の要点だけ記したペラ紙一枚でいいと思っていたのだ。
    用紙一枚に要点を簡潔に収めた事前資料。まさかそれにダメ出しを食らうとは思わなかった。締め切り前に提出できたし、今日は定時で上がれると喜んでいた矢先だった。明日に備えるどころか終業間際に残業確定だ。フロアのあちらこちらから飛んでくる憐れみの視線を感じながらオフィス近くのコンビニに行ってゼリー飲料を買った。悲しいけれどもこれが今日の夕飯だ。
    それから数時間。一人、また一人と帰っていく同僚達を横目に、今もずっと液晶画面を睨んで唸っていた。
    「……集中力切れた」
    この十分間、何一つ進まなかった。これは完全に集中力が切れている。――こういう時は休憩した方がいい。どうせ終電でも帰れそうにないのだから。気分転換でもして少し頭を冷やそう。何か思い浮かぶかもしれない。胸ポケットの中には少し潰れた白色のソフトパック。その中身を確認すると、机の引き出しから携帯灰皿を取り出して、非常階段の踊り場に向かった。
    こんな時間でもまだフロアに人が残っている事は知っているから、非常階段の扉が開いても警備員が飛んでくる事はない。一息入れたら戻ろう。火をつけると、白い煙が夜の街に細くたなびく。自分でも言うのも何だが、こんなものを吸うだなんてどう考えても体に悪い。葉っぱを燃やして煙を吸おうとした最初の人間は一体どんな奴だったのか。
    ――体に悪いしまた値段上がるって聞いたし、そろそろやめたら?
    この数年、アイツには吸っているところを見つかるたびにそう言われている。けど、
    「やめられねーんだよな……」
    一頃に比べれば随分と軽いものになったし、消費量もかなり減った。でも、まだやめられない。別に口寂しいとかそういうわけはないんだけど、きっかけが欲しいというか、何と言うか。そんな事を考えながら手すりにもたれていると、非常階段の扉が開いた。
    「――僕にも一本」
    頂戴。その声に振り返ると、隣のフロアにいる同期の松井——そろそろやめたらと言ってくる張本人がいた。相変わらずきっちりとネクタイをして、背広も着ている。誰もいないからいいだろうと、早々にネクタイを取って何ならシャツのボタンも外している自分とは大違いだ。
    カツンカツンと靴音が聞こえ、松井が隣にやって来た。その手にはブラックコーヒーの缶が握られている。そういえば、隣のフロアも電気が一つだけついていた。あの電気は松井だったのか。急な退職者が続き、その業務を一手に引き受ける事になった松井は多忙を極めている。こうやって顔を合わせるのは久しぶりかもしれない。
    「松井も居残り?」
    「そう。早く欠員補充をしてもらいたい……」
    灰皿に灰を落としながらそう尋ねると、松井は疲れの見える顔でそう答えた。スチール缶のプルトップを引き上げて、ブラックコーヒーを一気に呷る松井。ぷは、と飲み終えた松井の視線は咥えた煙草に向いている。……さっき、一本くれって言ってたな。
    「ほら」
    「ん……」
    煙草を一本渡す代わりにキスして舌を絡めると、松井はあからさまに顔を顰めた。いやいや、頂戴って言ってきたのはお前の方だろ。たっぷり味あわせてから離れると、うげ…と心底嫌そうな反応を見せた松井は、口直しに残っていたブラックコーヒーを飲み干した。
    「苦げーな……」
    ブラックコーヒーは苦手だ。客先でコーヒーを出されてもミルクと砂糖が欲しいし、喫茶店でカフェオレがあるなら迷わずそれを選ぶ。もっと言えば、オレンジジュースか炭酸飲料の方がいい。なかなか消えないカフェインの苦みに顔を顰めていると、すかさず松井に睨まれた。
    「豊前」
    「でーじょうぶ。カメラに映んねーから、ここ」
    どうしてそんな事を知っているのかという顔をされたが、残業続きで毎日終電帰りだった時期に守衛室の人と仲良くなって教えてもらっただけだ。他にも活用している人達がいるとも。世の中爛れてると思う。人のこと言えないけどな。
    「そろそろやめないの、それ」
    また来た。松井が健康を案じてくれているのはよくわかる。でも、なかなかやめられねーんだよな。やめるためのきっかけが欲しいというか、もう一押し何かあればやめられそうというか。どうしたものかと渋っていると、松井は「誰かが見張っていて、君が吸おうとしたら取り上げる。それくらいやればやめられるのかな」なんて事を言い出した。……それいいかもな。
    「一緒に住むって話に松井がうんって言ってくれたらやめられるんじゃね?」
    「……ばかなこと言わないで」
    口ではそう言うけれども、週末はいつも泊まりにくるし、何なら光熱費や家賃の足しにしてくれって毎月いくらか渡してくる。松井は素直じゃないな、本当に。
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