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    ナガレ

    ほとんど書きかけ。書き上げたらぷらいべったー(https://privatter.net/u/7nagare_na)に移して非公開にしています。ツイッター @7nagare_na

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    ナガレ

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    ぶぜまつ。豊前がちょっと弱ってる。

    分厚い雲に覆われた鈍色の空。肌にまとわりつく空気は過分に湿気を帯びており、大粒の雨が降り出すのは時間の問題であると示唆している。
    申し訳ないけれど今日は非番にしてほしい。廊下から重暗い曇天の空を見上げた松井は執務部屋に出向き、審神者にそう切り出した。期日の近い書類は無いし、今は事務仕事の手も足りている。一振り抜けても支障ないと判断した審神者は松井を非番にした。
    「すまないね。この埋め合わせは今度する」
    執務部屋を退出した松井は厨で白湯を貰った。向かう先は自室の近くだが、自室ではない。隣の隣の部屋だ。
    「……豊前、調子はどう?」
    「松井……」
    松井の隣室は桑名で、その隣は豊前。松井の目的地は自室の隣の隣にある豊前の部屋だった。極力音を立てないように部屋の障子を開けると、部屋の中には二つ折り座布団を枕に臥せっている豊前がいた。
    「白湯を貰ってきた。飲めそうかい?」
    「後で貰うわ」
    他者からは意外だと言われるが、豊前はこういうくずった天候に滅法弱かった。いっそのこと、雨が降ってくれた方がまだ楽かもしれない。
    「人の体というものは実に難儀だね」
    白湯の入った湯呑みを乗せた盆を文机に置くと、松井は豊前の隣に腰を下ろした。せっかく訪ねてきてくれたのに構わないのも悪いからと言って起き上がろうとした豊前を松井は制した。
    そのまま寝ていていいよと、手のひらを豊前の額に置く。眉間に皺が寄っているし、顔色もあまりよくない。今日はいつもより酷そうだ。何をするでもなく豊前の隣でじっとそうしていると、ぱたたた…と雨粒の庇を叩く音が松井の耳に届いた。
    「降ってきたみたいだね」
    「そーだな……」
    「辛そうだ。少し寝た方がいい」
    「そうさせてもらう」
    だるいと一言呟き、豊前は外界を遮断した。感じるのは松井の手のひらの重みと熱だけでいい。目を閉じて意識を霧散させていけば、そのうち眠れる。
    「豊前」
    「どーした?」
    意識が少し遠のき始めた時、不意に額に乗っていた松井の手のひらが外された。代わりに近づいてきたのは松井の気配。静かに音もなく近づくと、細い松井の指先が豊前の整える気力もなくて朝から下りたままの前髪を掻き分けた。そしてほんの一瞬ためらうような間を置いて、剥き出しになったその額に柔らかいものが押し当てられた。
    「……早く良くなるように、おまじない」
    僕には病気治癒の加護も謂れもないから気休めだけど。ゼロ距離まで近づいた松井の気配は豊前から離れていき、豊前は目を閉じるよう松井に促された。
    再び豊前の額に手を置くと、松井は身動ぎ一つせず豊前が眠りにつくのを待った。閉め切った障子の向こうから聞こえてくる、ざぁざぁの雨音が心地よい雑音となって豊前を眠りの世界に誘う。浅い眠りだろうからすぐに目覚めてしまうだろうけれども、豊前は旅立ってくれた。松井は起こしてしまわないようにそろりと手を離した。手が完全に離れた時豊前が小さく身動ぐものだから起こしてしまったのかと松井は焦ったが、豊前が起きる様子は無かった。
    顕現したてでまだ上手に眠れなかった頃、こうやって豊前が夜通しそばにいてくれた。寄り添って触れる、ただそれだけのことが何よりも心強くて安らぎを覚えた。
    あの頃は彼の手を借りてばかりだったけれど、今では貸すことができるようになった。弱いところを少しだけ松井に見せてくれるようになった。今の松井は常に先頭を行く豊前の止まり木だ。この雨がやんだら彼はまた飛んで走っていく。
    ぽとり、ぽとり、ぴちょん。軒から落ちた粒が雨垂れ石を穿つ。不規則なその音を聞きながら、松井は何をするでもなくただそこにいた。松井は知っている。これが何よりも効くのだと。
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