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    ほうき

    @houki_boshi13

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    ほうき

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    朔視点の弁望。
    最終戦を終えて、両思いだけどお別れをする話。弁慶不在です。

    幸福でありますように 実のところ、朔は武蔵坊弁慶が好きではなかった。
     彼個人がどうという話ではない。初対面の時の弁慶の印象はむしろ良かったといえる。源氏軍に同行するにあたり、初めての顔合わせで厳しい表情を崩さぬ九郎に比べ、武人らしからぬ物腰の弁慶に安堵した覚えがある。少しばかり底の知れないところがあるが、それは朔には関わりのない話だ。そもそもにして、出家したとはいえ、梶原の姫である朔が殿方と直接話をすることはほぼ皆無に等しく、九郎や弁慶とのやりとりも、大概は兄を通してしていた。
     それが変わったのは、白龍の神子が京に現れてからだ。突如、宇治川に現れ、朔の対となった春日望美という神子は、明るく心根の優しい少女だった。年頃の近いふたりはすぐに打ち解けたし、まっすぐに慕ってくる望美を朔はすぐに好きになった。ふたつ年下の彼女といると、まるで妹ができたような気分になった。
     そんな望美を守る八葉のひとりとして選ばれたのが、弁慶だった。対である望美の八葉となれば、否が応でも関わりあいになる。それでも、共に戦う仲間という認識はあれども、彼自身に何か思うところはなかった。
     しかしある日、朔は望美が弁慶に好意を向けていることに気付いた。朔が弁慶を快く思わなくなったのは、それからだ。その頃には、朔にとって望美は無二の存在となっていた。大切な少女が弁慶のような真意の読めぬ男性に心を寄せるのは心配だったし、親友をとられてしまったような嫉妬もあった。
     だが、もどかしさを抱きながらも、ふたりを見ている間に気付いたことがある。弁慶もまた、望美を憎からず思っている。いつもふたりを見ているから、気付いた。気付いてしまった。
     弁慶が望美を見る時、柔らかく細められる目だとか、ふたりの間に流れる穏やかな空気だとか。互いを想いあっていることは、側から見ていれば、すぐにわかった。いつもどこか本心を悟らせぬ彼からすれば、意外に思うほどに。
     ふたりがこれから並んで歩んで行くのだと、朔は信じて疑っていなかったのだ。


     戦の勝利を祝う宴は盛大に行われた。
     此度の戦の最たる功労者である白龍の神子は、あっという間に兵たちに囲まれた。次々と注がれる杯と向けられる賞賛から朔と望美が解放されたのは、夜半を過ぎる頃だった。不満げな兵たちを諌める兄に感謝しながら、朔は望美を促して、与えられた寝所に向かった。
     ひっきりなしに訪れては盃を勧める兵たちに辟易したが、気持ちはわからなくはない。長きに渡る戦に勝利し、訪れるのは太平の世。故郷に帰れば、家族や友人と再会し、民からは戦果を称えられることだろう。それを思えば、気分が高揚するのも当然のことだ。そしてそれを導いた神子と話す機会は今日で失われるのだと知れば、我先にと神子に群がるのも仕方のないことだった。
     異世界より舞い降りた白龍の神子は、明日、この世界を後にする。龍脈の乱れを憂えた龍神により選別された神子は、乱れの根源を断ち、世界をある姿に正した。役目を終えれば、異世界の人間である彼女は異分子でしかない。世界の理が正されたなら、異質な存在である白龍の神子も、元ある場所に戻るのが道理だった。考えて、朔は唇を噛む。知らず、渡殿を歩く足が止まった。立ち止まった朔に、望美が振り返る。
    「朔?」
     不思議そうに首を傾げて、朔の名を呼ぶ親友に息が詰まった。
    「本当に、帰るのね」
     半ば無意識に溢れた言葉は、縋るようだった。出会った頃から、望美は元いた世界に帰りたがっていた。突然家族と引き離されたのだから、当然のことだ。だから、家族や友人の元へ帰る望美を祝福すべきだった。しかし、世界を救ってくれたことに感謝して、元いた場所に帰る彼女を笑って送り出すには、朔は望美と深く関わりすぎた。いっそ、この世界に留まってくれればと願うほどには。
     朔は、そんな自身を恥じた。この子が家族を恋しがる姿を朔は何度も見てきたのに。自身が酷く浅ましい生きものになったようで、たまらない心地になる。望美の瞳に映る自分を見たくなくて、逃げるように目を伏せた。
    「うん、帰るよ」
     静かな声で告げられた言葉に躊躇いはない。この子を引き止める余地はないのだと、わかっていたはずなのに目頭が熱くなった。
    「……寂しくなるわ」
     声が震えそうになるのを堪えて口にすれば、望美の手が朔の手を取った。冬の夜風に晒されたそれは冷え切っていて、慌てて握り返す。少しでも温もりを分けてやりたかった。剣を持ち、硬くなってしまった手を両の手で包み込んでやれば、望美は泣きそうな顔で笑った。
     その表情に、朔は溢れそうになる涙を堪えた。望美が耐えているのに、朔だけが泣くわけにはいかなかった。
    「私もだよ」
     みんなと、ずっと一緒にいたかった。囁くように溢れた言葉は、朔が初めて聞いた望美の弱音だった。そしてそれを聞きながら、何もできない自分がもどかしくて、腹立たしくて、せめてもと彼女の手を強く握った。
     みんなとずっと一緒にいたかった。その中には、八葉と朔も含んでくれていると知っている。でも、望美がずっと一緒にいたいと、一番に思っているのは、きっと。
    「あなたは、それでいいの」
     伏せていた顔を上げて、正面から望美を見る。少しの表情の変化も見逃さまいとするように。
    「このまま帰って、後悔はしない?」
     問いかければ、望美は驚いたように目を見張った。何をとは言わなかった。わざわざ口にせずとも、それが何を指しているかなんて、望美が一番よくわかっているはずだ。
     驚きに彩られた表情が、困ったように歪められる。
    「後悔はするかもしれない。でも、ここに残っても、帰っても、どちらを選んでも私はきっと後悔する」
     運命ってそういう風にできてるでしょう。そう言って微笑んだ望美は朔の知らない顔をしていた。
    「だから、いいんだよ」
     それは、朔に言っているのだろうか。それとも自身に言い聞かせているのだろうか。
    「あのひとが、生きていてくれればそれでいい」
     年齢にそぐわぬ静かな声でそういう望美に、朔は顔を歪めた。
    「馬鹿ね。馬鹿だわ。あなたも、弁慶殿も」
     互いに思い合っていながら、手を伸ばさないふたりがもどかしくて、憎らしかった。そうさせざるを得ない世界が疎ましくて、どうにもできない己がもどかしい。朔の八つ当たりじみた言いように望美は眉を下げる。その表情は、いつもなら朔が望美に向けるものだった。
    「あのね、朔。私ね、欲張りなの。ここにいれば、いくらでも欲が出て、いつまでも手を伸ばし続けてしまう。そうしたら、きっといつまでも終われない」
     私も、みんなも。ひっそりとそう囁く望美の言葉の意味が、朔にはわからない。望美が恋したあのひとならば、わかるのだろうか。
    「だから、これでいいの。こうじゃないといけない」
     いやにきっぱりと言い切る望美は、憑き物が落ちたようにすっきりとした表情をしていた。ああ、この子はこの選択を変えることはないのだ。わかってしまった事実に、胸がぎゅうと締め付けられるような心地になる。
     それでも、せめてと両の手を伸ばし、望美の頰に触れる。指先から伝わる冷えた温度はを温めるように包み込んだ。
    「私、あなたたちふたりを見ているのが好きだったわ」
     望美と弁慶、ふたりの間に流れる穏やかな空気が。互いを認めれば、柔らかく緩められる表情が。
     もちろん、初めからそうだったわけではない。望美が泣かされやしないかという心配はあったし、親友を取られてしまったという悔しさもあった。誠意を見せるまでは絶対認めてやるものかと、弁慶に対して冷たい態度を取ることだってあった。
     でも、望美は弁慶の前で笑うのだ。はにかみながら、溶けそうな、幸せそうな顔で笑うのだ。朔では、そんな顔で笑わせることはできなかった。弁慶にしか引き出せなかった。彼女を笑わせるのが自分でないうことが悔しくなかったといえば、嘘になる。でも、望美がそんな風に笑うなら、それでいいと思ったのだ。源氏の神子として、ひとりで立つ彼女が、安らげる場所があるのなら、それだけでいいと思った。そして弁慶もまた、驚くほど穏やかな表情で望美を見ていた。望美といる時岳、彼の空気が変わった。兄や九郎とともにいる時のような気安いものともまた違う、どこか甘やかな、柔らかい空気だ。ふたりが共にいる時に流れるそれが好ましいと思った。思っていたのに。
     未練がましく囁くそれは恨み言にすぎなくて、望美にとっては言いがかりもいいところだ。それでも望美は、疎ましがることなく笑う。朔が初めて見るような大人びた笑みだった。
    「ありがとう、朔」
     望美の表情を目に焼きつけながら、ああ、やはりあのひとを好きになれないと実感する。年頃よりも幼げに笑うこの子を大人にしてしまったあのひとを。朔の大切で大好きなこの子を引き止めてくれないあのひとを。
     自身を棚に上げて、胸中で恨み言を吐きながら、それでも、と朔は囁く。縋るように、乞うように。
    「ねえ、望美。幸せになってね」
     朔の言葉に望美は目を瞬く。だがそれも僅かな間で、彼女はすぐに表情を緩めた。
    「私、幸せだよ。今まで生きた中で一番に」
     そう語る望美は、今までに見たどの笑顔よりも満ち足りた顔で笑っていた。
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