■ 空の「 」 早乙女家のリビングでBGMのように落ち着いた恋愛映画が流れていた夜だった。
女性陣や早乙女博士が見つめる画面を横目に飽きてしまった元気ちゃんやリョウとトランプに興じた後(ムサシはミチルさんを落ち着かない様子でチラチラと伺いながら耐えていたが、結局我慢できずにソファの片隅で寝入っていた。ちっとも起きやしなかったから毛布だけ掛けて置いてきた)、寝付こうと向かう共同部屋への廊下で並んで歩く姿から流石にギョッとする言葉を耳にして足を止めた。
「そういや一目惚れ、なんて言葉は信じて無かったけどよ、お前を見た時の気持ちはそういうのに近かったのかもしれねえな」
今までも互いに恋愛なんて言葉からは程遠い生活をしていた俺達にはあの映画は縁の遠い世界の話だったかな、などと会話していた中でのそんな言葉は唐突にすぎた。
驚きに瞬きしながら頭の後ろで手を組んで行儀悪く歩くその背中を見ていれば「なんだよ?」といつも通りの顔がこちらを向いた。
見回した廊下には人の姿は無い。誰も聞いていなかったのが幸いと軽く息を吐きつつ隣に並び直せば、昨日の晩飯はなんだったと思い出すくらいの軽い声で、なにも軽くは無い言葉が続いた。
「きっとお前が俺の片割れなんだろうってよ、理由なんかねえけど」
なんにも無かった俺はいいけどよ、沢山持ってたお前には災難なこったな。
そう言って悪戯小僧のように笑うお前こそが、俺の手を引いて「ここ」に引きずり込んだ張本人だった。しかし、共に乗ることを、生死を共にする事を決めたのは自分だった。「災難もなんもねえよ」と返してやれば楽しそうに笑う。
理由もよくわからないままに、おそらく大きな理由など無いだろうに渡される信頼は、それこそ命ごと手渡されるような感覚は不思議と悪い気がするものでは無かった。自分のそれをこいつに預けてやってもいいと思うほど。
抗うには乗るしかなかった。だがそれを災難だとは思わない。おそらくは互いに。
どう形容すればよいのかわからない感情を弄んでいれば、リョウの声が耳に入った。
「全部終わったら降りるか? 生きてりゃの話だけど」
――生きていれば。そういえばそんな事は考えもしなかった。考えもしなかったが。
「……今更、お前ひとり置いてくほど薄情じゃねえよ」
「お前は案外情深いもんな、いっつもつらっとした顔してる癖によ……なんだよ照れんなよ。照れ隠しで睨むのやめろよ」
鼻で笑うように言ってやったのに見透かされているようなのが面白くなくて、睨んでやればそれすらそんな風に看破されて、ふん、と目を逸らした。……間違ってないのが面白くない。
「じゃあ降りる時も一緒かな。どうせ俺にゃ行く場所なんてねえしよ」
「……そうならいいがな」
気のないようにした返事にふふっと笑う声がして。
「お前が嫌だって言わねえ限り、諦めてなんかやんねえよ」
だから、最後まで付き合えよ。
言われるまでもねえよ、とつい呟いた声は聞こえていただろうか。
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遠い未来と見せられたあの光景に恐れや怯えを感じたのは、酷く単純な話だった。
余りにも強大すぎる力。何もかも飲み込んで突き進む力。あれはきっと選んだもの以外は全て滅ぼす。消してしまう。あれしかあそこにはいなくなってしまう。
あそこに、お前はいない。
あそこにいるのは、あるのは自分達だけだと直感した時、初めてと言ってもいいほどの恐怖感に囚われた。
俺が引きずり込んだ運命にお前は共にあるものだと、最初に逢ったあの日から信じて疑わず確かにここまでそうあったのに、このまま行けばいつかお前はいなくなる。自分ひとりだけでここに行き着く。他の皆はいてもお前はいない。ひとりだけで。
ただ地獄を見るなら、守るべきものの為に戦い続けるなら恐れはしない。お前達がいるのなら。あの日言葉にはしなくてもそう誓った事は忘れもしない。
けれど、あそこにはお前の気配すら無かった。空虚だった。絶対的な孤独に怯えた。
嫌だった。
それだけは嫌だった。それが自分の我儘だろうと。お前だけは何処にいようと心は共にあるものだと信じていたかった。
だから、降りた。
きっとお前にはわからない。
他人の命と同じ秤に自分の命をも掛けて、必要ならば死んでもいいと昔から言っていたお前には。
他の誰でもなく、お前にいて欲しいんだという俺の我儘をきっとお前は受け入れない。
だから、お前はきっといなくなる。
初めて会ったあの日、運命に逆らわなかったお前は、そのまま運命を全うする。
隼人、はやと。
お前だけは。
――お前を生かすためなら、俺はきっとなんだってするだろう。
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お前はよ、なんでそう変な方に思い切り良すぎんだよ。
どうしてそんなすぐに自分の命投げ出そうとすんだよ。
……軽々しく使っているつもりは無えよ。ああするのが一番だと思ったからだよ。
他人の命を篩にかけといて、自分はそこにかけないなんざ不公平だろ。俺は公平であろうとしてるだけだぜ。
だからってよ。
うるせえよ、これが俺のやり方だ。
……お前はよ。生真面目すぎんだよな。
なあ、隼人。
なんだよ。
お前が死んだら俺は泣いちまうぜ。
……泣いてる暇があったら敵を倒せよ。
っかー、可愛くねえの!