■ サンタクロースにはまだ早いまだ陽も昇らない早朝、欠伸をしながら向かった全体休憩室に見慣れないものがあった。
突然現れた自分の背丈より大きな樹に首を傾げる。しばらく眺めてふと目に入ったカレンダーにようやく思い当たる。飾り付けはまだのようだが、ツリー、だろう、多分。半ばリビングのようになっているここに置かれるのはわからなくは無い。
しかし、最近は忙しくてクリスマスの事はすっかり忘れていた。一体誰が。
「この重労働に缶コーヒー1本とか釣り合わねえだろ」
「クリスマスディナーにでも連れてけってのかい、リョウさんはよ」
「ああいうのは尻がむず痒くなるから酒でも寄越せ」
時間を気にしてかボソボソと低い男性の声での会話と足音が近付いて、確かにあの人ならこういう事にも気を回しそうだと納得した。
異世界で生き残った人類を率い司令官として指揮を取っていたという彼、神隼人。
不満そうな、しかし本当に機嫌が悪い訳ではなさそうな、どこか気安い雰囲気で話している相手は流竜馬。
異世界からの訪問者に最初は戸惑ったものだが、異国の人間のようなものだと思えば馴染むのは早かった。
「子供が戦争なんかするもんじゃねえぜ」「……この世界もなかなか大変なようだな」と、会って間もない頃に片や眉を顰め、片や苦い笑みを口元に浮かべていた姿を思い出す。
あの時に、見た目や聞いていた話ほど怖い人達では無いのだなと感じた。
「あ、起きてたのかよ」
「おはよう、指揮官。勝手に持ち込んでしまって済まない」
箱を抱えたまま挨拶をしてくる声に構わないと首を振り、話を聞いた。部隊には未成年も多く、彼のように科学者や教職に着いていたメンバーには自分が出来ない教育などの面を任せていた。どうやらそういった人達で相談の結果、人数も増えた親睦会の面の他に情操教育も兼ねて、とかなんとか。流さんはそれに付き合わされたようだった。
話しながら抱えていた箱からキラキラとした装飾を出して飾り付ける二人はどこか懐かしそうにも見えた。
手伝いながら、詳しくは聞いていないが、いつかこういう日が彼らにもあったのだろうと思う。
「年中代わり映えしない艦内で季節の認識や、皆の気晴らしにもなる。なによりこういうのは好きな人間も多い」
「そう言っておいてこいつ当日はどうせなんか他に仕事抱えて俺らに丸投げだぜ」
「武蔵や弁慶もいるからな。心配あるまい」
そういう事じゃねえよ、と舌打ちしてそっぽを向く姿に少し面白くなってしまう。
この人達は、話してみれば存外優しく、ただ方向性が違う不器用さがあるだけだった。何も似てないのにどこか似ている。
忙しさにかまけて気を回せず申し訳ないと頭を下げれば、「どうせ黙って『お客様』なんかやってられねえんだから気にすんな」と声がする。「お互いにな」と小さく笑う声にその通りだと思った。
三人で飾り付ければ時間はかからなかった。オーナメントやイルミネーション、白い綿の雪、最後に星を木の天辺に付けて。
「……何年ぶりかな」
出来上がったそれをしばらく見上げて、ぽつりと落ちてきた声に、かける言葉は見つからなかった。どちらのものともわからず、わからなくていいと思う。
多分同じような表情をしているんだろう、二人とも。
「ああ、そうだ」と声がして振り向いた神さんが包みを取り出し手渡してくれた。ガサリと音を立てる紙袋。
「少々早いがクリスマスプレゼントだ」
少し驚いて流さんの方も見れば「中身に期待すんなよ。実用主義とか可愛げがねえったらよ」と頭をかきながらの言葉があった。
嬉しくなってしっかり抱えたまま感謝を述べれば照れたような雰囲気でまた面白くなってしまった。
「さて、指揮官。プレゼントとパーティーについては許可がいるかと思ったんだが朝食がてら少し時間は取れるかな」
空き箱を片付けながらの提案に自分は頷いた。流さんはクワッと白い歯が見えるくらい大きな欠伸を背伸び付きでして目を擦る。時々仕草がひどく子供っぽく映る時がある、この人は。
「隼人、俺は寝ていいか。予算だのなんだの難しい話は俺にはわかんねえ」
「ああ、朝からすまなかったな、竜馬」
ヒラヒラと手を振って二度寝しに行くらしい後ろ姿が廊下に消えた。
やり取りをふと思い出し、あの人も皆の前で意地なのかなんなのかを張らず、先程までのようならもう少し怖がられないだろうに、などと思った。
……食堂で「ツリーをどう調達するか」の末「まだるっこしいからその辺から引っこ抜いてくりゃいいじゃねえか」と、相変わらず豪快な事を言い出したと聞き、違う意味で怖いんだった、と思い出したのはそのすぐ後だった。実行には移されなかったようで幸いだ。
それと年甲斐もなくワクワクしながら開けた紙袋の中身は、自分がよく使うドリンク剤で(働けと……?)という疑問を乗せた顔で神さんを伺ってしまった。
悪気は無いだろうにあの人達はたまにすごく厳しくて怖い。