■ 不揃いな足並み「全てお前のせいだ! お前さえいなければ、皆死なずに済んだのだぞ!!」
相変わらず身体の大きな幼馴染に軽々と担がれ逃げる途中。爆音、煙、炎、何かが焼けていく臭い、全て壊されていく音。ドラゴの哄笑、全て俺のせいだとなじる声。
煮えたぎるような怒り、朦朧とする意識で伸ばした手はどこにも届かず。
「……あぁあああもうギャーギャーうるっせえなあのトカゲ野郎! 人のせいにしてんな馬鹿!! てめぇが勝手にやってんだクソトカゲ! っ、このっ! ばぁあああか!!」
「お前それしか知らねえのかよ……」
全力で駆けながら我慢しきれない、と言った様子で力いっぱいそう叫んだ男の声と呆れたような幼馴染の声。
……そう。そうだな。
どこか胸のすくような思いと共に力が抜ける。
あの花畑も焼けてしまったのだろうか。ナーガ様が好いていた、あの場所も。
意識が暗闇に落ちる中、頭をよぎったのはそんな事だった。
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しばらく走って逃げて、走り通して、下り坂が終わる頃、ようやく「大猿」は足を緩めた。
ナガレと二人、息を切らしつつ夜の闇を振り返れば、山の中腹で燃え上がる炎に照らされ、ドラゴのマシンザウルスがいっそ執拗にナーガの居城を破壊している様子が続いている。
「……あの分なら今のうちに隠れりゃ見つからねぇだろ」
……綺麗だったんだけどな、あそこ。こいつが大事にしたかったのは、わかってたしよ。
自分の着ていた竜革の上着でジンを包み抱え直して、再び歩き出しながらぼそりと大猿が呟いた。その音はどこか寂しげに耳に届き、ナガレはもう一度今は遠くなったドラゴのマシンザウルスを見やって小さく舌打ちした。
三日三晩かけてナーガの居城に着くまでにナガレが聞いたのは、大猿の各地での戦歴と状況、「ジン」という幼馴染が随分「できるやつ」だった思い出話。
それに、これは誰にも言うなと念を押されて聞かされたのは、そのジンが大猿に頭を下げてゲリラから抜けてまで「ナーガ」という爬虫人類とも人類ともつかない女性のそばにいる事を選んだことだった。
「だからまあ、お前さんらが言う条件にゃピッタリだけど、ダメ元っちゃダメ元だぜ?」
そう言ってガハハと豪快にトモエは笑った。
ナガレには理解ができなかった。彼が見てきた「トカゲ野郎」は生まれだけで誰かの生死すら弄び弱者を蹂躙するろくでもない輩でしかなく、そんな存在がいることから、御伽噺めいて聞こえた。信用もできず、まして「仕える」など到底信じられるものではなかった。
道中、聞いた話に素直にそう返せば「まあ、普通そうだよなぁ。わかるけど頼むからあそこで暴れんなよ。あいつと約束してんだから」と呑気な声があった。
「あそこだけ世界が違うみたいでよ。不思議でな」
トカゲもヒトも仲良く暮らしててよ。皆ああなら良いのにな。
反帝国の中心人物である大猿すら和やかな表情でそう言った場所が、人々が、無情にも、無惨にも踏み躙られ消えていく。
何も知らなくとも、ナガレには気持ちが良くなかった。家族も友も全て奪われ、十年をサオトメと二人きりの地下で過ごした彼には「世界」のことなどよくわからず、わからないものの為に戦おうとも思わなかった。そこに怒りを持てるほど、思い入れなどは無い。
ただ、それはいつかのあの光景を何故か思い出させて、気に食わなかった。
「おい、行くぞ。ジンの手当も早くしてやりてえんだから」
「わかってるよ」
そう、自分には関係無い、はずなのに。
「……チッ、イラつくぜ……」
あのクソトカゲ共は胸糞悪くなることばっかやりやがる。
そう吐き捨てるように呟いて、ナガレは大猿の後を追った。
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「すまない、やりたい事ができた」
ジンがそう言って、あそこに留まった日のことをトモエは覚えてる。
帝国に捕らわれた幼馴染で戦友――ジンがそこにいると知った時、どうせ力ずくでヒトを従わせているのだろうと、そうでなければ騙されているかなにかだろうと、トモエは奪い返すつもりでいた。
ひとりで来て欲しいと招かれたのは、恐龍からもヒトからも離れた山の中腹、森の中に建つ静かな城で警備も薄く、友人の言葉を信じてその場所に向かった。
――もし。もしも。万が一。裏切られるなら、そのことが一番つらいと思いながら。
「俺も苦手なンだよ、こういうの……これでいいか? 痛くねえか――ってこいつに聞いても寝てるよな」
こういう手当てなんざ自分かジジイにした事しかねえし、こいつ白くて細えから加減がわからねえんだよ。
ナガレが問う声に、トモエは物思いから返った。
ぶつくさと文句を言ってはいるが、横たわるジンの怪我には丁寧に包帯が巻かれていた。
ナーガの城に来るまでに三日三晩掛かったのだから、無論帰るにも同じだけかかる。ジンに会うために幾度も通ううち、トモエが仮宿にしていた洞窟のひとつで彼等は休み、ジンの手当もする事にしたのだった。
「すまねえな、頼んじまって。俺は手がデカすぎてどうも上手くやってやれねえんだ」
「デカいのも不便なんだな、大猿よ」
「まあ、俺ができねえことは誰かに頼むだけよ。今みてえにな」
そう返せば、ナガレは納得がいかなそうな微妙な顔をしていた。
「……そういうもんか?」
「そういうもんよ。だから仲間とかってのが大事なんだろ?」
「……」
わずか首を傾げる姿に笑ってやる。どうにも見た目より余程子供じみたところが多い奴だとトモエは思った。
ジンの顔を覗き込み様子を見ながら、トモエは頬に張り付いた髪の毛をできるだけそっと払ってやった。
昔から武器を持って壊すのは得意でも、大きすぎる手も太すぎる指もジンやナガレのように器用には動いてくれなかった。昔「そもそも手の大きさが違うのだから無理がある」とジンに言われて、誰かに頼むのは悪いことでは無いと気付いたこともトモエは思い出した。
『そいつは大人なのは成りだけだ、心はまだまだ子供でな。世話をかけるがよろしく頼む』
拠点を立つ前にサオトメが言っていた事がどことなく理解できてくる気がしていた。
「水が少なくなっちまったから汲んでくる。食えるものもついでに探してくるぜ」
「俺も――」
「お前はジンの様子見ててくれ」
「そんなん、お前が見て俺が代わりに――」
「お前この辺わかんねえだろ。それに派手に暴れられてあいつらに見つかったら困る」
「ぐ……わかったよ」
水はそこにあるから頼んだぜ、と幾分不貞腐れたような背中に声をかければわかったというようにヒラヒラと手が振って返された。
――ドラゴに「食い殺された」あの人は、ジンの大切な人だった。
「自分はあの方に命を救われた。だから、俺の命はあの方を守るために使いたいんだ」
そう話したジンは正気だし本気の目をしていた。
信頼ならない奴だったら殴ってでも連れ帰ってやると内心思いながらこっそりと一度だけ会わされたナーガ様は、彼女の同胞を殺しているはずの自分に「父や血族がヒトに成している仕打ち、申し訳なく思っています」と頭を下げ、「あなたとは主従の関係でもないのですから」と「様」で呼ぶことをやんわりと拒否するような女性だった。
ジンが様付けして呼ぶのも仕方ないと思った。自分もなんとなく様付けしてしまうくらいには綺麗で優しくて強くて気高かった。多分その呼び方は尊敬の対象に向けたものだった。
正直に言えば、組織からあいつがいなくなるのは痛手だった。俺が目立つように立ち回り支えてくれて、戦えば強いし頭もキレるし見た目も良くて、男も女も慕う奴が多かった……多分幼馴染の贔屓目じゃなくて。
それでも。
「……お前が自分でそう決めたんなら、止めねえさ。最初にお前を引っ張り込んでゲリラなんてはじめたのは俺だしよ」
「トモエ……ありがとう」
名前で呼ぶなって言ってんだろとその背中を叩きながら、少しの寂しさと、道が違うだけでこれからも親友でいられることに安心して。
……いつか、ヒトが帝国の圧政から解放された時、あいつとあの人も、あの人と同じように思ってくれる奴らも、穏やかに暮らせればいいと思った。
「ひでえ話だよな」
仕留めた小動物を拾い上げながら、トモエは誰にともなく呟いた。
確かに世界は弱肉強食かもしれない。現に自分だってこうして肉を、革を得て、生きるために殺している。
けど、だからって、力があるからと同じように意思ある存在をあんな身勝手に。それは、違うだろう。だから、自分達は立ち上がったのだった。
守りたかったものを無惨に奪われて、その責任すら理不尽に擦り付けられたジンの気持ちを考えれば、折れないやつだとは知っていても心配にもなった。
あいつはきっとあれに乗る。
けど俺は……やっぱあれにはなんだか乗りたくねえ。
こればかりはどうしようもなく、ぼんやりとした拒否感。
なら、せめて、一緒に乗るあいつがもう少ししっかりしてりゃなぁ。
そんな事を考えながら、トモエは洞窟に戻った。
「戻ったぜ」と声をかけながら入口をひょいと覗き込めば、ジンのそばに座っていたナガレの背中が驚いたように小さく肩をはね上げた。
「なにそんなにビビってんだよ」
「ビビってねえよ、急に声掛けられたから驚いたんだ」
ムスッとした顔で返すナガレの手には濡れた布があった。怪我での熱に気付いたのか。どこか慣れないぎこちなさで身体でも吹いてやっていたのかと思えばおかしかった。
「なんだよ」
「いやぁ、俺の幼馴染に優しくしてくれて嬉しいねってよ」
「……早く治ってくれねえと困ンだよ」
子供のように口を尖らせ、仏頂面のナガレにトモエは軽く肩を竦めた。
ああ、なんだ、心配いらねえのかもな。
そう思いながら。
親友は良い奴なんだから、出来れば良い奴に仲間になって欲しいのは、そんなにおかしくないだろ?
「……そいつすげえ顔綺麗だからって惚れんなよ?」
「オスに惚れねえよ!」
「ムキになるんじゃねえよ」