■ 残る鎖どちらかだけ知っていればなんとなく読めるとは思いますが、書いてるうちにアイサガキャラの隙間埋め部分も増えたので、コラボストーリーは知っていた方がわかりやすいかとは思います。
アイサガ本編がそうなのでエレインとセレニティの関係もちょっと触れてます。
実はコラボ元のチェンゲ自体、最後まで見てもひとつもまともに謎が解決していないのもあり、不明箇所は漫画とか東映、チェンゲ今川監督担当分(アイサガでも前提となっている三話まで)の考察から引っ張って再設定しています。
コラボストーリーでは時間の流れの違いは一言で終わり、なんなら「なんかありましたっけ?」くらいの勢いで丸っと触れられ無かった(漫画版に寄せて展開するためと理解はできますが潔すぎて笑いました)竜馬と隼人の関係だけど、個別パイロットボイスには言及があるし、表向きチェンゲ名義でありながら隼人から「リョウ」呼びと素の口調まで出てるならきちんと仲直りしたよ話が欲しいかもなって。
(あの呼び方と口調は無印Gか、漫画版號では竜馬出てきてからの限られた時にしか使ってない隼人が建前とか使ってない素の状態)
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「……あの二人って仲がいいのか悪いのかわからないのよね」
賑やかな食堂の片隅、向かい合うでもなく横に並んで黙々と昼食を取っている二人の男の背中を眺めてエレインがふと呟いた。
タイプは違えど、肩幅も広く逞しい体躯の男達が何処か遠慮がちに行儀よく、身体がはみ出そうな簡素な椅子に腰掛けて並ぶ、やもすれば微笑ましい様子も見慣れたものとなりつつある頃だった。
異世界からの来訪者――ゲッターチームに協力を受けての訓練が終わった後、昼食はそのまま皆で食べることも増えていた。
武蔵や弁慶から訓練を受けているソフィア、竜馬に弟子入りしたカーズ、同じ時間に訓練をするエレインとセレニティ。
研究室からアイを連れて隼人も出てくれば(リヒャルトは度々アイの世話などを戦闘員でありながら科学者でもある隼人に任せ篭っているようだ)、遊びを強請るアイを宥めながらカーズが食事を取る風景も珍しいものではなくなっていた。
今日も訓練後の昼時にはそんな集まりに自然となり、そういえばいつもあの男――流竜馬は、少し離れた場所で見守っているかのような雰囲気の彼の「戦友」、神隼人と並ぶなと、自分はいつもセレニティが隣にいる事にも気付いたエレインの唇からそんな言葉が漏れたのだった。
自分達やカーズとアイのように、距離が近くずっと一緒にいる訳ではなく、どこかぎこちないにも関わらず、ふと見れば一緒にいる。
その二人は一見すれば何一つ似てはいないのに、不思議とそっくりに見える時すらあった。
竜馬の表面上は粗暴な、いっそ時々無理に悪人ぶっているような言動も相まって、どうにも不思議な関係性にエレインには感じられていた。
「嫌いなら一緒にはいようとしないでしょ」
当然よね、とばかりにセレニティがパクリと皆より先に炒飯を一口頬張りながら言う。
「でも、まあ、なんかちょっと不思議よね、あそこ。変にギクシャクしてるっていうか」
軽く首を傾げながら、セレニティも二人の背中に目を向ける。なにか話すでもなく、黙々と互いのペースで食事をしている様子だった。
食事を手にガタガタと音を立てて席に着きながら、武蔵が二人の視線の先を辿って「ああ」と眉を上げる。
「竜馬と隼人か?」
「ええ」
「うーん、元々すげぇ仲良かった、っていうか……なぁ?」
なんとも言い難い、という表情で武蔵は既に席に着いていた弁慶に話を振った。「あー」と気の無い声の後、弁慶がなんと言うことは無いとばかりに口を開く。
「竜馬は早乙女博士に隼人取られたと思ってカッとなって上げた手の置き場所に困ってんだろ」
「「えっ」」
「聞こえてんぞ弁慶!!」
虚をつかれた様なエレイン達を置いて「いただきます」と弁慶が手を合わせる声に竜馬の怒声が被った。
カーズの隣で食事の様子を見守っていたアイがビクリと身を震わせ、驚いたように目を瞬かせる。
「竜馬師匠、大きな声はアイがビビるからやめてくださいよ」
「……それは謝る。すまねえな」
振り向いての大きな声に続いたカーズとのそんなやり取りに、皆の注目が集まった竜馬がチッと小さく舌打ちしてまた背中を向けた。
ちらと見えた隼人の横顔は困ったように苦笑していたが、特に何を言うでもなく。
――何処か竜馬が照れているような、気恥しそうな雰囲気にエレインも目を瞬かせた。
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着の身着のまま、どころかその身ひとつで異世界に放り込まれた人々を保護しもてなすのがプロヴァーブ号を現在の拠点とする「次元観察センター」の役割のひとつである。
勿論、その中には衣食住なども含まれる。
「竜馬師匠、そのコートも一度きちんとクリーニングに出しちゃうんで、いつものとこに前の部屋着と一緒にまとめて出してもらえますか?」
「……」
夕飯後、カーズに呼び止められ押し付けられたルームウェアを手に、流竜馬は軽く眉をよせた。
働いてもいないのに世話になりっぱなしのようで納得がいかない。しかし以前自分で洗濯くらいすると言ったところ、まとめて係の者がする事になっているから余程でなければ任せて貰えた方が手間がかからないと説明され、それもそうかと理解はした。
向こうには「お客様」らしいが、どうにも竜馬にはそうは思えなかった。そもそもインベーダーは自分達の世界の問題だ。
おそらく、他の仲間達もそうなのだろう、彼らは彼らで自分達がこの世界に出来ることを探しているようだ。
「いつも世話になってんな、係の奴にも礼を言っといてくれ。俺にできる事があったら声掛けろ」
「はは、一緒に戦ってくれて訓練つけて貰えるだけで充分ですよ、竜馬師匠――あ、でも一個あったかな」
「なんだ?」
「なんか隼人さんが根を詰めすぎだって武蔵の兄さん達が心配みたいなんすよね。
確かになんでもできる人なんでしょうけど見るといつも働いてるし、なんか自分には責任があるみたいな雰囲気が気になることもあって……俺たちはあの人が元々どうだったかわかんないんで、無理しないでくださいとは言ってるんすけど」
「ああ……」
「竜馬師匠から見てもそうなら、そうかもなって」
もしそうなんだったら、竜馬師匠からも言っといてくださいよ。任せましたからね!
カーズは最後に笑顔でそう言って、他の仲間を探して小走りに去っていった。
それを見送り、竜馬は軽くため息をついて頭をかいた。
ついこの間聞いた弁慶の言葉といい、身に覚えが無い、とは言えなかった。
神隼人、という奴は昔からスカして格好付ける癖に、誰より繊細で優しく真面目で責任感が強かった。
そう竜馬は思う。
あの日、再会した隼人がひどく苦しそうな顔で、絞り出すような声で、「すまないと思っている」と竜馬に告げた事は隼人には十三年前の話であっても、竜馬自身にはわずか数ヶ月ほど前の話であった。
確かに、竜馬は怒っていた。
冤罪で三年を牢獄で過ごした事は自由を奪われたという点で確かに腹立たしいが、幼少期に彼が父親から受けた毎日のように生死をかける厳しい教育に比べれば、監獄での生活は殊更辛いと言う程ではなかった。
インベーダーによる人類世界の侵略から始まった種の存続を掛けた生存闘争――地獄のような月世界戦争において、ゲッターチームのリーダーとして最前線で命をかけ続け、数々の華々しい戦果で人類の勝利に大きく貢献し、生き延びて帰ってきたという(竜馬自身には特に嬉しくもなかったが)名声はとっくに知れ渡っていた。
粗雑な扱いをして怒らせればどうなるかわかったものではない、竜馬の苛烈な怒りとその勇猛果敢さを知る者達はそんな恐れから彼の導火線――自他問わず権利や尊厳を蔑ろにすることも避けた。
わざわざ独房に収監されたのも、現場での求心力が高かった事から囚人と結託される事を懸念されたためであった。
そうして他者との接触も最小限となった三年の間、竜馬はひとりふつふつとやり場の無い怒りを溜め込んでいた。
――竜馬の怒りは主に「謀られた」事にだった。
あの事件の日、インベーダーが「神隼人」という唯一無二の人間を騙り、自分を謀ったのだと思っていた。
隼人がインベーダーに寄生されたのだと。
インベーダーは無機物のみならず動植物や人類にまで寄生、同化――支配して我が物と振る舞う存在であるとは戦いの中で知っていた。
他の尊厳を、生命をも易々と踏み躙る存在こそ竜馬には許せなかった。ましてそうされたのが、奪われたのが隼人だと思えば。
だから、それが自分の勘違いで隼人は隼人だったと理解した時に、正直に言えば隼人本人への怒りはどうでも良くなっていた。
あいつにそうしなければならない理由があったのならそれでいい。
竜馬にはそれだけの事でもあった。
けれど、隼人は違うらしい。
休む間もなく次々に起きた事件の中で、共に戦う時にはなんの違和感もなかった事から、自分はてっきり前と同じように過ごせるものと思っていた。
そうして状況に甘んじて言葉にする事を疎かにし、どうやら違うらしいと気付いた頃にはタイミングを逃し、言い出しにくくなってしまっていた。
結果として自分に濡れ衣を着せ、酷いことをしたという罪悪感や自責の念は、隼人ならありそうな事だと竜馬は感じていた。昔から「そうするより他に無かった」と言ってもいい時にすら、全て自分の選択で責任だと抱え込むような所が隼人にはあった。
自分との間に大きく開いてしまった時間の経過にも思うところがあるのだろう。さりげなく距離を置かれ、自分から離れろと促されるような様子こそ竜馬の気に障った。
例え、それが竜馬を思っての事だろうと。
――胸にあるわだかまりは熱い湯でも流されてはくれなかった。
やはり一度話すべきなのかとは思えど、隼人と出会った日から十年近くを過ごした中でこんな事になったのは初めてで、元より口下手な自覚もある竜馬にはどうすれば良いのかもわからず戸惑う部分があった。
一先ず、「無理はするな」と自分からも言ってみようかと、風呂上がりのその足で夜も深けた研究室へ向かう。リヒャルトやアイは既に自分の部屋へ戻っている時間帯だが、案の定隼人の姿はデスク前にあった。
しかし、いつもならドアが開けば気付くだろうに視線を向けることすらない。どうやら机に突っ伏して眠っているようだった。
手枷こそいまだに外せてはいないもののルームウェアに着替えた自分とは違い、隼人はスーツの上着だけ椅子の背にかけた姿のままで、夕食は食べたのだろうかと竜馬は眉間に皺を寄せた。忙しいからと食事を疎かにしがちなのも、隼人の昔からの悪い癖だった。
そっと近付き覗き込めば、横を向いて突っ伏したようなままその薄く白い瞼は落ちて、穏やかな呼吸だけが耳に届いた。
襟元からすらりと伸びた首に竜馬の記憶には無かった傷跡が薄く残っていた。
――隼人と弁慶は、自分達がいない間に十三年という時間を過ごしたのだと聞いた。
改めて向き合った顔はあまり変わっていないようでいながら、長い前髪に隠れがちな部分までよく見れば覚えの無い皺や目立たないながらの小さな傷跡を残している。確かに時間は流れていたのだろうと竜馬の顔が僅か曇った。
丁寧な仕立てのシャツに包まれた腕の下にはこの世界の技術を使って改良されたゲッターロボの図面があり、周りには時空間についてをも含めた様々な学術書が積み上がっている。ゴミ箱にはエネルギーバーの包み紙が幾つか見えていて、竜馬は不満そうに鼻を鳴らした。
この世界の技術を身に付け、あちらの世界と連絡だけでも取れないかと日々研究を続けているのは知っていた。残して来た元気――今は渓と名乗っているそうだが――や號たちも、十三年の時間で成長し、任せられるようになったから来たのだという。
それでも、対インベーダーの司令塔として先頭に立っていた隼人には、せめて早急に双方の状況を確認できる手段が欲しいと思うことも理解はできた。
……言葉も文字も自分達の世界と同じだった事は幸いであったが、読めない方がこいつには良かったのかもしれない、と不意に竜馬の頭を過ぎる。
こんな光景は昔、ほんの数年前までよく見ていた。あの場所で。あの時も自分は言ったはずだったのに。
「……机で寝るなっつったのによ……」
小さな溜息混じりにぼそりと落ちた竜馬の声に、隼人が身動ぎした。
半分夢の中にいるように重たい瞼が開き、ぼんやりと眠たげな瞳がゆるゆると動いた。さらりと落ちた長い前髪の隙間からその黒い瞳が竜馬を捉える。
「……りょう……?」
ふと目元と纏う空気が和らぎ、掠れた声でぽつりと漏れたその呼び方に、竜馬は知らず息を飲んだ。
その瞬間だけ、色褪せくすんだような隼人のシャツの色があの頃の鮮やかな赤に見えた気さえした。
そう、昔はそう呼ばれていた。全てがバラバラになった、あの日までは。
胸の痛みと歓喜のような高揚。自分でも動揺してしまいそうなそれを押し隠して、けれど衝動は押さえきれなかった。
「……寝てろよ」
あの日のように頭を撫でようと、つい手が動いた。
途端、ざらりと重く響いた金属の擦れる音に、隼人は一瞬にして覚醒したようだった。
ハッと気付いたように目を丸くして、見る間にその表情が重く暗さを帯びる。
「おい」と竜馬がかける言葉に弾かれたように立ち上がれば、ガタリと椅子が揺れて音を立てた。
「いや、すまない。手間をかけた。部屋で寝る」
常よりも幾分口早にそう言い残し、竜馬が声をかける暇もなく、まるで逃げるように隼人は研究室から立ち去ってしまった。
「……チッ」
行き場を失った手で頭をかきながら、竜馬は小さく舌打ちした。
例え被害者となった自分が許していても、隼人自身が加害者となった自分を許せてはいないのだと、そんな確信があった。
+++++
流竜馬という男は忍耐強くはあるが、一度こうと決めると誰がどう言って止めようが即時飛び出して行ってしまうような人物でもある。その決断力と行動力が追い詰められた戦場での光明となる事も多かった。
が、しかし、故に、その翌日、小さな事件が起きた。
皆が揃っての訓練も終わる頃だった。
アイを連れて顔を出した隼人に、仏頂面の竜馬が近付くのは皆が見ていた。
「おい、隼人」
カーズの元へ駆けていくアイを見守ってから、隼人は声をかけてきた竜馬に向き合った。
その二人の様子が常とは少し違う、と弁慶が気付いた時には既に遅く。
「あっ、あのバカ!」
一瞬の事だった。止める間もなく竜馬の力強い拳が隼人の身体に入り、いつも姿勢の良い長身が崩れ落ちる。
「いつまでもうじうじ吹っ切れねえなら、これで帳消しにしやがれ」
ふん、と鼻を鳴らして腕組みし、そう言い放った後で竜馬も隼人の様子の違和感に気付いた。
そもそも、以前ならこれくらいでは膝をつきはしなかったはずだ。自分からの制裁に対する贖罪として割り切れるように、痛くはあろうが大事にはならないだろう力で殴ったはずだった。
「……? どうした、隼人?」
訝しみつつ腰を落として様子を伺えば、慌てた様子で近付いてきた弁慶が口を開いた。
「おめえ、聞いてなかったのかよ。
お前がいなくなってる間に隼人の奴何回か死にかけて前ほど身体強くねえんだよ……あーあー、モロに古傷の上殴りやがったな?」
「ばっ――!? お前らそういうのは早く言いやがれ!!」
一瞬絶句した後、焦ったように竜馬が叫ぶ。痛みを抑え苦笑いで大丈夫だと言いたいらしい隼人の様子すら遮って、竜馬はそのまま自分より身長が幾分高い隼人の身体をものともせず肩に担いだ。
「隼人、てめえのこういう時の大丈夫は信用しねえ! 黙って大人しくしやがれ!」
そうして慌ただしく医務室へ向かう竜馬の後ろを弁慶が追いかける。
ほんの僅かな時間の出来事に、残されたもの達は呆気に取られ、武蔵だけが困ったように頭をかいていた。
「……なんか荷物担ぐみたいに運ばれてったけど……」
「案外丁寧にやってたわね」
「こっちに来てからやる機会が無かっただけで、救助に手馴れてるのかもしれないわ。前線にいたのでしょ?」
「師匠もあんなに焦ることあるんだなぁ」
「グァオ?」
ソフィアのそんな呟きを皮切りに会話する皆の目線の先、廊下からまたも竜馬の大きな声が響いていた。
「メシきちんと食ってねえってなんだそれ! 弁慶! てめえどうにかできなかったのかよ!」
「あー、ったく、これだからよう……」
顔を抑えてそう唸る武蔵の顔は、呆れたように、けれど笑っていた。
+++++
「……あのな、竜馬」
「なんだよ」
「言いにくいんだが、俺はお前より歳食っちまって、そんな肉ばっか喰えねえよ」
「……」
先の小さな事件からしばらくしての夕食時、食堂の片隅ではそんな会話があった。
見れば向かい合って座る隼人の皿に竜馬が黙々と自分の皿から肉を積み上げている。むすりとした仏頂面のまま、そんな事をしている様子は妙に微笑ましく面白く、遠目に気付いた者たちは微笑んだり笑いを噛み殺していた。
その気配は感じ、自分が目立つことをしている自覚はあるのだろう、幾分恥じるような空気は出しながら、なおも肉を積み上げる竜馬に、皆の視線を背中に感じながら隼人は再び口を開いた。
「だからな――」
「うるせえ、喰えるだけ喰え。食えねえ分は俺が喰う」
「……」
ぶっきらぼうに言い捨てるようだったが、先程の事件とその後の会話を聞いていれば尚更、誰が見ても竜馬なりの気遣いであるとは知れた。
照れを隠したいのか幾分ピリピリとした様子の目前の竜馬と、どこか和やかになっている背後の空気に挟まれ、隼人はむず痒いような気持ちで苦笑を浮かべた。
「なんだよ」
「……なんでもねえよ」
そんなやり取りの後、丁寧にゆっくりと食べ始める隼人と、何処か少しばかり安堵するように自分の分を食べつつ見守るような竜馬の様子をエレイン達は半ばぽかんと眺めていた。
「……あのう、武蔵さん、あれって……?」
恐る恐る、といった様子でエレインが武蔵に尋ねる。
「なんていうんだっけ……動物が番の候補に餌あげるの……」
なんか思い出すわよね、とテーブルに行儀悪く頬杖をつき、もう片方の手の箸で空を混ぜながら、セレニティは軽く首を傾げていた。
「ああ、ほっといていいぜ」
「ようやく調子戻ってきたんじゃねえのか、あいつら」
「ええ……」
やはり事も無げに返ってきた武蔵と弁慶の言葉に、皆はどうしたものかと苦笑し、顔を見合わせた。
食事が済む頃、ソフィアとカーズがいれてくれたお茶を手に、一息ついたとばかりに武蔵と弁慶が軽いため息を落とした。
彼らが横目で見やった先、まだ食事を食べ切れていない隼人を急かすような様子もなく、いつもよりも柔らかな空気で見守る竜馬の姿がある。
不意に、特に理由も無いが、元々の彼らはああいった日々を送っていたのかもしれないと、カーズは思った。特訓となると一切の容赦が無く厳しい師匠は、しかし何処か優しく彼には思えていた。
「……仲が良い悪いっていうかよ、あいつらはああだったからよ」
ズズ、と茶を一口飲んで武蔵が話し始める。下世話かもしれないとは思いつつ皆興味はあり、それに耳を傾けると、弁慶が続けた。
「色々すっ飛ばして並んで縁側で茶啜る老夫婦――って縁側わかるか?」
「まあなんだ、恋愛とか挟まねえで銀婚式の雰囲気みたいなよ――ってわかんねえよな」
「まあなんだ、とにかくああだったんだよ、昔から」
「竜馬の奴なんかひでえもんでよ、隼人の何が気に入ったんだかわからねえがたまに見ててこっちがむず痒くなるくらい距離は近えし態度に隠さねえし」
「あー、俺が入る前からやっぱああだったんですかい」
「隼人が絆されたんだよなぁ、根負けしたっつうか」
ぽんぽんとリズムも良く交互に続く会話に誰からともなく「へぇ……」と声が漏れた。
声が届いていたのだろう、我慢しきれないとばかりに既に食べ終わっていた竜馬が突然立ち上がり声が上がった。
「――っ、だから、聞こえてるっつってんだろ!?」
「「聞かせてんだよ」」
気持ち赤くなっていそうな竜馬に武蔵と弁慶が揃って返せば、不満そうに大きく鼻を鳴らして竜馬がまた席に着く。自分の頭越しになされるそんなやり取りに隼人の背中は申し訳なさそうに幾分小さく見えて、どうにも一番可哀想なのはこの人なんじゃないかとソフィアは思った。
「否定はしないんだなぁ……」
思わずと漏れたカーズの声に、無言で頷く姿が複数あった。
「まあ、あいつらがどういう関係でも俺らにゃあんま関係無い話だしよ」
「そうそう。誰が誰をどう好きでも、構わねぇさ」
口元に笑みを浮かべてそう話す二人は、本当にどうとも思っていないようだった。殊更に否定や肯定をするでも無く、ただ彼らはああいうものとして受け入れている。そんな雰囲気があった。
「……それは」
「下手に首突っ込んで馬に蹴られたかねえしよ」
「なぁ」
顔を見合わせ、いたずらっ子のように笑い合う武蔵と弁慶が、声を上げたエレインとセレニティにちらと目配せをする。
セレニティがむぐと珍しく言葉に詰まって目を瞬かせ、エレインは少し笑った。
「そういや、そういうお前は良い人とかいねえのか、弁慶」
「先輩から預かった渓で手一杯でさ」
「……苦労かけて済まねえな」
「なに、博士や先輩は俺に大事な家族をくれたんだ。苦労……って言やそうかもしれませんがね、それよりゃ感謝してまさあ」
「ありがとよ」
そうして、ぽつぽつとその二人の間で交わされた会話も、互いを思いやるようなものが滲んでいた。
きっと、彼らには血の繋がりなどは無くても、大切な家族なのだろう。
そう思えるような。
――夕食後、部屋へ戻る廊下を、エレインはセレニティと並んで歩いていた。
コツコツと二人分の足音だけが人影の無い廊下に響いていた。
「……ねえ、セレニティ」
「なあに、エレイン」
「……ううん、なんでもないわ」
……あの人達が、少し、羨ましかった、と言ったら、あなたどんな顔するのかしら。
セレニティの横顔を見ながら、エレインはそんな言葉を飲み込んだ。
+++++
そんな事があってから、数日が経っていた。
アイを寝かしつけて部屋へ戻ろうとしたカーズはふと喉の乾きを覚えて休憩室を覗き込んだ。
夜も遅い。誰もいないだろうと思っていた休憩室は、入口近くのソファ付近だけ電灯が着き、そのソファの端で竜馬が腕を組んで座っていた。
水を手に近付いてみれば、小口から付箋が幾つもはみ出た学術書が一冊ぽつんと置かれたローテーブルに隠れて、目を閉じ、俯き気味な姿勢の竜馬の膝の上、隼人が横になり頭を預けていた。座ったまま横倒しになったようなスーツ姿で、ソファに収まりきらない床の上の長い脚は気持ち引き寄せたようにして。
ひどく静かで穏やかな空気にカーズは足を止めた。竜馬と話してみたいことはあったが、邪魔をするようで躊躇われた。
と、スっと竜馬の顔が上がり、力強い瞳がカーズに向けられた。話があるのを知っていたかのように、顎で向かいのソファを指され、カーズは竜馬の向かいにそっと腰を落とした。
「ちっとは休めって無理やり寝かしたら起こせなくなってよ」
一見ムスッとしつつも静かに呟かれた、言い訳めいてさえ聞こえる言葉にカーズはクスリと笑った。どうも不器用なこの男は照れると無愛想になりがちなようでもあった。
カーズは水を一口飲んでから膝に手を置いて姿勢を正し、腕を組んだままの竜馬に改めて向き合った。
ローテーブルの向こうから、深すぎて黒く見える青い瞳が強靭そうな意志の光を持ってカーズを見据えていた。
「そういえば、言ってなかった気がするんですけど」
「あ?」
「最初に竜馬師匠と会った時の事。ありがとうございました」
カーズはそう言ってまず頭を下げた。オーストラリアの工場で、ブラックゲッターに乗った竜馬がひとり現れた日の事だ。
竜馬は戸惑うように、あまり居心地が良くなさそうに片眉をわずかあげた。
「……礼を言われるような事なんざしてねぇよ」
「あの人達、ああなった時点で助からなかったんですよね?」
「……ちっ」
カーズが後にリヒャルトや隼人から聞いた事を口に乗せれば、竜馬が小さく舌打ちした。やはりわかっていたのだろうとカーズは思い、だからこそ言葉を続けた。
「本当は早乙女博士が言ったみたいに、俺たちが選択しなきゃならなかった。
誰かが、誰かを殺す、選択を」
一言ずつ区切るように出された声は静かながら重く周辺に残った。
竜馬は否定も肯定もせず、腕を組んだ姿のままで、カーズは水をまた一口飲み、小さく息をついてから竜馬に笑いかけた。
「竜馬師匠は、考える時間を俺たちにくれました。その重さを改めて背負って、覚悟を決める時間を。だから、俺は。
……なんだかんだ言って、優しいですよね、さすが俺の師匠!」
「てめぇの勘違いだろ。あとうるせえよ、隼人が起きんだろ」
「いやだなぁ、照れちゃって」
最後の方はわざと明るく笑っていえば、竜馬は眉をひそめ、ふいと目を逸らした。いっそ愚直なまで嘘がつけない人だとカーズは内心微笑ましく思った。
二人の会話が耳に入ってか、声にならない吐息を漏らして隼人が身動ぎする。
膝の上に目をやった竜馬はそのまま明かりを遮るように隼人の目の上に分厚く大きな掌を置いた。カーズには普段のいっそわざとらしい粗暴に見える振る舞いよりもそういった空気の方が板に着いているようにも思えた。
「……竜馬師匠は」
「ん?」
「隼人さんの事が大切なんですね」
「……仲間なんだから大事に決まってンだろ」
「いやだなぁ、また照れちゃって」
ぽつりと出てしまった声に返る言葉には、幾分照れと困るような色があった。
軽く笑ってみれば、しばしの沈黙の後に、竜馬は少し俯き、隼人に目を向けたままぽつぽつと静かに話し始めた。
「……隼人は、俺が地獄に引きずり込んだ。一緒に死ぬならこいつがいいって」
最初は無理矢理だったのに、俺の我儘でしか無かったのに、それを受け入れて、こいつは同じように思ってくれた。
「……足向けて寝れないじゃないですか」
「うるせえよ」
茶化すつもりは無いものの、つい合いの手を入れてしまったカーズを見返しながら、反射的に出してしまったような声が竜馬から上がった。
軽く一度頭をかいて、竜馬は真剣な目をカーズに向けた。その視線を受けて、カーズが居住まいをただす。
「あのな」
「はい」
「お前が他の奴ら守りたいのはわかる。そのために自分を投げ打っちまうのもわかる。俺も後先無くなった時はそうだったしな」
だからなんつーか、と竜馬はまた一度腕を組んで難しい顔をして考え、カーズに話を続けた。
「お前もそういう奴だろうから、何言ったってやっちまう時はやっちまうだろ」
「でもな、生きなきゃ守り通せねえし、お前が死んで悲しむ奴もいる。
……最後まで、諦めんなよ」
+++++
カーズが休憩室を去って、竜馬が小さくため息をつく。
「師匠らしい事も言えるんじゃないか」
笑みを含ませた声に顔を向ければ、そっと瞼を開いていた隼人と目が合い、竜馬は少しばかり苦い顔でまたその瞼に手のひらを翳した。
「……お前は寝てろよ」
ふふっ、と楽しげに笑みを漏らす隼人の前髪を梳けば、じゃらりと手枷の鎖が重い音を立て、竜馬は眉間に皺を寄せた。
過去は変えられず、何も無かった事にはやはり出来ない。
きっと何かは変わってしまって、時間を巻き戻すように元と全く同じにはなり得ない。それは知っている。
そうして、人は過去を重ねて未来に進むものだ。変化を重ねて、幾つもの進化の道を歩むものだ。
――それでも。
「……なあ、竜馬」
「なんだよ」
済まなかった。
ぽつりと、静かに落ちた声に、竜馬は一瞬動きを止めた。隼人の頭からそっと手を離せば、悲しみや痛みを深く沈めたような黒く澄んだ瞳が見返していた。
「……結果ああなっただけなら、謝られる筋合いはねえよ」
お前は全部自分が悪かった事にして、俺から逃げたいだけだろ。歳がどうだの俺にはまだ先があるだの自分が俺の時間を奪っただの考えてそうだけどな、そんなんうるせえよ。
テーブルに肘をつき、無愛想に返しながら竜馬の膝は動かなかった。
一瞬、驚いたように、夢から覚めるように見開いた目を瞬いて隼人が口元に柔らかな笑みを履いた。
「そうか」
「そうだろ」
「……そうかもな」
そんな返事を聞き、フン、とひとつ鼻を鳴らした竜馬はツンとした様子で言い放った。
「俺が一緒にいたい奴は俺が決めるぜ、お前が決めるんじゃねえや」
自分の事は自分で決めると、誰に決められるのも押し付けられるのも真っ平御免だと、それはひどく竜馬らしく、隼人は笑った。
「……相手が嫌だと言ったら?」
「…………嫌だったか、隼人」
……嫌じゃねえから困ってたんだよ、リョウ。
ざらりと、鎖が音を立て、手が伸ばされる。
隼人は静かに目を閉じ、その重さと温もりを感じた。