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    ゼクノヴァで24歳ザべくんと35歳ザべくんが入れ替わる話

    #シャリエグ

    シャリアと同い年のエグザべがゼクノヴァで入れ替わる話アルテイシアが即位して一年。
    シャリア中佐率いる部隊は、地球圏外縁の宙域にて探索任務に当たっていた。任務の目的は、ゼクノヴァによってこの世界に出現したとされるオーパーツの調査および回収である。

    「今回探索する宙域は、旧資源衛星帯の外縁区画です。流入したデブリが未整理のまま漂っており、既知の空間構造と照合しない構造物が複数観測されています。ゼクノヴァ発生の記録もあり、オーパーツが混在している可能性は高いと判断されます」

    モニターに表示されたマップを指しながら、コモリ少尉が説明を続ける。資料を黙読していたエグザべは、特に表情を変えることなく静かに頷いた。

    「今回の任務ではデブリ回収用ザクを使用してもらいます。エグザべ少尉には3号機。アーム型サイコミュを搭載したカスタム仕様のザクを割り当てます。通常よりやや骨格が大型化しており、機動力より操作精度を優先しています。多少取り回しに癖がありますが……少尉なら問題ないでしょう」

    「了解しました」

    「1号機、2号機にはノーマル仕様を配備。マニピュレータは試験運用中の改修型ですので、破損には注意してください」

    「了解」

    「探索は宙域全体を網羅する形で展開。各自にはリアルタイムで座標データが転送されます。また今回は清掃業務も兼ねているので、可能な限りデブリは破壊してください」

    「……あと、追加で。現在13バンチ付近には小規模ジャンクギルドが常駐しているとの情報があります。民間登録の外れた機体が周囲を漂っている可能性がありますが、原則交戦は避けてください。こちらからの警告信号に反応しない場合のみ、判断を現場指揮のシャリア中佐に一任します。またミノフスキー粒子による通信妨害があった場合には、パイロットが判断をして構いません」

    「無用な刺激は避けますが、こちらの安全が第一です。全員、慎重に」

    再びシャリアの声が室内を引き締める。

    「では、十分後に発進準備を完了してください。作戦宙域での実動は一時間後を予定。各自、出撃点検を」


    ※※※
    準備のため人々が動き始める中、シャリアはエグザべが更衣室に入ろうとした瞬間、その背を軽く呼び止めた。

    「エグザべくん、ちょっといいですか」

    「はい?」

    足を止めたエグザべが振り返る。シャリアは近づき、彼の指先にそっと手を添えた。廊下には他の姿はなく、蛍光灯の明かりが淡く二人の影を落としている。

    「……準備、大丈夫そうですか?」

    「ええ。機体の仕様にも慣れていますし、特に問題はありません」

    エグザべはごく真面目な口調で答えたが、その表情は少しだけ緊張を含んでいるようにも見えた。
    シャリアは彼の手を包んだまま、やさしく問いかける。

    「本当に?」

    「……中佐にはわかるでしょう?」

    少し目を伏せたエグザべがそう返すと、シャリアはふっと微笑んで彼の背に腕を回した。自然な仕草で引き寄せると、エグザべもわずかに身を預け、額をシャリアの肩口に寄せた。

    「心配したくなるのが、恋人ってものなんですよ」

    囁くような声でそう言いながら、シャリアは指先で彼の顎をそっと持ち上げ、唇を近づけ柔らかく、軽やかなキスを落とした。
    ほんの一瞬。けれど確かに。
    エグザべの呼吸がわずかに揺れるのを感じたシャリアは、唇を離し、目を細める。

    「行ってらっしゃい。……無理はしないでくださいね」

    「はい」

    名残惜しく手をほどくと、エグザべは背を向けて更衣室へと歩き出す。その背中は、いつも通りまっすぐで、凛としていた。
    扉が閉まり、シャリアも踵を返す。中佐としての顔に戻りながらも、胸の奥には、ささやかな想いの余熱がまだ静かに灯っていた。


    ※※※
    「こちら管制。全システムオールグリーン。出撃、どうぞ」

    「エグザべ少尉 ザク3号機 出撃します」

    推進ブースターが点火し、機体は光とともに宙へ。
    開かれた射出口の先、濃密なデブリ帯へと、エグザべの機体が滑り込んでいった。
    デブリ帯に突入して間もなく、索敵センサーが発する青白いラインが次々と破損した船体や金属片を照らし出す。かつての激戦の名残は、静かな墓標のように宇宙に漂っていた。

    その中に、不自然な軌道で移動する機影。

    「未登録機、接近中。距離、4000、いや、3200……速い!」

    管制室に緊張が走った。
    大型モニターには、エグザべのザク3号機と、その周囲に密集するルウム宙域特有の大小様々なデブリ群、そして、高速で接近する不明機のシグナルが赤く表示されていた。

    「警告信号を送信済み、反応なし。こちらのID認証にも応じません」

    「識別は?」

    「民間登録なし。形状は旧ジオン系のカスタムザクに類似。だが、背部ユニットが大幅に改造されていて、推進力、通常の倍以上です!」

    「エグザべ少尉、未登録機との距離、2500。回避行動なし、接近を継続中!」

    「仕方ない。各パイロット、応戦を許可します」

    「了解!」

    モニターの中、ザク3号機が瞬時に姿勢を変え、推進器を散らして一気に敵機の側面へと回り込んだ。
    青白い機体のマニピュレータが展開し、ビームナイフを形成。次の瞬間、加速をかけて敵機の間合いに入り、映像が一瞬、白くはじけた。すぐに復旧したカメラに映ったのは、右腕部を斬られて漂うジャンク屋のザクだった。背部ブースターの噴射も停止しており、機体は緩やかに回転しながら漂っている。

    「敵機、武装解除。動力系に損傷。機能停止を確認。パイロット、生体反応あり」

    「よし。エグザべ少尉は未登録期を回収。他のふたりは任務を続行しろ。いいな」

    「了解」

    ラシットが冷静に命令を下す。短く明快なその指示に、管制室にはわずかな安堵の空気が流れた。

    だがその直後、通信官が眉をひそめる。

    「ミノフスキー粒子反応あり!各機と通信途絶します」

    瞬間、管制室の空気が凍りついた。
    警報は鳴らない。ただ、モニターに走る一瞬の乱れが、すべての異常を無言で告げていた。

    「ええい、新手か! 発生源は」

    焦りを含んだ艦長の声が跳ねる。だが、返ってきた報告は、より深い困惑を孕んでいた。

    「わかりません! 何もないところから突然...」

    言葉を切るように、複数の警告灯が一斉に点滅する。

    「これは...!ミノフスキー粒子の総反転現象確認。ゼクノヴァです」

    「どういうことだ! コモリ少尉、わかるか」

    艦長が振り返ると、モニターを睨みつけていたコモリが低く答えた。

    「これは……たしかにゼクノヴァですが……。違う、ここで起きてるんじゃありません!」

    言葉の意味を理解できず、誰もが一瞬固まった。
    しかし、次の瞬間にはシャリアの声が上ずる。

    「各パイロットに退避信号を!あちら側から来ます!」

    「あちら側ってなんだ! わかるように説明しろ!」

    ラシットが怒鳴る。その直後、そのありえない光景がすべてを語っていた。そこに広がるはずの静かな宙域が、真っ白な光に塗りつぶされていた。
    均整を崩した輪郭がにじみ、座標そのものが揺らいでいる。まるで宇宙空間に裂け目が生じ、そこから別の時空がこぼれ落ちているかのようだった。

    「数値、過去データと一致!直径5キロ、いえ、10キロ圏内のほぼ全ての物質からゼクノヴァ反応あり!」

    「……あちら側って、そういうことか……! くそっ、信号を出せ! 我々も一旦ここを離れるぞ!」

    「しかし、パイロットたちが!」

    「わかっている!」

    ラシットは一瞬、拳を握った。

    「だが我々が巻き込まれれば、元も子もないだろ!」

    命令が下され、艦が緩やかに後退を始める。
    だが、シャリアの意識はすでに別の領域にあった。

    彼は目を閉じ、意識を空間へと拡張させる。
    機体の位置、残響、気配。

    (なんだ、この気配は……。似ている……似すぎている。だがなぜ、こんなにも……)

    彼の精神は波のように宇宙へ広がっていく。
    ザク1号機、ロスト。2号機、ロスト。
    そして

    (……エグザべ少尉は!?)

    彼の気配がどこにも見当たらない。エグザべどころか機体ごと消失している。

    (エグザべくん! 聞こえているなら、答えてください!)

    沈黙が流れる。
    光は徐々に収束し始めていた。濁流が止まり、静かな宇宙が戻ってくる。
    そのとき、ふっと――

    (……シャリア・ブル中佐……?)

    微弱な反応が返ってきた。
    たしかにエグザべの声。だが。

    (違う)

    それは似ていた。けれどあの子ではなかった。
    同じ旋律を持ちながら、どこか色調が異なるような、言い表せない気配。

    「彼は、いったい...」

    シャリアは窓に目を向ける。デブリがひしめき合う中で、彼がいたところには1機のモビルアーマーが漂っていた。


    ※※※
    「ゼクノヴァ、収束しました。向こう側から来たと思われるモビルアーマー多数。アーカイブと照合した結果、完全一致するものはなし。類似機として検出されたのは機体ナンバーMAN-00X-2 サイコミュ訓練用のブラレロです」

    オペレーターの声が震えた。
    ラシットはすぐさま管制席のマイクに手を伸ばす。

    「こちらラシット。即時、救護班を出せ。座標は今送る。慎重に扱え、損傷を最小限にとどめて、コックピットを確認しろ」

    だがその指示をさえぎるように、冷ややかな声が割り込んだ。

    「その必要はありません。生存者は一名のみ。機体ごと引っ張ってきてください」

    それはシャリア・ブル中佐だった。
    ラシットが振り向き、低く問いただす。

    「どういうことですか、シャリア・ブル中佐」

    シャリアは表情を動かさず、静かに首を横に振る。代わりに、後方のコモリが、絞り出すように告げた。

    「艦長。中佐の言っていることは本当です。残念ながら、もう生きている反応はひとつしか確認できません」

    ラシットの奥歯が鳴り、苛立ちを込めた舌打ちが管制室に響く。

    「ザクに乗っていたパイロット二名は、デブリの濁流に巻き込まれ戦死。エグザべ少尉は機体ごと消えました」

    「では、誰が生き残っている?」

    その問いに、シャリアはわずかに目を伏せる。そして、ごく淡く、だが確かな言葉で答えた。

    「エグザべ少尉です...ただし、あちら側の」


    ※※※
    数十分後、機体は回収され格納庫ではハッチの開放作業が行われていた。

    「ハッチ、開きます!」

    整備士が手動でコックピットハッチをこじ開けた瞬間、中からゆっくりと身を起こした人影が見えた。

    「パイロット、確認!」

    数人が急いで手を伸ばし、ゆっくりとその人物を機体から引き出す。

    「生存確認、脈あり。意識は、朦朧状態です!」

    「エグザべ少尉!しっかりしてください!」

    呼びかけに、わずかに視線が揺れる。だが彼の口は、言葉を形作ることなく閉じられたままだった。
    担架が滑るように差し込まれ、彼は無言のまま、ストレッチャーごと運ばれていった。

    医務室は薄暗く、機械の静かな作動音とわずかな振動だけが、眠るような時間の中に漂っていた。
    シャリアはそのベッドの脇に、椅子を引いて座っていた。書類もタブレットも置かれているが、彼の視線はずっと一点だけを見つめていた。
    口元の力の入り方。眠っているときの首の角度。ほんのわずかに脱力しきれていない肩。
    見慣れた顔のはずなのに、シャリアの知っている彼ではなかった。
    かすかにまぶたが震えた。
    シャリアはそのわずかな変化を見逃さなかった。
    呼吸が一つ、浅く整い、まるで水面を割るように、ゆっくりとエグザべの目が開いた。
    シャリアは、ベッドの脇でかすかに身を乗り出す。

    「目が覚めましたか」

    その声に、視線がわずかに揺れた。けれど、焦点はまだ合っていない。目の奥には混濁した霧のようなものがあり、現実と記憶、夢と時間がまだ分かれていないのがわかる。

    「ここは……?」

    掠れた声だった。言葉の途中で喉がつかえ、エグザべはゆっくりと視線を移した。
    その目がシャリアをとらえた瞬間。
    エグザべの顔色が、見る間に変わる。
    目を見開いたまま、声にならない何かが喉の奥にひっかかっている。

    「…………ッ」

    まるで、幽霊でも見たかのように。

    シャリアは手早くコップを手に取り、ストローを添えて、彼の唇へとそっとあてがった。

    「水です。ゆっくり、飲んで」

    エグザべはほんの少しだけ顔をそむけかけたが、それはほんの一瞬で、すぐに力なく唇を開き、ストローを咥えた。静かに、何度か喉が鳴る。

    「ありがとうございます」

    何も知らないふりをして。
    何も気づかないふりをして。
    差し出したコップを下ろしながら、シャリアは穏やかに問うた。

    「あなたの所属を、聞いてもいいですか?」

    「...エグザべ・オリベ少尉。サイド1 27バンチ防衛隊所属です」

    シャリアのまなざしが、一瞬わずかに揺れる。

    27バンチ。
    軍の中ではそこに送られた時点で将来はないと揶揄される場所。
    かつては移民構想の一端を担う予定だったが、開発計画が凍結されたまま放置され、今では補給艦の寄港地にも選ばれない。もっぱら士官候補生や問題を起こしたパイロット、あるいは失意を抱えた者たちの掃き溜めとして知られていた。

    「……そうですか」

    シャリアは一拍の静寂のあと、やや声音を落として言葉を継いだ。

    「あなたは、ゼクノヴァに巻き込まれました。強い干渉によって、こちらの世界へと転移したと考えられています」

    エグザべの視線が、うっすらと揺れる。

    「そして、こちらの世界のエグザべ・オリベ少尉は現在は行方不明です」

    エグザべはしばらく黙って天井を見つめていたが、やがてゆっくりとまぶたを閉じ、次に開いたときには、わずかに力が戻っていた。

    「ミノフスキー粒子が一瞬だけ逆流していました。その時に向こう側に流れてしまった可能性があります」

    エグザべは、数度浅く息を吐いたあと、かすかに眉を寄せてシャリアに視線を戻す。

    「他に何が流れ込みましたか?」

    声はまだ掠れているが、その瞳には明確な意志が戻りつつあった。

    「生存者は、他にいましたか?」

    静かに、けれど確かに問う声だった。

    シャリアは一瞬だけまぶたを閉じて、答えを選ぶように息を整えた。
    そしてゆっくりと、首を横に振る。

    「確認できた生存者はあなただけです」

    言葉を区切るように、短く続ける。

    「こちらに出現したはモビルアーマーが十数機。コクピットに生体反応があったのは、あなたが搭乗していたものだけです」

    エグザべは何も言わず、ただ目を閉じる。そのまつげの陰に、言葉にできないものが幾重にも折り重なっているのが、シャリアにはわかった。
    シャリアもまた、無理に何かを問い返すことはなかった。今の彼に必要なのは情報ではなく、ただ落ち着いて現実を受け入れる時間だ。そう判断できる程度には、彼を知っていた。

    「少し、休んでください。医師がすぐ来ます」

    立ち上がりかけたところで、エグザべの唇がわずかに動いた。

    「助けていただいて、ありがとうございます」

    「いえ。我々はできることをしたまです」

    背を向けたまま、そう言い残して、シャリアは医務室を出た。


    ※※※
    艦内会議室。モニターにはゼクノヴァ発生直前のデータが投影され、電子ノイズのような光の記録が静かに明滅していた。空調の音がやけに耳につくほど、空気は重く静かだった。シャリアは席の背もたれに体を預け、前に組んだ指の上に顎を置いて黙っていた。椅子の並びにはラシットとコワル、コモリが座っていた。

    「今回のゼクノヴァ、エグザべ少尉の消失、そして向こう側から来たエグザべ・オリベについて各自報告をお願いします」

    最初に口を開いたのは、コモリだった。

    「はい。今回のゼクノヴァはシャロンの薔薇が消失して以来、初の観測です。度々観測されてきたこちら側からエネルギーが流出する形ではなく、向こう側から流れ込んで来る形の、つまりイオマグヌッソから白いモビルスーツが現れた時と同じような現象が起きています」

    ラシットが少し前に出て報告を引き継ぐ。

    「次にエグザべ少尉、及びザク3号機について。周囲を捜索したが発見できず。発生地点から直径10キロメートルの物質は向こう側からきているとの事だ。そしてブラレロもどきのパイロットを確認したところ、全員が同じ容姿をして同じ背格好だったことが判明した。現在調査を進めているが、彼女らにはほぼ致死量の薬物が投与されていることがわかっている」

    シャリアが小さく息をついた。

    「強化人間ですか…」

    「その可能性が高いと思われます。そしてパイロットスーツはいずれもジオン製だった」

    一瞬、会議室の空気がさらに重くなる。
    情報の断片が結びつくにつれ、不穏なものが輪郭を得ていく。

    やがて、コワルが口を開いた。

    「回収されたブラレロもどきに搭載されていた機体データを精査しましたが、最新の更新は0097年。技術構成は現行とほぼ変わらず、用途はあくまでサイコミュ訓練用と記録されています」

    「0097年...ってことはあのエグザべ少尉は35歳ってこと」

    「そういうことです」

    その言葉に、誰かがかすかに息を呑んだ。

    「最後に、彼の身元についてですが、サイド1 27バンチ防衛隊所属。階級は少尉のままでした。それと彼曰く、一瞬だけエネルギーが逆流したと言っていたことから、こちら側のエグザべ少尉と入れ替わっている可能性があります」

    シャリアの声が低く空間に落ちた。
    誰も応じず、ただモニターのノイズが淡く瞬いていた。その光が、現実よりも遠くの真実を照らしているように思えた。

    「わかっていることをまとめましょう」

    指先が静かにテーブルを叩く。

    「一つ目。今回のゼクノヴァは流出ではなく、流入でした。向こう側のモビルアーマー、デブリ群、そして人間そのものが、こちら側に流れ込んできた」

    「二つ目。流入してきたモビルアーマーは、ブラレロに酷似しています。搭乗していたのはクローンの強化人間らしき女性たちでした」

    「三つ目。回収された機体の記録から、時間軸は宇宙世紀0097。つまり、十一年後の時点からこちらに飛ばされてきた可能性が高い」

    「四つ目。その中に――エグザべ・オリベ少尉がいた。階級は同じ少尉ですが、年齢は推定35歳。所属は、サイド1の27バンチ防衛隊」

    そこまで言って、シャリアは一瞬だけ言葉を止めた。視線が淡く揺れる。

    「そして五つ目。ゼクノヴァ発生時、こちらのエグザべ・オリベ少尉は行方不明となりました。向こう側から来た彼の証言によれば、発生の瞬間にミノフスキー粒子が逆流していた、つまり、両者の入れ替わりが起きた可能性がある、ということです」

    沈黙が、会議室に降りた。

    言葉にされて初めて、事態の輪郭が形を持つ。
    だが、その実態はあまりに異常で、まだ誰も確信を持って触れることができずにいた。


    ※※※
    医務室の照明はやや落とされ、エグザべの状態を知らせる信号の音だけが響いていた。
    ベッドに横たわるエグザべは、数度瞬きをして、ようやく視界が落ち着いたのを確認した。

    そばにはシャリアがいた。
    腕を組み、背もたれに軽く体を預けている。けれど、その姿勢の中にも、隠せない警戒と気遣いの緊張がある。

    「お加減はどうですか?」

    「……夢を見ているようです」

    エグザべの声は乾いていた。けれど、もう掠れてはいなかった。

    「夢、ですか。それは現実が受け入れ難いからですか? それとも、都合が良すぎて?」

    「さあ。判断はまだ保留にしたいですね」

    少し目を伏せたエグザべが、淡く笑みを浮かべる。シャリアもまた、それに応じるようにわずかに唇の端を上げた。

    「保留、ですか」

    「こんなに穏やかな顔をしているあなたを僕は知らない。だから、これが本物なのか疑ってるんです」

    「そちらの私とエグザべくんはずいぶん仲が悪いみたいですね」

    「いや...」

    エグザべはフッと息を漏らす。

    「中佐を理解できるほど、一緒にいなかったというだけです」

    シャリアはその言葉に、静かに視線を落とした。
    それは、何かを悟るようでもあり、遠い誰かの傷を手でそっとなぞるような、繊細な間だった。

    「でも、たとえ一緒にいた時間が短くても。人を理解したいと思うことはできたんじゃないですか?」

    我ながら嫌味な質問だと思う。それでもこんな言い方をしてしまうのは、その諦めたような言い草が気に入らなかったからだ。エグザべは自嘲するように小さく笑い、枕に沈んだ首がわずかに揺れる。

    「そう思っていた時期もありました。でも、届かないんです。気づいたときには、もうどうしようもなく遠くにいってしまったんです」

    自嘲にも似た笑みが、彼の口元をかすめた。それは何度も、自分の手のひらを焼いてきた人間の癖になった傷のようだった。

    「……そうですか」

    シャリアは小さく息をつき、椅子の背からゆっくりと身を起こした。柔らかな音を立てて立ち上がり、ベッドに一歩、歩み寄る。
    エグザべは身じろぎしなかった。ただ、まっすぐにシャリアを見つめていた。

    「あなたの世界の私は、もういないんですね」

    問いではなかった。ただ、そうとしか思えなかった。そして、答えもまた静かに、肯定として返された。

    「ええ」

    エグザべの視線は動かなかった。まっすぐ、射抜くようにシャリアを捉えていた。

    「僕があなたを殺したんです」

    ためらいも、言い訳もない。ただ、その言葉は、彼の中に何度も繰り返された呪いのようだった。

    ※※※
    会議室には前回のメンバーにエグザべを加えた五名が席に着いていた。ゼクノヴァ発生から二週間がたっていた。
    プロジェクターの投影が切り替わるとMAN-00X-2ーー通称ブラレロの3Dモデルがホログラムで浮かび上がる。

    「では、報告を。回収した機体、ブラレロもどきの解析結果がまとまりました」

    コワルはデータパッドを手にしながら、淡々と続ける。

    「まず、回収した数機のブラレロに搭載されているサイコミュですが、年代や製造地がバラバラであることがわかりました。鹵獲品やリサイクル品を使用していたのでしょう。また、技術部に協力してもらいそれぞれのサイコミュを照合した結果、エグザべ少尉が乗っていた機体だけ登録がありました。ベータサイコミュとでも呼びましょうか。それともうひとつ、興味深い情報があります」

    コワルはデータパッドに目を移しニヤリと笑う。

    「このベータサイコミュが搭載された機体が、過去にゼクノヴァによって消失していました」

    「なるほど。その機体が向こう側に漂着したと」

    シャリアが低く問い返すと、コワルはあっさりと頷いた。

    「おそらく。証拠は不十分ですが、状況的には辻褄が合います」

    「ゼクノヴァは全く同じサイコミュが共鳴して発生するというのは既に証明されています。つまり流れ込んできた機体の中にベータサイコミュがあればもう一度ゼクノヴァを起こせるはず」

    コモリが間髪入れずに差し込む。

    「しかしそれだけでは、エグザべ少尉が入れ替わった条件がわかりません。こちらのエグザべ少尉を元の世界に返すことはできますが、私たちのエグザべ少尉は...」

    その視線が、自然と会議卓の隅にいるエグザべに向けられる。

    「自分から、補足を」

    エグザべが静かに口を開いた。声は落ち着いていたが、どこか遠くを見るような響きがあった。

    「自分たちが入れ替わったのは、同一人物だからかもしれません。僕たちの世界では脳波のシンクロ率が高ければゼクノヴァに似た現象が起こることが確認されています。再現性も高い。他の機体に乗っていたクローンの強化人間たちは、普段はそうならないようにリミッターがかけられていますが、サイコミュによるゼクノヴァが発生したことで、強化人間たちの認知能力が拡大しリミッターが外れてしまっと考えられます。そして起こったゼクノヴァの中で、奇しくもこちらの世界の僕と脳波が同調し交換現象が起きてしまった」

    言い終えたとき、会議室には、再び重い沈黙が落ちていた。つまり、今回のゼクノヴァは偶然に偶然が重なってしまった結果であるということだ。

    「まずは、同じ型のサイコミュを探しましょう。一つ目の偶然を再現するために」

    シャリアが沈黙を破る。

    「それから先のことは、また後で考えましょう。我々は、我々のできることをやるだけです。それとエグザべ少尉、あなたにも手伝ってもらいます。この船にパイロットは君と私だけですからね」

    「承知いたしました。自分も精一杯協力させていただきます」

    会議は静かに幕を閉じ、彼らはまたそれぞれの役割へと戻っていく。
    シャリアの胸に残ったのは、言葉にできない小さな感情だった。


    ※※※
    余計なものがひとつもない空間に、ランプの光が仄かに揺れている。間接照明だけがつけられた部屋で、シャリアは客を待っていた。
    引き出しに隠したウィスキーを取り出して、食堂から拝借したグラスを二つ並べる。
    畏まったノック音が響いた。シャリアが入室を許可すると、扉が開いて、待ち人が現れる。

    「失礼します。エグザべ・オリベ少尉、入室いたします」

    「どうぞ。そんなに畏まらなくてもいいですよ。今夜は中佐じゃなくて、ただのシャリア・ブルとして飲むだけです」

    エグザべは一瞬だけ戸惑ったようにまばたきし、だがすぐにその言葉の意味を受け取るように静かに頷いた。

    「ありがとうございます。では、失礼します」

    ゆっくりと歩みを進めたエグザべは、用意された椅子に腰を下ろした。姿勢は端正だが、どこか緊張の抜けない様子が、肩のあたりにわずかに残っている。シャリアはグラスにウィスキーを注ぎながら、その様子をちらっと眺め、音を立てないように瓶を傾けた。液体がグラスの底を満たしていく。
    シャリアは瓶を傾ける手を一度止め、ふとエグザべに視線を向けた。

    「炭酸は、どうしますか?」

    それは、確認というよりも習慣のような響きだった。けれどエグザべは、少しも迷うことなく首を横に振った。

    「そのままで、いただきます」

    「そう、ですか」

    琥珀色の液体を見つめながら、シャリアは小さく頷いた。聞き慣れた返答とは、少し違っていた。
    シャリアはエグザべの向かいに腰を下ろし、そっとグラスを持ち上げた。部屋を満たすのは、淡いランプの光と、二人の呼吸音だけ。穏やかな静けさの中でウィスキーがかすかに揺れる。

    「乾杯、と言っても……特に祝うようなことはありませんが」

    そう言いながら、シャリアがグラスを差し出す。エグザべも迷わずそれに応じた。触れ合ったガラスが小さな音を立てる。短く、心地よい音だった。

    「それでも……乾杯の音は嫌いじゃないです」

    そう言ってグラスを口元に運んだエグザべの動きは、まるでその行為に何のためらいもないかのように、自然で、滑らかだった。

    シャリアは、その一瞬を見逃さなかった。

    自分の知るエグザべは、ストレートで飲むのが苦手だった。味に文句を言うわけではない。ただ、喉を通すときに少し顔をしかめて、あとで必ず「炭酸ってありますか」と言ってくる。エグザべと飲む時はどんなお酒でも必ず炭酸水を添えていた。

    だが、今、目の前のエグザべは当然のように受け取り、ひと口、喉を鳴らして飲んだ。

    「……久しぶりに、ちゃんとしたウィスキーを飲みました。ありがたいです」

    エグザべはそう言って、ふわりと笑った。肩の力が少しだけ抜けてほんのわずかに表情が和らいだ。

    「このウィスキーは、君と初めて飲んだものです。こちらのエグザべくんはまだハイボールでしか飲めませんが」

    「もしかしてジークアクスを盗られた時ですか?」

    「君もでしたか」

    ふっと、静かな笑いが二人のあいだに落ちた。声にするほどでもない感情が、グラスの底で淡く波打っている。

    「あの時は雰囲気に呑まれて、何も分からないままあなたと同じものを頼んでしまったんです」

    エグザべが少し恥じるように笑うと、シャリアもそれを受け止めるように目を細めた。

    「そういう顔をしてましたよ」

    まるで自分の失敗を思い出したように、エグザべが苦笑いする。その表情は、かつてのぎこちない若者の面影をかすかに重ねて見せた。

    「そういえば、あのウィスキーはなんて名前なんですか」

    「マッカランというものです」

    「へえ。機会があれば探してみます」

    「ぜひ、そうしてください」

    穏やかなやり取りが静かに途切れ、再び沈黙が訪れた。
    エグザべはわずかにグラスを傾け、その中でゆっくり揺れる液体に視線を落としている。けれどシャリアは、その表情にかすかに浮かんだ迷いやためらいを見逃さなかった。シャリアはゆっくりと意識を伸ばす。エグザべが何を考えているかを知るのは容易かった。
    彼の中には、怒りも、悲しみも、恨みもなかった。
    ただ静かに、冷たく澄んだ水底のような諦めと、手放せずに抱え続けた、誠実すぎる願いの残響があった。
    きっと彼はこちらとは違う選択をしたのだろう。
    自分はエグザべに引き止められ、生き延びた。けれど目の前にいる彼はおそらくその選択をしなかった。シャリアが望んだことを引き止めることなく、その最期を見送ったのだろう。そうやって飲み込んだ言葉が積み重なった彼の瞳は静かで、とても寂しい。

    そしてシャリアは、はっと気づく。

    (彼は、私の死を悔やんでいるのではない。私の夢に、手を伸ばし続けることができなかった自分を罰するように後悔しているのだ)

    あまりに優しく、静かで、真面目なその心のあり方が、シャリアの胸を強く打つ。

    けれどその奥に、ごく小さな火種のように宿っていた。「もう会えないと思っていた人と、再び酒を酌み交わせている」それだけのことに滲んだ喜びを、シャリアは読み取ってしまう。

    だからこそ。

    (この世界の私は、こんなにも優しい人を置いて、逝ったのだ)

    それが、胸を刺すような後悔となってシャリアの中に芽生える。たとえ違う世界の自分の選択であったとしても、エグザべに、あんな顔をさせてしまったことが、ただ、悲痛だった。

    「そんな顔しないでください」

    エグザべはゆっくり首を横に振る。

    「自分は、あなたを死なせてしまった。
    あなたの願った世界も作れなかった。
    でも、あなたが別の世界で生きているのなら。
    そしてそこに “自分” がいて、あなたを引き止めることができたのなら。
    それで、よかったんです」

    エグザべの言葉は、決して声高ではなかった。
    けれどその静けさが、かえって強く、胸の奥に響いた。

    「こうして、あなたとお酒を飲めて嬉しいです」

    エグザべはグラスを掲げる。氷とぶつかる音に滲むむささやかな救いが、確かにそこにあった。

    やがてシャリアも静かにグラスを持ち上げる。

    「あなたと、生きている者として、今夜を分かち合えることに」

    ふたりのグラスが、再び小さな音を立てて触れ合った。

    短く、優しい音だった。


    ※※※
    「ベータサイコミュ、及びベータダッシュサイコミュ起動完了。シャリア・ブル中佐、エグザべ・オリベ少尉、両名共に接続確認。両機、発進いつでもどうぞ」

    二人を乗せた機体が宙を舞う。程なくしてミノフスキー粒子の可視化反応で宇宙が色付く。上下も、距離も、境界も曖昧なその世界に漂っていた。

    「シャリア・ブル中佐。あなたにお会いできて、本当に良かった。あなたが、もう一度、生きる選択をしてくれたことが、こんなにも嬉しいのだと気づくことができました」

    一拍置いて、まっすぐな声音で続ける。

    「どうか、生きてください。あなたがこの先でどんな道を歩もうと、私はそれを、誇りに思います」

    シャリアは微笑みを返す。
    目を伏せるでもなく、感傷に浸るでもなく、ただ穏やかに、静かに。

    「二人のエグザべ少尉に言われてしまっては、もう大往生しかできませんね」

    そして、短く息を吸い、続ける。

    「それと、マッカランはサイド1にはありませんよ」

    ひとさじの冗談めいた言葉に込めたのは、彼が自由になれるように、というささやかな願いだった。

    「ありがとうございます。でもまずは、あなたの捜し物を見つけなくてはいけませんから」

    白い光が、機体ごとエグザべを優しく包み込む。粒子が渦を巻くように集束し、彼の輪郭がゆっくりと滲んでいく。やがて光源は細く絞られていき、消失の兆しを見せ始める。

    けれど、そのとき。

    収束しかけた光が、不意に脈動するように明滅し、次の瞬間。
    眩い閃光とともに、ふたたび膨れ上がった。粒子の壁を破って、向こう側から這い出してくる。
    シャリアは一瞬、息を飲み、すぐに、踏み出した。
    ためらいなく、迷いもなく。
    その手に、自らの手を重ねる。

    「エグザべくん!」

    「エグザべ・オリベ。ただいま帰還しました」

    「よく、戻ってきてくれました」

    粒子の光が静かに収まり、そこには、帰ってきた者と、迎えた者がいた。
    再会の証として重ねられたその手のひらだけが、宇宙の喧騒のなかで、確かに温もりを持っていた。

    ※※※
    ソドンは任務を終え帰路についていた。補給を受けるために降りたコロニーのベンチに腰を下ろし、シャリアはゆっくりと息を吐く。朝露が乾ききっていない芝の匂いが、鼻をかすめた。

    「……無断で抜け出すのは、士官としてはどうかと思いますけどね、中佐」

    背後から近づく気配がある。気づいていても、振り返らない。すぐに、隣にもうひとつの重みが加わった。

    「たまにはいいでしょう」

    エグザべが肩をすくめる気配がした。
    けれど、それ以上の言葉はなかった。ふたりの間に流れる静けさが心地よかった。

    「改めて、君にお礼を言わねばと思っていたんです」

    「え、いや、むしろ今回迷惑をかけちゃったのは僕ですから」

    「いえ、そうではなく。私はあなたのおかげで生きています。それが、嬉しいんです」

    ほんの少しだけ、エグザべが身じろいだのが伝わった。

    「あの時、引き止めてくれてありがとう」

    シャリアはエグザべの手を包んでキスを落とした。エグザべは少しだけ肩をすくめるようにして、照れくさそうに目を伏せた。

    けれどそのまま、静かに言葉をこぼす。

    「……それって、未来の僕と何かあったから、ですか?」

    エグザべはちらりとも視線を寄越さず、正面の空をじっと見ている。

    「その言葉は本当に嬉しいです。でも引き出したのが自分じゃないって思ったら、なんか、悔しいっていうか」

    その言葉に、シャリアは小さく目を瞬かせる。そして、困ったように微笑んだ。

    「拗ねていますか?」

    「……拗ねてません」

    シャリアはふっと笑った。
    けれどその笑みには、からかいの色はなかった。

    「彼はきっかけのひとつです。私はあなたに生かされた命です。その命で、何を成すかを考えるのは、これからの私の仕事です。そして、それを傍で見てくれる人がいるなら、こんなに心強いことはありません」

    エグザべがようやくこちらを向いた。その瞳の奥には、拗ねたような色と、どうしようもない照れくささと、そして喜びが滲んでいた。

    「じゃあ、これからも見てますね。隣で」

    エグザべが呟いたその言葉を、シャリアは胸の奥にそっと沈めた。
    何も答えず、ただ微笑みだけを返して。

    そして、ふたりの時間は、静かに動き出す。これから先の未来を、確かめ合うように。



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