夏の間の放牧から町へ戻り、預かっていた羊をそれぞれの家へ返し終えた。今年も無事に仕事を終えられたことに安堵したレノックスは、箒に乗り、フィガロの診療所を目指していた。毎年、羊飼いの仕事が一段落すると顔を出すようにしている。「もっと遊びに来てくれてもいいのに」とフィガロは言っているが、フィガロはよく往診のために南の国を飛び回っているので、そのついでにレノックスを訪ねてくることの方が多かった。
大きな湖を超えれば、白い外壁の、少し可愛らしい雰囲気のあるフィガロの診療所が見える。まだ時刻は昼過ぎで、屋根の上からでも日に照らされたその人がよく見えた。
フィガロはレノックスに気が付くと、ひらひらと手を振って笑顔を見せた。そして、すぐ側にいた子供に声をかける。2人の子供はぱっと上を見上げ、驚いた顔を見せた後、すぐに大きく手を振ってくれた。
「レノさんだ!」
「レノさーん!!」
ゆっくりと地面に降りながら手を振り返す。数ヶ月見ないうちに、2人はまた背が伸びたようだ。
「やあ、レノックス。久しぶりだね」
「レノさーん!こんにちは!」
「こ、こんにちは!」
「お久しぶりです、フィガロ先生。ルチル、ミチル、こんにちは」
レノックスが箒から降りると、すぐにルチルとミチルが駆け寄ってくる。数年前は高い身長と眼鏡に怖がられたこともあったが、今ではすっかりレノックスのことを慕ってくれていた。
「レノさん、その大きな袋はなんですか?」
ルチルが興味津々といった風にレノックスが抱えた袋を見上げる。レノックスは、屈んで1つの袋の口を広げた。
「これは、ルチルとミチルに土産だ」
「わあっ! お菓子だ!」
「わー! やったー!」
袋の中身は、雲の町で調達してきた焼き菓子だ。雲の町では、久しぶりに顔を出したレノックスを、町の皆が歓迎し、このお菓子以外にも色々と土産を持たされている。
「こっちはフィガロ先生に」
「お、わざわざ悪いね。 ありがとう」
ワインが入った袋を受け取ると、フィガロはにこにこと嬉しそうな笑顔を見せた。
「さあ、レノックスから今日のおやつも貰えたことだし、そろそろ休憩しない?」
フィガロがそうルチルとミチルに声をかけると、2人はお菓子に喜んでいた表情から一転して、たちまち不満そうに声を上げた。
「フィガロ先生! 今休憩したところじゃないですか!」
「お休みはもう終わりです!」
「えっ、でもお菓子もらったんでしょう?」
「遊んでから皆でたべましょう!」
「でも丁度レノも来たし……」
2人の勢いに少し押され気味のフィガロがレノックスの名前を口にすると、ルチルはぱっと顔を輝かせた。
「そうだ! 次はレノさんも一緒に遊ぶのはどうですか?」
「えっ?」
成り行きを見守っていたレノックスは、突然名前を呼ばれて目を丸くする。
「僕もレノさんと遊びたいです!」
ミチルもルチルの提案に目をキラキラとさせている。どうやら、2人にとって、今はお菓子よりも遊ぶことの方が優先のようだった。
「実はさ、今日は診療所がすごく暇でね」
いいことなんだけどねー、と続けるフィガロによると、今日はルチルとミチルが遊びに来た以外は、急患も診察も無く暇であった。診療所の中にはクラークがいるのだが、今日は2人とたっぷり遊んだらどうかと気を使われたらしい。
「だから2人と遊んでたんだけど……実は結構疲れちゃって」
苦笑したフィガロは、後半は少し声を小さくしてそう話した。
「どのくらい遊んでいたのですか?」
「昼からずっとかな。さっき少しだけ休憩したけど、お茶を1杯飲んだだけ」
フィガロによると、かれこれ2、3時間は遊んでいることになる。一緒にいる大人は少し疲れてしまっても、子供たちはまだまだ元気だ。
「それは……お疲れ様です」
「いいんだけどね。楽しいから」
「フィガロ先生、レノさん! まだですかー?」
待ちきれない様子のルチルとミチルに、フィガロは笑って2人の頭を撫でた。
疲れていると言っても、楽しいという気持ちは本心だろう。レノックスは、フィガロはこの兄弟をなんだかんだと甘やかし、大切にしていることを知っている。
レノックスは、持ってきたお土産を小さくして鞄へしまった。そして、しゃがんでルチルとミチルに視線を合わせる。
「ああ。いいよ。一緒に遊ぼう。今日はなにをして遊んでいたんだ?」
レノックスの言葉に、2人は次々と今日の様子を話し出した。
「今日は最初に、フィガロ先生に絵本を読んでもらったんです!」
「それから、お絵描きをして、おままごともして……」
「それから、さっきまでお庭でかけっこをしてたんです」
うんうんと相槌を打ちながら2人の話を聞いた。かけっこまでやったと聞いて、フィガロが休憩をしたがる理由も分かった。きっと2人に合わせて、魔法を使わずに走り回ったのだろう。よく見ると、フィガロの白衣は少しだけ土に汚れている。
2人と遊んでいるフィガロを想像し、微笑ましく思っていると、笑われていると思ったのか、フィガロからじとりと目線を向けられた。
「なに? 俺の体力がないなーって思ってる?」
「いいえ、3人が一緒に沢山遊べているようでよかったと嬉しく思っていました」
そうフィガロに返し、レノックスは笑みを見せた。しかし、これだけ遊んでいるなら、他に一緒にできることはあるだろうか。レノックスが少し悩んでいると、ルチルはあっと声を上げた。
「そうだ! 次はかくれんぼにしましょう!」
ルチルの提案に、ミチルが明るい声を上げ、フィガロも笑って賛成した。
「あ! 僕もかくれんぼがいいです!」
「いいね、走らなくて済むし。レノもそれでいいよね?」
「あ、はい。それは構わないのですが……」
しかし、レノックスの返事は歯切れが悪いものだった。何故か困った様子のレノックスに、フィガロは不思議に思い首を傾げた。
「あれ? かくれんぼ、嫌だった?」
「いえ、そうではなく」
ゆるゆると首を振ったレノックスは、至極真面目に言葉を続けた。
「『かくれんぼ』とは、どんなことをするのですか」