うれしいうれしい海ぶどう「そういえばプロデューサー」
海辺でのスイカ割りを終え、渡辺みのりは思い出したようにプロデューサーへ声をかけた。
「今回のライブはシークレットゲストが登場するんだよね。誰が来るんだい?」
「お伝えしていませんでしたね、今回は――」
言いかけた瞬間、遠くから地鳴りが響く。
「あれは……?」
逆光のシルエットがみのり達のいる砂浜めがけて駆けてくる。ヒトともケモノともつかないシルエットの頭部に乗った物体がハムスターだと認識した瞬間、みのりの顔から表情が消えた。
「――」
まばたきを止めた顔面は全霊で彼女を追う。気魄に圧されてピエールと鷹城恭二、Legendersたちは沈黙し、波の音すら遠慮がちに聞こえる中で「はいさーい!」と明るい声が響いた。
「我那覇さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様だぞー! 明日のライブにシークレットゲストで出るから、よろしくな!」
響の声にハム蔵といぬ美が追従する。
「……あれ?」
唇をわななかせるみのりを見て響は怪訝な表情。全員の注目をあつめるみのりは、ゆっくりと口を開いた。
「俺――アイドルになる前に、サイン会、行ったことがあって……!」
響から目を逸らさないまま、みのりの手は忙しなくスマホを操る。ほどなくしてピタリと手を止めたみのりが響へ画面を差し出すと、画面には響の字で『海ぶどう』と書かれた色紙が映し出されていた。
「うぎゃー!? そ、それはあの時の……!」
「……? 恭二、海ぶどう、わかる?」
「沖縄の野菜だな。……けど、これはどういうことなんだ……?」
首を傾げるしかない二人をよそに、みのりは口早に語りだす。
「サイン会なのに名前じゃなくて海ぶどうで、出身地を推している気高さがよく分かるよ……! しかも『海ぶどう』のサインはあのときだけだったから、本当に本当に貴重なサインなんだ!」
「はぁ……」
「みのり、楽しそう!」
「渡辺さん、どうかそのあたりで……」
ついていけないなりに相槌を打つ二人と、事態の収拾をつけようとするプロデューサーを前に、響は頭の横で手を震わせる。
「うがー! だってあれは、プロデューサーが……プロデューサーが全部悪いんだからな〜〜〜」
響の叫びに、いぬ美の遠吠えが重なった。