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    7/13侑日オンリー アツめのタイヨウ!で頒布予定の本に収録するお話(だいたい前半部分)です。
    この世界線で侑さんが書いてそうな薄い本を作ろうと思ってます。同日頒布予定です。狂ってますね。
    部数アンケートご回答いただけますと嬉しいです!
    https://forms.gle/nT7mpaRGwDjHt4UX7

    #侑日
    urgeDay

    僕の前に立たないで「侑さんのこと、好きになってもいいんですか……?」
     顔をあげた翔陽の大きな瞳が、侑を写して光った。こぼれ落ちそうな瞼の雫を指でそっと拭って、侑は彼を抱き寄せる。
     耳元で伝える愛の言葉で、翔陽の身体が震えるのを感じた──


    「……よっしゃ、誤字脱字なし。ここでエンドマークや! 脱稿〜‼」
     乗せっぱなしやった指をキーボードから離し、俺は拳を突き上げた。静まりかえっとった寮の自室に俺の声が響く。
     使い込んでペイントのハゲも目立つ相棒のPCには、打ったばかりの大切な文字が並ぶ。それを大満足で眺めた。長く長く続いた翔陽くんと俺の物語。それをようやく今、書き終えることができたんや。
     書き出しに悩み、起承転結で挫折しそうになり、感動的な展開に泣きそうになりながら書いた数日間が、走馬灯のように頭を巡る。それを思い出せば、ページの最後に置いたfinの三文字がますます愛おしく思えてくるわ。
     原稿期間に抱えとった熱い想いを短くあとがきにまとめて、奥付け付近に載せる。今回はマロへのQRコードは載せん。前に香ばしいメッセージもろて萎えたからな。
    「ページ数ぴったりや。背幅変更なし! 表紙のデータは……大丈夫やな。表紙のタイトルも間違うてへん! よし、まだ余裕やけどこのまま入稿したれ!」
     何度もしてきた指差し確認も、今夜で最後。原稿データをファイルにまとめてアップロードボタンを押す。それを押す瞬間はいつだって、何度経験したってドキドキもんや。
     無事にアップロードを終えて、またひとつ大きく深呼吸をした。早割入稿の善良作家として今回も執筆期間に幕を下ろすことができた。


     俺──宮侑は、プロバレーボーラーとして活躍する傍ら、姿を隠して二次創作活動をしとる。この生活もそろそろ二年目になるな。
     最初この世界に足突っ込んだきったけは、スマホでたまたま見た少年漫画の二次創作やった。最初はびっくりしたわ。そういう自由な世界もあるんやなふぅんくらいにしか思わんかったし、まさか俺が何か作り出す側になるなんて一欠片も想像せんかった。でも──ある日突然、頭に雷が落ちるような衝撃的なもんと出会ってもうたんや。
     それは、生きて活躍しとる人間を扱い、自分の信じた相手と絡ませる──いわゆるnmmn。俺のファンの創作物を辿って行き着いてしまった先では、俺が木くんと睦み合っとった。オエエ~。
     いや、人の信じとるもんにオエエ言うたらあかんけど、なんでそこ木くんやねん。普段セットになること滅多ないし、俺あんなゴリラといちゃこいたことないやんけ!と、初見時はスマホ割りそうなほど地団駄を踏んだ。俺の横に置かれるべき相手とちゃうやろ。
     俺の横に普段からおって、マッサージだのストレッチだのして俺といちゃついて、それをカメラに抜かれることも多い相手。もしかしたらこの二人って──そう思わせる要素のある相手は、どう考えても翔陽くんしかおらん。
     そこで、ハッとした。二度目の雷が俺の脳天に突き刺さったんや。
     ないのなら、書いてしまえ、宮侑──歴史の時間に聞いた覚えのあるフレーズがよぎる。そうや、人のnmmnで納得できんなら、俺自身が書いてまえばええんやないか!
     ずっと、翔陽くんが好きやってん。初めて出会った時には何あいつくらいにしか思わんかったし、二度目の春高の時も、成長したやんとしか思わんかった。会わん間、四六時中翔陽くんのこと考えとったくせにな。翔陽くんに固執しとる自分には全く気付けんまま最初の数年を過ごしてから、ようやくわかった。俺、翔陽くんのこと恋愛的な意味でも、大好きやんか──そう気付いてからはずっと心ん中に翔陽くんおってん。
     ブラジル帰りの彼と同チームになれてからの日々は、ほんまに最高の気分や。俺に懐いてくれてトス強請ってくれて、食べる時の顔も怒った顔もうたた寝した時の顔も全部曝け出してくれる。可愛えし幸せや。ほんまは俺だけのもんにしたい。もっといろんな顔見せてほしいし、翔陽くんから愛されたい。
     翔陽くんとのこの関係、先輩後輩なだけの間柄から、発展してくれんやろかと願ったが、チームメイトとしての関係も崩したないから、前に進めんかった。何より、無垢な翔陽くんの笑顔を向けられると俺の中の邪な心が平謝りしてくる。
     現実的に、ほんまもんの翔陽くんとどうこうなるて無理な話や。無理なんやったら、俺の手で生み出す──その方法があることに、俺は辿り着いてしまった。
     そこからしばらくは、己の文才の無さと取っ組み合う日々やった。現国ちょっと得意やっからって文章能力があることにはならんのやな……。
     なんとか文章が形になってからは、己の理想像との戦いや。絶対ハッピーエンドやないと耐えられん!! やのに、翔陽くん泣かしてまうようなセリフ書いてまう!! 俺の歪んだ解釈が俺を傷付ける。プロット考え込んでは、こんなん俺の知っとる翔陽くんとちゃう!!翔陽くんはこんなこと言わん!!の連発。翔陽くんは俺以外とどうこうなるなんてありえん!!と思っとったはずやのに、でもntrはちょっとええかも!!て欲望おかしくなってもうて、起承転結が狂ったり……物語を完成させることの難しさを知ることができたわ。
     バレーボールと仕事と、現実の翔陽くんとの時間は疎かにせず、自室におる数時間だけを使って、俺の中に溜まったマグマのような妄想を練り上げる日々──そうしてなんとか完成した作品を、熟知した文化に則って世に放出した。もちろん、俺の素性は絶対に隠して。
     我が子同然の物語は同志に発見され、共感してもらえて、俺は感動した。サーブが決まった時、トスワークが光った時とはまた違う高揚と、満足感──俺ん中にあるもんを形にする、そして肯定してもらえるて、こんな気持ちが沸き起こるんやな。そこから俺は、宮侑×日向翔陽道を爆走することになったんや。
     物語を作ることだけやなく、それを本にできることを知り、予備知識0から試行錯誤の末に完成させた。ネットの海の中から俺の本を手に取ってくれる人がおって、また強い感動を覚えた──あと、確定申告が絡んでくるから利益出したらあかんとかそういう硬い知識も身についた。ええ社会勉強にもなったわ。
     大体いつも隣おるけど、俺が翔陽くん相手に妄想して、本にしとるなんて知ったら、幻滅されてしまうやろな。向けてくれる笑顔曇らせるなんて絶対したくないわ。やから、これは絶対外には漏らせん秘密や。もし、万が一! 翔陽くんと恋愛関係なれたとしてもこの秘密は墓まで抱える覚悟や! どうこうなりそうな気配微塵もないけどな。


     PCの電源を落として振り返る。確認した時計が教える時刻は、午後十時半過ぎ。
     いつもよりも就寝が遅くなってもうたな。この活動のせいで明日に響くなんてこと絶対あかん。早よ寝よ。
     ベッドにダイブして考えるんは、入稿ほやほやの原稿のこと。きっと今回も、立派な本になって俺んとこに来るはずや。それを受け取れるんは、一月初旬の某所──都内、でっかい三角形の真下。
     参加二度目となる同人イベントで、その新刊を頒布する。まだ先のことやけど考えるだけで緊張とわくわくが止まらん。うっかりすると準備や往復の新幹線や土産のことまで考えだして寝られなくなりそうや。
     電気消して目を瞑れば、書き終えた話の情景が浮かんでくる。エンドマーク後の翔陽くんと俺のことを想像しながら、心地良い眠りに落ちた。


              * * *


    「侑さんお疲れ様です! 隣いいですか?」
    「翔陽くんもお疲れ。ええよ~」
     翌日の午後、会社の自販機付近のベンチにおったら、翔陽くんがやってきて声をかけてきた。俺の隣を指差したあと、自販機の前に立って飲むもんを選び出す。
     ボタンを押した瞬間にICをかざしてやれば、心底びっくりした顔で「スマートでかっけぇです!!」と褒めてくれた。飲みもん奢っただけやのにこの喜びようとちやほや。さすが翔陽くんや。笑顔がまぶしくて眼精疲労がふっとぶ。
     甘そうなカフェオレのキャップを回しながら、翔陽くんが隣に掛けた。休憩入った俺の後ろ追っかけてきてくれたんかな。可愛えな。
     ちょい邪な感情抱えて盗み見た、翔陽くんの横顔。さっきまで見せとった笑顔は控えめになって、ふと神妙そうな表情になった。なんやろ、悩みでも相談したいんかな。なんでも聞いてやりたい。
    「あの、侑さんに聞きたいことがあって、デスネ……」
    「おお、何?」
     ちょっと低めのところから上目遣いで見られて、心臓が高鳴る。翔陽くんは言い淀んどって、誰もおらん陽当たりのいい休憩スペースが妙な空気になってきた。
     俺と目を合わせては、言いにくそうな顔して視線を外す翔陽くん。手の指もじもじさせて、心なしか顔も赤いような──あれ。何これ。
     もしかしてこのシチュエーション、好きとか言われてまう流れなんちゃう?
     やばい、どないしよ。確実にこれ告られるやつやん。うわドキドキ通り越して心臓痛なってきたどないしよ。片想い苦節うん年が報われる可能性出てきた!
     翔陽くんがそういう感情向けてくれとるなら、俺のほうから告りたい。何度やって妄想してきたシーンや。でも翔陽くんからってのも、ええな……。
     翔陽くんの片手が、その口元に添えられる。内緒話する時のポーズや。それから、ちょい恥ずかしそうな顔がどんどん俺に近付いてくる──え⁈ 耳元で告ってくるパターン? そんな高度なテクニックできる子やったん⁈ うわ、待ってくれ心の準備がほんまに──!
     唇が、俺の耳に近い。感じる息遣いに、かあっと身体が熱くなる。小さく名前を呼ばれてうっかり抱き締めそうになったが、耐える。何を言われるんか想像しながら待った、彼の言葉は。
    「ダッコウ、したんですか……?」
    「ブッ‼ はっ、ハアぁ⁈」
     え? 何?
     受け止める気満々やった、実はずっと好きだったんですっちゅうセリフは? どこ消えた?
     ちゅうか、だ、だっこう? 脱稿って言うたか今⁈
    「だ……! 脱稿、なんて俺言うてへんけど?! 生まれてから一回も!! エッ、俺がそれ言ってたん聞いたん?! いつのことぉ?!」
    「昨日です。侑さんコーヒー垂れてます!」
    「昨日……っ!」
     噴いたコーヒーで口元が濡れ、傾けた缶からは床へポタポタ落ちる。ティッシュ渡されてありがたく使わせてもらうが、礼も言い忘れるほど今俺は混乱しとった。パニックや。
     昨日、言うたわ俺。高らかに、脱稿って声出した気ぃするわ。立ち聞きするつもりはなかったと謝りながら、翔陽くんが続ける。
    「コンビニ行った帰りに侑さんの部屋の前通ったら、たまたま聞こえてしまって、その……」
    「ちゃうねん! いや、ちゃうってことないんやけど!」
     焦った言い訳は空回る。
     ひた隠しにしとる活動を知られるわけにはいかん。相手が翔陽くんならなおさらのこと。
    「隠すことじゃないって、俺思うんです。恥ずかしいことじゃないって!」
    「しょ、翔陽くん……?」
     言いにくそうにしながらも、真っ直ぐで素直な目を俺に向ける翔陽くん。その態度に心打たれかけるが、いや隠さなあかんことやねん。俺が手ぇ染めとるんはナマモノ同人ってやつやぞ、しかも主人公の一人は君やで。ほんで相手は俺固定。絶っ対知られたらあかん、のに。
     どこまで知られとるんやろ。何をどこまで知ったんやろ。脱稿って言葉、普通のアスリートやったら知らんやん。それをさらっと言ったっちゅうことは、翔陽くんそれなりに知識あったりするんやろか? まさかな。
     大きな瞳を覗き込めば、俺もじっと顔を見つめられて、腹の探り合いのような気配になってくる。翔陽くんが何か言おうとするのを、唾飲み込んで黙って待った。
    「侑さん……医者、行ってますか?」
    「え……なんて?」
     い、医者? 今、医者って言うた? 原稿とかの話は?
    「調べたら、男性のほうが酷くなりやすいし、早めに治療したほうがいいって出てきて……俺心配で!」
     聞き間違いか? 今度は治療って言ったな。
     なんでこの流れで俺が医者かかっとるかっちゅう話に飛んだんやろ。もともとは俺が脱稿って言うたのを聞いて……あ?
     だっこう?
    「……せやねん。俺……尻に爆弾、抱えてん」
    「やっぱり、そうだったんですね……!」
    「うん……」
     せやな。言葉はもちろんのこと、イントネーションほぼ同じやもんな、けつのトラブルと。
     侑さんは痔に悩んどるっちゅう誤解を翔陽くんに植え付けてしもたんは辛いが、翔陽くんであれこれ妄想して本にしとるってことがバレるほうが俺には辛い。
     やから、誤解されたまんまでええわ。宮侑、痔もちて吹聴されなければもう、それでええ。
    「ちゃんと治療しとるから大丈夫やで……心配してくれたん?」
    「当然です!! 痛みはわかってあげられませんけど、侑さんが困った時は助けるんで。もし手術ってなったら、看病もします!」
    「はは、ありがとな翔陽くん。気持ちだけで充分や」
     乾いた笑いは出るが、俺を思ってくれる翔陽くんの気持ちは純粋に嬉しい。驚きはしたが俺のひっそりとした活動は秘密のまま守られたわけや。ひとまずよかった。
     そろそろ休憩終えて戻るか。ベンチから立ち上がってコーヒーを飲み干した。缶を捨てる俺の後ろに翔陽くんも続く。親についてくる雛鳥みたいで、こそばゆくなるような可愛らしさがある。
    「せや翔陽くん、観たい映画あるって言うてへんかった?」
    「はい! 今度の休み行こうかなって」
    「俺も行こかな。ええ?」
     あわよくば、映画だけやなくて街中散策とか飯行ったりとかして、デート気分になれたらええな。
     そんな俺の下心に気付かん翔陽くんは、ぱあっと顔をほころばせて頷いてくれた。いつも嫌な顔ひとつもなしで、いっこ上の先輩のの誘いや遊びに付き合うてくれる。
     それは、オトモダチと一緒。いくら甘やかしたところで彼に俺の本心は響くことなく、清々しいほどの脈なしや。
     でも、こういう関係ややりとりがずっとずっと続いて、いつか俺のこと意識してくれたらええなぁ。
    「出かけんの楽しみにしてます! あ、俺、ドーナツクッション持っていきますね!」
    「うん、楽しみ……いや! そこまで酷ないから持って来んでええよ?!」


              * * *


     差し込んだ夕陽が照らす、職場の休憩所。人気はなく、自販機が出す低い機械音だけが響いとる。
     コーヒーを片手に腰掛けたベンチの隣には、翔陽くんがおる。傾いた西日を浴びて、顔だけでなくどこもかしこも眩しいオレンジ色。日焼けがまだ残るその頬だけが、オレンジ色よりもほんのり赤みが強いような。
     急に寄越される視線は強烈で、俺をじっと見上げて逸らさん。
    「あの、侑さんに聞きたいことがあって、デスネ……」
     言い淀みながらも発せられる言葉は、どこか熱っぽい。こっちまで熱くさせられて心臓が高鳴りそうや。何?と返せば、少し迷うような顔を見せた後に、翔陽くんが沈黙を破った。
    「侑さんには、好きな人いますか? もしいなかったら、そのっ、俺……!」

     
     ばちりと開けた視界の中には、翔陽くんはおらんかった。クリーム色の壁と片付いてないローテーブルだけが目に飛び込んでくる。なんや……夢かい。
     この前、会社で翔陽くんとあんなハラハラドキドキの会話したからやろな。夢に出演してくれた彼が俺に何を言おうとしてくれとったのかわからんけど、ええこと起こりそうな幸せな夢やった気ぃする。赤面しとる顔、可愛かったなぁ。思い出せたら夢のシーンとセリフ使てショートストーリー書いて、イベントの無配にしてもええかも。
     すでにぼんやりとし始めた夢の全貌を思い出しながら、身体を起こした。ところで、部屋けっこう明るくないか?
    「あ……? やば! 寝坊やん!!」
     時間を確認せんでも、起きる予定やった時刻をとうに過ぎとることがわかる。今日は、翔陽くんと朝飯食って早めの映画観に行く約束しとった日やった。布団を撥ね退けて慌ててベッドから降りたら、足元にある何かにつまずいてテーブルの角に脛を強打。痛さに悶えて苛立ちまぎれにテーブルの足を蹴った。
     俺のつま先をひっかけよったんは、フローリングに数冊積まれた本やった。これまでに俺が書いてこの世に生み出した、俺と翔陽くんとが結ばれる小説──昨日の夜、ブックシェルフの奥から引っ張り出して眺めながら就寝したんやった。出かける前にしまっとかな。
     腰を曲げて本を手に取ろうとしたところで、ドアをノックする音が響いた。ドキリとして、腕の中から大事な我が子を一冊落としてまう。ノック音から少し経って、俺を呼ぶ翔陽くんの声が聞こえてきた。
    「侑さーん、おはようございます! 起きてますか?」
    「うぁっ、おお、起きとる! すまん今開ける!」
     大事な約束の日やのに、部屋は片付いとらんし寝坊して翔陽くんに訪ねられるし、朝から忙しない。抱き締めとった俺の同人誌は、ブックシェルフに並んだスポーツ誌の奥へさっさと隠した。どたどた足音響かせながらドアを開ければ、すっかり出掛ける支度が整っとるらしい翔陽くんが立っとった。
     よく寝たんやろか。肌つやピカやな。フードのついた明るい色のパーカーにハーフパンツ。全体的に薄着やけど、レギンス履いとるから寒くはなさそうや。コンパクトなボディバッグに、俺が誕生日に贈ったキーリングが付いとるんを見つけた。顔には出さんけどむちゃくちゃテンションが上がる。気のせいか、翔陽くんの前髪、ちょいアレンジされとるような……うん、見間違いやないな。いつもより格好に気ぃ遣とるんが伝わってくる。俺と出掛けんの楽しみにしてくれとったんかなて思て、またテンションがブチ上がりそうや。また朝の挨拶をくれて、にっかり笑う翔陽くんが眩しい。
     それに比べて、今日の俺の体たらくたるや。
    「お、おはよぉ! すまん俺、今起きてん……」
    「時間充分にあるんで大丈夫ですよ!」
     寝坊してもうたとはいえ、もともと早めの集合時間にしといてよかったわ。まだ朝飯食いに出る時間もありそうや。急いで支度するからあがって待っとってと伝えると、お行儀良い返事して翔陽くんが俺の後ろをついて来る。「へへっ」と小さく笑う声が聞こえたから、振り返った。
    「えっ、何? 部屋汚いとか!?」
    「いや、すんません。侑さんの寝起きの顔とか髭とか見るの、初めてだなって思って」
    「イヤー! 見んとって!! すぐに剃る!!」
     いたずらっ子みたいな顔がまた眩しくて目に突き刺さる。それはそれは可愛らしいんやけど、遅刻しよったあげく寝起きの顔と無精髭見られるて、くう~!! きっついわ! スマートで格好良くて頼りになって清潔感ある先輩貫く算段が台無しや。適当に暇潰ししとってと頼んで、急いで身支度に取り掛かった。
     寮の部屋の簡易的な洗面台に駆け寄り、顔洗って髭を剃る。頭ん中は次から次へとワードローブの足し引きや。のんびり考えとる場合やないけど、翔陽くんの服装とワンカラー合わせてもええかな……っちゅう欲も出てくる。部屋を横切ってクローゼットを漁っとる間、翔陽くんは今月のスポーツ誌を見つけたらしくパラパラめくって待ってくれとった。
    「翔陽くんお待たせ! 準備できたで!」
    「おわっ!」
     バッグを掴んで翔陽くんのそばに寄ったら、驚かせてしもたらしい。声上げてびっくりした様子で、彼が俺を見上げた。集中して読んどったんかな。
    「ア! はい! 行きましょう。俺、腹減りました!」
    「俺もや~、どこ行こ。今開いとって、映画館近い店は……ん?」
     スマホを持ち上げてブラウザを開こうとするのと同時に、翔陽くんがフローリングから立ち上がった。丁寧に雑誌をテーブルへ置くその仕草はどこもおかしないんやけど、その頬が赤いような。熱やないよな? 部屋の暖房効き過ぎたか?
    「翔陽くん、どしたん? 顔赤ない?」
    「へ!? いえっ! なんともないです! えっと、侑さんがかっけぇからですかね? 服とか……」
    「へっ、ええ~?」
     心臓が跳ねる。声裏返ってしもたかも。お世辞かと思ったが、そうでもなさそうや。翔陽くんの何気ない素直な一言に、毎度幸せにさせられたり搔き乱されたりしてばっかりやな。それを貰える奴らや本気に捉える奴らは多くて、俺もその内のひとり。
    「言うてくれるやん! 照れるわ~。しゃあないな、可愛え後輩に朝飯おごったろ」
    「わっ、あざーす!!」
     外出に向けて寮の部屋を出て、冬の空気と柔らかい直射日光を浴びる。翔陽くんの歩幅に合わせるためにちらりと足元へ目を向ければ、同じ色のソックスが同じ速度で歩いた。気付いてくれても、気付いてくれなくてもええ。気付いた時には「偶然ですね」って話題にしてくれたら嬉しいし、含む意味があるてもし察してくれたなら、もっと嬉しい。


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    僕の前に立たないで「侑さんのこと、好きになってもいいんですか……?」
     顔をあげた翔陽の大きな瞳が、侑を写して光った。こぼれ落ちそうな瞼の雫を指でそっと拭って、侑は彼を抱き寄せる。
     耳元で伝える愛の言葉で、翔陽の身体が震えるのを感じた──


    「……よっしゃ、誤字脱字なし。ここでエンドマークや! 脱稿〜‼」
     乗せっぱなしやった指をキーボードから離し、俺は拳を突き上げた。静まりかえっとった寮の自室に俺の声が響く。
     使い込んでペイントのハゲも目立つ相棒のPCには、打ったばかりの大切な文字が並ぶ。それを大満足で眺めた。長く長く続いた翔陽くんと俺の物語。それをようやく今、書き終えることができたんや。
     書き出しに悩み、起承転結で挫折しそうになり、感動的な展開に泣きそうになりながら書いた数日間が、走馬灯のように頭を巡る。それを思い出せば、ページの最後に置いたfinの三文字がますます愛おしく思えてくるわ。
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