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    真央りんか

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    真央りんか

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    ノスクラ。
    告白されてようやく自分の気持ちに向き合うのは、うちのノスクラのサビです

     普段の喧騒は遥か遠く。明かりを落とした静かな部屋で、クラージィは窓辺に寄り、庭を眺めていた。
     ノースディンの邸宅の広い庭は、きちんと整えられている。花壇には今の季節に咲く花は植えてないようだ。それでも植え込みの手入れの良さだけで、手がかかっていることは伝わってくる。
     装飾用の灯りがあちこちに配置され、夜でもその姿を照らし出していた。光はほぼ青白い。季節に合わせて、置く物を多少入れ替えているようだ。今は雪の結晶の形をした反射板があちこちにきらめいている。白く光るウサギは植え込みの根元をほんのり照らしている。
    「気に入ったか」
     声をかけられて振り向くと、食後の片づけを終えてノースディンが来たところだった。
    「ああ」
     頷いて、クラージィはまた窓を向く。
    「人間のいるところだと、室内が明るくて窓に反射してしまうだろう? 外にきれいな景色があっても、うまく見られない。ここはそうした気を遣わずに、ただ眺めていられる……きれいだ」
    「そうか」
    「お前が夜の庭を灯しているのは意外だ。おかげでこうして楽しめているから、ありがたいが」
     すぐ隣に来たノースディンも窓外を眺める。
    「ああ、この辺りは別荘地だから、誰も滞在してない家屋も多くて空き巣が出やすいらしい。住人がいると知らせるだけで、少しは避けられる」
     説明する口調は、面白くなさそうだった。
    「派手なのは好みではない。やりすぎると今度はそれ目当てに来る人間もいるからな。誰であれ、無礼者がいれば、それなりの目に遭ってもらう」
    「ノースディン」
     振り向いて名を呼んで窘めると、苦笑と共に宥めるように背に手を添えられた。
    「警察に引き渡すということだ。昼間や留守の間も、誰か立ち入ればすぐ知らせが来るようにしてある。簡単に押し入られないように対策もしてある。立ち入らせないのが一番だからな」
     侵入者対策は厳しくもなるだろうと、クラージィは昔の自分を振り返る。その経験があったにしては、ノースディンの対策は現代に合わせてずいぶん大人しいもののようだ。
     クラージィは穏やかな目でノースディンを見つめる。
     近い。
     すぐ隣に立ち体が触れ合うどころか、肩などは少し重なりあい、先ほど背に添えられた手は腰の辺りに下りている。
    「なんだ」
     ずっと見つめたままでいると、ノースディンが目だけを向けた。
    「いや、近いなと思って」
    「…嫌か」
    「嫌ではない」
     この距離は、慣れてきている。
     ノースディン宅を訪れることが増え、なにかと過ごしている内に、並ぶことは当たり前のようになっている。寄り添うほどの近さも珍しくない。ふとしたことでノースディンが背や肩、手、髪などに触れることもある。クラージィからも、背や肩に手を添えることはある。
     今夜はなぜか、改めてその近さを感じた。
     クラージィは正面を向いた。
    「…初めて会った時のことを思い出していた。私が…侵入したときのことを」
    「…ああしたことは二度とない」
     侵入者のことなのか、出会いのことなのか、判断はつかなかった。うむ、とクラージィはただ頷いた。
    「こうして背中につかれてもよいくらい、平和な世になったのだな」
    「お前は初めから私に平気で背を向けてたぞ」
    「そうだった」
     指摘されて、クラージィは軽く笑う。
    「お前から殺気を感じなかったから」
    「…そうか」
     反応からすると、殺気を露にしなかったのはノースディンにも自覚があったようだ。それでもやはり、この穏やかな時間は想像すらできなかった出会いだった。
     寄り添う体に安らぎを感じる。
    「お前も今の平和を感じているか」
    「平和…」
     ノースディンが小さく繰り返した。
    「確かに平和を感じているが、それ以外のものもある」
     腰に触れていた手が、深く回され、しっかりとクラージィの腰骨を包む。
     意表をつかれて、クラージィはすぐ傍の顔を見つめた。相手も振り向いてクラージィを見つめる。
    「…嫌か」
    「…嫌ではない」
     先ほどと同じやりとりを繰り返した。
     親しく腰を抱かれながら、間近で目を覗き込まれている。
     クラージィの反応を見られているが、その前にノースディンから訴えかけていることがある。
     この距離は、このまなざしは——
    「お前は、ソドムの男なのか」
     思わず出た言葉に、ノースディンは瞬きをした。少し目元が和らぐが、憂いも含んでいた。
    「そもそも私は吸血鬼だ」
     クラージィは、己の発言の不適切さに気がついた。自分たちは、神の導きから外れた存在だが、それがすなわち悪徳や堕落の存在ではないことを知っている。
     それは、ノースディンが誰を愛そうとも同じ事が言えた。
     クラージィの動揺に、ノースディンの陰りは消えた。
    「すまない、答えがずれたな。お前の言葉の意味はわかっている。それがお前に向ける感情の名前なら、今とこれからはそうだと言おう」
    「あ……いや、言葉は、良くない言葉を使ってしまった、なんと言ったらいいか、急には思い浮かばなくて」
     慕情とか、恋情と言ってしまえばいいのか。名付けたことで姿を得た存在に胸が高鳴る。顔は赤くなっているかもしれない。
     クラージィの表情をしばらく黙って見つめてから、再びノースディンから口を開いた。
    「応じる義務はない。親しく傍にいられるなら、それが最優先だ。だが、騙し討ちはしたくないから言っておく」
     一拍の間。
    「肉欲はある」
     今度こそ間違いなく、クラージィの顔に赤みが差す。
     そんな宣言をしておきながら、ノースディンはクラージィの腰に手を添えたまま動こうとしない。引き寄せもしない。ただまっすぐに見つめている。
     クラージィが許さなければ、無理に入ってくることはない。
     その自制心に、誠実さを汲みとった。
    「そう、か、いや、気付かずにすまない」
     クラージィは顔をそらして、窓に向いた。
    「そうなのか…」
     伝えられた意味がじわじわと沁みてくる。
     触れているところが熱い。
     言葉を受け止めた耳が熱い。尖った耳は赤くなっているだろうか。
     顔もとっくに熱い。
    「…本当に、気付いてなくて…」
     会うごとに、さりげなく詰められていた距離。なにげなく触れていた体。それは一方的ではなく、クラージィからも求め、二人で少しずつ積み重ねていったものだ。
     窓外に見える、庭の装飾。今のレイアウトはいくつめだろう。そしてこれからいくつ見ることになるのだろう。
     クラージィは黙って、体に回された手に、自分の手を重ねてみた。しばらくそのままでいると、促すように腰を抱く手に力が込められた。おとなしく身を任せると、静かで長い吐息を感じた。
     窓辺で二人寄り添って、ほのかに光る庭をずっと見つめるのだった。
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