プライスレス 何でも持っている、何でも手に入る男に何をプレゼントすればいいのか……。
人気者の彼の誕生日は大勢から祝福されファンから山のようなプレゼントが届く。幼馴染やレジェンド仲間が彼を囲み、ラッピングに包まれたプレゼントをシルバに渡している。照れくさそうに頭を掻き礼を言う彼を遠巻きに見ていた。ゲーム開始前のドロップシップ内。和やかな光景。手ぶらの自分に声をかける勇気はない。
今日までにブティックのショーウィンドウの前で何度立ち止まったか。行き慣れないブランドショップに足を運び、綺麗に陳列された服を意味なく撫でる。手に取り引っ張り出した値札を見て目が飛び出るが、彼は服なんて腐るほど持っているだろう。選ぶセンスに自信もなかった。喜ばれるだろうか? 迷惑がられはしないだろうか? 言い訳ばかりを並べた。時期的にも煩わしかったのもある。慣れない高級店で、安物の服を着た挙動不審な男でなくとも店員は声をかけるもので。「何かお探しですか?」と悪気なく聞く相手に薄ら笑いで返し、「プレゼントですか?」と微笑まれ、「いや……」と曖昧に答え逃げるように店を出た。敷居の高い店は諦め若者で賑わう雑貨屋にも立ち寄った。防寒具やアクセサリー、プレゼントの定番や無難なアイテムは多数あったがどうにも味気なく思えた。
何でもいい。何をやっても大差ない。ものぐさで投げやりな思考がありながら、印象に残るものを贈りたいというその他大勢に向ける敵対心に似た感情。悩み抜いた末プレゼントは結局決まらず、当日をこうやって手ぶらで迎えている。
彼も俺からのプレゼントなんて期待していないだろう。抱えきれないほど贈られるのだ。きっと必要ない──と、罪悪感を覚える自分に言い聞かせる。「誕生日だったのか。知らなかった」と惚ければいい。まるで興味ないように振る舞う。目を合わせなければ無駄な接触はしなくてすむ。
祝福さるオクタンに背を向けたが、自分のブースに入る寸前「クリプト!」と呼ばれ反射的に振り向いた。無視すれば……聞こえていないふりをすればよかったのに、独特の足音が近づき心音が速まる。
「ん!」
俺に向かって手を出すシルバは無邪気だ。気まずくて眉根にしわを寄せ首を傾げた。
「何だ、……その手は」
「今日が何の日か知ってるか? アミーゴ」
「……さあ?」
胸がチクチクと痛むが表情には出ていないことを願う。
「…………そっか!」
少しの間のあとの明るい声。作られた陽気さを見逃せず生唾を飲み込む。気づかないほど彼に対して鈍感じゃない。プレゼントを悩み、悩みすぎて決められない程度には……。なのにそんな彼を傷つけた。期待を裏切った。よりにもよって、彼の誕生日に。
「引き留めて悪かった」と手を振り背を向けるシルバの腕を掴んでいた。
「待て。悪いが……その、……何も用意できてない」
苦虫を噛み潰しながらプライドを捨てる。今だけは。今日くらいは。
「実は欲しいものあんだけど、おねだりしてもいいか?」
「……あまり高価なものは買えないぞ」
「大丈夫だって。金かかんねーし。でもアンタから貰えないと意味ねえからさ」
「?…………」
騒がしいオクタンのヒソヒソ話の小声。何でも持っている、何でも手に入る男の欲しがるものがなんなのか。興味から耳打ちに応じ──
「隙あり!」
唇に当たる温かい感触。一瞬見えたシルバの口元は、ニヤリと笑ったかと思うとあっと言う間にいつものマスクに覆われた。
「は?…………」
何が起こったのか理解するまで数秒。理解して数十秒、顔に熱が集まっていく。
「プレゼント、ありがとな。……俺様に何か言うことあるんじゃねえか?」
ゴーグル越しに期待に満ちた目が向けられ、宇宙一小さい声で祝福の言葉を告げた。