目覚めて隣は不在 腕に抱いて眠ったはずなのに、目覚めたら
ベッドにひとりきり。置き手紙のひとつなくメールさえ寄越さない素っ気なさは相変わらずで、それを残念に思う反面どこか安堵を覚える軽薄な自分もいる。
ここが見慣れた自分の部屋なら「なんて夢だ」と自己嫌悪に頭を抱えられるが、趣味じゃないピンクの壁紙がケバケバしく現実を突きつけてくる。ゴミ箱の薄膜の残骸が、シーツに染みた体液の匂いと残り香が──もう一人居たことをお節介にも俺に囁き教えた。
「……せっかちな奴だ」
チェックアウトまでまだ数時間。だらだら過ごすには長く出るには早い。
彼は日が昇る前に、白み出したあやふやな夜のうちに決まって姿を消す。激しく求め合った夜の熱が燻っているのに、淡い夢のように儚く煙のようにすり抜けてしまう。
太陽の下で会えばただの同僚で、ゴーグルとマスクを装備した彼は誰もが知る人気者の「オクタン」だ。友人の顔で平然と振る舞い、夜の出来事なんて無かったことにされる日々の繰り返し。欲の解消の相手に選ばれたのは手軽で口が堅いとか、男同士で後腐れがないだとか、誰でもよかったか気まぐれか……そんな理由だろう。
流されるまま関係を持ったものの不健全さに若干の罪悪感と後悔は否めず、関係の解消を切り出せば話題を逸らされ多少面食らった。真剣な話に聞き耳を持たず終わりも進展もしない堂々巡りに、勘違いと自惚れが加速し期待と欲が芽生える。
プライドが傷つくのは避けたいが……確かめたい。だが、そもそも逃げられては追いつけないのだ。なにしろ脱兎のごとく鋼鉄の足は速い。
「どうやって捕まえてやろうか」
備え付けのポットで湯を注ぎ安いインスタントコーヒーを一人分。漂ういい香りに悪巧みし妄想する。ベッドで気怠げに俺を見上げる垂れ目の青年に味気ない紙コップを一つ差し出して、まずは「苦い」と文句を言われるのが当面の課題だ。