行方知れず 俺の手を解いてベッドから降りた黒髪の裸の男が、昨夜脱ぎ捨てた服を床から拾い上げ身に纏っていく。カーテンの隙間から差し込む太陽の光が眩しい。俺は気怠げにベッドに横になったまま、帰り支度を始めたソイツを黙って見ていた。
裏返った下着を元に戻し穿く年上の男の姿は妙にシュールで笑える。しわくちゃになったシャツをバサバサと数度振って袖を通し、しがみついて残した背中の爪痕は覆われ留められていくボタン。首筋の情事の痕も襟で綺麗に隠される。ズボンを穿き、白いシャツを雑にインしてベルトを通したテジュンが振り返り、眉根を寄せて俺を見た。何が言いたいのか、わかってる。
「……ネクタイならここだぜ?」
起き上がりもせず青いネクタイを掲げれば、苦虫を噛み潰したような顔。サイドテーブルに見当たらないコイツの探し物は俺が隠した。
「眼鏡、どこにやった?」
「さあ? 見てねえな」
「……」
「帰るんだろ? 来いよ、ネクタイ結んでやる」
帰るな、なんて我儘は言えず上体を起こす。ベッドに歩み寄った少し不機嫌な男を手招きし、近づいたワイシャツの襟下にスルリとネクタイを通した。
「……テジュン」
「なんだ?」
結び目を作る手を止めて、ネクタイごと胸ぐらを掴み無理矢理引き寄せシャツを乱す。
軋むベッド。無防備な厚めの唇に噛み付いて、強く引いたシャツのボタンが幾つか飛び、床に落ちて僅かに音を鳴らした。その行方は知らない。
「ネクタイ……結んでくれるんじゃ、なかったのか?」
離れた唇が、ため息混じりに呟いた。心地良い低音をもっと聞いていたい。この素っ気ない男を、独占したい。
「そのつもりだぜ?」
ネクタイを結んで送り出すなんて出来ねえ。この紐が首輪ならどんなに良かったか。
我儘な腕を首に絡めると、観念したテジュンがベッドに乗り上げて俺にキスする。マットレスに手をついて俺に覆い被さって、じっと見つめられればまた欲しくなる。もっと欲張っちまう。
「眼鏡を返せ」
「…………」
襟下に通しただけの垂れ下がったネクタイを引っ張って『嫌だ』と意思表示した。今はまだ、こんな手段でしかこの大人の男を引き止められない。
「俺を困らせるな。オクタビオ……」
埋められない歳の差。余裕。経験。駆け引き。不利なのは分かりきってるが、勝ち目が無いわけじゃねえ。
「好きなんだ。アンタのこと、……困らせんの」
「…………」
テジュンの手が俺の髪を撫でた。ふっ、と息を吐いて微笑む表情と、自分の言った言葉に熱が上がる。重なる唇に目を閉じて、抱きついて、抱きしめられて、肌を滑る手に素直に溺れていく。少ない俺の手札は子供じみているが、有効なら何だって使う。
コイツがこうやって、俺を甘やかしてくれる限りは。