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    mame

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    復興後ifの千ゲン②

    ①(https://poipiku.com/1356905/3255402.html

    次の収録までの時間があったから。そういう理由をつけて、ゲンは科学館に足を踏み入れた。いまやすっかり芸能人として活動中のゲンに受付の人間は気付いたらしいが、なにも言わず入館料を回収し通してくれた。ありがたいことだ。ちょうどプラネタリウムの上映開始前で、これ幸いとドームの中にゲンは入った。
     薄暗い空間に映画館のように並んだ椅子、そしてそれとは別に地べたに寝そべることが出来るような人工芝。これはなかなか面白いなとゲンはくすりと笑った。中央には大きな機材。これで投影するのだろうか、と思うも明らかに高そうなので触れないようにする。
     科学館には平日の真昼間にも関わらずそれなりの客がいたが、プラネタリウムの上映まで少し時間があるからか、ドームの中にいるのはまだゲンのみだった。
     人工芝に転がるか、椅子に座るか。
    少しだけ悩んで、ゲンは靴と靴下を脱いだ。顔隠しの伊達メガネをかけたまま寝そべってみる。まだなにも映し出されていないドーム状の白い天井を眺めた。ここにプラネタリウムが投影されるらしい。
     科学館建設の権利は奪い取ったが、建設が始まってからはゲンはこの科学館にはまったく携わっていない。このドームに至るまでに歩いてきた科学館の展示物を思い返す。いくつか見覚えのある展示物があった。それはサルファ剤だったり、水車のミニチュアだったり、携帯電話だったり、その実そうではないが綿あめ機だったり、カメラだったり。至る所に懐かしさを感じ、それを興味深そうに見ている子どもにゲンの頬は緩んだ。
     あの頃一緒にいたみんなは元気だろうか、そんなことを思いながらゲンは少しの間目を閉じた。

       *  *  *

     ゲンが科学王国のメンバーから離れたのはエンターテイメントの必要性を感じたからだ。――というのが、表向きの理由。本当の理由は石神千空の夢の濁りになる自分の気持ちに気付いたからだった。
     実際に復興が進むにつれ、人々は関わり方が増えた。結果じわじわと蝕むようにストレスが蔓延しはじめていた。だからこそエンターテイメントや芸術、そして展示物がある場が必要だとゲンは思っていた。
     生きるのに絶対に必要なものではない。しかし、心を豊かにし、背中をおしてくれるものだとゲンは考えている。元々の生業だ。好きで飛び込んだ世界だ。その世界がこの石化から復活した世界を平和にする一つの要因になれるのであれば、それを先導しよう。ゲンはそんな気持ちで数年前からまだ一局しかないテレビ局やラジオ局で中心人物として動くようになっていた。
     日本という国が再度作られても、科学王国の五知将という存在はなかなか重宝されていて、活動としては半々という感じだった。メンタリストと言っても学者や識者というわけではない。だから交渉事に出張るのも、と思っていたゲンだったのだが『あさぎりゲン』と『復興の立役者である科学王国の五知将』というネームバリューは大きかったらしく、よくお偉いさんたちとの交渉ごとに各所から駆り出された。なかでも千空の人使いは相変わらずだったのだけれど、頼られていると思えばそれはそれで事足りた。
     一方で千空はというと、マンパワーが確保され、復活した科学知識にあとは技術や設備が追い付くだけ――その状況になってやっと自分がしたいことをすることにしたらしい。石化から目覚めてフル稼働し続けていた千空だ。千空が言うにはいままでもしたいことしかしていなかった、とのことだったが。

    「もう一回、月に行く」

     嬉しそうに言った千空に、ゲンはその日千空との決別を決めた。
     あの日確かにゲンが願った日がやっとくるのだ。しがらみもなにもかもない状態で、幼い頃から思い続けた宇宙を楽しみに千空が地球を飛び出せる。――でも月に行くと千空から聞いたゲンの口から飛び出しそうになったのは「また危ないところにいくの?」という、ゲン自身でも本当に不本意な言葉で。あまりにもありえない言葉が飛び出そうとしていたことにゲンは震えた。
     一回目の月への冒険は、決して順風満帆ではなかった。トラブルの連続で、命の危機など何度もあって。それを知っているからこそ、ゲンは宇宙への恐怖が強くなった。
     ストレートに言ってしまえば、千空に万が一のことが起こったとしても、ゲンが知らないところで、何かが起こってほしかった。何かが起こったとき、近くにいれば千空のことや、千空の周りの人間を責め立てない自信がなかった。ゲンは無関係で、すべて後から知る場所にありたい。なんなら知らなくてもいい。そうじゃなければ、千空が信頼してくれたあさぎりゲンじゃなくなってしまう。ゲン自身が、そんな自分を絶対に許せない。
     すべてを腹の底に押し込んで、ゲンは「今度こそ一から十まで楽しんできなね」と千空に告げた。千空はそれに「」と返事をした。それでいい。自分たちはこれがいい。
     そしてゲンは、そろそろ本業発展に本腰入れますと宣言して、科学王国の面々で形成されている輪から外れた。逃げたのだ。自分が自分であるために。
     千空からはなにも言われなかった。それがありがたかった。なにか言われたら離れられなかった。そうして醜態をさらしてしまう可能性を持ち続けていたのだろう。

     最後に話が出ていた科学館建設の有無を置き土産とすることにした。誰にあてたものではない。科学王国民だった自分へのご褒美みたいなものだった。
     科学王国が確かに在り、石神千空がなにをしたのかを、専門家だけでなく知ってほしかった。身近にいた人間だけでなく、小さい子どもが夢を見るように、この事実を知れば、だれもが夢を見る。
     以前千空は「科学知識など世界中で垂れ流されているのだから好きで読めば千空の特権などではない」と言った。
     だから、万が一また石化なんて馬鹿げていると言いたくなるようなことが起きても、決して文明の灯が消えないように。科学というものに興味を持つ足掛かりになるように。この世界のこの国にこそ科学館は必要だとゲンは思った。それゆえに、絶対に科学館建設をもぎ取りたかった。お偉いさんたちを相手取り、あの手この手で建設の方向へ動かした。
     そうやって建設が決まってからゲンは芸能界の第一線で動き続けている。
     放送局も来年には民間の放送局がひとつ増えることになった。着々と文明を少しずつだけれど取り戻している。過程に地道さが必要なことは、とうに知っている。


     ざわめきで目を覚ませば、上映時間直前だった。席の半分ほどを客が埋めている。芝生エリアはゲンを含めて五人。おそらく子とその親が二組と、ゲン。浮いてるな~と苦笑するも、暗くなれば一緒かとゲンは早々に割りきった。あたりがふっと暗くなる。上映開始だった。
     やわらかで優し気な女性の声がドームに静かに響きはじめる。実際にこの女性が優しいのをゲンは知っていた。なにせプラネタリウムのナレーションはルリの声だったからだ。千空全面監修というだけはある。彼女の語りを千空がなんだかんだ楽しんでいたのをゲンは把握していたので。懐かしく思いながらゲンは人工芝に後頭部を擦り付ける。天井には無数の星々と月が映し出されている。
     宇宙の始まりの話、銀河の話、太陽の話。
     専門的な話にさらり触れた上で、興味をそそられる話をきっかけにして深堀りする。そんな流れでナレーションは展開されていく。投影されている星々の美しさはさすがといったところで、ゲンは仕事の合間にまた来てもいいなと思ったくらいだ。否応なしに千空について考えることになってしまうけれど。

    『Lunar100というものがあります。これは月の地形を……』

     満月の写真が天井に大きく映し出された。暗く静かな空間、懐かしく落ち着く声。また微睡んでしまいそうな状況のなか、聞き覚えのある単語にゲンははっとする。

    『天文学者のコペルニクスはご存じですか? 太陽を中心に地球がうごいているという地動説を唱えた方です。六角形をした美しいクレーターにはこの天文学者の名前が付けられています』

     月の写真が一か所にズームされる。確かにあった六角形に、これがコペルニクス、とゲンはほうとため息を吐いた。あの日の夜が脳裏に思い浮かぶ。
     ゲンの知らないところで、なんて願っても結局ゲンは石神千空という音を聞き漏らすことはないし、石神千空という文字を見逃すこともない。月や星の話題になれば思い出す。街に溢れる電気ひとつとっても、千空が与えてくれたものへすぐに繋がる。
     どうしようもないくらい千空が好きなのだとゲンが自覚したのは、千空と離れてからだった。淡い恋心だなんてとんでもない。身を焦がすような想いに、己を見失ってしまいそうな願望に、強いて名前を付けるのであればそれが恋とか愛とかそういうものだった。でも、千空の隣に戻ろうという気には全くならなかった。隣はすでに埋まっているかもしれない。そもそも戻ったところで恐怖はなくならない。この月に向かって千空は明日地球を飛び出す。

    『おや? こちらのクレーターはなんだかおもしろいですね。クレーターの中にクレーターがあります』

     ルリの声に続いて、ゲンの脳内でクラビウスの話をする千空の声がした。うん、知ってる。月の底の方だよね。ゲンは口に出さず返事をした。やはり映像で大きく映し出されたのは月の下部。あの日千空が言った通り、クレーターのなかでクレーターが連なっている。なんだかカルガモの親子のようにも見えてきて、ゲンの口元が緩んだ。

    「かわいいだろ?」
    「うん、これはかわいい」

     また小さく千空の声がして、ゲンはふふと笑いながら小声で返した。少し顎をあげて、得意げに言っているのだろう千空を思い浮かべながら。千空ちゃんのドヤ顔、かわいいんだよねえなんて考えつつ随分その表情を見ていないことを少し寂しく思った。そして、

    「……え?」

     ぎこちない動きで天井を見ていた顔を横に向ける。そこには人工芝に片肘で頬杖をつきゲンを見つめる、伸びた髪の毛を後ろでひとつに束ねる男。想像していたような表情ではなく、面白くなさそうな表情でゲンを見ている。ふたつの赤い瞳に射貫かれ、動けない。

    「……よお」

     BGMに流れるピアノの音がやけに耳に入ってきた。目を見開き、その男をゲンが見つめるとやっとかといった具合にため息を吐かれる。いや、いや、いやいやいや。

    「なんでここにいるの千空ちゃん」
    「テメーが来館したって聞いたから」
    「そうじゃなくて、明日月行くんでしょ」
    「行くからこそだろ」

     トラブルで今日までこっちにいたんだ。飛行機乗る直前で電話が来たから。
     そう小声でぼそぼそと続けて、千空は頬杖をやめてごろりとゲンの隣に寝そべった。
     人工芝の上で、ふたり並ぶ。頭上では月の解説。心臓がばくばくとうるさい。己の心臓を疎ましく思いながら、ゲンは隣にある存在がまだ信じられない。だって、一年ぶりの千空だった。会わないようにしていたのに、千空だってそういうそぶりは全くなかったのに、なんで。よりにもよって、今日、ここで。
     小さく千空の声が聞こえた。

    「上映終わったら時間貰うからな。五分でいい」

     拒否権なんて最初からないようなそんな言いぶりに苦笑を浮かべ、ゲンは無言を返すことで肯定をする。尊大ないい方のくせに、少しだけ不安を内包した声色だった。どうやら千空は緊張しているらしい。誰にって、相手は自分自身だ。それがなんだかおかしくなって、ゲンは肩からようやく力を抜いた。
     ルリの声が月に存在する海の話をしはじめた。そうか、月にも海があるのか。ぼんやりとそんなことを思いながら、確かに隣にある久しぶりの千空の存在を感じつつ、ゲンは天井に広がる宇宙の話を聞いた。
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