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    mame

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    mame

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    出ロデ
    未来捏造、プロヒ×パイロット
    仲のいい友人関係の出(31)とロ(31)の話

     仕事が早めに終わり、出久はひとり暮らしするマンションに戻ってきた。背中にはリュック、手には近くのスーパーの惣菜が入ったビニール袋。人気の総菜が残っていてラッキーだった出久は上機嫌である。
     オートロックをカードキーで開き、ロビーへ入る。軽やかな足取りで集合ポストに寄って、中を開けばいくつかのダイレクトメールに紛れて茶色い封筒が入っていた。このマンションの所在地である区役所からの便りだということが宛名面の下部の印字で分かり、出久は首を傾げながらトレーニングがてら八階までの階段を駆け上がる。
     八階の角部屋、そこが出久の部屋だ。2LDKの部屋は一人暮らしでは少し持て余しているが、セキュリティ面が優秀なのと、出久がフリーのプロヒーローとして拠点にしている貸テナントが近いため、このマンションを選んだ次第だ。再びカードキーで自身の部屋の扉のロックを解除し、部屋に入る。スニーカーを脱ぎながら、一旦手に持っていた郵便物をシューズボックスの上に置いて部屋にあがり、手を洗いうがいをしっかりとする。
     玄関に戻って郵便物を手に取ってから、置きっぱなしのペーパーナイフでリビングへ向かいながら行儀悪く役所からの封筒を開ける。なにかヒーロー活動の書類だろうか、なんて思いながらリビングにたどり着き、封筒から引っ張り出した中身を眺める。三つ折りにされたその紙を不思議に思いながら丁寧に開き、出久は直後、ガチと動きを止めた。
     まるで轟の氷結を受けたような、心操の洗脳を受けたような、否、それ以上の衝撃で身体が動かなくなる。全身から血の気が引いていく。必死に体の硬直を解いてもう一度、開いた紙を見る。
    「な、なななななな、なに、これ」
     震える声と、わなわなとする自身の手の動きが連動して、紙の端にぐしゃりと皺が寄る。普段なら慌てて皺を伸ばす出久だが、今はそれどころではない。目を何度も瞬きして、ごしごしと手の甲でこすってみても、封筒の宛名は緑谷出久様だし、開いた紙の一番上に堂々と印字されている単語は変わらない。もう一度その印字されている文字を見やる。
    「こ、こっ、こっ、婚姻届受理証明書ぉ…………?」
     耳慣れない言葉が出久自身の口から飛び出た。しかし、やはり言葉にしてみても印字されている文字は変わらない。
    「だ、だれの? 誰の婚姻届が受理されたの……!?」
     独り言が多い自覚はあるが、ここまで大きな独り言をこの部屋で発したのは初めてかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら、出久は震える手で持っている紙を読み込む。
    「届出、婚姻届……届日、これは先週の月曜日か……届出人緑谷出久……僕だね……え、僕が結婚したの? だ、誰と? え? 僕結婚したの?」
     目を泳がせながら必死で文字を辿っていく。どうやら紙によると婚姻届けをちょうど一週間前の先週の月曜日に出久は役所に提出したらしい。先週の月曜日ってなにしてたっけ、と考え、思い出すのは友人たちと居酒屋で飲んでいたことだ。
     たしか月曜日は急遽日本便のフライトが入って予定がないから時間あるなら飲みにいこうぜ、と連絡を入れてきてくれた異国の友人であるロディ・ソウルと、ちょうどその連絡が来たときに一緒に現場にいた爆豪と轟を誘い、四人で飲みに行った。そこで興が乗って、しこたまアルコールを摂取したのは覚えている。次の日この部屋に泊まったロディが二日酔いの頭を抱えながら「やべえ! 今日空港に行かなきゃなんねえんだった!」と慌ててピノと一緒に飛び出していったことも、そしてそれをこれまた酷い二日酔いで出久が見送ったことも。記憶が後半から飛んでいて、もう三十一歳になったんだから、記憶が飛ぶような変な飲み方をするのはやめようと心に決めたことも。
     そして、ハッとする。記憶が飛んでいる内にやらかしたのだろうか、と。なんにせよ読み進めれば真実がわかる。わかるのだが、見るのが怖い。
     しかい、ええい! ままよ! と出久は勢いをつけ紙を読み進めるのを再開させた。何かの間違いであったとしても、読まなきゃこの大事件は解決に向かわないのだ。どうか見知らぬ出久の相手が変な人じゃありませんように! 祈るような気持ちで、出久は文字を辿るべく自身の瞳を動かした。
    「事件本人……記載されてる人ってことね、えーと……届出人、本籍・日本:緑谷出久……僕だね……。届出人、あ、こっちが僕が結婚した人……?」
     思わず息切れしそうになる呼吸を整え、出久は意を決してその文字を追いかけた。
    「本籍・オセオン……ロディ、ソ、ウ、ル…………」
     ぶつ、ぶつ、と電波の悪い通信機器のような途切れ途切れの言葉になった。出久の動きが再び止まる。不思議と手の震えも止まっていた。おそらく脳が考えることをやめているのだ。
    「は、はは、はは…………」
     乾いた笑いがリビングの床にぽとりと落ちる。顔がぴくぴくと引き攣る。出久はもう一度すべて読み返すが、一言一句見間違いではなく、紙の最後には「上記の届出を受理したことを証明する」と記してあり、ご立派な区長の印鑑が押印してあった。そう、つまり。
    「僕と、ロディが、結婚、したの? え、なんで?」
     やけに平たい声になって口から零れた出久のひとりごとは、誰も拾うことなく一人暮らしの部屋の空間に消えて溶けていく。活動を止めている脳を叱咤し、出久は大混乱のまま、今しなければならないことを考える。そう、まずは。
     片手に婚姻届受理証明書を持ったまま、出久が取り出したのはスマートフォンだ。一瞬時差のことが頭をよぎるが、それどころではない。それどころではないのだ。電話を掛ける先はもちろん。
     通話履歴から電話番号を呼び出し、発信ボタンをタップする。落ち着け、落ち着け、と唱えながら、やたらと存在を主張してくる心臓に苛立ちつつ呼び出し音が鳴りやむのを待った。そうして呼び出し音が六回目に差し掛かった時、ぷつ、と途切れたそれと同時に聞こえる落ち着いた「Hello」という声。涙が出そうになった。出てくれて本当によかった。
    「ロロロロロロディ!」
    『なんだ、どうしたデク。つーかこの前はバタバタして悪かったな。そろそろ詫びの連絡入れようと思ってたんだよ』
    「ロディ~!! それどころじゃないんだってば!!」
    『声でけえって、音割れてっから……』
     きっと電話の向こうで顔を顰めているんだろうロディの声は控えめだ。もしかしたら職場にいるのかもしれない。休憩室に抜け出してくれたとか、そういう状態なのかもしれない。でもそれすら今は関係ない。なにせ大事件だ。
    『で、どうした。何があったんだよ』
     もはや半泣き状態で、地団駄を踏みそうになりながらロディに出久はわっと口を開いた。
    「結婚したんだって!」
    『ア? 誰が』
    「僕が!」
    『は!? デクが!? お前、この前会ったときそんなこと言ってなかったろ!? 誰とだよ、言えよ、水くせえな』
    「君と!」
    『はいはい、おめでとさん。結婚祝いはなにがいい? セスナ貸し切ってフライトでもしてや……』
     叫び続ける出久を軽く受け流しながら、それでも祝ってくれようとしていたロディの言葉が不自然に止まる。やっと伝わったらしい。顔も見えないのに、きっとピノの動きも止まっているのが想像に容易い。
    『…………ん? 誰と誰が結婚したって?』
     強張った声に、出久はそう、そう! 大変なんだ、とこくこくと何度もうなずきながらもう一度、確かめるように言葉を丁寧に紡いだ。
    「僕、緑谷出久と、君、ロディ・ソウルが! 結婚したんだって!」
     出久がそう告げて、たっぷり間を空けて十秒ほど。そうして出久の耳を劈いたロディの叫び声は、空港ロビーまで響いていたらしい。


    *  *  *


    「状況を整理するぞ」
    「はい」
     それから更に一週間後。日本便のフライトでパイロットとしてやってきたロディを出久の家に呼び、ふたりは正座をして膝を突き合わせている。ふたりの間には件の『婚姻届受理証明書』がしっかりと置かれている。
    「俺とデクが二週間前に結婚して、それが受理されたっていう通知がコレ。で、いいな?」
    「そうです。届いた次の日、どういうことですかって役所に聞きに行ったら、笑顔でおめでとうございますって言われました」
    「祝われちまったか……」
    「そりゃもうしっかりと祝われちゃいましたね……」
     ふたりで腕を組みながら、うーんと唸り首をもたげる。ロディの頭の上にいるピノも同じような仕草をしていた。
    「僕たちあの日しこたま酔ってたでしょ。そのとき婚姻届だしたってことかな。ロディ覚えてない?」
    「記憶が断片的すぎるんだよな……ちょっと掘り起こそうぜ、なにかわかるかも」
     真剣な表情で見つめ合い、ふたりは頷いた。はあ、とため息を吐いてからふたりして足を崩した。ロディが後ろ手でラグに手を付いて、喉仏を晒しながら天井を見上げる。茶色の髪の毛がぱさりと流れ落ちた。
    「かっちゃんと轟くんが先にお店から帰ったのは覚えてるんだ」
    「ああ、それは俺も覚えてる。そんで……? 俺たちまだ飲んでたよな……?」
    「うん。飲んで……あ、そう、オールマイトの話になって……」
     出久が記憶を掘り起こしながらそう言葉にすると、天井を胡乱気に見つめていたロディが凄い勢いで出久をみた。びくりと肩を揺らす出久に「それだ!」とピッと人差し指をさす。
    「オールマイトがデクの将来を心配してるって話したろ! そんで結婚でもしたら安心させてあげられるのかな、とかなんとか言っててさ!」
    「あ、あー……! 話したね! 話したよ!」
    「俺もこの前結婚式に参列したらめちゃくちゃアプローチかけられるし、上司からも紹介しようかの下りがめんどくせーって話したよな!?」
    「してた! 先輩がカモフラージュに指輪を最近つけてるって話もしてた!」
    「したな!? よおし、良い感じじゃん。このままいくぞ……」
     前のめりになりながら蘇ってきた記憶にテンションを上げ、そのまま二人で眉間に皺を寄せながら考える。さすが出久よりもアルコール耐性のあるロディだ。頼りになる。すこし気を緩ませ、出久は微笑んだ。すかさず、なに笑ってんだ考えろとロディには叱られたけれど。
    「で……店、出た……よな?」
    「あ、うん。多分他の店にはいかなくて……コンビニに寄らなかったっけ。お茶とお菓子買おうって言って」
    「それだ。コンビニ行ったな。それで、えーっと……」
     再び腕を組んでロディが頭をひねる。眉間に深い皺が寄っていて、それをほぐしてあげたいなと出久は思うのだけれど、いやいや僕も考えなくちゃと慌てて思考を巡らせた。
     そう、あの日はふたりして酔っていて、三十歳を迎えてすでに一年が経過したところで、まわりからの結婚の圧を感じるようになったという話で酷く盛り上がったのだ。出久はといえば、オールマイトがやたらと出久がずっと独り身でいることを心配してくれていて、ロディはというといつもでも弟と妹のことばかりじゃだめだといらない世話をかけられるらしい。ふたりとも結婚というものに嫌悪感を抱いているわけではないけど、そもそも結婚をするような相手もいない。だからどう躱そうかと必死になっていて、それが疲れるという話で意気投合したのだ。相手が善意で言ってきてくれているのが分かるからなおさら。
     そうして盛り上がっていたら、付き合いきれねえ、俺ァ明日早えンだと言葉を吐いて爆豪が徒歩で帰っていった。同じ現場だという轟を店の外にいたタクシーに押し込んだのは爆豪の面倒見がいいところだ。
     その後ふたりはそろそろ帰るかと会計をして、気分よく道を歩き、そしてコンビニに寄った。先ほど言ったようにお茶と、なにか小腹に入れるものを買うためだ。そこで、なにやらごちゃごちゃと話していた気がする。そう、たしか――……。
    「デク、やべえ。俺思い出しちまったわ」
    「な、なにを……」
     ぱしんと両手で顔を覆ったロディの頭の上で、ピノが絶望の表情をしている。出久が思い出した記憶をなぞっている内に、どうやらロディは真実にたどり着いてしまったようだった。
     指の隙間からロディのグレーの瞳がこちらを見てくる。出久はごくりと唾を飲み込んで、ロディの言葉を待った。
    「デクのさ、クラスメイトが……表紙飾ってたんだよ」
    「表紙? 誰が何の……って、あっ!!」
     思わず大きな声が出た。やけに部屋に響き渡ったその出久の叫び声は、先週であれば静かな部屋に吸収され命を終えていたが、今回は目の前にいるロディが拾い上げてくれる。
    「ヤオヨロズサンが、結婚情報誌の表紙飾ってるってテンション上げてたろ……」
    「上げてた……立ち読みはいけないからって、本買ってイートインスペースでコーヒー飲みながら開いた……」
     鈍器かという疑いすらある分厚い結婚情報誌だった。それをふたりで八百万さんのドレス姿綺麗だね~なんて言って買ってしまったのだ。インタビューページがあると表紙に書いていたので、せっかくみつけたので読みたかった。そしてそれを帰宅を待たずして、イートインスペースで開いた。なんでだ、あの時の僕たち。
    「……そんで、その本の付録がさあ」
     ロディがかすれた声でそう呟いて、出久もやっとロディが取り戻したらしい記憶に追いつき始める。
    「ああ……そうだ……婚姻届けが付録についてた……僕ボールペン持ってるよとか言って取り出した……」
    「俺も面白いじゃねえかっつってそのボールペン使ってさあ……記入したんだよな……」
    「僕も……しましたね……?」
    「してたな……? ふたりしてしっかり記入して、最後にコンビニ店員に証人欄に記入してもらってさァ……」
    「ああ……してもらった……してもらったね……!? ぼ、僕、よくネットニュースなってないな!?」
    「良心的なコンビニ店員で感謝だな、ヒーロー」
    「まったくもってその通りで」
     頭を両手で抱えると、ロディの乾いた笑い声が耳に届く。うん、僕も先週そんな声で笑ってた。笑えないけど。まったく笑えないけど。今度菓子折りをコンビニに持って行かなくてはならない。
     そうだ、ノリノリでふたりでコンビニのイートインスペースで記入した。婚姻届けに隅々まで記入して、印鑑はいらないんだ~なんて感心して、そして空欄があったから、イートインスペースの清掃に来た店員を呼び止め書いてください~だとかなんとか酔っ払いの様相で頼んで書いてもらって。
    「え、待って。僕たちそれ提出したってこと? そういうことだよね?」
    「そういうことだよ。デク、お前コンビニで戸籍謄本発行してたもん。文明の利器だねえ~! とかへらへらしてたぜ」
    「し、してた!! ロディはなんか、じゃじゃーんって鞄から取り出してた!」
    「そうなんだよ……会社に提出する用のやつ発行してオセオンから持ってきてたんだよ、お誂え向きにさあ……」
     ちなみに次の日慌てて出てったのはそれの提出があったから。念のため二枚持ってたから事なきを得たけどさ、なんてロディが頬をひくつかせながら言葉を続ける。出久はといえば、ぽかんと口を開けるしかない。ロディの頭の上にいるピノはあいかわらず絶望の表情をしている。おそらく、出久もいま個性「ソウル」が発動したのなら、同じ表情の似たような生き物が出てくるのだろう。
    「そんでさ、夜間でも受け付けてくれるらしいよって、うっきうきでデクがスマホで調べてくれちゃったからさ……」
    「し、調べました……調べましたね……ふたりで肩組んで守衛さんに提出しに行った、ね?」
    「そ~~~なんだよな~~~~~~!! これで結婚のプレッシャーから解放されるな、なんて言いながらさ~~~~!!!」
     デクがそういうってことは、俺の記憶違いじゃねえな……なんて地獄の底から這い上がってきたような声を出したロディが顔を押さえながらごろんと蹴足の長いラグの上に転がった。ぽてっと力なくピノも転がり、丸いかわいい塊が僕の家に二つ落ちてる……と出久も現実から目を背けるようにして薄く笑った。
     ふたりで仲良く夜道を肩を組んで歩いて、多分なんだかよくわからない歌とかも歌って、たどり着いた出久が住む区役所の裏口から守衛室にたどり着いて、そしてふたりで仲良くあの紙を提出した。本当に使える! という謳い文句の、結婚情報誌の付録だった婚姻届けを。
     出久も顔を覆ってその場に突っ伏した。リビングに緑の丸い物体が加わる。
    「ええ~……? どうする? り、離婚?」
    「ばっか、お前人気ヒーロー様がそんなスピード離婚していいはずねえだろ」
    「た、確かに……」
     ごろんところがったまま、恐る恐る手を顔からどければ、同じように恐る恐る手を顔から外したロディと目が合った。茶色の特徴的な髪の毛がラグに広がっていて、なんだか羽みたいだなんて場違いなことを思う。
    「ロディ……じゃあいつからスピード離婚にならないの……?」
    「しらねえよ、結婚したことねえもん。いや違う、したわ。したした。したんだった」
    「落ち着いてよロディ、君らしくない。とりあえず検索してみよっか……初めての共同作業ってね……はは、はは……」
    「そういうデクもスマホ触ってる手めちゃくちゃ震えてるからな、はは……笑えねえ~……」
     さて、この先どうしたらいいのか。リビングの床に転がりながら呻くふたりには、まだ皆目見当もつかない。なにせ現状を理解するのにまだ必死なので。
     ちなみに、スマートフォン内の写真アプリを見れば、赤ら顔で満面の笑みを浮かべて婚姻届けをふたりで持つ出久とロディのツーショットの写真データが残っているのだが、真相にたどり着いてもなお大混乱のままの出久とロディは、当分気付くことはないのだった。

     いま、ふたりの波乱の新婚生活(仮)が幕を開ける――。
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