5月の話「聡実くんて、ちまき好き?」
「なんですか急に」
唐突に話が始まるのはいつものことだけど、それはセックスしたあとの会話にふさわしいテーマなのだろうか。いうてセックス後にふさわしい会話なんてよくわからないけど、なぜ今その話題なんだろう。
ふたりとも裸で汗だくになったあとに、なんでちまき。今日という日にはあっているけど、今じゃないんじゃないだろうか。だけど考えても無駄な気がする。この男に常識の話をしても仕方がない。ちまき、ちまき。古びた天井を見上げながら、笹の葉に包まれ、ぐるぐるに結ばれた、白い餅のことを考える。そういえば上京してからずっと食べていない。
「好きでも嫌いでもないし普通ですけど、なんで?」
「いやな、俺こどもの日生まれやん?」
「そうですね。お誕生日おめでとうございます」
「ありがと〜!聡実くん好き〜」
「はいはい」
せっかく一緒にいるんだから、本当は日付が変わった瞬間に言うつもりだった。だけど、その瞬間はタイミングが良いのか悪いのか、布団の上で一番盛り上がっていた状況で、それどころじゃなかった。事が済んだあとも改めて切り出すタイミングがなんだか掴めなくて、そのまま寝てしまい、朝目が覚めて、起きたそばからじゃれあってるうちにまた始めだして、何回かしてたら完全におめでとうを言うタイミングがわからなくなってしまった。まあ、あとでご飯の時にでも言うたらええかと思っていたところで、言えてよかった。この流れがよくわからないけど。
「ほんでな、まあ誕生日も祝われるんやけど、イベント事ある日て抱き合わせにようなるやん。しかも端午の節句やし、うち兄貴もおるし」
「ああ、クリスマスイブが誕生日の友達もそんなん言うてました。プレゼントは誕生日の一個だけでクリスマスの分はなかったって」
「せやろ?ほんでおかんが誕生日や節句やいうてケーキとかちらし寿司とか用意してくれてんけど、近所に和菓子屋やってるおっちゃんがおってな。うちのじいちゃんと同級生で仲良かったねん。そのおっちゃんがこどもの日の当日になるとな『狂児くん今日誕生日やろ!いっぱい食べや!』いうて、ちまき山盛りくれてん。一人ノルマ五本分くらいはあったんちゃうかな。おかんもせっかくくれたもん無下にもでけへんし、あんた達食べなさいて兄ちゃんと姉ちゃんと三人でアホほど食わされたのよ」
「はあ。まあ確かにちまきそんな量は食べられないけど」
「それが家出るまで続いててん。高校卒業するまで」
「結構続きましたね」
「結果、そんな好きちゃうくなってん。ちまきのこと」
「ああ、食べ過ぎると嫌いになるやつ」
「そう」
布団に頬杖をついて子どもの頃の話をする狂児の顔を見ながら、狂児にも子どもの頃があるんやな、って考える。それは当たり前なんだけど、なんだか不思議な感じがする。僕が生まれる前の、僕の知らない子どもの狂児が、こどもの日にお祝いされてちまきを食べているのを、少し想像してみた。
「せやけどな、なんや聡実くん見てたら、まあちまきもそんな悪い奴やなかったなって思うて」
「ちまきは別に何も狂児さんに悪さしてないですけどね。むしろ食べられる側なんで被害者じゃないですか?あとなんでそこで僕?」
「聡実くん白くてもちもちしてるやん。若葉みたいなええ匂いするし。なんや聡実くん見てたら久しぶりにちまきのこと思い出してん」
そう言って狂児は頬杖を崩し、首に絡みつくと、そのまますんすんと耳の裏の匂いを嗅いでくる。
「狂児さん。人間を食べ物に例えるものじゃないんですよ。それだけ?」
「エ〜?あとは俺の成長を見守ってくれてる感じ?安心感?誕生日も祝ってくれるし?」
「全部疑問形やん。狂児さんまだ成長するつもりなんですか。いうか、ちまきてそういうんでしたっけ」
「ちゃうの?」
首根っこに狂児をぺったりとくっつけたまま、枕元に置いてあったスマートフォンに手を伸ばす。小さいオレンジ色の電球だけをつけた薄暗がりの中、ふたりで光る画面を見ながら検索バーに『ちまき 由来』と入力してみた。
「食べたら邪気を祓えるんですって。あと立派な大人に育つようにって願いもあるみたいです」
「へ〜。ぎょうさん食ったお陰で立派になれたわ」
「自分で言うんや」
「邪気祓うて聡実くんみたいやな」
「祓った覚えないですけどね。狂児さんはなんでも僕に例える癖やめてください。散歩中の人ん家の犬にも言うし。いつも適当すぎんねん」
「可愛ええ思うてんの本当やし。森羅万象すべて聡実くんなんやなぁ」
「なんかええこと言うたったみたいな顔すんのやめて」
勝手な想像だけど、小さい狂児は将来こんな風なおじさんになるなんて、きっと思ってもなかっただろう。小さい狂児が今の狂児を見たらどう思うだろう。僕だって人のことは言えないけど、こんなおじさんでもええとこちょっとはあるんやでって援護してあげよう。ちょっとだけ。
小さい狂児が大きい狂児になって、やくざになって、僕とカラオケ行って、なんやかやあって今こんな状態になっている。人生はよくわからない。わからないけど、悪くはないと思う。たぶん。
狂児の、二、三本白髪の交じる髪の毛を撫でた。それから肩のところにいる、波しぶきの上を元気よく跳ねる青い色をした鯉を撫でてみる。ほんまに体に鯉のぼりいれとるやん。空泳いどるのやなくても毎年これ見たら充分やな。
「まあ、狂児くんすくすく立派な大人になってよかったな」
「あ、聡実くんそれええな。もっかい言うて」
「一回で充分やん」
「え〜いけず〜」
「めんど。小さい狂児くんは可愛かったんやろな」
「エッ。今も可愛ええやろ?聡実くんほどやないけど」
「口にちまき詰め込みますよ」
「こわー」
狂児はくっくっくと笑いながら、また僕の首筋に顔を埋めた。
「ちまき、あとでご飯行くついでに買いましょう。話してたら僕久しぶりに食べたなったし。狂児さんもちまきが悪い奴やなかったってわかったなら一緒に食べよ。なんか、狂児さんがちまき食べてるとこ見たくなった」
「俺可愛く食べられるかなあ」
「普通でええです。普通で」
「菖蒲も買お。一緒に風呂入ろ。聡実くん頭に巻いてあげる。もっとかしこになってまうよ」
こめかみにちゅっちゅとキスをしてくる狂児の方に向き直る。
「狂児さん」
「んー?」
「僕の誕生日、エイプリルフールやないですか」
「うん。せやな」
「エイプリルフール有名やけど、狂児さんその日はどっちかっていうと僕の誕生日って感じするでしょ」
「当たり前やん。聡実くんが主役の日やもん。エイプリルフールなんてついでもついでよ」
「僕もな、こどもの日やけど、僕にとっては今日は狂児さんの誕生日やと思っとるから」
「聡実くん」
「はい?」
「好き」
「はいはい」
「ウソぉ。聡実くんそこは『僕もです』とか『愛してる』とかの返しやないの?」
「口にちまき詰め込みますよ」
「こわー」
狂児は全然怖がってない口調で言いながら、笑ってぎゅうぎゅうに抱きついてくる。
カーテンの細い隙間から青い空が見えて、五月の空やなあもうすぐ暑くなるんやろうなて思いながら、狂児の生まれた日もこういう日やったらええな、なんて考えた。