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    kitanomado

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    kitanomado

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    ・さとみくんからラインを貰った当日に東京に行ったきょうじの話
    ・翌朝の始発前のきょうじの話
    二本立てです

    2023年10月6日『生きてますか?』
    最初のその一文を見て、思わず笑いが漏れた。隣で煙草をふかしていた小林は、狂児のくぐもった低い笑い声を聞き、怪訝そうに顔を歪めた。
    「なんや急に、キモ」
    「はは、すみません」
    謝りながらも画面から目が離せない。小林は「はー」と煙と共に息を吐き出した。
    「どうせ聡実くんやろ」
    「え〜?アニキなんでわかるんですか?エスパー?」
    「お前がその男前の顔とろかしとる時は聡実くんしかおらんやろ」
    「さすがアニキやなあ。聡実くんがね、俺の生死を心配してくれてるんが嬉しくて」
    「お前、いつもあの子に生死心配されとるな」
    『忙しいですか?』でも『仕事どうですか?』でもなく『生きてますか?』なのがあの子らしい。そういうメッセージを送ってくるのには自分の責任も少しは、いや、かなりあるけれど。聡実とのトーク画面を一度閉じ、マサノリにラインする。
    「あ、アニキ俺今夜東京行ってきます」
    「なんや、今日お前そんな予定はいっとったか?」
    「いや、マサノリと飯食おうかな〜て今思うて。始発で朝イチには帰ってきますんで明日の予定は大丈夫です」
    「なんや急用か。マサノリ坊になんかあったんか」
    「社会見学したなって。職場参観?」
    「なんやねんそれ」
    「ファミレスってなにがうまいんですかね。アニキなんかおすすめあります?」
    「ええ?ファミレスなあ、ほら、あのチキンとかうまいやろ。酒にあうし。お前飲まれへんけど」
    「チキンええですね。肉食いたいな」
    なにせ昨日から働き詰めでまともなものを食っていない。マサノリにはあのライターのことで奢ってもらわなければ。情報提供はマサノリからだが、実働はこちらであったし、対価としても、売れっ子漫画家の先生からしても、ファミリーレストランでの食事なんて安いものだろう。マサノリからはすぐに既読がつき「二十三時過頃ならいつもファミレスにいるから来たいなら来い」と返事がきた。それなら大阪を出るまでまだ余裕がある。あらかた今日の分の仕事も片がつくだろう。マサノリのメッセージを確認してから、また聡実とのトーク画面を開く。四ヶ月ぶりに見るそっけない、聡実らしい文面の向こうに、彼の表情が見える気がした。こんなさっぱりとした、たった二行の言葉で自分を喜ばせられる人間は、この世にこの子しかいない。
    聡実くんが働いてるところ、初めて見るな。制服似合うやろな。座席にいる自分を見つけたら、きっとひどく嫌な顔をするだろう。そう思うと、また笑みが止まらない。
    『十二月に軽く会えませんか?』
    「軽くて」
    つい吹き出してしまう。きっと、色々と考えながら文章を打ったのが伺える。十二月、あの子にとって何か意図するところのある月なのだろう。数ヶ月前、朝の日差しの差し込む喫茶店で、その明るい光とは裏腹に、深刻な面持ちで話していたことを思い出す。ただ、もう一ヶ月も空白を開ける気にはなれない。こちらの問題もきれいさっぱり片付いたことだし、今すぐにでも会いたい。
    たった四ヶ月。四ヶ月も。どちらとも言えるが、今の自分にとっては後者だ。振り返るとあの三年間、よく耐えたものだと自嘲する。そう、四ヶ月「も」会えなかった。それで「軽く」で済むと思っているのだろうか。それに、久しぶりに会うならええもんも食わせたい。寿司、焼肉、イタリアン。目の前でご飯を頬張る聡実のことを考えただけで、空腹なのも連日の疲労も一瞬でどこかに飛んでいってしまうのだから、自分でも単純なものだと思う。
    「狂児、また顔溶けとるで」
    「えー?へへへ」
    「キモ。お前舟和の羊かん買うてこいよ」
    「ええ〜、毎月土産買うてきてるやないですか」
    「それかシウマイでもええわ」
    「やっぱ、食いもんですよねぇ」
    「今腹減ってるからな。狂児行くのはええけど、マサ坊の仕事の邪魔すんなよ。売れっ子漫画家様なんやから」
    「はぁい」
    来月何を食べに行くかは、ファミレスで食事をしながら、あの子のひどく怪訝な顔を見て決めようか。狂児はソファから立ち上がると、軽い足取りで事務所を出た。

    ※ ※ ※

    明け方のファミリーレストランには、どこか眠たげな空気が漂っている。
    イタリア語の高らかな歌声が流れる店内は、始発を待つ人間、テーブルにつっぷし本格的な眠りに落ちている人間、ノートパソコンを前に頬杖をついている人間、それから密やかな話し声。ここにいる人々はそれぞれ思い思いに過ごし、またこの空間もそれらすべてを受け入れていた。緩やかな空気は、カラオケボックスで夜を明かすのと少し似ている。それともこのひどく穏やかな様は、あの世の風景に近いのだろうか。ドリンクバーを取りに行く度に、天使が微笑み女神が誕生する、不思議な場所。
    眠たげで穏やかな世界で忙しそうなのは、旧友とそのアシスタントの走らせるペンだけだ。紙の上を擦る音がボックス席に響く。ここがあの世ならマサノリは死んでも働いている。そう考えると勤勉極まりない。
    狂児は食べかけのティラミスと何杯目かのエスプレッソを胃へ流し込み、紙ナプキンで口元をぬぐうとそれを捻り、テーブルに置いた。
    「ほなそろそろ行くわ。ごちそーさん」
    「おう。またな」
    狂児が声をかけるとマサノリはスケッチブックから顔をあげた。充血した目と伸びたヒゲには、やはり昔の面影は微塵もない。
    「ほんまに大きなりすぎやん」
    「あ?なんだよ急に」
    「漫画家て大変な仕事やな思うて」
    「やくざのが大変だろ」
    マサノリはあくびを噛み殺してから「親父にー。いや、まあいいや」と言いかけ、やめた。
    「漫画、またみんなで読むわ」
    「本当やめろよなお前」
    口を曲げ、心底嫌そうな顔をする。その時だけ昔の面影が一瞬見え隠れする気がした。
    「親父、マサノリの単行本近所の本屋で大量注文してみんなに配ってる。神棚にも飾ってる」
    「眠気が覚めるような話すんなよ」
    「良かったやん」
    狂児が席を立つと、奥から聡実が姿を現し、ちら、と柱の時計を見た。
    「帰るんですか」
    「うん。今から向こうで仕事あるから」
    「今から?」言外に「寝てへんのに」という言葉が滲んだ気がして「新幹線んなかで寝られるからええのよ」と狂児は返した。
    目の前の聡実を見ながら、ここがあの世なら、さしずめ彼は天使だろうか。そう考えてすぐに否定した。みんなの天使は癪に障る。俺の、ただひとりのものなのに。狂児は肩越しに後ろの席のマサノリ達を指さした。
    「会計あっちと一緒やから。倍で金とってええよ」
    「そんなんしません」
    聡実の目の下はうっすらと青い隈で縁取られている。今日だけではない、蓄積された疲れが見えた。若くても体力があっても夜通し起きて働くことは消耗する。経験があるからよくわかる。
    そんなに生活大変なんかな。聡実の家の経済状況を思い浮かべ考えてから、プレゼント、という言葉がよぎる。そんなもんええのにな。と思うが、聡実が考えて決めたことを否定する気は毛頭ない。自分がどうするかはまた別の話だが。
    本当は、金なんて望んでくれればいくらでもあげるのに。そして飯をたらふく食べさせて、腹いっぱいになったところで、ふかふかの温かい布団に体を沈めさせて包んで、気が済むまで寝かせてやりたい。好きな時に好きなように暮らせる、ぬるま湯のような部屋をいつだって用意してやれるが、聡実は簡単には望まないだろう。そして聡実のそういう部分も好きだと思っている。狂児は、聡実の制服の袖から覗く、少し細くなった腕を見た。
    「……焼肉、来月の」
    「え?うん?」
    見惚れていて少し反応が遅れた。
    「楽しみにしてます。一応」
    付け足した語尾がおかしくて、愛おしい。
    「聡実くん肉好き?」
    「まあ、普通に好きですね」
    かなり好きなんやろな。食べさせ甲斐がありそうだ、と心の中でほくそ笑む。
    「ほな良かった。俺も楽しみにしてるわ。また連絡するな。聡実くんバイト休みの日がええやろ?」
    聡実は黙って頷いた。白い頬にほんのりと朱がさした気がした。生気が戻った様で、少し安心する。
    「聡実くんがお仕事してるとこ見られてよかったわ。チップあげたいとこやけど」
    「いりません」
    間髪いれない返事に、見た目よりも元気そうで何よりだと笑う。
    「ほな、その分来月肉たんまり奢らせてもらうわ。またね。頭狂わんように」
    「なにが」
    「あ、聡実くん」
    視線がぶつかる。あんなに子どもだった子が、ひとりで生活してひとりで金を稼いでいる。本当に、大きなったなぁと思う。
    「ラインありがとね。嬉しかったわ」
    ほんのり差したと思った頬の朱が一気に濃くなったのを見届けてから、狂児は「ごちそうさまでした〜」と聡実に背を向けた。扉が閉まらないうちに、背後から聡実の蚊の鳴くような「ありがとうございました……」が聞こえ、誰もいない店の前で狂児はひとり笑った。
    大きくなっても昔と変わらないところがある。聡実のそういう部分も好きだった。
    暗い地下の階段から地上の白い光を見上げ、眩しさに目を細めた。この時間帯の混じり気のない冷たい空気を吸うと、柄にもなく少しだけ神聖な気持ちになる。
    この場所から見るとあっちの方があの世ぽいな。ではさっきの場所は地獄だったのだろうか。もし、どちらを選ぶと聞かれたら選択肢は一択だろう。だが、もう扉は閉まってしまった。
    聡実くんも毎日この景色見とるんやな。同じものを見られただけでも来たかいがあるというものだ。夜通しほぼ座りっぱなしで固くなった関節を回し、鳴らした。
    「俺も働くか〜」
    狂児は、まだ聡実のいない地上に一歩踏み出した。

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