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    kitanomado

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    kitanomado

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    さとみくん19歳のお誕生日おめでとう話

    仄仄として春「聡実くん四月いっぴは学校あるやんな?」
    狂児の声を聞きながら聡実は「狂児が『ぴ』って発音すんの、なんかわからんけどおもろいな」と考えていた。そのことを口に出すかわりに「大学まだ春休み中なんで」と答える。電話口の狂児は「春休みかぁ」とどこか感慨深げに繰り返した。
    「へぇ〜大学って休み長いんやな。ええなぁ。ほなお祝いできるか。バイトは?休み?そう。夕方頃になる思うけどそっち行くわ。聡実くん食べたいもん考えといて。ああ、あと、」
    そこまで話すと、男たちの低く賑やかな話し声が狂児の背後から聞こえた。聡実の耳元で、がさ、と電話口を手のひらで塞ぐ音がする。
    「あーもう!お前ら戻った早々騒がしいな!俺いま聡実くんとお話してんねんで!聡実くん?ごめんな〜おっさん達がやかましくて。俺のかわええ声が聞こえんかったやんな。またすぐ連絡するわ。あ、あと食いたいもんと欲しいもんも考えといてネ。ほなね。お勉強頑張って」
    「いや、狂児の声もやかましいから普通に聞こえとったし」と聡実は言いそびれたまま一方的に電話は切れた。聡実は『成田』の文字が表示された画面を見ながら「欲しいもん」と呟いた。
    去年のことを思い出す。上京したて、新しい環境、そこに加わった突然の狂児の登場で誕生日どころではなかった。それでも地元の友達からメッセージが届いたり、入学式のために上京した母親と入学祝いもかねて外食をしたのが数えられる程のお祝いらしいお祝いだった。
    誕生日も過ぎ、日差しが夏に近づいた頃。再び会った狂児の手には紙袋の束が握られていた。袋の中にはデニム、Tシャツが数枚。それにスニーカーの箱が入っていた。
    「聡実くんこないだお誕生日やったやろ。遅なったけどこれプレゼント」
    ブランドに疎い聡実でも聞いたことのあるメーカーのもので、ひとつの紙袋の中身だけでバイト代の一ヶ月分以上になるのがわかった。
    「こんなん貰えません」
    「ええからええから。靴サイズ合うかなぁ。聡実くんちょっと履いてみてよ」狂児は言いながら喫茶店のテーブルの下に屈み込もうとしたので、慌てて席に座らせた。聡実はしぶしぶ箱から取り出したスニーカーを履いてみると、スニーカーはすとん、と足に収まった。
    「いや、なんでサイズぴったりやねん。いうか僕誕生日狂児さんに言うてへんけど」
    「え〜?そうやったっけ?」
    狂児はへらへらと笑いながら「ほなこれどないしよかなぁ。聡実くん貰ってくれへんなら燃えるゴミの日にでも出すしかないなぁ」と本気とも冗談ともつかないようなことを言うので、聡実はしぶしぶ受け取るしかなかった。
    その後も、バイト代の数ヶ月分どころか数年掛かっても買えないような腕時計を狂児から渡されたり、聡実はそれを鍋で煮込んでみたりとふたりの間には嵐と凪を繰り返すようなことが度々あった。そんなことがいくつかあった末、誕生日を一緒に祝うような間柄になった今。
    「去年みたいな高級なもんはよしてくださいね」と伝えると、狂児は「ほな今年は聡実くんリクエストして。欲しいもんなんでも言うてええよ」と答えた。
    「欲しいもん」
    聡実はスマートフォンの画面を眺めたまま、もう一度呟いた。


    暗い階段を上がると外の明るさに目が眩む。昨夜、台風のように吹き荒れていた雨風はいつの間にか止んでいた。激しい風雨にさらされたビルもアスファルトもすっかり洗い流され、朝の陽光を受けて光っている。雨上がりの生ぬるい風が吹き、聡実の髪や頬を撫でていった。少し肌寒いが、その冷たさが心地良い。店内の暖房と厨房が暑かったせいだろう。
    冬の間の冷たい空気とは違う風の中に、微かに花の匂いがする気がした。白くけぶった青空を眺めていると、ふいに聡実の脳裏に「春はあけぼの」という言葉が浮かんだ。そのあとは「ようよう白くなりゆく山際少しあかりて」と自然に文章が続いた。中学生の頃習った古典だ。特別好きな科目でも、熱心に聞いていた訳でもない。だけど不思議なことに、ここだけはいつでも諳んじられる。
    春は明け方がいい。それは、なんとなくわかるかな。ぼんやりとした空とぬるい空気は嫌いじゃない。夏は夜、秋は─なんやったっけ。冬もちゃんと覚えてへんな。なんや文の一番最後らへんに「わろし」って出てきた気がする。わろして。そういえば『ようよう』のところ『YOYO!』言うて国語の先生に怒られてたアホな奴クラスにおったな。あいつ元気かな。来年成人式の時とかに会えるんかな。聡実は心の中だけでそっと笑う。
    目の前に並ぶビルの端が朝日に照らされて光っている。今やとビル際あかりて、になるんかな。と目を細めながら考えた。
    駅前には白っぽい朝日の中を、着慣れない風情のスーツ姿の人達が早足で構内に吸い込まれていく。聡実はあくびを噛み殺すと、手に持っていたスマートフォンがピコン、と鳴った。『成田さんから一件のメッセージです』画面に表示された文字をタップする。
    『仕事早く片付いたので昼過ぎにはそっち行けそうです。聡実くん都合どう?』


    リクエストしたとはいえなんやクリスマスみたいになったな、と聡実は机の上を眺めた。フライドチキンのセットによく行く中華料理屋のテイクアウトのチャーハンと餃子と青菜の炒めもの。それに冷蔵庫の中にはケーキ。もう少ししたらデリバリーのピザも届く。ピザはもう机には乗らないだろう。畳の上でもまあええか。聡実がそう考えているとピンポン、とチャイムが鳴り、狂児が立ち上がった。
    「はーい!」
    そんなでっかい声やなくてもこのアパートなら聞こえるんやけど。ほんまどこがかわええ声やねん。狂児の背中を見送りながら聡実はチャーハンの蓋をあけた。
    「聡実くんピザも届いたし食べよ」
    平たく大きな箱を手にして狂児が戻ってきた。聡実は改めて机の上と畳にまで広げられたものを見渡す。
    「なんやパーティみたい」
    「そらパーティやろ。聡実くんのお誕生日なんやし。今日ははよ聡実くんとこ来たかったから仕事さくっと片付いてラッキーやったわ」
    「狂児さんはこの時期忙しくないんですか」
    この聞き方やと「暇なんですか?」って意味にとられるかなと思い、聡実は「新年度やし」と付け足した。狂児は気にした風もなく、チキンの箱や付け合せのコールスローサラダの蓋をとったりしながら「べつにうち四月いっぴで採用とかあらへんもんなあ。嫌やん、いっぴに新人研修ちゃんとやる組とか」と返した。
    「嫌かどうかはわかりませんけど」
    「聡実くん唐揚げどの部位が好き?」
    「その持ち手がついてるやつ」
    「持ち手?ああ、これか。食べやすいよなここ」
    狂児はチキンを割り箸で掴むと聡実の皿に載せた。
    「聡実くんもそのうち就職したら四月忙しなるなぁ」
    「まだ先の話やし。なんも決まってへんし」
    聡実はプラスチックのレンゲでチャーハンの山を崩した。そして今朝駅前で見た光景を思い出し、着慣れないスーツを着て急ぎ足で駅に駆け込む自分の姿を想像してみる。だがそれははっきりとした想像ではなく、曖昧で、春の霞んだ空のように輪郭がぼやけていた。
    「まぁそん時はいっぴにお祝いできひんでも四月のどっかでしたらええやんな。あ、そういや聡実くん欲しいもん決まった?決まったんなら明日買いに行こ」
    「欲しいもん」
    聡実が「まだ何も思いつかなくて」と言うと狂児は「そうかぁ」と呟いた。
    「聡実くん物欲あんまないもんな。なんでもええねんで。車でもマンションでも、好きなもんなんでも言いなさい」
    「どっちもいらん」
    チャーハンに埋もれたチャーシューの塊をレンゲの先で掘り出し、つつきながら聡実は呟いた。
    「……お金?」
    「聡実くんなんぼ欲しいん?」
    「冗談です。狂児さんほんまにくれそうで嫌や」
    「税金とられん方法でちゃんとあげるよ」
    「そういう問題ちゃうねん。逆に狂児さんは、」
    「うん?」
    「僕にあげたいもんて、なんかあるんですか」
    狂児は一瞬、聡実の斜め上あたりを見てから独り言のように「そら、聡実くんにあげれるもんならなんでもあげたいけどなぁ」と呟いた。
    その何気ない呟きに、聡実はなんだか泣きたいような気持ちになった。これ以上、なにもしなくても充分なのに。わざわざ大阪から誕生日を祝うためだけにやってきたり、自分が食べたいといったものを山のように買ってきて、自分が好きなチキンの部位を皿に載せてくる。それだけでもう充分満たされている。だけど、その気持ちはいつだって喉の奥につっかえてうまく言えない。
    「そんなん、僕かてそうやけど」
    「え?」
    「なんでもないです」
    聡実は畳の上に伏せてあったスマートフォンを机に置くとメモアプリを開いた。
    「トイレットペーパー」
    「うん?」
    「卵。袋麺。ゴミ袋、あ、醤油とソースもなかった。あと僕食べてみたいレトルトあって。中華丼のなんですけど、なんやちょっと値段がええやつですごくおいしいらしくて」
    「え?待て待て聡実くん。それ買い物メモちゃうん?」
    「そうです。すぐ必要で買おうと思ってたもんと気になってたやつ。これ、プレゼントで買ってください」
    「ええ〜!?やってそれ日用品やろ?誕生日プレゼントぽくないやん!そんなんいつでも買うたるよ」
    「いいんです。僕の欲しいもんなんやし」
    聡実の欲しい物、という言葉に狂児は「そらそうなんやけど〜」と口を尖らせた。
    「聡実くんが欲しいもんはそうやけど、そうはいってもなあ。それになんや全部消えもんばっかやん」
    狂児は納得しないように腕をくんだ。聡実はまたスマートフォンを畳の上に伏せるとウエットティッシュで手を拭ってから、チキンを掴んだ。
    「明日これ一緒に買い物して、そのあとご飯も一緒に作りましょう。……それは、消えないでしょ」
    最後の方は小声になった聡実を見て、狂児は目を瞬かせた。
    「それでええの」
    「それ『で』、って言わんで」
    「うん。せやね」
    しばらく無言で二人は食べすすめる。少し開けた窓の外からピィ、と鳥の囀る声が聞こえた。狂児はポテトをつまんだ。
    「トイレットペーパー買うけどさぁ」
    「はい」
    「聡実くんお尻拭く度に俺のこと思い出してくれるん?」
    聡実は「今ご飯中やで」といおうと思ったが、発端が自分なことに気づき言葉を飲み込んだ。
    「お尻拭いてる時に思い出されて嬉しいんですか」
    「そら嬉しいよ」
    「ええ……?嬉しいんや……」
    「トイレットペーパーなぁ、一番ええやつ買うたるわ。二枚重ねでふわふわのやつ。ほんでお尻拭く度に俺のこと考えて」
    「お尻拭く度に狂児さんのこと考えるのめんどいから嫌や」
    「ほなトイレのドアに俺の写真貼っといてよ。聡実くんと目が合う位置に」
    「なんでやねん。それに紙は普通のでええですよ。そういうのってええのん買ったら戻れん気がする」
    「アカンアカン、プレゼントなんやから。気に入ったらずっとプレゼントするからええよ。それに聡実くんのお尻は労わんとあかんもんな」
    聡実が机の下の狂児の足を蹴ると、狂児は笑った。窓の外からぬるい風が流れてくる。聡実の髪の毛をふわふわと撫で、机の上の紙ナプキンがひらひらと羽ばたくようになびく。春はあけぼの。また聡実の脳裏にぼんやりと言葉が思い浮かぶ。
    「ー狂児はいつも」
    「えっ?なに?」
    「いつもは良く言い過ぎやな。狂児は夜、かな。朝は眉毛に変な寝癖ついてるし」
    「え?なになに?なぞなぞ?俺眉毛に寝癖ついてる?」
    「ついてます。眉毛書かれた犬みたいになっとる」
    「うそーん。俺かわええやん」
    「自分で言うな」
    「で、聡実くんそれなに?」
    「内緒です」
    「教えてよ〜」
    聡実が黙ったままピザのチーズと格闘しているのを見ながら、狂児は「んー」としばらく思案し、コールスローサラダをかき混ぜた。
    「ほな、聡実くんはー、春?」
    「真似せんで」
    「ええやん。俺も混ぜてよ〜」
    「なんで僕が春なんですか」
    「なんでてお誕生日やし。それに聡実くんめっちゃ春生まれって感じやん」
    「適当言うとるやろ」
    「適当ちゃうよぉ。春は天気ぽかぽか陽気やし桜は綺麗やしええ季節で聡実くんみたいやろ。あっとるやん」
    「……なにそれ。全然ちゃうし」
    聡実はフライドポテトの束を掴むと口に押し込む。
    「あ、聡実くんそないいっぺんに食って喉詰まらせるなよ。ほら、顔赤なっとるやん。詰まらせてへん?大丈夫か?お茶飲む?」
    「うるさいな」
    「お、十九歳やのに反抗期か〜?」
    「うるさい」
    「俺なぁ春いっちゃん好きな季節やわ」
    ふにゃ、と笑った狂児の顔が見れないまま、聡実はフライドポテトを飲みこんだ。
    「なあ聡実くん」
    「なんです」
    「さっき聡実くんが就職したら、いう話ししたやん。四月のどっかでお祝いしたらいうたけど、ちゃんといっぴに一緒にお祝いできるええ方法、俺いま考えたんやけど」
    聡実は口をつぐんだまま、ほんの少しだけ口角をあげる。狂児は不思議そうに聡実の顔を見た。
    「狂児がいっぴとか『ぴ』て言うの、なんやおもろい」
    「え〜なんで?俺が言うと可愛い?」
    「べつに可愛くはない」
    「彼ぴとか岡ぴとか聡ぴとか、確かにかわええよな」
    「待って、なんで僕が岡ピってよばれてるの知ってるん」
    「聡実くんほんまに呼ばれてるん?かわええなあ。ほな俺のことは狂ぴっぴって呼んでええよ」
    「呼ばんし。ぴ多いし」
    「聡ぴ明日買い物行く時、花見しながら行こ」
    「聡ぴ言うな」
    「聡ぴ青菜食べる?」
    「やめーや。狂児さん」
    「狂ぴっぴって呼んでよ」
    「しつこいな。明日お花見するならその時に手つないであげてもいいですって言おうと思ったのに」
    「えっ」
    「やっぱやめよ」
    「いやんっ、いや!待って!!繫ぎたいです」
    「なんで敬語やねん。しかもいまいやん言うたやろ。ほんでな狂児さん、」
    「うん?」
    「さっきの話やけど、僕も同じことずっと考えとった」
    窓の外で鳥が一際高くピィ、と鳴いた。
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