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    kitanomado

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    kitanomado

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    きょさとの痴話喧嘩の話
    狂児の理不尽な怒りと聡実くんの反撃ぽいもの

    惚れた腫れたと言うけれど困ったことになりました。
    僕は、成田狂児と出会ってから何度こう思ったことだろう。数えきれない回数思った訳で、ひどく不機嫌な成田狂児を目の前にして、今この瞬間も心底そう思っている。

    今日は狂児と一緒に映画を観た。シリーズもののアクション映画で、CMを見てちょっと面白そうやなって気になってたやつ。やけど過去作は観たことないし、話ちゃんとわからんかもなと思っていた。たまたま狂児とテレビを観ていた時にCMが流れたからそう話したら、狂児はシリーズを通して観たことがあるらしくて、単品でもそこそこ楽しめると言い「観に行こ」とその場で映画館の座席を予約し始めた。ほんまかなぁと思ったけど、いざ映画が始まったらちゃんと楽しめたし、観終わった後、同じ建物の中にあるコーヒーショップで今度ツタヤでこれのシリーズを借りて観ようなんて話もした。
    映画の主人公は色んな相手と恋に落ちて付き合って別れてまた他の人とくっついて、みたいな感じで、洋画によくあるキスシーンも多くて、観てるこっちがちょっと恥ずかしくなった。
    狂児はコーヒーカップを掴みながら「主人公恋多き奴やったな〜」なんて感想を言っていた。僕はお前が言うな、と思って「狂児みたいやな」て返してやった。
    「俺そんなしてへんよ。聡実くんだけやもん」
    「嘘つけ」
    狂児は、本当にこういうことをいけしゃあしゃあと言う。どうして咄嗟にそういうことが言えるのだろう。ヤクザだからだろうか。それともヒモの経歴があるからだろうか。
    あの主人公みたいに、いや、きっとそれ以上にいろんな人と付き合って、キスだって、それ以外のもっと他のことを沢山してきた癖によう言うわ、僕がそんな風に言うと、狂児はヘラついた顔を更にヘラヘラさせて機嫌良く「聡実くんは俺としかしいへんもんな〜」と言ってきた。
    なんでか知らんけど、狂児は僕が付き合った最初の相手が自分、というのがとても嬉しいらしく、そんな感じのことをよく言ってくる。面倒くさい。面倒くさいけど、いつものことだから聞き慣れているはずなのに、なぜかその時の僕はちょっと腹が立ってしまった。たぶん狂児のヘラついた顔がむかついたんだと思う。それから映画が始まる前に売店で映画のグッズを見ていた時、隣にいた女の人が狂児をめっちゃ見てたことと、映画を観ている最中、狂児が頑なに僕の手から直接ポップコーンを食べようとしたこと、それから昨日一緒に寝た時にずっと首の匂いを嗅いできたこと。それから。とりあえず狂児にムカつく事は山ほどある訳で、だから僕はこう言った。
    「僕かて狂児以外の人とキスくらいしたことあるし」
    「ー誰と?」
    一瞬の沈黙ののち、低い声が返ってきた。その声はいつもより更に低音で、急に肌寒くなってしまった。店内のクーラーの温度が体感5℃は下がって冷風が直接僕に当たってるんじゃないか?と思う程に。多少予想していた反応とはいえ、想像よりも、もっとずっとひどかった。狂児の眉間には皺が刻まれている。目はうっすらと細められていて、その黒目には光がない。真っ黒だ。なのに口元だけは少し微笑んでいる。怖い。本職の雰囲気を出さないで欲しい。
    「……保育園の時の話やし」
    僕は手元のストローの空袋を無意味にこねくり回す。自分でけしかけた事とは言え、なんで僕がこんな言い訳めいたことを言わないといけないのだろう。だけど「な〜んや、そんな昔の話か〜!聡実くん赤ちゃんの時やん」と、笑うなら笑えばいい。むしろ笑ってほしい。少なくとも、今のこの居た堪れない空気よりかは何倍もましだ。なのに狂児は表情ひとつ変えない。左の眉毛をぐいと上にあげている。これは機嫌がよくない時の表情だ。
    「で、どこのナニチャン?」
    「え?」
    空気が全然変わってない。うせやん。ほぼ赤ちゃんの時の話やん。なんでそんなつい昨日したみたいな雰囲気を狂児が出してくるん。
    僕は、同じ団地に住んでいたその子の顔を思い浮かべながら名前を伝えた。
    狂児は自分から聞いてきた癖に、全然関心ないような顔をして「ふーん」と言った。だけど、その「ふーん」には、ぐつぐつとした苛つきが充分含まれているのがわかった。
    「今も会うたりすんの?」
    「全然ない。中学卒業したくらいに引っ越してったし。そのあとの進学先も知らんし」
    「中学までは一緒やったんや」
    細か。狂児は変なとこで細かい。その細かさは家の掃除をしてくれる時なんかにはありがたいけど、今は全然ありがたくない。いうか、そんな気になる?狂児の表情はまだ変わらないままで、手綱を緩める気はないらしい。
    「で、中学ん時、付き合うたりしたん」
    「してへん。可愛かったし、男子にようモテてたし」
    「聡実くんのが可愛ええに決まっとるやん」
    狂児の右の人差し指と中指がトントントンとリズミカルに机を叩く。狂児の、少し深爪気味の指先を見た。顔だけじゃなくて指先までイライラを表現している。どんどんイライラしてくるやん。どっから湧いてくるんそれ。それにその返しはどうかと思うが、そこには触れないでおく。中学生の頃の彼女の顔を思い浮かべながら、こんなおっかないおじさんが勝手に絡んでしもてごめん、と心の中で謝る。
    狂児は会うたことも見たこともない、たった今僕から聞いたばっかの相手に怒っている。信じられへん。いや、狂児はこういう男やった。
    自分は数え切れん位の女の人達と付き合うてきたことがある癖に、僕の、たった一回の、しかも幼児期のおままごとの延長みたいなキスが許せないとか、ホンマにどういうことやねん。僕はまたちょっと腹が立ってきた。
    「した、いうても昨日今日ちゃうし。赤ちゃんの時の話やん」
    「俺にとっては聡実くんの赤ちゃんの時も昨日今日みたいなもんやの」
    それはどうだろう。僕の19年間をもっと尊重してほしい。さらに腹が立ってくる。
    「……僕にとって狂児さんは二番目なんやからまだええでしょ。僕は狂児さんの何番目かしらんけど」
    狂児は、僕の言葉にちょっとだけ怯んだ。それを見て僕はいじわるがしたくなった。これ位やり返してもええやろ。
    「狂児さんは僕が何番目かなんて覚えてないんでしょ」
    追い打ちは成功したらしい。狂児が口の中をぎゅっと噛んでいるのがわかる。そして押黙ってしまった。僕達のテーブルは急に静かになり、店内のBGMや食器の当たる音、それに他の席の話し声がよく聞こえるようになった。なんだか僕達の席だけ違う場所にいるみたいだ。
    ……ちょっとだけ、言い過ぎたかもしれない。
    狂児が今の年まで誰とも付き合ったことがないなんて、どう考えたって無理な話だから。狂児はしばらく口の中を噛んでいたが、そのうち子どもみたいに口を尖らせた。おじさんなのに。
    「ー聡実くんは、人数のうちに入ってへんもん」
    「は?」
    「聡実くんは特別やから」
    そんな都合のいい言い訳あるか。僕が怪訝な顔をしているのを見て、狂児はため息をついた。
    「俺かて、初めては聡実くんが良かったよ」
    拗ねたようなそんな言い訳、本当にどうかと思う。でも、狂児は本気で言ってるんだろう。そんなこと絶対に無理なのに。だけど狂児はそういう男だ。僕はなんだか一気に馬鹿馬鹿しくなってしまった。
    散々こねくり回したのと、僕の手汗でふにゃふにゃの干からびたミミズみたいになってしまったストローの袋を机の上に置いた。
    「狂児さんて、僕のことほんまに好きなんですね」
    「当たり前やろ!」
    狂児は被せ気味で言ってきながら、イ〜ッ!という顔をする。
    「僕も狂児さんのことまあまあ好きですけど、」
    「えっ!?」
    さっきまで険しい山脈だった眉毛が少し低くなった。富士山が金剛山になった位には低い。なんてわかりやすい。
    「狂児さんの付き合うてきた人達のこと、僕そんな興味ないです」
    狂児は少し不思議そうな顔をして、机に身を乗り出してきた。
    「聡実くんは俺が付き合うてた相手のこと気にならんの」
    「狂児さんの相手、人数多すぎて気にしようにも的を絞れないんですよね。それに、狂児さん誰とも本気やなかったんでしょ?」
    「まあ、せやな」
    「昔のこととはいえ、そういう不誠実な態度はどうなんかな、とは思いますけど」
    狂児はまた下唇を噛んだ。狂児は僕に怒られるのに弱い。おじさんが叱られた子どもみたいな顔すな。だけど、ちょっとだけ可愛いな、とも思ってしまう。なんちゃらの弱みというやつだ。狂児も狂児だけど、僕も大概だと思う。だけど、この眉尻が下がった感じは悪くない。眉毛が金剛山から平地を通りこして下り坂になっている。
    本当は、狂児の付き合ってきた人達に嫉妬していないといったら嘘になる。現に、さっき狂児のことを見ていた女の人にだってちょっと腹がたったし。いや、女の人に、というよりも、どこにいても目立ちすぎる狂児に腹を立てていた気がする。だから嘘にはなるけど、でも僕は今までの狂児の相手の人が見たことない狂児を見ていると思う。例えば、今のこういう情けない顔だとか。こういうのは、たぶん僕にしか見せていない。知らんけど。
    「まあでも、僕にはそんなんせえへんし。心入れ替えたんかなって」
    「当たり前やん!」
    狂児は、また大袈裟に「はーあ」とため息をついた。
    「俺、聡実くんに会うまで、誰とも付き合わんかったら良かったな…」
    「いや、それ狂児は無理やろ」
    「それか聡実くんが生まれる瞬間に立ち会いたかったわ」
    「どんな立場やねん」
    「聡実くんのこと知らんかった期間が勿体ないねん。俺の人生の損失やわ」
    僕は歯型でぺちゃんこにしたストローを咥え、氷が溶けて水っぽくなったアイスカフェオレをひとくち飲んだ。
    「それ、親やなかったら一番近いの僕の兄ちゃんポジションやと思うけど」
    「なんで俺聡実くんの兄ちゃんやないんやろ〜!」
    「狂児が僕の兄ちゃんやったら僕と付き合えへんけどな」
    「それはあかんな」
    「狂児はその怪しいおじさんポジションで丁度ええねん。あとな、」
    「なに?」
    「保育園の時の話、キスしたいうてもほっぺたやから」
    「いや、それも立派なキスやん!」
    「判断基準厳しすぎんねん」

    狂児は、成田狂児は、僕という人間の、1と言わず0から100までを欲しているのです。端的に言っておかしいとしか思えないのですが、この男は本気なのです。こんなことに耐えられるのはこの世で僕しかいないと思います。惚気に聞こえるかもしれないけど本当のことだからしょうがないのです。そして僕もまた、このとてもとても面倒くさい男のことがまあまあ好きなのです。
    本当に、困ったことになりました。



    聡実くんの「腹立つ」には恥ずかしいの意も含まれてる時あると思う。
    ちなみに金剛山(奈良県と大阪府の境に跨る山)の標高は1,125 mだそうです。さっきWikiで調べた。
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