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    andrew_subac

    主に怪物ジュウォンシク的なものを置いています。

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    andrew_subac

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    ㉑真夏の幽霊/狐の嫁入り
    続きです
    去年Pixivにあげたものを加筆修正しました
    不動産のあれこれはじめいろいろな知識がゆるいのはお見逃しください

    ㉑真夏の幽霊/狐の嫁入り「マニャンで飯を食いませんか」
    イ・ドンシクさんからメールが届いたのは夏の始めの事だった。
    聞けば来月彼の実家の取り壊しが決まったらしい。
    それならば片付けを手伝います、と早めに向かえる様に日程を調整した。

    未だに連絡を取り合っている僕らだが、あの日以来忠清道の彼の住まいへ行くのも泊りがけで会う事もやめている。
    職場と彼の家の往復しかなかった生活をやめて、非番の日を時には一人で部屋で過ごしたり買い物をしたり、たまに彼と待ち合わせて外食をしたり。
    クリニックも月に一度2人で通う事は継続している。

    会った日の別れ際など、離れがたく触れたくてもどかしさを感じるけれど深呼吸をしてやり過ごす。
    その代わり食べたものや見たものの写真を送りあったり特に意味のないメールを交わす事が増えた。
    日々は今まで経験した事がない位緩やかで穏やかだ。

    <真夏の幽霊>

    当日彼の家に着くとそこは既にがらんとしていた。細々とした物はほとんど処分し終えてしまったらしい。
    後は1人で運べない様な家具や家電が残っている程度だ。
    掃除用具など車に積んだ細かな荷物は出る幕もなく、肩透かしを食らったような気分でマニャン精肉店へと夕暮れの通りをポツポツと歩く。
    マニャンスーパーのあった場所は更地になって「売地」の札が下がっていた。
    全然知らなかった。いつの間に。
    「俺が散々壊したからね。修復するより手っ取り早いらしくて」
    後ろから追いついた彼は聞かれてもいないのにそう言って照れ臭そうにひっそりと笑う(照れる事なのか?)。
    それにしても、いつの間に。

    マニャン精肉店にはお馴染みの面々が集まっていた。ジファさんの髪が伸びていたりジェイさんの髪が短くなっていたり、ジフンさんが少し太っていたりそれぞれ少しずつ見た目が変わっていた。代わる代わるかしましく近況を話すものだから聞き役のドンシクさんは肉を飲み込む暇もない。
    それでも目を優しく丸くして一つ一つにうなづいては笑っている彼を見ていたらなんとも言えない寂しさがこみ上げて来た。
    彼が知らないマニャンが、彼を知らないマニャンが話しても話しても追いつかない程に増えて行く。
    彼の大切だった人や場所は一つずつ変わって行き、明日はついには育った家も無くなる。
    親しげな話し声の一つ一つがまるではなむけの言葉の様に、出航する船に投げられたテープの様に投げかけられるような。
    ぼんやりと物思いに耽っていたら取り皿にぽいぽいと肉が乗せられた。
    「呑んで。食べてください。お供のあなたがそんな顔しないで」
    ジェイさんに耳打ちをされる。お供?何の?
    ひょっとして彼は今夜は酔い潰れるつもりなのかしら、と連れ帰る覚悟を決めていたけれどそんな事もなく宴は和やかに終わった。
    帰りがけにジェイさんがもう一度こっそりと耳打ちをして笑った。
    「変わらないものなんて何一つないの」

    もうお湯の出ないシャワーを交代で浴び、僕は今夜はソファで眠る事にした。
    リビングにはこのソファと床に直に置いたベッドマットが1つ。寝具は他に何も残っていない。
    「マットに2人で寝たらいいじゃないですか」
    「遠慮しておきます。良からぬ事をいたしかねませんので」
    さすがにそこまで自制心を疑っている訳ではないけれど半年近くのブランクを過信するつもりもなかった。
    それに彼が長年寝床にしていたソファで一度眠ってみたくもあった。
    「へ〜…そーお?」
    ドンシクさんはからかうようにヘラヘラ笑う。
    この人のこう言う所はきっと一生変わらないと思う。いつまで経っても憎たらしい。

    元々枕が変わると眠りが浅い性質ではあるがなぜだかやたら寝苦しい夜だった。
    眠気のしっぽを捕まえ損ねては寝返りをうつ。
    ふと頬に何かが当たった気がした。
    柔らかくてサラサラと…あごやこめかみの辺りまでくすぐったい感触が走る。
    まさか…む、虫!?いや、違う何か…筆の様な羽の様なもので撫でられている様な…これは
    「いたずらは止めてください」
    身を起こしたがあるべき姿はなかった。
    「…ジュウォナ…?どうかした?」
    寝ぼけたようなその声は少し離れた、ベッドマットの辺りから聞こえた。
    ドンシクさんのいたずらではなかった。
    それもそうだ。あまりにも脈絡がなさ過ぎるし子供じみている。
    「何でもありません。寝ぼけて…」
    頬をさすりながら再び横になる。
    もう一度頬を掠める感触。起き上がる。見回しても顔に触れそうな物は何もない。
    幾度か繰り返している内に無理に眠るのを諦めた。台所へ行き、昼間買っておいたペットボトルの水を一口飲む。
    ふと、地下室への扉が目に入った。
    どうしてそんな事をしようと思ったのか自分でも分からないけどドアノブに手をかける。
    「そこはもう空っぽだから」と彼が言うので日中も一度も開かなかったその向こうはムンワリと暑く澱んだ空気はかび臭い様な古い家独特の匂いがした。

    「…ユヨンさん」
    暗闇の中へと階段を降り切る勇気はなく階段の途中で立ち止まる。
    「ユヨンさん…僕はハン・ジュウォンと言います。ハン・ギファンの息子です。父が…僕の父が…あなたにとんでもない事をしでかした事、本当に申し訳ありませんでした。本当に本当に………許せませんよね…」
    一体何をしているんだろう。
    「僕は…僕も父の息子である事を一生自覚をもって背負って行くつもりです。でも、それなのに」
    喉がヒク、と痙攣する。
    「僕はイ・ドンシクさんの事が好きです。人として好きです。恋愛対象としても好きです。性的な気持ちで触れたいとも思っています。この先ずっとそばにいたいと思っています。彼がこの町を去っても故郷を根を失っても、僕は隣にいます。僕にも根はありません。それでもお互いに手を繋ぎ合えば、少しは…大丈夫でいられるんじゃないかって思う。彼がどんな時でも大勢の人に囲まれていても孤独でいても、幸福でもそうじゃなくても何かあった時すぐに手を伸ばせる所に、困っていなくても何もなくてもすぐ隣にただただそばにいたいんです。もし彼もそう望んでいてくれたらどんなにか幸せだろう、でも彼がそうじゃなくてもいつかまた猛烈に憎まれても疎まれても、僕は生涯…いや彼が生きている限り、いつでも手が伸ばせる場所にいたいんです。僕と言う存在があの人の息子である事実が彼を苦しめてしまうかもしれないのに」
    瞬きと共に瞼を覆った熱が押し出される。
    「…それでも…僕は彼の、あなたのお兄さんのそばにいたい…」
    顎を伝った液体が落ちてポッと小さな音を立てた.。
    本当に一体何をやっているんだろう。…寝よう。
    涙を拭って部屋へ戻ろうと踵を返した瞬間、部屋の奥からこちらへと空気が大きく動くのを感じた。
    そしてまた頬へヒュッと羽の様なものが掠めて、ドアの向こうへ遠ざかって行った。
    と、次の瞬間「ひゃ」だか「きゃ」だか間抜けな声が聞こえる。すぐ近くで。
    階段を上り切るとドアの脇の壁に寄りかかってしゃがみ込んでいるのはもちろんイ・ドンシクさんだ。
    いつの間に。油断も隙もない。
    あの会話(会話?)は聞かれただろうか。聞いたのだろう。どこから?多分最初から全部聞いていたんだろう。全くなんて人だ。
    「風みたいなのが…?」
    「うん。驚いた」
    「そう…眠りましょう」
    きまり悪いのであからさまに何事もなかったかの様にしらを切る事にした。
    「ん」
    彼もおとなしくうなづくと元のマットで丸まって小さくなった

    再びソファへ横たわると今度は邪魔される事なく眠りにつけた。寝入りばな意識を手放す最後の瞬間「あれは長い髪の毛だ」とよぎった。


    <狐の嫁入り>

    翌日も朝早くから暑くなりそうな空模様だった。
    ガスや電気が止まってるのを確認して持ち込んでいた着替えや細かな荷物を車に積んで最後に出たゴミも捨て、不動産屋さんと解体業者を迎え入れる。
    簡単な挨拶やら今後の手順やら点検、確認、なんだかんだで重機が稼働する頃には正午を過ぎていた。
    ショベルカーがおもむろに動き出し、躊躇いもなく屋根からバリバリと砕き始める。
    その騒音と土煙に辟易しながら遠巻きに眺める。
    「後は我々で片付けますんで」
    解体業者の声に不動産屋は額の汗を拭き拭き会釈をしながら立ち去った。
    隣の彼は微動だにしない。その横顔は表情が読めない。
    もしかしたら彼はマニャンスーパーを解体する時もこうして1人で一部始終を眺めていたんだろうか。
    ふと左手の小指に触れるものがあり、肩が小さく揺れてしまう。
    彼が僕の小指をひっそりと摘んでいた。人差し指と中指と親指の指先でそっと。
    僕はその手を取って握った。
    こんなに日差しの強い真夏の午後なのに、冷たい手だった。
    包み込む様にしてしっかりと握り込んだ。

    その時だった。

    パタリ、パタリと音がする。
    「?」顔を上げると前から後ろから無数のパタ、パタと言う音。背中を肩を、頬を小さなものが打つ。乾いた地面には無数の黒い星。雨だ。
    眩しい日差しの中大粒の雨が降る。
    「あらら」
    気の抜けた声を上げた彼は我に返った様に辺りを見回す。
    「こりゃ参ったね。ジュウォナ、退散しよう」
    言うなり彼は走り出し解体業者に大きな声で挨拶すると車へと駆けて行く。
    僕も慌ててロックを解除し2人同時にバタンバタンとドアを閉める。
    溢れかえる様な光の中、堰を切ったようなバタバタと雨音に取り囲まれる。
    「フ~。あっという間にびしょ濡れだ」
    あんなに冷たい手をしていた人とは思えない呑気な口調。きっとこの人はずっとこうなのだろう。
    分かってはいるけど小さくため息をついてしまう。
    「ねえジュウォナ。どこか近くのホテルをとりませんか」
    「そうですね。一刻も早く汗と埃と雨を洗い流したいです」
    ナビのメニューを開きながら答える。
    「うん。シャワー浴びてサッパリして、何か冷たいものでも飲んで、それから」
    視界の端でうつむく彼。
    「良からぬ事を、いたしましょう」
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