【スミイサ】三人寄れば夢魔の奸計【三人娘♂】日本のとある街の片隅に、ひっそりと佇む花屋の名は『ドリーミンフラワー』。僅か3人の店員で切り盛りしているが、丁寧に育てられた花と親切な接客により、近所でも評判の店だ。
店員は、男1人に女2人。学生時代からの友人同士で始めたというこの店は、そんな彼らの気のおけない関係もあり、誰が訪れても暖かく安心感を与える空間となっていた。
だが、そんな店員達には恐ろしい「裏の顔」がある事を、通常の客はおろか常連すら知る由もない…
☆
「配達終わりました〜!」
「おう」
「おーお疲れー」
空に一面の橙色が広がる夕暮れ、花の配達を終えた店員…ミユが戻ってきたところで、今日は店仕舞い。遅い時間のため、客足もなく待機していた店員…イサミとヒビキは、店前に並べていた鉢植えなどを隣接するガレージに仕舞い込み、照明を消してシャッターを降ろす。閉店準備を終えた3人は、揃って店舗の裏側へと歩を進めていった。
「今日はどれくらい収穫あるかな〜」
「うふふ…楽しみですね」
「…あまり一気に搾りすぎると怪しまれるぞ、ヒビキは毎回やりすぎだ」
「わかってるって、生かさず殺さず…ね」
『STAFF ONLY』と記された扉を開け、そこから伸びた階段を降りていく。更にもう一枚ある扉を隔てた向こう側は、一般的な建物の壁材ではなく、洞窟のような石壁になっている。そうして奥に広がる洞穴に、十数人の人間が座り込んでいた。
「よっすー!みんなイイコにしてたかな?」
ヒビキが呼びかけると、揃いの黒い首輪を巻かれた彼らが一斉に顔を上げ、勝手放題に声を張り上げ始める。
「おかえりなさいヒビキ様!今日はお願いされてたバッグが買えました!」
「ミユ様!ミユ様のおかげで俺にも素敵な彼氏ができました!」
「ミユ様、ありがとうございます!」
「ああ…今日もイサミ様にお会いできてありがたき幸せ…!」
洞穴の人間は、大半が男だが女も少数いる。誰もが目を輝かせ、頬を上気させ、恍惚とした表情を見せていた。信徒のような視線の先で、妖しく微笑む花屋の店員達。それぞれが纏っていたエプロンやシャツが糸のほつれのように解けていき、ランジェリーじみた過激な衣装が現れる。頭には羊を思わせる大きな角。
彼らの恐るべき裏の顔…それは、人間を飼い慣らし、その精力を糧にする夢魔である。
「やった!このバッグ超欲しかったんだ、あっりがっとねぇ〜ん♪」
健康的なショートカットに、スポーツブラを思わせる黒いレザーから日焼け痕を覗かせる浪費の夢魔、ヒビキ。気さくな態度と快活な笑顔に魅せられたら最後、彼女の服飾代として財を搾り取られてしまう。
「イイですよぉ…!もっと…もっと愛し合ってくださぁい…!!」
癖のある三つ編みを揺らし、黒いベビードールから惜しげもなく胸の谷間を見せる鶏姦の夢魔、ミユ。
大きな胸とあどけない雰囲気に釣られた男達は、彼女の術により男同士で惚れさせられてしまうのだ。
「奴隷は無闇に口を開くな、良いか?」
切り揃えられたスポーツ刈り、素肌に直接纏った黒いベストからしなやかな筋肉を晒す独裁の夢魔、イサミ。
流麗な眼差しと引き締まった四肢に心奪われた者は、彼を神の如き存在だと誤認し生活の全てを捧げてしまうため、3人の中で最も危険と言えるだろう。
彼らはそこらの下品な淫魔のように、人間と安易に睦み合ったりなどしない。それぞれの形で人間の底なしの欲を引き出し、吸収することで自らの糧にしている。肉体で交わる事なく散財させ、貞操を失わせ、果ては信仰まで鞍替えさせる彼らが花屋の店員として人間に化けているのは、それが人間に怪しまれない最善の方法だからだ。
彼らは気に入った客を魅了して地下に連れ込むと、精力を提供する家畜にしてしまう。しかし、そのまま地下に閉じ込めっぱなしにすると流石にバレるので、ある程度精力が集まればその場は解放し、また花屋に来店する「常連客」という体で不定期に通うように仕向ける。加えて、通う家畜が少ない時期も、売れ残った花の精気があればそれなりの足しになる。
そうやって仲良し夢魔3人組がやりくりしている花屋に、ある日風変わりな客が来店した。
「今度の営業で必要になるんだ。とびっきり美しいブーケを頼むよ」
この辺りではあまり見かけない西洋人の男。最近この街に越してきたというその青年は、誰がどう見てもハンサム。筋肉がはち切れんばかりで、Yシャツが悲鳴を上げそうな体躯と、初対面でもすぐに親しくなれそうな人あたりの良さ…今までにない上玉の予感に、当然3人はさっそく彼を「常連客」にしようとヒソヒソ企み始めた。
「人間のサラリーマンで言う"出張"かな?いかにもお金持ってそうじゃ〜ん♡新しいネックレスはアイツに買わせよーっと」
「金髪碧眼マッチョ、イイ…!ちょうど今相手がいない男のコがいるので彼に番わせ…いや、もし本当にその"出張"ってやつなら、いつか海外に帰っちゃうかもしれませんね…ずっと閉じ込めるわけにもいかないですし」
「"アイツの意思で"仕事を辞めさせるなら問題ないんじゃないか?十分鍛えてるようだし力仕事は平気そうだな…花屋を手伝わせるのも良いと思うぞ」
「いやアンタだけ真面目か!」
「ふ…店の手伝いは表向きだ。たまには花以外にも用意しておいた方が良いだろ?『常備食』…♡」
「…イサミさんがそこまで気に入るなんて珍しいですねぇ」
夢魔達の思惑通り、スミスと名乗るその青年も「常連客」となったが、彼は彼で別の顔がある事を、この時の3人は知る由もなかった…
☆
薄暗い一室に張られた水鏡。そこに映し出された美丈夫を、うっとりと眺める金髪の男。
「イサミ、というのか…色黒の肌が可憐な花の香りに包まれて、最高にホットだ…♡」
そう、スミスが花屋の店員達に見せた「海外出張で日本に滞在しているサラリーマン」という姿は偽りのもの。透き通る青い瞳はそこには無く、毒々しい深紅の光が滲み出ている。白人男性特有の明るい肌色は、今では不気味な青白さ。舌舐めずりする口元から、鋭い牙がちらついた。
スミスの正体は、夜に紛れ人を狩る吸血鬼だ。しかも、昼間の太陽光をものともしない特異個体である。
行く先々で日中の身分を偽っては、夜道
を歩く人の生き血を啜り、やがて周辺住民の味に飽きるとまた別の土地へ…そのように放浪してきた彼は、過去に訪れたことがない極東の国をターゲットにした。甘い甘い花の匂いに誘われるがままやってきたこの街で、近年稀に見る最高のご馳走を見つけてしまったのだ。
清潔感があり、均整の取れた肉体を持つイサミは、スミスの好みど真ん中に位置していた。
(明日のディナーは彼に決まりか…いや、もしかしたら初めてのリピートもあり得るかもな。見るだけでわかる…あのムッチムチのボディなら、絶対に満足できるぞ…♡)
吸血鬼は、人知れず溢れ出す涎を抑え込む。
獲物と定めた男が、自分と同じ人ならざる者だとも知らずに…
☆
そして迎えたある晩…この日の夢魔達は、家畜を地下に連れ込む日では無いため、花屋の閉店後すぐに解散しそれぞれの家路に着いた。その中の1人…イサミの周囲に誰もいなくなるタイミングを見計らって、吸血鬼は背後から忍び寄り、音も無く抱きついた。
「なっ…!?」
「Hi、こないだぶりだね」
イサミは咄嗟に振り払おうとするが、ガッチリとホールドされて身動きが取れない。普通の人間にはない力の気配を感じ、一気に寒気が走る。
「お前、この前ブーケ頼んでた…おい!何しやがる放せ!」
「はぁ、良い匂い…そして想像以上の感触、Amazing…昼間もそうだったけど、君からずっと甘い香りがするんだ…もう我慢できないよ…♡」
「聞いてんのか!!……え、ぁ、なんだこれ…!?」
スミスの片腕が、イサミのシャツの隙間に忍び込む。不埒に動く白い指先に、獲物の力がどんどん抜けていく。
「俺に蜜を分けておくれよ、お花ちゃん♡」
だが、イサミもされるがままではない。
「ひ…やめろ…!……やめろっつってんだろ!!」
抱きつかれた腕に噛みつき、そのまま流れるように背負い投げを決めた!
「え…Ouch」
「この俺に触れるなんて良い度胸じゃねえか…一生臭い残飯で飼い殺してやろうか!?」
ぶわりと、ひりつくような空気がイサミから溢れ出す。猛烈な殺気で、ようやくスミスは違和感に気づいた。
「君…人間じゃないな?」
「それはこっちのセリフだ変態野郎!何が目的だ!」
さらに、
「イサミさん大丈夫ですか!?」
「何かあったの!?」
尋常ではないイサミの気配に気づいたミユとヒビキが駆け戻ってきたことで、事態は更に混沌と化した。
「げえっコイツもしかして吸血鬼!?」
「ちょっと!強姦モノは地雷なんでやめてもらえませんか!」
変装を解き、臨戦態勢の夢魔達を一瞥し、再度イサミを視界に捉えると、吸血鬼は目を三日月に細める。
「なるほど、"淫魔"か…セックスとそれに伴う人間の精子が大好物なんだよな?君みたいな美しい人がそんなイケナイ魔物だなんて、ますます興奮するよ…♡」
「…は?」
「はぁぁぁぁぁ!?!?!?」
時刻は午後7時、とある街の片隅で夢魔達の絶叫がこだました。
花屋の裏側にて、3人の夢魔に囲まれ、座り込む吸血鬼。衣服はボロボロで、顔面は変形寸前まで殴られた痕だらけ。
痴漢めいた被害の上に卑しい淫魔と間違えられ、爆発した殺気にスミスは立つことすら出来なくなり、結果されるがまま3人の怒れる夢魔から制裁を受ける事となった。
「す"、す"ま"な"ぃ"……今まで夢魔には会ったことがなくって…」
「誰が、喋って良いと言った?」
「淫魔とか夢魔とか関係なく、無理やり他人を襲うなんて最低ですよ!?」
「吸血鬼にそれ言う?それより、どうしようかコイツ…」
吸血鬼に触れないまま拘束を緩めず、人ならざる痴漢の処遇に悩む夢魔達。
「俺達の能力が効かないんだとしたら、変質者として人間の警察にそのまま突き出すしか…」
「えっ人間に渡すのは…」
「W-Wait!君達を淫魔と間違えたのは本当に謝るよ!それに、吸血鬼の俺を人間に突き出してもただ餌場にしかならないぞ!?」
「む、そうか」
「当たり前ですよ…」
「その、お詫びと言っちゃなんだけど…」
☆
日本のとある街の片隅に、ひっそりと佇む花屋の名は『ドリーミンフラワー』。僅か3人の店員で切り盛りしているが、丁寧に育てられた花と親切な接客により、近所でも評判の店だ。
店員は、男1人に女2人…最近男がもう1人増えた。この辺りではあまり見かけない、ハンサムな西洋人だ。
「お、イサミが帰ってきたな」
「配達終わったぞ」
「おつかれ〜」
「お疲れ様です!」
夢魔達が当初に望んだ通り、ハンサムな西洋人…吸血鬼は花屋の手伝いを自ら願い出た。理由は至極単純で…
「待ちくたびれたよイサミィ〜…配達一緒に行こうって言ったのに!君の甘い香りを俺以外の誰かが嗅いだかもしれないなんてぃててっ」
「ああもう!帰ってくるなりくっつくな!四六時中こんなベタベタ触られたらまともに仕事できねーだろ!!」
夢魔の能力や吸血鬼の食糧としての魅力以上に、イサミという存在にスミスが心底惚れ込んだ、ただそれだけである。
「それにしても、人間以外からも精気って取れるんだね…知らなかった」
「…私としては、こんなに目の前でイチャイチャされてるのに、私自身の栄養にはならないのが不思議です…」
人間の恋慕う感情が糧のイサミにとって、スミスの底無しな恋心は手放さない方が良いと判断したものの、今度はその精気が特盛りステーキのような過剰すぎるご馳走と化してほぼ胸焼け状態になってしまった。一方で、男同士の熱情を好むミユには、どういうわけかその精気は一切吸収されなかった。吸血鬼の力で、精気の流れがイサミ以外に行かないように遮断されているらしい。
「すまないミユ、ヒビキ…俺の心はイサミだけのものなんだ。君達には分けられない」
「あたしらは別に良いけど…イサミのペットはどうすんの?」
イサミが管理する家畜は、そのどれもが心の底から彼を崇拝する者達だ。今更洗脳を解いて解放したとしても、心の大部分を占めていた「何か」を思い出せず廃人と化すであろう彼らから、夢魔の根城を探られてしまう可能性がある。
「いや、あいつらには今まで通り店に通ってもらうよ。いくらコイツの精気がすごいからって毎日同じ味は飽きるだろ」
「そんな、イサミそんな!俺にはイサミしかいないのにどうして…!」
イサミにべったりとへばりつくスミスの表情が、まるで捨てられた子犬のように哀れな色に染まっていく。
「お前だって色んな奴の血を吸ってきただろ…それと同じだよ」
「それは昔の話だ!お願いだイサミィ…俺以外から精気を摂らないでくれ、俺も君の血しか吸わないから…ああそうだ、君が俺から精気を奪っても俺が君の血を貰う事でどっちも弱る事はない永久機関が生まれるんだ最高じゃないかこのまま2人きりで互いに互いを吸い合って」
「うわぁいい加減にしろ!お前なんか怖いぞ!?」
「…ねぇミユ。吸血鬼って、どれもあんな感じなのかな」
「それはわからないですが、絶景ですねぇ…♡」
夕暮れ時の花屋に、人ならざる者達の騒ぐ声が、いつまでも響き渡っていた…
三人寄れば夢魔の奸計
おわり